お花見。思惑。
春で、全国的に桜が満開の時節だった。閉じていた目を少しでも開けば、薄桃に色づいた桜の木々がそこら中に並び立っている。
自然に出来た美しい並木の道に、しかし観光客の姿は見えない。それもそうだろう、なにせ此処は人里はなれて久しい山の奥なのだから。
「貸しきり状態ですね、素敵です」
すぐ隣で女の子の笑う声がした。聞きなれた、丁寧で優しい声だ。可愛い後輩、蒼ちゃんの声。
「先輩と二人きりだったら、もっと素敵だったんですけど」
ちょっとダークなことも言うようになった蒼ちゃんの声だ。うん。
「あら、私と二人きりになりたいだなんて、ずいぶん嬉しいことを言ってくれるじゃない、赤坂妹」
「三笠先輩に言ったんじゃないです」
「そう、残念だわ」
「……」
「何よ顕正、何か言いたいことがありそうな顔をしているけれど」
「や、なんでもないよ」
ダークさにおいてはどう考えても一枚以上上手な方がおられた。明音さんに牽制されて、蒼ちゃんが一歩下がる。どれだけ打ち解けてもこの辺は相変わらず健在のようだった。
ところで、今の状況を説明せねばなるまい。
僕ら研究部は、残り少なくなった春休みを有意義に過ごすべく、春らしい桜のお花見に興じることと相成った。そこで場所の候補としてあがったのが、ここ、我が祖母、神様の住居がある山の奥だ。お察しの方もいることだろう、そう、以前僕と蒼ちゃんが非現実的な力を持った非現実的な化け狐の非常識的な謀略によって遭難させられたあたりである。正直まるで来たくなかったが、この世の摂理のどこかから僕らがお花見の場所を欲していると悟ったらしいおばあちゃんから直々に葉書で(おばあちゃんの家に電話は無い。そもそもこのあたりには電波塔が存在しないのだ)お誘いをかけてくれたのだから、断るなんて選択肢を生み出すほうが難しいというものだった。お花見の話は僕らの中で割りと突発的に浮かんだはずなのに、その日僕が帰宅したころには葉書が到着していたというのは、おばあちゃんの相変わらない神性を確認するのに十分な出来事だろう。だから来たくなかったのに。
どうせあの人は、僕が今回のお花見において何を計画してどう動こうとしているのか、逐一把握しているに違いない。……おばあちゃんの家に着いたときにまるで当然の顔をして出迎えてくれたすぅちゃんも然り。僕の周囲にまともな人類はいないのだろうか。
「いるじゃない、顕正くん、この上ない常識人が一人」
「先輩に対してほとんどタメ口を聞き、なおかつその先輩を君付けで呼んでいるような後輩の言う一般性がまともであるとはとても思えないね」
「その返しは予想してたけど何もそんな常識的な路線で責めなくてもいいじゃん!」
「じゃあ、天才の僕でさえ予測できないような馬鹿を呼吸するようにやらかす後輩が、まともな人間とは思えないね」
「蒼ー、顕正くんが蒼のことすっごく悪く言ってるよ」
「君に言ってるんだよ赤坂 緑」
「最近の顕正くんには私に対する愛が感じられない!」
「あいらびゅー、緑」
「超適当だっ!」
わーうれしいなーとか不機嫌そうにつぶやいて、緑は僕から一歩距離をとった。彼女のターンは終わりらしい。となると、次は。
「顕正、浮気」
「君も君でフリが雑なんだよ! どの辺に今その台詞を繰り出す要素があった!?」
「他の女と楽しそうに話していたわ」
「そこまでいったら最早ヤンデレって感じだな……」
「む、それは遺憾よ。言い換えるわ、顕正、浮き輪」
「ごめん、海に行きたいのならそこらの小川を辿っていってくれるかな、その内海に着くと思うから」
「何言ってるの顕正、私たちはお花見に来たのよ、ちゃんと花を見るべきだわ」
「浮き輪とか言い出したのは君だろう!」
ありがちな言いかえをしやがって、その上突込みに対する切り返しではまともを気取りやがった。僕を相手にする際の技を心得ているとも言えるけど、あまりに心得過ぎてて最近の美稲からは僕への愛が感じられない。さっきの緑じゃないけどさ。
「待って、それこそ遺憾だわ。私は貴方を誰より愛してるのに」
「そいつぁどうも」
「……証明には実力行使も辞さない」
「わぁ、今日も美稲の愛が全身全霊で僕の胸にスパンキングだぜ!」
「別に、現実にしてもいいけど」
「まぁ、僕が悪かった面は否定しきれないよね」
勿論僕が折れた。最近の美稲には明音さんばりのバイオレンスさが加わっているようでまったくいただけない。というか、やはり運命の節分かたこっち、彼女らの影響し合いはますます(僕に)迷惑な方向へ加速していっているように思える。
延々と、歩いても歩いても、終わらない桜並木が続く。日本地図の、今自分が何処に立っているのか分からなくなっていく。森も(これまで以上に)深まってきたし、そろそろ頃合だろう。
「そろそろ動くって感じかな? あらくん」
「だから君はそうやって人の出鼻を思いっきり挫くタイミングで現れるなよ」
毎度おなじみすぅちゃんの超能力的妨害である。……君も対象なんだから、あんまり邪魔するようだとはずすぞ。
「やだなぁ、あらくん、ほんの冗談なのに。それじゃあ、期待してるよ」
とぼけたふりでもして何を、とか問おうと思ったが、即座にやめる。これ以上笑い種にされる暇があるなら、彼女すら出し抜く策略を練るほうに頭を使うべきだ。
そう、僕がこの花見中に計画している、
「数週間遅れのホワイトデーで、ね? あらくん」
……つくづくやってくれる。
いろいろ筒抜けで翻弄される我らが顕正くんの奮闘が始まります。更新周期がつに二ヶ月になりかけましたが、どっこい私は生きています。なんとしてでも「この小説は二ヶ月以上更新されていません」を出さないために……っ。
次回はもうちょっと、いえもっと早くお会いできるように精進いたします。
それでは、お待ちいただいていた方々、相変わらずのお気に入り登録件数が励みになります。今回もありがとうございました。