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夏過ぎて。ありをりはべり、いまそかり。

いまそかりって何だよ、とか。

ラ行変格活用がなんだとか。

夏休みが最終日で、これで夏は終わりで、そして今。

……今時お約束とも言えない、宿題祭り開催中。参加者求む。頭の良い人ならもれなく冷えた麦茶をプレゼントしよう。

「まさか、明音さんまで、蒼ちゃんまで、終わってないなんて……っ」

半ば絶望の声音で僕は呟く。夏休み中のほんの一時だけ何故か研究部員として生活していたすぅちゃんですら、急遽郵送された宿題を難なくこなしていたというのに。やっぱりあの子は規格外だ。

「それはこっちのセリフよ、顕正。あなたのを写す気満々だったから、私はやらなかったのに」

「出来る人は自分でやりましょうか!」

淀みなく空欄を埋め続ける彼女の手元に思わず突っ込みをいれる。この分だと、僕が一教科終わらせているうちに全部終わらしかねない、この人は。蒼ちゃんはと言うと、申し訳なさそうにシャーペンを滑らせつつ、隣で頭を抱えて唸っている姉であるところの緑に向かって「緑が邪魔するから……」などと恨みごとを呟いていた。

「顕正、ここ、教えて」

にゅっと横から伸びてきた白い腕は、美稲のものだ。こいつもこいつで、というか美稲が自ら率先して宿題を終わらせるだなんて行動をとるはずが無く、今こうして祭りに参加している次第だ。

「古文は僕もわかんねぇよ」

うん、わかんない。僕が出来るのは、というか、僕が自力で終わらせたのは昼下がりの現時刻にして理系科目オンリーだ。その数教科は、皆とっくに写し終わっている。上手く使われた感じで納得いかない。

「明音さん、現代文終わったら見せてよ」

「いやよ腐るわ」

「僕の物理写したくせにか!」

「冗談よ、ほら」

「ありがとう……」

明音さんからノートを受け取り、自分の問題集に答えを書きこんでいく。虎になった李徴の気持ちなんて僕に分かるわけがないだろう。人間なんだから。

「動名詞って誰……?」

耳の端で捕えた緑の呟きは、あまりにどうしようもないのでスルーした。この子はどうして僕らと同じ高校にいるのだろう。聞きただす必要がある。裏口とかじゃあるまいな。

「勘だよ。ぜーんぶ勘で、ちょっとだけ勉強した……」

心を読んだのか、緑は弱弱しく呟く。なんで分かったんだ、僕の問い。

「顕正くんのことならなんでもわかるよ……」

「普通に怖いよ」

駄目だ、流石研究部。皆見た目真面目にやってるのに、どこか会話がふざけている。こんなペースで終わりを見ることはできるのだろうか。ああ、すぅちゃん、いなくなったばかりだけど君がひどく恋しいよ……。

「先輩、逃避はカッコ悪いですよ」

蒼ちゃんの冷静(というか冷たい)言葉に現実を直視どころか眼球に叩きこまれ、僕はしぶしぶ勉強を再開する。高杉晋作って誰だよ。奇兵隊がどうしたってんだよっ。

「長州征討が云々ってやつね。幕府がもう完全に弱ってきてからの話なんだけど」

「ちょうしゅうせいとう?」

なに、呪文?

僕が首を傾げていると、明音さんは呆れたように息をついて解き終わったらしい問題集をこっちにまわしてくれた。ありがたや、女神さま。

「約束、忘れてないわよね」

「勿論でございますとも」

一瞬だけ背筋に悪寒が走った。そういやあったなぁ、そんな約束。

休憩もろくに挟まず、僕らは日が沈むまでシャーペンを置かなかった。



母親手製のカレーを全員で食べて、各々ようやく帰宅の支度を始める。明日から、また学校が始まる。

いつの間にか僕のベッドで眠っていた美稲は家が隣なので取りあえず置いておいて、僕は赤坂姉妹と明音さんを送り届けるために共に家を出る。

「顕正くん」

道すがら、緑が僕に並んできて言った。

「顕正くんを好きになれて、良かったよ、あたし」

唄うように呟く緑に、僕は気恥かしくておどけて見せる。

「宿題写せるもんな」

「理系だけね」

あっさりした切り返しに胸をえぐられつつ、会話もそこそこに、緑は少し、僕から離れて行った。あっちもあっちで照れてるんだろうか。

「先輩」

今度は蒼ちゃんが並んできて、僕はそちらを向く。久々に優しげな微笑をたたえていて、数瞬、その表情に見蕩れる。

「これからも、末永く」

ぽそりと言って、蒼ちゃんはあっさり僕を追い抜いて行った。到着した、赤坂家の前で二人は一度だけ振り返る。

「じゃあね、顕正くん、また明日」

「失礼します、先輩」

「……うん、じゃあまた」

てを上げて返して、後ろをついてきていた明音さんに向き直る。今度は三笠家だ。

「悪いね、後回しにしちゃって」

「別にいいわ。どうせうちの方が遠いのだし。駅も近いし」

「うん」

それだけ交わして、言葉少なに道を行く。

家の前までたどり着いてから、明音さんはようやく口を開いた。

「そうねぇ」

何かを思案するような間。

「どうせなら、皆いるはずの平日に貴方を一人占めしてしまおうかしら?」

にこりと、妖艶に笑う。デートのお誘いらしい。というよりは、僕の借りの返済か。

「オッケー、今週中は午前授業だから、部活サボって遊びに行っちゃおうか」

「それでいいわ。楽しみにしてるから、忘れたら知らないわよ」

「うん」

最後、少しだけ嬉しそうに笑って。

「じゃあ顕正、さよなら」

恰好よく片手を掲げて門の向こうに消えて行った。さて、帰るか。美稲も起こさなきゃいけないし。ああいや、もうこうなったらすぅちゃんが使っていた客室にでも放りこんでおこうかな、まだ埃もたまってないだろうし。

そんなことを考えながら、僕は家路を歩く。また明日から学校で。一日過ぎるだけなのに、妙に感慨が溢れてきて。

そうか、今年の夏は、楽しかったんだなぁと、あたり前の事に今更気付かされた。ちょっとの寂寥感も乗せて、夏は終わっていく。次の日常をつれてくるのは、秋風だろうか。

夏休み終了です。長かったです。というかまだほとんど夏休みしかやってないきがします。

やっとこさ学業に戻るのですが、はい、結局は研究部の中が彼らの居場所です。小説としての区切りも近づいてきていますが、どうぞ最後までお付き合いください。


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