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お花見。看破。

 *

 何物にも侵食されていない薄桃色の道が続いている。一直線の獣道に、桜の花びらが敷き詰められている。後ろを振り返れば、一緒に歩いている研究部の面々が辿ってきた足跡が見えた。

 それぞれ違う足跡が、一、二、三、四、五。……この状況は、何かおかしい。それに気づいて、みんなの足は止まっていた。

 先頭を行く三笠明音が、難しい顔をして僕に視線を送ってくる。それに続いていた赤坂蒼と、横並びになっている二瓶美稲もこちらに顔を向けて、それで最後に、三人の後ろに着いていた赤坂緑も僕を振り向いた。

 足跡は五つ。彼女らのもので、四つ。僕自身のものを含めて、五つ。何を怪訝に思うことがあるのだろう。なんて、いやはや、あんまり前置きが長いと、みんなに文句を言われちゃいそうだしなぁ。

 もう一度だけ整理しよう。前方には、何にも踏み荒らされた形跡のない、薄桃色の絨毯。後方には、僕たち五人が遺して来た足跡。

 三笠明音。

 赤坂蒼。

 二瓶美稲。

 赤坂緑。

 ……そして、僕。

「……ねぇ、一つ聞きたいことがあるわ」

「……なぁに?」

 眼光の強い三笠明音に問いかけられて、にっこりと尋ねる。してやられた、みたいな、すごくやり手の彼女には珍しい表情がその顔に浮かんで、それでも、他の三人分の質問を取りまとめて、僕に向かって問いかけた。

「顕正はどこかしら、かぐやん」

 僕、天香具山翡翠に、問いかけた。

「さぁね、わかんない」

 用意しておいた答えを返して、さて、プロローグはここまでだ。


 *

 平然と嘘をつく翡翠さんに、三笠先輩が一瞬だけど、ぞっとするような微笑を向けた。私は他のみんなみたいに、翡翠さんのことを呼び捨てたり、ちゃん付けにしたりすることがどうしても出来なかった。得体の知れない、圧倒的な存在力が、あの子にはあるから。

 にこやかな翡翠さんはひとまず置いといて、熟考に入ったらしい三笠先輩のほうに顔を向ける。今の一大事は、三笠先輩や二瓶先輩が先輩が何か企んでいることに気づきながら、その動機に気づけなかったことだ。

 私がいうのもなんだけど、隠し事が目に見える態度でこっちに近づいてきた緑を三笠先輩が一蹴し、先輩の言葉を逐一聞き出した。私の情報と照らし合わせて、この不自然な獣道の先にあるであろう仕掛けを暴こうと考え始めた矢先、ふっと何かに気づいたらしい三笠先輩が後ろを振り返って、そして、話は今にいたる。

 ここから見返せる道中のどこにも、先輩が歩いてきたはずの足跡は残っていなかった。勿論、この先の道にも。緑に私たちをかく乱する情報をつかませてからほんの数秒の間に、先輩は痕跡ごとどこかに消えてしまったのだ。まったくの不意打ちに、呆然として、みんな無言で考え込んでしまっている。

「今回こそ出し抜いた、とか、思ってるんでしょうね、あの男。まったく、遺憾だわ」

「でも、本当に、いつのまにどうやって消えたのか、全然分かりませんよ」

 そう、今回は、本当に。非常識の先輩とは言えど、あれで一応地面に足を着けて生きる人間なのだ。これだけ跡の残りそうな条件で、どうやって姿を隠したのだろう。三笠先輩の思考をもってしても、今のところなんの手がかりも得られていないみたいだった。

「……顕正くんと言えば、発明ですよね」

「私の観察だと、顕正、いつもの護身用の発明二つと、あとは財布しかもっていなかったと思うわ」

「護身用っていうと、スタンガンと鍵ですよね」

「そうよ」

 なんだか事情を知っているらしい緑が不穏な発言をするけれど、まぁ、あの先輩のことだから何を持ち歩いててもそこまで驚いたりしない。鍵が護身になるっていうのは、ちょっと想像できないけど。

