鳴き声。翡翠、昂然と。
蒼く輝く体躯は美しく。
鳥になりたい、なんて、幼少の頃ならきっと誰もが思い描いた夢だろう。実際鳥になったら不便だと思うが、もしくは、鳥になったのだから不便もくそもないだろうと思うのだが、どちらにせよ、流石にそんな夢の無いことを、僕は言ってのけるほど現実主義じゃない。
僕の研究であればあるいは擬似的に翼を使って空を飛ぶことが可能ではあるのだが、あの研究、『ミンナトベール』さんは名前からしても最善の作品とは言い難く、その上、なんていうか、リアル感を追求し過ぎて装着すると鳥頭になるから話にならない。あの頃の僕はきっと馬鹿だったんだ。あの発明がファンシーグッズに仲間入りしていることから、少なからず三笠さんの思惑が入っていたことも推測できるが。あの人は絶対おかしい。
なんて言うと、また「失礼ね」云々のセリフが飛んできそうだけど。
「失礼ね、絞るわよ」
「まるで雑巾のようにか!?」
「いえ、悪徳金融会社のように」
「金を絞り取る気か!」
下手に身体的ダメージを与えるより酷い仕打ちだった。今月の小遣いはもう二千円しか残ってないんだ。勘弁してください。
「ふん、夏休み前半で既に二千円しか貯蓄の無いような男からは、流石に私と言えども全額むしり取るのは忍びないわね」
「ああ、完全に見逃してくれる気はさらさらないんだ」
「まっさらさらね」
「清々しいほどに鬼畜だな、あんた」
「侮辱しないでくれる? 私は鬼畜なんかじゃないわ」
無条件で頭を下げなければいけないような気がするほどの殺気をこめた眼で、三笠さんは僕を睨む。この人は、よく同学年の部活仲間をこんな目で見れるな……。
「鬼よ」
「確かにお似合いだなっ!」
半ばやけっぱちに僕が叫ぶと、むっと、三笠さんが急に傷ついたような表情を見せた。眉を下げて、目を潤ませ、拗ねたように唇を尖らせてそっぽを向く。
「何よ、そこまで言わなくたっていいじゃない。私だってこれでも女の子なのよ? 傷ついたらどうしてくれるの」
え、なにこの展開。ていうか、三笠さん、これでもって自覚はあったんだ。
「あー、えっと? ゴメン、なさい?」
「ほんと、いい迷惑よ。あなたなんかに傷モノにされたんじゃあ、人生下がったりだわ」
「猫かぶるんだったらせめて十行くらい頑張れよ! あと女の子が傷モノとか気安く口に出すなっ、と、確かに散々でテンション下がるのは分かるけど、下がったりって言葉はこの場合おかしいんだよ!」
この場合じゃなくても使わないけど。正しくは上がったりだ。まあ、この人の場合十中十二わざとだろうけど。
「萩野ごときに『上がる』なんて言葉はもったいなくて勿体ないわ。それと、はっ、十中十二って、残りの二はどっから出てきたのよ、馬鹿なの?」
「単純に強調しただけだよ!」
「知ってるわよ、だから私の下がったりもその類じゃない」
「君のセリフは悪意の塊だな!」
「残念、悪意だけじゃなくて殺意や冷気も含まれてるわ」
「そんなことを聞きたいんじゃないっ!」
相手にまわすと本当に疲れる人だった。ていうか、味方にしてもこんなに扱いづらい人は他にそうはいないだろう。僕の知り合いでも、一人か二人だ。
「ところで」
そろそろ僕を苛めるのにも飽きたのか、三笠さんは急に話題を変えた。あからさまな人である。
「二つ、いいかしら」
「どうぞ」
「まず、萩野、なんで私の呼び名が『三笠さん』に戻ってるわけ? 『あきねちっち』て呼びなさいと言ったはずなんだけど」
「『あきねっち』って呼べとは言われた気がしますけどね」
「そうそれよ」
間違えんなよ。
「で、どうしてかしら?」
「いやそれは……別に理由なんてないけど、なんとなく呼びづらいなぁって」
「貴方の都合でこの私に不快を与えるなんてね。死んだら?」
「直接的にも程がある物言いだな!」
一々捻るだの何だの、考えるのも面倒くさいらしい。
「ふん、まあいいわ、そこは『明音様』で許してあげる」
「ワカリマシタ、アキネサマ」
「足の爪と手の爪、どっちが痛いのかしらね?」
「ごめんなさい明音様っ!」
本当に恐ろしい人だった。この学校は再来年、三笠さんを大学か社会に送り出そうと言うのだから、末恐ろしい話だった。少なくとも社会には出せない。
「まあ、呼び名については仕方ないから明音でいいわ。これ以上の妥協は無い」
「そうですか」
……明音、ねぇ。これで僕は研究部面々をそれぞれ全員、名前で呼ぶことになるみたいだった。蒼ちゃんと三笠さん――――明音さんは僕を名前で呼ぶ気はないみたいだけど。明音さんは無理として、蒼ちゃんには今度掛け合ってみようかな。
「それで、二つ目よ」
「ああ、うん」
そういえばまだ残っていたっけ。今度は命の危機を感じない質問だといいけど。
「心配無いわ。簡単なことよ」
明音さんは言って、僕の背後、研究机の上に置かれた籠を指差す。
その籠は鳥かごで、中にいるのは翡翠だった。翡翠と、そして、翡翠だった。
「その大きな籠の中にいる、鳥の方はいいわ、その子――――その眠ってる女の子は、一体誰なのかしら?」
籠は確かに大きかった。人一人、余裕で入れるくらいに。そして実際、その籠には、中学生くらいの、緑より薄く、光るようなエメラルドの髪を振り乱して眠る美少女がいた。
「ああ――――」
僕は嘆息し、明音さんに向き直る。スルーしてくれるとは思っていなかったけど、いざ紹介するとなると、なんていうか、とても困ると言うか……単純に、嫌だ。
だってこの子は。だってコイツは。
「えーと。紹介するよ、明音さん。コイツは翡翠。天香具山 翡翠。中二で……僕の従妹だよ」
「いとこ? ふぅん、随分可愛らしい従妹がいるのね」
「え? うん、まあそれなりに……?」
なんだか棘のある言い方をする明音さん。やばい、機嫌が悪い。こうなると、後で知られた時が怖いから、先に言っておこう。あんまり知られたくないことなんだけど、……どうせコイツが起きたら明言しやがるだろうし。
「それで、コイツ、翡翠。両方の親公認の、ていうか、勝手にきめられたんだけど。婚約者なんだよね、僕の」
そんなわけで、新人、登場。
そういうわけでまさかの新キャラ登場です。これまた作者も想定外。いい加減大筋だけでも決めろって話ですね。やなこった←
こんにゃくしゃちゃん登場です。顕正もってもての研究部にどんな影響を与えてくれるのか、是非ともお楽しみに。
テスト習慣につき若干内容が乏しくなってるかもしれません。その上、もしかしたら一日二日空くかもです。なるだけ更新しますので、ご了承ください。
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