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春休み。お散歩。

 道の先にはまだ道が続いていた。未知の先には無限の未知が広がっていた。

 未知と既知との境界線。ただ知るか知らぬかの一線を、踏み越えながら僕らは歩く。ほんの一瞬前まで知らなかった道は、一歩分進んだ視界によって既知の事実へと変換される。

 横を歩く既知の少女にとっては、この道筋すらも、僕と歩く今この瞬間すらも、ある程度までは既知の話なのだろうか。

「……でも僕のは、別に未来予知なんかではないからさ」

「限りなく予知じゃないか。君の予測が僕の目の前で外れたことは一度も無い」

「そうだね。……でもあらくん、僕は君の未来だけは見えないんだ。ううん、僕の目に視界の内容以外の何かが見えたことなんて無いから、この言い分はおかしいんだけど、君がこれからどう生きて、いつ、どんな風に死んでいくかってことが、僕には予測の一つも立たないんだよ」

「僕は天才だからね」

「……たつたの先は、大概見えるようになったんだけどな」

「やつと僕を比べる必要性を説明していただきたいね」

「分かってるくせに」

 拗ねた風に笑う、器用な真似をしてみせながらすぅちゃんは言う。まぁ、確かに、それこそ予測が、つかないことは無いんだけどさ。

「不本意ながら、僕と彼は似ているところがあるからね」

「うん。二人とも、変わって行ったけれどね。特に最近のたつたの変化は劇的だ」

「だぁね」

 いまだに思う。あいつがまさか、ガールフレンドと休日にデートするようになるだなんて。

 ろくでもない生き方をして、ろくでもない死に方をするものだと思っていたのだ。この僕と同様に。

「あらくんだって、たつたにとって救いになった女の子くらい大きな出会いをしているはずなんだけどな」

「さぁね」

 すぅちゃんの前で嘯いてみせたところで、なんの意味も無いのだけれど、なんとなく。

「実際のところ、僕の対人運は最低なくらい最高だと思うけどさ……。そういうすぅちゃんはどうなんだよ」

 山上に僕に、あの両親。何度か命を狙われたことだってあるし、この容姿もあいまって、貞操の危機だって少なからず経験している。

 枚挙に暇がないといって差し支えない不運な出会い、出来事に苛まれてきた彼女は、それでもしかし、僕の問いに間髪いれずにこう答えたのだ。

「あらくんと出会えたんだから、僕の対人運は掛け値なしに最高級だよ」

 うん、ぶっちゃけ予想通りの答えでした。

「……すぅちゃんはなんで僕を好きなの」

 ――僕のこの問いは。自分をスキといってくれる人間に対して、おいそれとするような質問じゃない。こんなのは、自分に自信の無い人間がするか、あるいはすでにカップルの関係にある相手にするような甘々な問いかけだ。僕とすぅちゃんはカップル同士の関係にないので、必然的に今の僕は、前者ということになりうる。

 自信が無い。そういってしまえば、僕は確かに、自分に対して確固たる自信を持ち損ねている。

 僕は確かに天才で、稀代のマッドサイエンティストで、世界崩壊の主である。が、そんな僕が、人格破綻者にして人間不信者にして世界不適合者たる僕が、世界そのものに対する害悪的存在たる僕が、どうしてこうも彼女らに好かれようというのか。研究部面々も然り、すぅちゃんも然り。

 ――自信がない。

「あらくんだからだよ」

「……君に聞いた僕が馬鹿だった」

 そういう奴だよこの娘は。どこまでも全肯定。思えば僕が冬、気を違えた崩壊に望もうとした段にも、彼女が直接止めに入ることは無かった。僕が思いとどまらされるのを知って――信頼してくれていたからなのか、それとも、その不安定さすら含めて、肯定しているのか。

「考えすぎなんだよ、あらくん。人を好きになるのに理由はいらないって言うのはよく聞くフレーズだけど、僕はあの考え方には賛同していないんだ。どんな些細なことであれ、言葉にしにくいことであれ、その人個人を好きになるのには理由がある。けどね」

 一度溜めて、楽しそうに、言う。

「あらくんがあらくんだからって言うのは、理由としてアリだと僕は思うよ」

「いや、なしだろう」

 したり顔で言うのでつい突っ込んでしまった。それこそ、「理由になってない」じゃないか。あるのかないのか、いまいち不明瞭なものである。

「もっと具体的な理由は無いのかよ、すぅちゃん」

「即物的だなぁあらくんは。たまには精神論というか、そういうものにだまされるのも良いと思うよ?」

「だますって言ってるじゃねぇか君が」

「おっと失敬」

 可愛い可愛い幼馴染は、おどけた風に舌を出す。おちょくられてるのか、僕は。

「理由ならあるよ」

 ――正直、この話題は今の所作でひと段落ついたつもりだったのだけれど。ほかでもないすぅちゃん本人が言葉を続けたので、僕から邪魔をすることはないだろう。

 いや、別に、好きなところを聞きたいわけじゃなくって。

「勿論あるよ、好きな理由、好きなところ。挙げ始めたらそれこそ、一年中語り続けられるくらい」

「いや、せめて一日でおさめて欲しいな」

 年て。相変わらず変なところでも桁をはずしてくる天才だ。僕がすぅちゃんを好きなところは五万とあるけれど、単純にボキャブラリーの問題で、一日語り続けるのも困難だろうのに。

「まぁ、そうとして、あらくん。それほどたくさんの理由があるにして、それを言葉にするのに何の意味があるのかな」

「というと?」

「その、五万とあるたくさんの理由を総合して生まれる結論が、僕があらくんのことを好きだっていう事実なんだよってこと。五万のうちの一や二、十でも百でも千でも、揺らいだところで、その結論だけはおいそれと動かない。理由のほうが優先されることはまず無いんだよ」

 すぅちゃんは、今度は、楽しそうでも、したり顔でも、勿論悲しくも寂しくもない表情を浮かべて――――至極うれしそうに、そう言った。

 意地悪な僕には、このあと幾らでも、彼女の言葉にねちねちと反論を重ねることもできたけど。

「……つまり僕が君に伝えるべき言葉は一つだけでいいってことだ」

「ん?」

「好きだよ、すぅちゃん」

 ストレートに彼女の照れた顔を見るほうが、僕にとっては重要事項だったので、たった一言、それだけ言っておいた。

「……さて」

「ん?」

「ハナシもひと段落下ところで、帰ろうか、すぅちゃん」

「いいけど、あらくん」

「なんだよ、僕は駅のこっち側にでてきたの初めてだから、君が案内してくれなきゃ自分がどっちから来たのかも覚えてないぞ」

「あらくん、天香具山家最高峰の僕にも備わってない能力がいくつかあるんだよ」

「へぇ、それは?」

「人の心を操る術と、それから、土地勘」

「……」

 こうして僕たちは、ここから二時間、ひたすら知らない道を歩き続けたのだった。蓋を開けてみれば延々と駅周辺をぐるぐる回っていたようで、たまに僕に進行方向の指令を出していたすぅちゃんの晴れやかな表情を見るに、やっぱりだまされていたのかも、なんて思った。

 一ヶ月経過直前からのこんにちは、お久しぶりになります、作者です。毎度毎度更新周期についてセルフ突込みをいれている気がします。


 さて、うららかな回でした。中身は基本的にありません。


 毎度かわらぬお気に入り登録件数に多大な感謝を送りつつ、また次回をお待ちいただければと思います。


 草々。

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