翡翠。天、刺客、姫。
古都、京都。古き良きこの街に、天香具山の本家はあった。
天香具山の本家と言うと、一般の認識では首都のど真ん中に位置する超高層ビルがそれだと勘違いしている人が多数だが、実際はそうではない。この京の都の、ひと際古めかしい木造の家屋こそが、本家、天香具山である。
まあ、中に入ってしまえば現代機器のオンパレードなんだけど。
「萩の字。移動で疲れたから寝ようぜ」
「勝手にしろ、僕はさっさと終わらせて帰るから」
「おいおい、日帰りで京都とはなんとも遺憾じゃねぇか」
ぶちぶちと文句を垂れる山神をガン無視、僕は天香具山家の大門の前、この街には不釣り合いなスーツに身を包んだSPらしき男二人をのして、正面から門を突破する。この家を相手取るのに、ちまちまと裏から攻め入るのは得策ではない。むしろ面倒なトラップは裏にこそあるのだから。それに、
「おうおう、中々歯ごたえのねぇ守備じゃねぇか。おい萩の字、どの道通ればいっちゃん強ぇ奴とやれんだ?」
戦闘狂の殺し屋も、やる気満々なようだしね。
「こっちだよ。裏門から入ろう。孔雀さんはどうにも慎重な人だからね、裏にこそ精巧なトラップがあるはずだ」
「へぇ、下調べはバッチリってか。上々じゃねぇの」
「当然だよ」
すぅちゃん情報だけど。
裏口のドアを、山神が当然の如く蹴破る。瞬間、軽く地を蹴って宙に浮いた僕たちの足元を、どう見たって近代的なレーザー兵器が通り抜けて行った。警戒しがちな頭上で無く端から足元を狙う。相変わらず、うまいやり方だ。見え透いてるけど。
「はん、舐められたもんだぜ、なぁ親友。とっとと裂いてやり過ごそうや」
軽口一つ、熱感知式らしいレーザーの発射口が僕らに狙いを定めなおした瞬間、地面を強く踏み締めた山神の体躯が霞む。身体の動きよりも踏み込みの音の方が数瞬遅れて鳴って、レーダーがそれを感知して照準し直す前には、すでに山神の腕はレーザー本体を薙ぎ払っていた。はい、突破。
「あ、おい萩の字。お前狙ってた方は壊してねぇぞ」
「はぁ!?」
山神の言葉にほとんど反射だけでレーザーの追撃をかわし、僕は奴に倣って地を蹴った。音より速くなんて動けるはずがないが、でも、それが刹那でいいのならば僕にだって可能だ。
五メートルの距離を一気に詰め、次発を光らせる一瞬前、僕の足がレーザー装置を蹴り飛ばした。グインと、装置は壊れず山神の方を向く。発射。
「のわっ!」
流石に山神、その一撃を屈んでやり過ごし、それも反射だろう、空いた右足で今度こそ装置を薙ぐ。そしてさらにこれも反射なのだろう、無骨なナイフを握った手を、僕の喉元めがけてぶん回す。
「おっと」
完全に予想の範疇だったので軽く身をそらしてそれを避け、僕は親友に抗議を上げた。
「馬鹿、君は友を殺す気か」
「おーけぃ分かった、テメェがそういう態度ならこっちにも考えがある」
青筋を浮かべて僕を睨みつける山神。全く、血の気が多いのにも程がある。
「はいはい落ち着いて。ほら、とっとと仕事をこなすよ、君はプロだろうが」
「釈然としねぇぞっ!?」
簡単にあしらった僕に目を剥いて突っ込みを入れつつも、流石そこはプロ、しぶしぶとだが自分で先に進み始める。単純馬鹿はこれだから扱いやすゲフンゲフン。
扉を越えて、その度に超近代兵器を相手取る。どう見たって合体変形ロボみたいなものが現れた時には流石の僕もどうしようかと思った。山神の奴が人たちでぶち抜いていたけど。相変わらず純粋な戦闘能力だけなら怖いほどに強い。どうして初対面の僕はコイツに瞬殺されなかったんだろう。
「おい親友、この先に人間の気配があるぜ」
「え? ああ、うん。もう最深部だよ」
「んだよ、面白みねぇ」
なんの予備動作も無くドアを蹴破って、驚愕の表情を浮かべる人間たちの待つ部屋へ。孔雀さんと、その奥さんである千佳さんと、ついでに側近らしきガタイの良い男が二人。たったの四人が、最奥の部屋にいた。
「拍子抜けだなぁおい。こんなもん、俺一人で」
「待てよ山神」
「あぁ?」
僕の制止に、山神は怪訝そうな顔を向ける。まあ、でも、待てって。
「孔雀さん、最後通達です。すぅちゃんの家出、ていうか、自立を。認めてあげてください」
淡々とした僕の言葉に、しかし孔雀さんは、顔をゆがませる。
「馬鹿を言うんじゃないよ顕正君。君も分かっているだろう、翡翠は危険なんだ」
「分かってないのは孔雀さんですよ」
はぁ、と、僕はワザトらしくため息をついてやる。
「最後通達っつったでしょうが」
ナイフを、ズボンのベルトから引き抜いた。
「っ、調子に乗るなよ子どもが!」
躊躇いなく、孔雀さんが懐から銃を取り出す。この人も場慣れしてるけど、遅い。
「アンタのエゴですぅちゃんを縛ってんじゃねぇっつってんだ!!」
叫び、叫んで、僕は、ナイフを、孔雀さんの、喉元に。
つきつけて、腹を思い切り蹴飛ばした。声も無く、彼の身体が吹っ飛ぶ。僕が動いた次の瞬間には山神が二人の側近を叩き伏せており、この場に立つのは僕と彼と、千佳さんの三人。
「千佳さんは、どうなんです?」
僕の言葉に、千佳さんは怯えたように震える。ふざけんな、震えるほど怒ってんのはこっちなんだ。
「認めてくれますよね。刺客、ひっこめてくれますよね」
こくりと、小さくうなずいたのを確かめて、僕は息をついた。この人たちは、もう駄目だ。栄華にとらわれていて、他の生活なんて考えてもないのだろう。すぅちゃん、君の両親は、きっと自害するよ。
僕の結論は、きっと当たりだろう。今の会話中無線の電源を入れておいたから、すぅちゃんも、きっとそのことを分かっているだろう。でもきっと、彼女は受け入れるだろう、親の死を。当然の一部として。
「おうおう、釈然としねぇよな、こういうのはよ」
「あたり前だよ。君の仕事みたいに単純なことじゃないんだ」
「はん、言うじゃねぇか。まあ、受けて殺すだけだからなぁ、感慨もねぇし」
ならたまにはありだな、上々上々。
山神は唄うように呟いて、僕を置いて去っていく。きっと、一緒に家には戻らないのだろう。次の依頼があるのかもしれない。これで多忙な奴だからな。
「じゃあな、親友」
「うん、二度と会わないことを望むよ」
「珍しく気が合うじゃねぇか」
お互い憎まれ口をたたき合って、親友同士は別れた。
「家の再建にしばらくは遵守することになるだろうから」
そういって、すぅちゃんが我が家を出たのは次の日の事である。
短い同居生活だったなぁ、なんて。
最後くらい、うそぶいたっていいだろう、すぅちゃん。
すぅちゃんまさかの離脱。これで天香具山家とのかかわりは実質すぅちゃんとだけのものになります。彼女の話はまた、時が来れば。
研究部の話なのです、あくまで。あくまで……っ。
それでは、感想評価等頂ければ幸いです。