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躻ヶ島。夕暮れ、帰り道。

日も沈みかけ、濃い橙色の空。

鴉が啼いたからってわけでもないけど、僕ら研究部面々は帰りの車の中だった。運転手僕だけど。無免許運転だけど。犯罪だけどっ!


流石に遊び疲れたのか、助手席の三笠さん含め、皆黙って眠りこんでいるみたいだった。いや、三笠さん、行きもそうだったけど帰りも使えない人である。車貸してくれたけどさ、別荘貸してくれたけどさ。

美稲でさえ僕に気を使うことすら忘れて安らかな寝顔を晒しているんだから、仕方ないといえば仕方ないんだけど。

ああ、うん、正直なところ、僕もかなり眠いんだよね。何せ最終的に一緒に走り回ったのである。泳げもしない癖に海水に下半身の全てを委ねた後なのだ。疲れた。疲れ切った。

さっきから、フロントガラス越しの風景が波のように流れて見え……

「先輩、今寝たら全員死にます」

「ねねねねねね寝て無いよ嫌だなぁこの僕がっ! 疲れぐらいで居眠り運転なんてするわけないじゃないかっ!」

後部座席、しかも丁度運転席の後ろの席から低い声をかけられて、僕の意識は多分ありがたいことに完全に覚醒した。とっさに言い訳したものの、確かにさっきまで見ていたはずの風景と今は知っている場所の風景が全く違うのは、寝ていた証拠に他ならないだろう。この道路が直進ばかりで本当に助かった。それと、蒼ちゃんにも感謝だ。

「怖かったけどね、急に」

「聞こえてますよ、先輩」

おっと。つい口に出してしまったみたいだ。バックミラー越しに半眼の蒼ちゃんがみえる。恐い顔するなって。

「面白い話をしてくれたら、許してあげないこともないです」

「なんでここで最大級の無茶振り!? あのね蒼ちゃん、本気で、盛大に自己るよ」

「意味わかんないです。自分がなんですか?」

ああ間違えた、正しくは事故るだ。

「……」

「そうだよワザトだよなんか文句あるか!」

「はぁ」

「ため息つくなっ!」

後輩に弄ばれる僕だった。ていうか蒼ちゃん、普通に返すんだもんなぁ。先輩に対する畏敬の念が一切感じられない。

「どこをどう尊敬するんです?」

「ちょこざいなっ!」

「使い方違いますよ」

言ってみたかっただけだよっ。ちょこざいな!

まあいい、落ち着こう。なんだかどんどん馬鹿になっている気がする「気がつくの遅いです」断固無視だ。

「ささ、面白い話を」

その振りまだ有効だったのね。

仕方無い、不肖、昔は『語り屋けんちゃん』と呼ばれた身だ。僕の新の話術を見せてやろう。魅せられんなよ!

「騙り屋の間違いじゃ?」

「うるさい。さ、刮目して見よ」

「文章にしてくれるんなら」

「言葉にしかならない事ってあるよね」

「それは残念、見られません」

「ごめんなさい聞いてください」

「どうぞ」

どうにも分が悪かった。ここはなんとか巻き返しを図らねば

「えーと、昔々あるところに無免許で運転をする犯罪者の高校生がいました。でも彼は、本当は犯罪者などでは無かったのです。さて、なぜでしょう?」

「それ謎かけかなにかですか? いずれにしろ面白い話では……」

「後輩に苛められているからですっ!」

「いじめは犯罪じゃないですよ。それに先輩を運転手に仕立て上げたのは私じゃなくて三笠先輩です」

そういやそうだった。いやでも、僕が今事故を起こしたなら、それは間違いなく僕の精神を嬲った蒼ちゃんの所為だと思う。

「責任転嫁ですか、見苦しい」

「一々容赦ないですねっ!」

僕号泣。泣かないけど。泣かないけどっ。

「ん~」

と、赤坂姉の方がうっすらと目を開けて唸る。起しちゃったかな。

「んん~。喉乾いたぁ……」

はいはい。僕は案内してくれないカーナビ(存在価値半減どころの問題じゃない)を片手で操作して、一番近いサービスエリアを探る。そういえば言ってなかった。ここ、高速道路です。無免許運転で高速道路とか怖すぎる。

「5キロ先にあるって。えーと、10分強待って」

「はぁい~」

眠そうだ。今の赤坂姉を見ているとこっちまでまた眠くなりそうだったので、バックミラーから視線を外して運転に集中する。赤坂姉の乱入で興が削がれたのか、蒼ちゃんはサービスエリアに着くまで黙っていた。


「運転、お疲れ」

街灯に照らされる夜の中、茫然自失の僕に三笠さんが労いの言葉をくれた。ああ、茫然自失というよりは満身創痍かな。僕、満身創痍。

這い出るようにして運転席を降りると、三笠さんに言われるままにすぐさま解散になる。どうも運転手は顧問の教師ということになっているらしく、僕がしていたことをばれるとまずいのだ。だったら最初から顧問を呼んでおけばよかったのに。あの変態を女子部員が避けるのは仕方ないことではあるのだけれど。別にエロ教師ってわけでもないんだからさぁ。……あんまり。

