小鳥と蛇とその他諸々。帰結、日常。
「ふふ……、何よこの子、弄りがいあり過ぎだわ……」
「あ、やっ、あらくん、助けっ……」
戻ってきた日常は、やはりかけがいのないもので。
でも。
「ちょ、ほんと、待っ……、や、んぁ、そこ駄目ぇ……っ」
「観念なさい、貴女はもうこの私の手から逃れられない」
僕が思い描いていた光景とは随分と違って。阿鼻叫喚、地獄絵図。
なんだか、相当騒がしい。混沌と称すにふさわしい光景が、実験室にて繰り広げられていた。ほぼ明音さん一人の手で、だけど。
勿論のこと、遡るならばそれは今朝、すぅちゃん関連の騒動の後始末の全てが終わった翌日、研究部復活の朝。同居することになった(あくまで同棲なんて大仰なものではない)すぅちゃんはどんな手を使ったのか僕らと同じ高校に通うことになっていて、そして、朝に弱い彼女を無理やり布団から引きずり落としてたところ、開口一番、
「研究部に入れて」
……まずは挨拶だろうすぅちゃん。一も二も無く了承させられ、仕方なしに朝食を食べ終えた僕らはいつの間に調達したのかも知れない女子用の制服に身を包んだすぅちゃんを連れて、学校へと向かった。すぅちゃんの年齢だと、この国では中学生なんだけどなぁ。その上、この子大卒なんだけどなぁ。何やったんだろうほんと。国が傾くレベルの事をやらかしていても、すぅちゃんの事なので一概にありえないとは言い切れない。天才もとい天災を自称及び自覚しているこの僕から見ても、すぅちゃんの、なんていうか、ヤバさの全貌ってやつは、測りかねるくらいなのだ。ぶっとんでいる。
しかしこの時すぅちゃんは、数十分後、自身に訪れる災難のことなんて予測もしていないのだった。あたり前だけど。
電車に揺られること二駅分。駅を出て少しすると見えてくる校舎に続く校門をくぐって、昇降口に入る。どう見たって中学生の域を出ない顔立ちのすぅちゃんは、夏休みにも関わらず各々のスポーツに尽力している人間たちから奇異の視線を浴びていた。どうせ気にも留めないんだろうなと思っていたら、本当に気にも留めていないようだった。非常に堂々としていらっしゃる。この態度で、多少大人びて見えるところはある。それでなくても目立つ容姿なのに。
「……」
「おはよう、顕正」
「……」
「久しぶり、かぐやちゃん」
「久しぶりだね、みぃ姉さん」
「おはよう、顕正」
「……」
「……」
「……」
僕、無言。靴、履き替える。階段、上る。
「顕正」
「なんでしょう美稲さん」
「知らなかった」
「何ヲデショウ」
「かぐやちゃんと同居してるって」
「なんで知ってんだよ」
「本人に聞いた」
おい。僕は横目で得意げなすぅちゃんを睨む。どこか優越感に浸った表情で美稲を見やっていた。不機嫌そうに睨み返す美稲。本当、呼び名だけは仲よさそうなのに、顔つき合わせたら二、三言後にらみ合いだからなぁこの二人は。メル友のくせに。聞けば、この二年間も二人はメールでやり取りしていることもあったという。仲良いのか悪いのかどっちだよ。
「悪い」
「悪いよ」
異口同音に即答する。結論、息は合うようだ。
「なんか不本意な評価をされた気がするよあらくん。とりあえず、こんな女は放っておいてさっさと部室に連れて行ってよ」
「顕正、そいつ投げていい?」
「どこにだよ」
げんなりして、僕はため息をつく。駄目だ、やっぱりこの二人、壮絶に仲が悪い。相手をしていたらそれこそこの昇降口から動けないだろう。無視を決め込み、階段を上がる。喧嘩如きでおいていかれるのは流石に不本意なのか、二人はお互い険悪な雰囲気を醸し出しながらも僕の後をついてきているようだった。
「あら」
朝から疲れ気味にドアを開けると、早くも登校していたらしい明音さんが読んでいた文庫本から顔をあげて僕を一瞥した。僕を見たのは一瞬だけで、直後に、後ろからまだ視線だけでいがみ合っている二人に目を移す。顔見知りの美稲を素通りし、この間一度だけ顔を合わせたすぅちゃんのところで、視線が止まる。
また怒られるかななんて一瞬身構えたけど、そんなことはないようで。
ふっ、と。明音さんが口元に笑みをたたえた。
「っ」
背中に悪寒が走る。駄目だ、いやこれは駄目だ、この笑顔はまずい。明音さんに限って、口元を歪めるような笑い方は、本当にまずい。何も知らない美稲とすぅちゃんは立ち尽くす僕を素通りして、そして明音さんが。
「天香具山、だったかしら? 長いからかぐやんでいいわね、ファンシーだわ」
いやそれには賛同しかねる。全然可愛くないよかぐやん。
「何か言ったかしら」
「何も全く」
危ない危ない。この人は情け容赦なく人の心を読んでくる。厄介にもほどがあるだろう。
「で、かぐやん?」
「なんですか?」
すぅちゃんも気圧されたのか、珍しく敬語になる。いや、彼女の場合初対面の人間には大抵敬語だったっけ。
「顕正とはどこまでいったの?」
にっこり笑顔で爆弾を投下する明音さん。この手の話題に弱いすぅちゃんは、なまじ頭の回転も速いせいで理解力も強く、それこそ瞬く間に顔を真っ赤に染める。その表情が明音さんの嗜虐心をくすぐらないわけが無かった。ご愁傷様だ、すぅちゃん。ちなみに彼女とはキスまでしかしてない。それも出会ったばかりのころで、最近したばっかの明音さんにそこを攻める権利はないだろうけど。でもあの人、どっからでもネタ引っ張ってくるからなぁ……。
「ん? もうお終いまでやっちゃったのかしら?」
こらこら、女子高生がそういうことを軽々しく口にするんじゃない。
「え、や、全然、まだ……」
「ふぅん? ま、体もまだ未発達みたいだし、ね?」
「ひゃっ……」
何やってるんだあのセクハラ魔人。以下、残念だけど続きの情景を描写することは出来ない。音声のみでもお届けしようと頑張った結果が冒頭である。悪しからず。駄目だ、そろそろ止めないと年齢制限がつくぞ。
「明音さ――――」
「邪魔すんな殺すわよ」
「ひっ」
喉が引きつった。なんていうか、蛇に睨まれた蛙はこんな気持ちだったのだろうか。今なら蛙の気持ちを共有できる気がした。ずばり、『これが死期か』。
平和(かどうか随分怪しくなってきた)な日常が戻ってきた。僕はそれを嬉しく思う。英文の日本語訳みたいな文章だけど、でも、これは紛れもない、僕の本心だった。
ただ、やっぱり、というか。
年齢制限はきちっと守ろうね。
なんという音声サービス回。一歩踏み込む勇気の無かった情けない作者をお許しください(笑)
戻ってきた彼らの日常(?)を、どうぞお楽しみください。
それでは、感想評価等頂ければ幸いです。