お花見。解答。
*
道に沿って歩いてくると、不自然に開けた場所に出る。広い、人為的にも見える円形の空間。地面にはこれまでと同じく桜色の花びらが敷き詰められていて、ふわふわと柔らかいその上を、僕の通ってきた跡だけが汚していた。足もとを撫でるような風が、新しい花びらを散らして僕の痕跡を少し隠す。
そろそろ、僕に「出し抜かれるため」に、彼女たちが到着するころだろう。たぶん、僕の準備が終わるより早くを目指して。だんだんと面白い気分になってきて、口元に笑みが浮かぶ。
今回のお花見の目玉は、彼女たちへお返しをすることだ。週遅れのホワイトデー。そしてこれは、僕のささやかな意趣返しでもある。
*
均整の取れた並木道の真ん中に、顕正の残したらしい足跡が見え始めた。こんな一本道で迷子を懸念してるとも思えないので、おそらく彼のいたずら心の演出だろう。楽しげに跡を作る顕正の姿は想像するこっちにも楽しいけれど、今はそんな空想に浸っている時じゃない。ほぼ横並びの三笠さんと、後ろから着いてくる赤坂姉妹、それからおまけのかぐやちゃんと共に、なんとなく顕正の足跡を踏まないように避けて、先を急ぐ。
「二瓶先輩、間に合うと思いますか?」
「えぇ。多分顕正も、間に合わされる可能性くらい考えてると思うわ。こっちには、どこまで見透かすか分からないかぐやちゃんがいるし、今の私や三笠さんも、当然警戒対象にしてるとだろうから」
「私たち姉妹は蚊帳の外ですか」
「……顕正は、素直な子は好きよ。打算で動かないから。あなた達は、ただ彼の計画を楽しめばいい」
「そういうものですか」
「ええ」
そして、私たちにも私たちの楽しみ方がある。こうやって馬鹿みたいにサプライズの読み合いをするのも、私たちにしてみればじゃれ合いの一部になっているから。三笠さんも、多分同じ考えのはずだ。
「あ、あれ」
赤坂姉が声を上げて、同じタイミングで私の視界が道の先で直立する影を捉えた。五感を含めた各能力が跳ね上がってる私より先に見つける赤坂姉のワイルドさはとりあえずおいといて。
並木がふと途絶えて、たどり着いたのは不自然に開けた空間だった。山全体を覆う桜もここにはなくて、ただ、風に煽られた花びらは、広場になっている地面一体を隙間なく埋め尽くしている。
「ようこそ、遅かったね」
にっこり、彼にしては薄気味悪い笑みを浮かべて、顕正は言った。
*
揃って舞台に集合したので、そろそろ本格的に僕のターンの始まりだ。一人ひとりにもっともらしく視線を送って、ゆっくりと頷いてみせる。美稲と明音さんの顔に、ほとんど同時に怪訝そうな色が浮かんだ。僕が手ぶらで立っていることに疑問を覚えたのだろう。多分、彼女らの予測では、このタイミングだと僕はまだ、仕込み途中で慌てるはずだったから。甘い甘い。何せ今回は、僕の本気の意趣返しなのだ。そんな程度で看破されては、恥ずかしくて顔を見せられない。
さて、彼女たちはここに至るまでいくつ、おかしな事態に気づいただろう。
まっすぐ伸びる、おばあちゃん宅からの桜の並木道。不自然に切り開かれたまぁるいこの広場。おそらく彼女たちの予想に反して、仕込みを終えている僕。
「探しましたよ、先輩。なにしてるんですか、こんなとこで」
代表で口を開いたのは蒼ちゃんだった。さすが、イレギュラーには強いな。
「こんなところとは失敬だな、良い場所だろ? 綺麗に開けてて、清々しいと思うけどね」
「……」
じと目で睨まれた。白々しい芝居は結構ってところか。でもまぁ、これは僕の性格だから。最大限に余裕を見せつけながら、僕は彼女たちと向き合う。
「一個ずつ確認していこうか。おそらく君たちも気づいているように、これは僕からのホワイトデーのプレゼントです。サプライズにしたくて、できるだけ気づかれないように仕込をしたんだ」
「あなたの仕込んだ不自然には全部気づいたはずよ。一つ、私たちを誘導して隙を作り、足跡を消して集団から離れた」
明音さんの言葉に頷いてみせる。無言でうながすと、隣の美稲に引き継いだ。
「山奥なのに、まっすぐに綺麗な並木道があったわ。それを辿って、私たちはこの不自然な広場にたどり着いた」
