叫ぶ深緑。赤、青、緑、紫。
緑が萌えて、真っ赤に燃える。どちらが正しい世界で、どちらが間違った世界なんだろうか。
僕の問いに、彼女は、きっとどっちも正しいよと、答えた。
彼女の答えに、僕は、きっとどっちも間違ってるよと、応えた。
僕は赤坂姉に着き従って、学校から電車で五駅、つまり僕の家から学校の逆方向に二駅ほど行ったところにある赤坂家の玄関に立っていた。合宿の帰りに彼女ら姉妹を送り届けたこともあるので場所は知っていたが、中にお邪魔するのは勿論のこと初めてである。
「さ、どぞ、先輩」
軽い調子を崩さずに両手で促す赤坂姉に頷き返して、僕は靴を脱ぐ。出してくれたスリッパを借りて、さほど広くない廊下を歩く。直ぐに一般的なリビングに出て、赤坂姉の指示通りソファに座って待つことになった。
しかし、外から見た印象と中が全く印象的に合致していて、なんというか、とても普通の、失礼な言い方だが、スタンダードで面白くない家である。ほんとに失礼だった。まあ、僕の家だってさほど面白ギミックがあるわけでもなし、人のことを言えたものじゃないのだけど。あると言えば一般とは言い難い母親と父親とその息子だけだ。息子の発明も、あるいはそこに入るのかもしれない。というか、やっぱり息子は僕らしかった。そりゃそうだ、僕には兄姉もいなければ弟妹もいないのだから。
なんとなく所在なさげに手元の村雨様をいじりながら、やはり何の気なしにリビングの入り口の方に目をやった。ここで本当は人の気配を感じていたんだ、なんて言えばそれっぽいのだが、そういうのは全くなく、ただ偶然、僕の視線の先に、見知らぬ少女の姿を発見した。誰だろう、どことなく赤坂姉妹と似た顔立ちではあるが。双子の姉妹では飽き足らず三姉妹だったのか?
「あ、あの、粗茶、ですが」
「あ、ありがとう。君、赤坂姉……じゃない、緑ちゃんと蒼ちゃんの、妹?」
おどおどと、よく冷えてそうな麦茶を僕に手渡し……はせずにすぐ近くの小さなテーブルに置き、僕の問いにビクッと、小動物か何かのように肩を震わしてから、少女は無言でぶんぶんと、首を縦に振ると、
「あ、あああ、赤坂 紅花、ですっ。えと、失礼しましちゃっ!」
噛んだ。紅花ちゃんは元々赤みがかっていた頬をさらに明確に赤く染めて、やっぱり痛いのか口元を押さえながら、僕に一礼してリビングを出て行ってしまった。んー、赤坂三女は恥ずかしがり屋なのかな?
「先輩っ、蒼ちゃん、会いたいって! ささ、こちらに」
少しして赤坂姉が戻ってきて、僕を手招きした。蒼ちゃんの性格で会いたいなんて言うわけ無いからでっちあげだろう。むしろ「絶対会いたくないっ」くらい言っていても驚かない。行くけど。
「やや~、よくわかるね。蒼ちゃんめっちゃ嫌がってたよ、『こんな恰好じゃはずかちー!』って」
何がはずかちー! だ。呆れ気味に苦笑を返し、それでも僕は蒼ちゃんの部屋に入るのだった。僕も僕で大概嫌な奴だ。
「失礼しまーす」
なんとなく職員室にでも入る気分で足を踏み入れる。想像通りというか、蒼ちゃんの部屋は派手さなんて微塵もない、おとなしい雰囲気が溢れていて、そんな中に所々可愛らしいぬいぐるみが転がってる、えーと、うん、想像通りで間違いない。
一通り不躾に部屋を見回してから、僕は蒼ちゃんがいるであろうベッドに目を向けた。いた、にはいたが、どうやら掛け布団にもぐってしまっているらしい。この暑いのに、蒸し焼きになりたいのだろうか。
「蒼ちゃん、暑いでしょ、そこ」
気を利かせて(何にかは不明)部屋を出て行った赤坂姉を横目で見やりながら、話しかける。部屋のドアが完全に閉まってから、蒼ちゃんはようやく小さな声で反応を示した。
「駄目です、今パジャマだし、化粧もしてない……」
お見舞いに来たのに私服で化粧してたら逆に驚くよ僕は。
「それはそうですけど、だから……」
「化粧してなくたって十二分に見れる顔なんだから、気にすることないじゃんか」
「……」
僕が言ってから数秒、暑さに観念したというのもあってか、蒼ちゃんはゆっくり、しぶしぶといった感じで布団から顔を出した。ふむ、見るからに汗をかいている。あたり前か。
「や、三日ぶりだね蒼ちゃん」
「……はい。わざわざ、ご蝋燭かけまして」
「ご足労ね。僕は蝋じゃないから燃えないんだよ。はっ、まさか、僕の髪の毛を狙ってのセリフかっ!?」
「いえ、噛みました。およそわざと」
「全部わざとだ」
「全くです」
開き直られても……。名前通りか青いパジャマ姿の彼女は、どうやら暑さに頭をやられてしまったらしい。ご愁傷さまである。
「年中発狂してる先輩に言われたくないです」
「失礼もここに極まれるだな全くもって!!」
やはり研究部面々は失礼過ぎた。多分全員に他人を思いやる気持ちがかけてる。美稲のも、思いやりじゃなくてあれはただの好意だ。
「ところで先輩、それ、なんですか」
蒼ちゃんが、僕の手元を指して尋ねた。ああ、これ。
「忘れてた。君の風邪を治すのに丁度いいかなと思って。名称『村雨様』。風邪ぐらいならこいつでちょっと斬ればすぐ治るよ」
「斬るって。余計に酷い気がするんですが」
「細い静脈に傷入れるだけだから、大丈夫。血だってすぐ止まるよ。それに免疫力が上がるから今後も病気にかかりにくくなる」
へぇ、と頷いて、蒼ちゃんは僕に手首を差し出した。
「じゃあ、お願いします動脈斬らないで下さいよ」
誰がそんなへまするか。きわめて慎重に、場所を選んで刃筋を立てる。つ、と一筋、蒼ちゃんの手首に赤く筋が走り、そこをティッシュで押さえておくように言って、あっけなく治療は終わった。
「後は適当に横になってれば三十分もあれば熱は引くと思うよ。じゃあ、僕はそろそろ」
「はい。ありがとうございます、明日、部活行きますから」
「待ってるよ」
言って、僕は彼女の部屋を後にした。赤坂姉を探してリビングに戻り、首をかしげる。いない。
「だから、えと、その、困ります」
「そういわずに、一度だけでいいんですよ」
誰かの声が聞こえた。前者のは、間違いない、赤坂三女こと紅花ちゃんの声だ。玄関の方から聞こえるので、多分訪問セールスか何かだろう。紅花ちゃんの性格ではあしらうのは難しいのかもしれない。助け舟、出すべきかなぁ。
迷う余地は無かった。なのに、僕は迷った。それだけのことで、知らずに済んだことを、彼女は知られたくなかったことを、それぞれ知ってしまう。知られてしまう。
これだから、間が悪いって言うんだ、僕は。いや、これも結局、研究部面々全員に当てはまるのかな?
次回で赤坂姉の話を一段落させる予定です
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