「二瓶さんの観察眼なら、多分信用していいわね。財布の中に発明品って可能性はないかしら」

「常識、あると思うわ。ただ、その大きさでこの状況を作り出すための発明となると、そうね、足跡をどうこうするくらいの威力で出来過ぎでしょう」

「どんな仕組みなのかは多分答えを聞いても私や緑には分からないと思うので考えませんけど、足跡さえ消せれば、姿を隠すのは先輩の身体能力なら出来ちゃいそうな気はしますね」

「こら蒼、自分の無能に私を巻き込むな」

 緑の文句を黙殺して、他の二人の反応を窺う。私の意見まで含めて、概ね納得したようである。

「でも、手持ち全部で姿を隠して、それで何をするのかはまったく分からなくなったわね」

 続けられた三笠先輩の言葉に、二瓶先輩を含めてみんなが黙り込んだ。いや、この場にいて一人、疑念からでなくだんまりを決め込んでる人もいるんだけど。

「一度おばあさまのところにでも戻れば、準備なんていくらでも出来るし」

 ……そのとおりだ。でもそこで、全員の視線が一斉に交わった。考えていることは同じと見えて、四人でうなずきあう。

 先を競うように止まっていた足を動かし始めた私たちを見て、ようやく翡翠さんが微笑みを湛えたままに口を開いた。

「うん、準備が出来る前に誘い込まれるであろうポイントについてしまえばいいっていう結論までたどり着いたみたいだね。僕もそう思うし、実際、あらくんがいなくなったタイミングを僕は知ってるけど、それから一度お婆様の家まで準備のために帰ったと考えれば、おそらく僕が予測するポイントにあらくんがたどりつくのはもうすこし先かな。心持ち早歩きでいけば、仕込み中に乱入できる計算だよ。……多分ね」

「……かぐやん。言わなかったのは、顕正の策を支援しているから?」

 翡翠さんのあっさりしたネタバレに、何か引っ掛かりを覚えたらしい三笠先輩が問いかける。その問いも予測していたようで、しかし翡翠さんは、私たちの、おそらく三笠先輩や二瓶先輩でも、もしかしたら翡翠さん本人でさえ、予測できなかったのかもしれない答えを返した。

「ううん、正直、君たちがあらくんの挑戦に乗って看破を試みるだろうとは思っていたし、僕もさっさと答えを見抜いてそれとなく手伝うつもりだったんだけど、何をたくらんでるのか、ちっともわかってないんだよね、僕」

 ――――は?

 ありえない答えに一様に固まる私たちに向けて、翡翠さんはそれでも、晴れやかな笑顔で続けた。

「我ながら驚いてるし悔しいけど、でも、嫌じゃないんだ。それは多分、君たちも一緒なんだと思う。だってさ――――」

 その、先輩が人類の見本と評する完璧な笑顔と同様に明るい声で続けられた言葉に、誰からともなく笑いあって、それから私たちは、駆け足気味の速度で、先輩が待つであろう道の先を目指した。

 はい、新年でございます。三が日でございます。せめて一ヶ月、とか言っていた頃も言葉の上では「去年」の出来事となってしまいまして、これなら四回連続ぴったし二ヶ月おき投稿でもしてやろうかと書き終えてから一分弱、一晩寝かせることも考えましたが、負のスパイラルは断てるときに断たねばなりません、ぎりぎり一日前の投稿になります。

 さて、やっとこ研究部面々に振り回されない、顕正のターンが回ってきているようですが、どうなることでしょう。次回お待ちいただければと思います。是非に。


 さて、申し遅れまして最後になりますが、2013年、明けましておめでとうございます。更新速度はゾウガメ並みですが、徒歩の速度でもゴールテープは切る所存であります故、今後ともどうぞよろしくお願いします。


 草々。

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