「そうだね。でも、君たちと歩いていた時の持ち物では、なんとか足跡を消しつつ姿を隠すことは出来ても、肝心のサプライズ用の仕込をするにはまったく手が足りない。じゃあどうして、僕は今準備を終えているのか」
「あらかじめ何か仕組もうなんてしようものなら、僕があらくんの仕掛けに気づかないなんてことは無いはずなんだけど」
と、すぅちゃん。強い自惚れのようなこの台詞も、すぅちゃんが言えば真に迫って聞こえる。というか、それは本当なのだ。僕が、彼女も標的に加えた上で、彼女に気づかれないように暗躍することなんて出来るはずがない。一発で気づかれてまうだろう。
「もしかして、顕正くん」
一番頭を使って物を考えない分、ひらめき的に何かに感づいたのか、緑が声を上げる。その視線が一瞬元来た道に戻るのを見つけて、うなずく。正解。
緑の視線の意味に同じく気づいた蒼ちゃんが、先を引き取った。
「まさか先輩、おばあちゃんに協力してもらったんですか?」
「え」
蒼ちゃんの結論に、すぅちゃんが声を上げる。美稲も明音さんも、その言葉には少なからず動揺させられたようだった。
この三人はなにしろ、僕くらいか、それ以上に一人で何事もこなしてしまえる人種だからな。誰かに協力を頼むなんて思考は、そもそも生まれやしないのだろう。そして、僕も基本的にそのタイプであることを知っているから、尚更。
でも、そんな彼女たちだって変わったのだ。
「節分のこと、忘れたわけじゃないよね?」
そう、研究部一同の始めての協力プレイにより、僕一人が苦汁をなめる結果に陥ったあの日。前置きはしたはずである、これは、僕の意趣返しでもあるのだ。
「人に頼ることも、覚えようと思ったんだよ。君たちみたいにね」
おばあちゃんの神性ならば、すぅちゃんに感づかれることなく僕の頼みを遂行することが出来る。結果、おばあちゃんに仕込みを頼んでいる間、僕はまったく怪しまれることなく彼女たちと一緒にいることに成功したのだ。してやったり。これに関しては、完全にすぅちゃんを出し抜けたものと確信する。
「一人で出来ることには限界がある。プライド的には認めかねるけど、少なくとも、おばあちゃんの協力を得ることで、君たちをこうもあっさり騙せたのは本当だね」
晴れ晴れしい僕の勝利宣言に、みんなはそれぞれ苦い表情を浮かべる。うむうむ。彼女たちを出し抜く、予定の半分はこれで終了だ。しかしまだ半分が残っている。
「さぁ! 悔しいのはわかるけど、まだ、今日のイベントは終わってないよ」
「……なにがあるっていうの?」
「おいおい、こんな化かし合いはメインイベントじゃないよ。今回の趣旨の本筋は、君たちへのホワイトデーにあるんだから!」
五人の顔に疑念が宿る。さて、おばあちゃんに頼むことで、計画の全貌を見抜かれることを阻止したのはその通りである。でも、おばあちゃんに協力してもらったのは、その部分、いわば、計画を『隠す』ことの一点に尽きるのだ。
「まさか、いくらおばあちゃんだからと言って、山の木々を動かしたり、人の移動の痕跡を一瞬で消したり、こんなに広く、切り株も残らない広場を作れるわけがないだろ」
美稲とすぅちゃんに関しては、僕の言葉に対して「できそうだけれど」とでも言いたげな表情を浮かべた。ほんとのところ、僕だってちょっとそんな気はしているが。
「スペシャルサンクスは一人だけじゃないんだよ」
よろしく、隣人よ。
人間が自然の中に不自然を作りこむには、僕の発明のような超常的な力がいる。だけど今回僕は、彼女たちにばれないよう、大掛かりな発明品の用意は出来ていない。
でも、彼ら超自然な存在にとっては、同じ超自然を発生させるに、特別な準備などいらないのだ。
そして、木々が騒ぎ出す。
相変わらずの鈍足更新になります、我慢強く待っていただけた方には、感謝の念が絶えない思いです。
さんざん引っ張ってるお花見の章は次回、幕引きとなる予定です。季節に合わせた投稿が出来れば格好はつきますが(ただし一年越しに)、いかに。
それでは、今回もありがとうございました。よろしければ次回もまたお付き合いくださいませ。
草々。




