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叫ぶ深緑。新緑、堕つる緑。

だからやめろと言ったんだ。だからとめろと言ったんだ。だから壊せと言ったんだ。だから崩せと言ったんだ。

なのに、聞かないから。やらないから。こうなるんだよ、ばぁか。

そんな世界で、それでも、僕の嘆きは、僕の叫びは、僕の慟哭は、誰にも届かない。



「困り、ますっ、あの、そんなの、勝手に」

狼狽した風に、紅花ちゃんが一歩退く。それを見逃すような素人では、そいつは無かったらしく、一瞬の隙を突いて、如何にも人のよさそうな、だからこそたちの悪そうなセールスマンらしき男が、ステンレス製の鍋のようなものを持って、玄関まで入ってきた。こうなれば、もう紅花ちゃんでは対応のしようが無いだろう。それでなくても、引っ込み思案な印象なのに。

そろそろ、本当に助けに入ろう。部外者の分際で出過ぎた真似になるのは否めないが、それでも、彼女をこれ以上放置するわけにはいかないだろう。ほら、だってもう、涙目だ。

「おいそこの――――」

……ん?

声をかけに行こうとして、僕はどこか、玄関の雰囲気が変わったのに気づく。そう、出所は、紅花ちゃん……? うつむいているようだけど、この気配は、この感覚は、今にも、よくないことが。


「紅花ッ!」

と、リビングから半身を出しかけていた僕を抜いて、奥から赤坂姉が飛び出してきた。血相変えて紅花ちゃんを引き寄せ、セールスマンを睨みつける。

「帰ってください」

いつもの調子からは想像もできないような、きっぱりとした口調。冷淡で断固とした雰囲気に、セールスマンは、しかし気づかない。いや、気づいていないはずがないのだが、あえて無視しているようだ。大した商売魂だが、この状況、様子がおかしいのが分からないのか?

赤坂姉の眼が、異常に冷えているのが分からないのか?

「まあ、そう言わずに。お姉さんかな? それで、この商品なんですけどね」

「帰ってくださいってば」

なおも食い下がるセールスマンに、赤坂姉の語調がさらに強まる。紅花ちゃんの方は、先のおかしな雰囲気をひそめて、また狼狽していた。

ったくもう、僕ってやつは、どこに行っても面倒ごとを引き起こす体質らしい。不幸極まりないな。

「どうしたの? 赤さ……緑」

一歩、リビングから踏み出して、声をかける。はっとした風に赤坂姉はこちらを振り向き、一瞬くしゃりと、顔をゆがませた。しまった、とでも言いたげな表情。見られたくなかったのだろう、冷徹な目をした自分を。もしくは、単純に僕が信用されていないだけか。

それは、今はいい。

「せんぱ――――」

「業者の方ですか? うちの妹達じゃ話にならないと思うんで、僕が聞きますよ、話」

赤坂姉が先輩、と発言する前に、先手を打って血縁関係を偽る。勘の良い赤坂姉はそれで気づいたらしく、小さくうなずいてわけのわからなそうな紅花ちゃんをリビングに行くように手で追い払う。

「あ、お兄さんですか。これ、新機種の圧力鍋なんですけどね、」

「うち、圧力鍋買い換えたばかりなんですよ。すいませんが、必要無いです」

「ああ、そうでしたか。それはそれは。嘘がお下手ですねぇ?」

……は?

一瞬、ほんの刹那、僕はセールスマンの言ってることが理解できず、首を傾げた。嘘? いや、確かに僕が赤坂家の事情を知っているわけないので嘘だが、なぜこの男がそんなことを断言できる? これも商法の一つ……か?

「先輩、どいてっ!」

どん、と、予想外な方向から衝撃が来て、ろくに防御態勢もとっていなかった僕の体はあっさり横に転がった。

「なっ――――」

「ちっ、連れてくぞ、この娘」

はぁ? さっきの数倍のクエスチョンが僕の頭を支配する。待てって、一介の訪問販売で、これは、誘拐?

突き飛ばされた僕の代わりに腹部に思い切り男の拳を食らったらしくぐったりしている赤坂姉を連れて、セールスマンは後から入ってきたスーツの男とともに玄関を出て行く。

「おい、あんたら、一体」

「だぁ、うっせぇ、部外者はすっこんでろ、正当な取り立てだよ、取り立て。借金返せないようだから娘連れてくの。差し押さえってやつだよ。どうせこの家に残ってるもんで値段張るのなんざふるっちいテレビだけだろが」

ここまで聞いて、ようやく現状を把握した。こいつらはセールスマンじゃなくて借金の取り立てで、紅花ちゃんはどうやらそれを知らなかったらしい。赤坂姉は気づいていたのか……? そして、間違いなく違法な取り立てをしてくるこの業者だ、家族構成くらい前もって知っていても何ら不思議はない。

つくづく、よく出来てやがる、この世界は。

逃げるように大型車を飛ばして去っていく男たちを追おうとして、すぐに無駄だと気づいて立ち止まる。なんだよ、誘拐って。警察沙汰は僕個人としては勘弁願いたいんだけどなぁ。勿論、犯罪も困るけど。

くそ、何やってる、そうじゃないだろ、僕。

手持ちの発明で役に立ちそうなのは……スッタァンガンだけか。これじゃあ少し心もとないが、無いよりは数百倍マシだ。即刻赤坂家にお邪魔して、そろそろ快復するであろう蒼ちゃんの元へ向かう。事情聴取だ。相手の素性も分からないのでは助けようがない。

さあ、茶番と、洒落込もうじゃないか。


ふざけやがって。

またもシリアスパート。どうしたんだ俺。

というわけで、赤坂姉の話は一段落しなかったのです。さすが有言不実行。プロットがないとこういう展開が待っているわけですね。


と、いうわけで。顕正の本気と、赤坂姉の本性が、次回きっと明らかになります。ので、次回もよろしくお願いします。


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