「それじゃあ、また明後日、部室で」

「うん、じゃあね、三笠さん」

「さようなら」

皆それぞれに挨拶を交わして三笠家を離れる。声が二つ足りないのは、美稲が憮然として黙っているのと、赤坂姉が僕の背で眠っているのとだ。水分補給の後すぐに寝落ちした。

赤坂姉妹とは、本来なら途中まで一緒である。だけど、今回は赤坂姉が寝ちゃっていて蒼ちゃんの力では背負っても運べないし、夜道の女の子二人歩きはあまりよろしいとは言い難いので、必然的に僕が送っていくことになる。勿論美稲も一緒である。彼女は少し不満げだが、文句は言ってこなかった。

「すいません、先輩。姉が迷惑かけて」

「すごいセリフだよねそれ。まさしく駄目姉って漢字で」

「感じで?」

「そうそれ」

誤植が得意技になりそうだった。僕の国語力が露見しちゃうじゃないか。皆無である。

「そういえばさ、蒼ちゃん」

「なんです?」

「あの白い娘、どこに消えたんだろうね」

話題が見つからなかったのでそう振ってみたが、夜に話して気持ちのいい話題じゃないなと後悔した。

「顕正」

「ん?」

と、口を開きかけた蒼ちゃんを文字通り――――いや、僕の名前を呼んだだけだろうけど――――牽制して、美稲が呼びかけてきた。コイツが僕と他人との会話に割り込んでくるなんて珍しい。僕が嫌がりそうなことは悉くしない奴なのだ。ん? でもそういえば合宿前日に不法侵入された覚えがある。おかしい。

「どうして赤坂妹ちゃんのこと、蒼ちゃんって呼んでるの?」

美稲は蒼ちゃんのことを赤坂妹ちゃんと呼ぶ。語呂が悪いことこの上ないが、まあそこは個人の自由、僕が口を出すところではないだろう。

で、だ。美稲の言葉の意図をつかみかねる。

「何か不都合でもあるのか? 確か蒼ちゃんで間違いなかったはずだけど……だよね? 蒼ちゃん」

「はい。赤坂 蒼で間違いないです」

僕が蒼ちゃんに話を振ると、美稲はまた一瞬、反応を見せた。あー、なるほど。

「嫉妬は見苦しいよ美稲」

「そんなことないよ、顕正。私は嫉妬なんてしない」

じゃあなんだよ。

「……顕正、浮気」

違う。僕はお前と付き合った覚えはない。我ながら酷い言い方ではあるけど、事実だ。

「うぅー。じゃあ、私も美稲ちゃんって呼んで」

なんて無茶な。僕が応えあぐねていると、蒼ちゃんが苦笑交じりに助け船をくれた。最早無表情だった頃が懐かしい。彼女の成長具合は著しかった。

「ちゃん付けだと距離感感じませんか? 二瓶先輩」

「ん? そっか。うん。やっぱ美稲で良い、顕正」

「そうかい。じゃあ蒼ちゃんも蒼でいいかな」

「駄目」

「先輩、それは、あの。……困ります」

即却下された上に困られた。美稲が断るのは分かるけど、蒼ちゃん、君が名前で呼べって言ったんじゃ。

そういう僕に、彼女ははぁ、とワザトらしくため息をついて、言った。


「期待、しますよ」


「え?」

「いえ、なんでもないです」

期待、ていうと、駄目だ、理解できない。僕は哲学は苦手だ。このセリフで国語が苦手って言うのと言葉の意味を知らないって言うのがばれた気がするけど。

美稲の表情がいっそう不機嫌になったこと以外、分かることはなかった。

いつの間にか赤坂家の前についていて、そこで僕たちは、別れた。

帰ろう、我が家へ。

「美稲、帰るぞ」

「うん」

さっきまでの不機嫌がどこへやら、僕が呼びかけると、美稲はさっと僕の隣に並んできた。理由は聞くまい。きっと自我が崩壊する。


ふと考える。どうして美稲は、僕に無償の、無情の好意を捧ぐのか。心当たりなら、あった。でも、それを確認する気には到底なれそうにない。

あれは、あの記憶は、僕史上でも最悪に部類する一つだから。同様に、三笠さんとの出会いも、それはそれで最低最悪の部類だったけれど。

今は考えるまい。そう結論付けて、僕は思考を放棄した。


とりあえず、涼しい部屋で眠りたい。明日は確実、寝過ごしだった。

躻ヶ島合宿編、終了です。なんだか最後の一文が半端ですが、その辺は作者の力量の所為ですので悪しからず。そんなこと今更確認する必要もない事実ですが。自虐。


次回よりまた少し、たわごとの日常を書いていきたいと思います。どうぞお付き合いしてやってくださいませ。


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