青き蒼。厳しさの理由。
惹きつける目。惹き寄せる目。捕えられたら離すことはできない、合ってしまえば逸らせない、とても美しい、強さを持った、紅い目。赤坂姉妹の眼は、こないだ出会った三女の紅花ちゃんも含めて、皆その美しさを持っていた。そして、今、蒼ちゃんは。その目で、僕を射抜いている。
引力が強過ぎて、鋭い彼女の視線から逃げられない。と思えば、切なげに揺れる瞳に、余計に惹きつけられる。なんて魅力的な目をするのだろうと、僕は思う。まるで独立した意思をもっているかのように、蒼ちゃんの眼は表情を顕著にする。決して根幹は揺るがず、でも、強さと儚さを兼ね備えて。
痛い。その眼光が、痛い。逃げられない。逃げてはいけない。でも駄目だ、このままだと、彼女の眼に吸い込まれてしまいそうな錯覚を覚えて、僕は目をそらそうとする。でも、逸らせない。無限ループ。そして、夢幻ループ。幻想の世界に迷い込んだかのような、深い、紅。
「今――――」
蒼ちゃんが、僕から目を離さずに口を開いた。遮ってでも謝罪を重ねるべきなのに、僕の意思は体を動かせない。完全に、掌握されているのだ、彼女に。
「今、その謝罪で簡単に許すことはできません」
紡ぐ、紡ぐ、紡ぐ。辛辣に、強靭な言葉を、紡ぐ。本当は弱い、その唇が、紡ぐ。つらそうに、瞳を揺らして。反則だろう、それ。
「それをしてしまうと、きっと先輩はまた同じ過ちを繰り返します」
それは無いよ。そう断言したいのに、出来ない。そう、確かに僕は完全な自信を持っているわけじゃないのだ。もし同じことが起きた時、僕が彼女たちに甘えない確信があるか? 否、あるわけがない。
僕は弱いのだ。強過ぎる力を持って、なお弱い。
「私は、姉にも、三笠先輩にも、二瓶先輩にも、そして先輩にも、傷ついてほしく無い」
勿論、その天香具山さんもです。蒼ちゃんは告げる。すぅちゃんのことすら、切り捨てること無く。皆が幸せに。そんなの、無理なのに。
「出来ます。私が、それを背負えばいいんですから。ですから、先輩。反省してください。私はこの通り、こんな目で、こんな言葉で先輩を責められますが、他の皆には出来ないんですよ」
だから、私以外の皆につらい思いをさせるのは許せません。彼女の言葉は厳しい。でも。
それは違うだろっ。
「蒼、ちゃん」
「――――まだこちらの話は終わってませんが」
「終われって」
「っ」
僕の一言に、蒼ちゃんの身が竦むのが分かった。きっと今、僕はとんでもない表情をしているのだろう。きっと、紅の眼光すらものともしないような、そんな目を。
だって、さ。それじゃああんまりにも違うだろう。
「君だって傷つけない。僕はその自信を持つために君に謝りに来たんだよ」
「……」
「明音さんだって傷つけない、緑だって傷つけない、美稲だって傷つけないし、すぅちゃんだって、勿論傷つけやしない。でもさ」
ふっ、と、精一杯に、優しい笑顔を作った。
「君が傷ついてるのを、僕は見過ごせないよ」
「……っ」
ほら、今だって。苦しそうに眉を寄せる、寂しそうに瞳を揺らす君を、僕が放っておけるはずがない。おどかさないように立ち上がり、座ったままで悲痛な表情を晒す蒼ちゃんの眼の前まで移動する。出来る限りに優しく、彼女の肩を抱き寄せた。この通り、頼りがいの無い腕だけど。頼りがいの無い胸だけど。頼りがいの無い僕だけど。でも、だからこそ、僕の力が及ぶ限りは精一杯に、大切な人々を守ることくらいは、僕はする。
「ごめん。これからも失敗するかもしれないけど、その時は、またこうして怒ってくれないかな?」
「……っ」
蒼ちゃんの肩が跳ねた。震える肩を押さえるように抱いて、僕は笑いかける。
「殴るのは、ちょっとよしてほしいけどね」
「だったら」
「ん?」
腕の中で、蒼ちゃんは言い聞かせるように言う。
「あんまり怒らせないでください、ね」
優しげに言って、そして、僕に体重を預けてきた。細い肩、軽い身体。強くて小さいこの子を、僕はなるだけ傷つけまいと、誓う。そうでもしないと、ドアの向こうで不機嫌だろう緑に言い訳できないからさ。
「顕正くん、やっぱり浮気した」
「してねぇ」
いつの間にやら眠ってしまっていた蒼ちゃんをベッドに寝かせたそのタイミングで、緑はドアを開けて僕に詰め寄ってきた。物音こそ聞こえていても見えて無いだろうに、透視能力でももってるのかこの子。
「投資? どの企業にですか」
「字が違う」
小学生レベルの間違いだった。誤植と言っても正しい気がする。
「手は出してないようですし、今回は謀反としますよ、全く」
「許されてねぇぞそれ」
切腹モノですかこれ。
「ああ、不問でした」
「なかなか壮絶な間違いだったなっ」
分かってたけど。分かってましたけどっ。
折角のハッピーエンドも、緑の手にかかっては数秒で瓦解してしまうようだ。はた迷惑な能力だった。
「先輩、デート、楽しみにしてますからね」
「それマジだったんだ……」
「嘘にしても良いですけど、そしたらあたしも怒りますよ? 蒼ちゃんの如く」
「来週の水曜なんてどうかな?」
「朝九時に迎えに来てくれるんですね、了解でーす」
あっさりと約束を取り付けられた。緑、何も考えてないようで相当策士らしい。嫌な一面だなぁおい。美稲も目ざといし、緑だけは純真でいてくれると思っていたのにっ。
現実は厳しい。
「じゃあ、明日からはまた部室で」
「うん、また明日」
最後に玄関口で挨拶して、僕は赤坂家を後にした。
何にせよ、すぅちゃんの来訪で乱れた僕らの結束は、これで回復を見たようだ。
僕の弱さが悪いのなら、同じく僕の、なけなしの強さでそれを修復しよう。それが僕の役割ならば。
とりあえずは、来週のデートプランでも練っておこうかね。でないと、またあの目に睨まれることになりそうだから。
というわけで、研究部無事再結束でした。
次回は少し日常を挟んで、そしたらデートの予定です。シリアスとコメディの割合がなんでかシリアス側に傾いてそうですが、その辺の調整も追々。
それでは、感想評価等頂けると幸いです。
れかにふでしたっ。