行き当たり。バッタリ。
僕は死にたくない。そりゃあそうだ。まだ十代の若人だし、それに、人生最大の目標を達成していないのだから。死んでも死にきれないってものだ。
でも。
死に切れなくても、やっぱり、死んだら死んでしまうのが人間だ。だから、死なないようにするしかないのだ。
そう、つまり。
僕が柄にもなく全身全霊をかけて、惜しみなく全力を尽くして走っているのは、寝坊したからでもデートに遅刻しないためでも無く。生き残るためだった。
約束の朝。約束の時間、十時。起床時間、十一時。寝起きから絶望のあまり満身創痍にメールチェック。受信件数、二十。着信件数、十。
……見事なまでに死亡フラグが整っていた。いうまでも無く、受信着信は全て緑からのものである。
夏休みも後半。水曜日で、今日は朝から緑とのデートのはずだった。待ち合わせ場所である彼女の家まで、どれだけ急いだところでニ十分はかかる。洒落た服を選ぶでもなく箪笥の一番上にあった私服を身にまとい、貢ぎに貢ぐ覚悟を持ってして僕は家を飛び出した。十一時十分。これで待ち合わせ場所が赤坂家で無く駅前広場とかだったら完全に死んでる。
息も絶え絶え、僕が赤坂家のインターホンに手をかけたのは、十一時半を回ったころだった。一時間半の遅刻である。
『……』
インターホンのスピーカーと屋内が繋がる音がして、そこから数秒、静寂が訪れた。沈黙の三点リーダ。これを乗り越えなければ僕に先は無い。
「あ、あの、緑、さん?」
こわごわと、窺うように声をかけてみる。顔は見えないけど。それが余計に恐怖をかきたてていた。駄目だ、研究部の面々は基本的に怖すぎる。どんな女の子だよ。
『……』
更に数秒、沈黙という名のジャッジ。『ふむ』と小さく声が聞こえて、僕は身を固くした。
『おっけー。大分焦って走ってきたみたいだから、ペナルティ三で許したげる。ちょっと待っててね、直ぐ出るから』
審議の結果はとりあえず見送りみたいだった。ペナルティって何だろう。恐怖は後に持ち越すらしい。
「やっほー、おはよおはようございます、お寝坊さん」
「ごめん……」
「いいですってば、ペナルティ三だからっ。さ、行きましょ」
「ペナルティ、とは?」
「へへー。ないしょっ」
朗らかに緑は笑って、先頭に立って駅の方向へと歩きはじめた。ふぅ、と一度だけため息をついて、僕も後に続いた。なんのプランも練ってないんだけど、大丈夫かなぁ。
「それで、勿論何かしら今日のプランは作ってくれてるよね? 顕正くん」
にっこりと、何の責めも感じさせない笑顔で緑が言った。うわ、これは正直きつい。なんでこの子はこの状況で何の邪気も含まない笑顔を見せられるのだろう。明音さんあたりだったら完全に口撃に移行するパターンなのに。むしろその方が救われることだってあるのだ。
となると、当然僕は首を横には振れなかった。この笑顔を絶やすのは、どうにも忍びない。経験値の低い脳を必死で回転させて、でっち上げの即興プランを練り上げる。
「当然じゃないか。僕を誰だと思ってるんだよ」
「遅刻魔さん」
「返す言葉も無いね」
「あと女ったらし」
「それは聞き捨てならない」
「あとレイプ魔」
「女の子がその単語を何のためらいも無く口にすることに躊躇いを覚える僕はとっても純粋な少年だと思うんだよ」
ていうか日常会話になんて単語を織り交ぜるんだよ君は。放送禁止用語だろ。なんて他愛もない会話に興じている間に、なんとか最初の、間に合わせの案を絞り出す。
「じゃあ、取りあえず街に出てウィンドウショッピングでもしようかと思うんだけど。遅刻のお詫びもしなきゃなんなくなったしね」
「うん。意外だなぁ、顕正くんがそんなまともな案を持ってるなんて」
「失礼な」
少し笑って、僕らはそのまま駅に向かった。気障っぽくかしこまって緑の手を取る。手をつなぐ、くらいのことでこの笑顔が見られるんだったら、安いものだった。まあ、今は彼女の横顔を眺めている場合でもないけど。
ガタガタと揺れる空いた車両で、僕たちは何故か座るタイミングを外して、立ったままで談話していた。まあよくあることだ。終始機嫌のよさそうな緑は見ているこっちの、未だ根強く残っていた眠気すら根こそぎ吹き飛ばすくらいの眩しい笑顔をたたえていて、ただ電車で移動しているだけだというのに、なんだか役得な気分だった。本来ならこのデートだって謝罪の一貫だったはずなのに、そんなの、もうとっくにどうでもいい。
「そういえば今日蒼ちゃんは?」
「……む」
一瞬で緑の顔が不機嫌そうに歪んだ。え、早速なにかやらかした僕?
「蒼は家で宿題やるって言ってたけど……。別にいいじゃんか、そんなの」
「あー、うん、そうだね」
なるほど、デートで他の女の子の名前出すのは禁忌、と。中々に僕は配慮に欠ける男らしい。わかっちゃいたけど、気をつけなくては。
「そういえば、緑、どこか行きたいところとかある?」
「ううん。今日は顕正くんに全部委ねちゃおうと思ってるから」
「そっか。じゃあ、着いたら取りあえず駅前の商店街を歩こう」
「うんっ」
十数分でいつか美稲と買い出しに来たショッピングモールのある駅について、僕たちは駅前通りの商店街に出た。
失敗が目立つけど、うん、これから挽回の機会はいくらでもあるだろう。どうせだ、僕も精一杯楽しもう。
緑とのデート編突入です。三話か四話構成の予定。出来るだけ緑の可愛さ(?)を前面に出していきたいと思っているのでどうぞお楽しみに。
それでは、感想評価等頂ければ幸いです。




