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晴天。あかい夕暮れ。

何も聞こえない。僕は何も聞いていない。目を瞑っているから何も見えない。何も考えない。心頭滅却。

……それでも、静かな空間に一つだけ響く声は完全には途絶えなくて。

「ひゃぁっ、……ふぁ、んぅ……」

ぜぇぜぇと、肩で息をする様子が、視覚を越えて伝わってくる。例え見て無いにして、こんなの、無視できるはずがない。直ぐ後ろでセクハラに及んでいる同輩をなんで無視など出来ようか。その被害者が幼馴染なのだから尚更だ。そろそろ体を張ってでも止めるべきか。いや駄目だ、僕はまだ死にたくない。さっきの眼を思い出せ、やっぱり明音さんは、睨むととんでもない眼光を放つ。赤坂姉妹の紅すら可愛く見えるほど。何者だよ一体。

「……三笠先輩、何やってるんですか」

と、新たな声が実験室に介入した。振り返るまでも無い(というよりは振り返るわけにはいかない)、声の主は、赤坂妹、蒼ちゃんだろう。きっととても引きつったような笑みを浮かべているに違いない。

「見ての通り、セクシャルハラスメントよ」

「いえ、それは分かります」

「そう、あなたも意外と……」

「違います。そうじゃなくて、どうしてセクハラに興じているんですか? しかも、見知らぬ生徒に」

「何言ってるの、見知らぬ生徒じゃないわ。噂のかぐやんよ。天香具山 翡翠。知っているでしょう?」

「え? でも、彼女は中学二年生と聞いたんですが」

言って、蒼ちゃんは疑うような眼差しで僕を見る。違う違う、嘘なんてついてない。

「なんかやらかしたんだよ、すぅちゃんが」

「はぁ……。まあ、先輩の知り合いならそれもありですね。で、その天香具山さんがなぜこの部室に?」

「入部するの」

この質問には、間髪いれずにすぅちゃんが答えた。眉を寄せて訝しげにする蒼ちゃんに、一連の騒動を説明してやる。

「ほんっと、何でもありですね」

「まったくだよ。狂ってる」

大きくうなずいて同調すると、蒼ちゃんは何か言いたげに僕を一瞥してため息をついていた。なんだよ、失礼な。

明音さんと僕、蒼ちゃんが会話しているうちにすぅちゃんは軽い身のこなしでようやく明音さんの魔手から逃れ、乱れた制服と息を整えていた。不憫な。美稲はいつの間にやら準備室の方に閉じこもっているようで、姿は見えない。普段なら適当に会話が落ち着くまではこっちにいるのに。よっぽどすぅちゃんが苦手らしい。

「そういえば蒼ちゃん、緑は?」

ふと気付いて僕が問うと、はぁ、と蒼ちゃんはまたため息をついて、今度は少し調子を押さえて口を開いた。

「姉は……なんというか、『デートの日までは会わないことにしたの』とか何とか言ってまして……」

「馬鹿なのかあの子は」

「そうみたいです」

僕の辛辣な言葉に、彼女は額を押さえて頷いた。水曜って言ったから、えぇと、明後日か。何を考えてるんだか。

ひとしきり蒼ちゃんに倣ってため息をついていると、背後に、なんというか、ああ、忘れてたよ畜生。

「へぇ。良い身分ね顕正」

と明音さん。

「また浮気……。あらくん、僕そろそろ君には所有権をはっきりするために首輪を着けたいと思うんだけど、どうかな」

とすぅちゃん。しまった。

「明音さん、普通に怖いです」

「あら、また私を傷つけるようなことを言うのね。嗜虐趣味でもあるのかしら」

「あんただろそれはっ! と、すぅちゃん、僕は君の所有物じゃない」

「うん、僕があらくんの所有物だったね」

「そんな発言してどうなったって知らないからな僕はっ!」

夜中に気をつけとけよっ。

「いいよ別に」

「だぁぁもうっ」

何これ。僕今超モテ期じゃん。モテ期なのに、全然浮ついた気分が訪れないのはなんでだろう。空恐ろしい。僕の恋愛運は絶望的らしかった。

「モテモテですねぇ、先輩」

心なしか、揶揄するようにつぶやいた蒼ちゃんの言葉にも棘があるように感じられた。いよいよもって末期だ。僕の味方はこの空間には存在しないのか。

「まあいいわ、かぐやん、もう一度いじってあげるから来なさい」

「いやですっ」

一度逃した獲物すら放っておく気は無い明音さんは、怪しげに微笑みながらすぅちゃんに手招きしていた。怯えて縮こまるすぅちゃん。うん、普通に可愛い。人間の見本である彼女は、どんな感情を表すにしてもとてつもなく嵌るのだ。

「大丈夫。恐いことはしないわ。気持ち良いだけ」

「こら待てそこの性犯罪者」

同性でもセクハラは適用されるんだということをもうちょっと詳しく教えた方がいいだろうか。

「大丈夫よ。ほら、顕正も胸は大きい方が楽しいでしょう? かぐやんを育ててあげるんだから、感謝しこそすれ、邪魔するなんて不義理だわ」

誰も頼んでねぇよ。つうか今のセリフで動くなすぅちゃん。僕は別に胸の大きさで女性の価値を測ったりはしないのだ。そういう問題じゃないけど。

ていうか明音さん、キャラぶれてるって。

「そうでもないわ。私は最初からこんなだったはずだけど? そうでないなら、きっとそれは考えなしの作者が「はいそれダウトぉっ!!」……ちっ」

なんて危ない発言をするんだよ君は。確かに明音さんらしいっちゃらしいけど、らしすぎて逆に迷惑だ。

「あら、つまりそれは私の存在は徹頭徹尾迷惑だと?」

「違います」

そんなことを言った暁には僕の四肢切断死体がどこぞの湾から発見されかねない。命は大事に。世界崩壊にはやはり生命も必要である。


息をつく間もなく過ぎて行く時間に僕は確かな幸福を覚えて、そのために、だからこそこの世界をぶち壊す。それが僕の真理で、それだけが僕の存在理由なのだ。



夕刻を過ぎ、部員たちは次々と帰宅していく。実験室には僕とすぅちゃんだけが残って、僕はすぅちゃんに先行ってくれるように頼み、準備室の美稲を迎えに行く。


床に広がる色を見て、僕は急激に腹の底が冷えて行くのを感じた。

所々に、汚れのような赤色。目を瞑る美稲の手には赤で染まる筆。狭い部屋に立てられたキャンバスに彩られる、多彩な水彩画。

床の汚れみたいな赤が筆を染めるそれと違う液体から成っていることくらい、わざわざ確かめるまでもなく、僕は気付いていた。


血。


人間の生の証たる血が、眠る美稲の口元に一筋。微かに上下する肩は、異常なまでにテンポが速い。

そうだと思ったんだ。思ったからこそ、すぅちゃんを先に行かせたのだけど。

でも、これは無いだろう、美稲。約束したじゃないか。


死ぬ時は、僕に言うってさ。


酷く冷めた目で意識の無い彼女を見下ろす僕が、どこか客観的に見えて、滑稽で、情けなくて。

死なせてたまるかと、空虚に響く言葉だけが一つ、僕の喉から発せられた。

まさかの美稲危篤。緑とのデートも控えどう動く、顕正!

例の如くまだ決まっておりません。

明日は体育祭、更新する気力が残れば良いのですが……。


それでは、感想評価等よろしくお願いします。

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