黄金。立案。
「ゴールデンウィークが近いわね。私たちは何をするべきだと思う?」
朴訥とした昼下がりのことだった。研究部の面々も欠けずに揃い、とりとめない会話に花を咲かせる平穏な放課後だった。……明音さんのその台詞が投げられるまでは。
「おいおい、何さ唐突に――」
「そうね、三笠さん、ゴールデンウィークには何か意味のあることをしたいわね」
「連休があるわけだし、思い切って合宿なんか良いかもしれないね!」
「あなたにしては良い提案ね、赤坂姉。妹の方はどう思う?」
「えっと、やるとして、でも今から取れるような宿があるでしょうか」
「ないでしょうね。でも大丈夫、解決策ならあるわ。そうよね、二瓶さん」
「うん。研究部の誰かの家でやればいいのよ」
「わぁ、それは名案ですね」
「是非そうしましょう」
……あれあれ? なんだこの流れ。いまだかつてこの娘たちがここまで団結して物事を進めたことがあるだろうか。思い当たるとすれば節分のアレで、思い返すにその場合、割りを食うのはとある可哀想な少年だったと思うんだけど。勿論僕のことだ。
先程までのマシンガントークはどこへやら、四人は感情の読めない眼差しで僕を見つめている。僕のターンらしいが、正直発言したくない。状況は硬直している。
だんまりな空間に耐えかねて口を開いたのは、大方の予想通り僕だった。いや、無理だよこれ。仕掛けられた段階でもう詰んでいるようなものだ。
「……イイデスネ。ソレデ、誰ノ家デヤリマショウ」
「顕正」
「顕正」
「顕正くん」
「先輩」
だと思ったんだよなぁ! 本当になんなんだこの出来レースは。いつの間に画策された? 最近のこの娘たちはどうにも僕を除け者にする傾向が見られて誠に遺憾である!
「いや、いやいや、それは困るよ。僕の家には母さんがいる」
「私の家にだっているわよ、そんなの。お義母様にお目通り、良いじゃない」
「良かねぇよ、それが目的か!」
しれっと母親をそんなの扱いする明音さん。まぁあの母娘関係にあってやむ方なしとも言えるが、それはそれとして、この流れは非常にまずい。返す返すも既に詰み終えているような状況だけれど、しかしそれでも、ここは簡単に引き下がるわけにはいかないのだ。なにせあの母親をこの子たちに紹介するような事態だけは、なんとしても避けなければならない。
「あのね明音さん、自分がして欲しくないことを他人にやるのはいけないことなんだよ。考えてもみなよ、僕らが総出で君の家に押しかけたとして、君のお母さんが――」
「うるさいわね、踏み躙るわよ」
「久方ぶりのバイオレンス! 僕の尊厳をか!?」
「いいえ、股間を」
「え、まじでめちゃくちゃバイオレンスなんですけど」
射殺すような眼光に背筋が寒くなる。ダメだ、この人に母親の話題はどんな形であれNGだ。僕の身が危ない。
「くっ、簡単には引き下がらないぞ。思い出してもみなよ、皆、年末にお祖母ちゃんに会ったでしょう。あの人の、血を分けた、娘だよ?」
渾身の脅しを込めた僕の声音に、生来あまり押しの強くない蒼ちゃんがうっと怯んでくれる。動物的な勘の強い緑も少し警戒心を持ったらしい。効果は上々だ。
「大丈夫よ、赤坂姉妹。おば様はとても良い人だわ。少しユニークだけど、そこがまた面白いところなの」
「美稲にユニークって言われるような人柄だぞ、二人とも騙されるな」
美稲の横槍に即座に提言を入れてやる。よしよし、流れは悪くない。「顕正、ちょっと失礼」だとかむくれている美稲を尻目に赤坂姉妹がすっかり鼻白んだのを確認して、僕は一気に話を畳みに入る。このまま明音さんか美稲のどちらかを丸め込めれば僕の勝利は固い。
……あれ、無理じゃない?
「顕正、そっちがその気なら私にも考えがあるわ」
僕の一瞬の躊躇に差し込んで、いつもより低い、不穏なトーンで言葉を続けたのは美稲だった。どうやら少しばかり怒ったような口調で、
「今この場でおば様に電話――」
「おーけー、僕の負けだ!」
無理でした! 大方の予想通り! 個人情報が筒抜けだから幼馴染は厄介だ。
そもそもの話、厄介なことに美稲と母さんは妙に仲が良い。純粋で控えめな好意を向けてくれていた頃の美稲は何処に消えてしまったんだ。
「では、無事宿泊先も確保できたところで予定を詰めましょう。そんなに日はないわよ」
「はいはい! 私宝探ししたい! 主に顕正くんの部屋で!」
「待ちなさい緑、それは家探しっていうんだ」
「それじゃあ流行りのリアル脱出ゲームにしましょう。先輩の部屋で」
「どっちにしてもやること変わんねぇよ! 僕の部屋はロックかからないのでそれは無理です!」
「むぅ、それなら宝探しで良いです」
「妥協したようで何一つ譲ってないからな」
あっという間に僕のプライバシーが踏み躙られていた。バイオレンス恐るべし。
うーん、劣勢も劣勢。今日の僕、ほぼほぼ全部後手に回ってないか? 何をするにも僕が中心にあった研究部の、これは確かな進歩とも言える現象なのだが、とは言えこうもやられっぱなし流されっぱなしになると、部長の僕としては少々なり悔しかったり寂しかったりするわけで……。
「何言ってるの、顕正。いつだって変わらず研究部の中心は貴方よ」
「いや、動機の面ではそうなのかもしれないけど、そこがこう、なんとなく僕が敵役というか、除け者にされているような気がして」
まるで言い負かされた後のカッコ悪い愚痴みたいなことを言う僕を、明音さんは一笑に付す。「ふっ」て、今「ふっ」て言ったよこの人。
「ふぇぇって言ったのよ」
「君はそんな幼女みたいなこと言わない」
いや多分幼女も本当はそんな鳴き声しない。
「どうでも良いわよそんなこと。ともかく、それは勘違いね、顕正」
「……と言うと?」
「敵役でも、除け者でもないわ。貴方はただの想い人よ。困ったことに共通の、ね」
「……」
そばで聞いてる緑も蒼ちゃんも赤面するようなとんでも恥ずかしい台詞だった。まるで平然としている美稲の隣で、僕はと言えば当然顔を覆って項垂れるしかない。
あぁもう、はいはい、僕の負けだってば。
来たるゴールデンウィークの喧騒に思いを馳せて、どこかのラノベ主人公のように肩をすくめてみせる。断じて照れ隠しなんかではないから、そこのところ勘違いしないように。
やれやれ、研究部は今日も平和だなぁ!
ゴールデンウィーク……ゴールデンウィーク……?