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春休み。散歩。

 直視できない明るみの空が広がっている。

 青、青、青。ちっぽけな僕よりも当然大きい建造物の数々の、それすら遠く及ばない高みで、その色は僕らを見下ろしている。

 かつて、後輩の女の子が青空を評し、「晴天の色は自然、私の名を連想させますから、得ですね」などと言っていたけれど、僕には眩し過ぎるあの色は、余計なコンプレックスまでも僕に与えてくるので、それと同時に連想されてまるごと良いことばかりかと言えば、実のところそんなことは無い。

 なんて、あの娘に言ったら普通にがっかりされちゃうので、勿論言いませんが。蒼ちゃんは良い子です。わざわざ悲しませることはない。

 ま、蒼ちゃんが良い子であるからこそ、僕の青に対するイメージは、悪いだけじゃなくなっているというものだけど。

 かつての僕は、陽のあたること悉くに対してナイーブだったりしたから。中二病をどんな風にこじらせたら、あそこまでコンプレックスを抱けるのだろう、我がことながら非常に不思議だ。

 さて、そんな風で。

 ようよう春らしい陽気が顔を出し始めた、春休み真っ最中。

 こんな日に、だからこそこの僕ですら、引きこもりをやめて町に繰り出そうと思った次第である。

 行くあてこそ無いけれど、この辺りの住民がとりあえず出かけると言えば、美稲や緑と幾度となく訪れたあの街になる。定期圏内のその駅まで電車に揺られて、一瞬で後悔した。

 春休み、してこの陽気。となれば、当然、普段より人は多いよね。

 というか、やってきた電車が異様な混み具合を見せている時点で気付くべきだったのだ。普段通勤ラッシュの合間に学校に向かうからこそ変な風に慣れていたところがあって、ほとんど違和感も無く「相変わらず混んでるなぁ」なんて思いながらそれ以上思うところもなく乗り込んだ数分前の自分が恨めしい。

 たどり着いたばかりにも関わらず本気で帰宅を検討していると、ふと見遣った改札の先に、見知った顔を発見した。

 ……ふむ。この後登場するであろう人物のことを考えると、このままスルーするのが定石な予感……否、確信はあるけれど、だからこそ久しぶりに捻くれ者らしく、声をかけていくことにしようかな。


 *

 と、言うわけで。

「おはよう、睡見ちゃん」

「あ、ええと、萩の字先輩……」

「なんだよその覚え方」

 しっかり変な風に教え込まれていた。あの男。

「ていうか、なんで声をかけただけで一歩引かれるのかな。僕君に何かしたっけ」

「いえ、そんなことは全然ないですけど、たつ……山上が、『アイツは警戒して損することは無い』って言うので」

「あの男!」

 ろくなこと言わない。睡見ちゃんに関しては、僕は一度明音さんの魔の手(?)から救ったことすらあると言うのに。

 で、僕は今の、睡見ちゃんが口にしかけた彼の名を聞き流すほどお人よしでは無かった。というと誤解を招きそうなので訂正しておくが、聞き逃すのがお人好しなのでは無くて、単純に僕が嫌な奴なのだけれど。

「辰己ねぇ」

「っ、いや、なんでそこ突っ込むんですかっ」

「あれ? 山上から聞いてない? 僕って嫌な奴、とか、さんざん言いそうだけど、アイツ」

「聞いてますけどっ、たつ……辰己がそういう風に言う時って、その相手のことちゃんと認めてる時だから……」

 開き直って名前を呼んだ。ううん、あの男の彼女には勿体無い可愛さだ。いや、いや、だから、彼女じゃない仲のいい友達だ。僕は認めない。

 しかし睡見ちゃん、本当に山上のことを、けっこう分かってるみたいだった。あいつの場合ただ照れ隠しなのじゃ無くて、言っていること自体は本気で思っていることなんだけど、そもそも彼がそういうことを言う相手って言うのが普通はいないわけで、山上の話題に上っている時点で、出てきた名前が彼にとって親しい間柄であることは裕に想像がつくのだ。そのあたりのことを良くわかっている。

 ……何恵まれてんだよ、山上。むかつくぜ。

「なるほど君は山上のことをよく理解しているみたいだね、でも睡見ちゃん、あいつって実は――――」

「おい、なんでここに居やがんだよ親友」

 と、僕が山上についてあらぬことを吹き込むことによる彼彼女の関係性の瓦解を目論んでいると、なんとも間の悪いことに、いや、彼にしてみればこの上なくタイミングのいい事に、当事者――親友にして悪友にしていつか倒す宿敵、山上 辰己その人が現れたのだった。

 普通に改札の方から。

 ただし、気配も無く、急に。

 普通と異常の使いわけが未だ上手いこといってないらしい。まだまだだね。

「なんだよそのやたら勝ち誇った顔は。俺がお前に負けてることなんざ女の数くらいだよ、死ね」

「おいおいご挨拶だな、僕が君に負けてることなんて頭の悪さくらいだよ、死ね」

「あぁ親友、顔の悪さとか性格の悪さとか、常識力の無さとかでもお前に勝てる気はしねぇわ、正式に謝罪するぜ済まなかった。なんなら土下座させてやっても良い」

「あはは、ジョークの程度がまた一段と低くなったみたいだね勝てないなぁ。土下座してやるから大気圏外から見下ろしてもらって良いかな?」

「死ぬじゃねぇか、てめぇよくも好き勝手言いやがって、かっ裂くぞ」

「んだよやんのか?」

「……あの、山上、萩野先輩。駅前で、恥ずかしいので止めてもらって良いですか」

 毎度おなじみ殺伐トーク。そんな僕らは今にも掴み合わんばかりの仲良しだけど、睡見ちゃんが呆れたっぽく言うので自重してあげることにした。惜しいなぁ、床をのた打ち回る山上の図は結構見応えがあると思うんだけど。

 とまぁ、いつもの馬鹿は置いておいて、睡見ちゃん、本人の前では苗字で呼ぶんだな。普通逆だろうに。本人のいないところでデレてどうすんだよ。

「あと、山上、女の数でなんて勝たなくていいから。勝ちたいなら来世にして」

「あぁ? 言葉の綾だろうが、気にすんなよ」

「……それに、遅れてきた上に萩野先輩の方に先声かけた」

「や、それはこの馬鹿がお前に余計なちょっかいかけてねぇか確かめるために……」

 ……本人の前でも充分過ぎるほどデレてるらしかった。名前を呼び捨てないのは単に恥ずかしいだけか。山上、親友だけど一回死なないかなぁ。転生の手助けくらいはしてやるからさ。

「大体、お父さんの件が終わってから腑抜けとるんよ、山上は。前は急に呼び出しても直ぐに来たし、待ち合わせたなら絶対に私よりも早くそこにいたのに」

「あの時は状況が特殊だったろうが。基本安全が保障されてんのに、なんでそんな急いで生きなきゃいけねぇんだよ」

「彼女とのデートに遅れるなって言ってるの!」

「よし、今日の昼飯は奢ってやろう」

「そんなんで釣られるか!」

 まぁ、奢ってはもらうけど。とか言って、睡見ちゃんはふいっと山上から顔を背けて、自然な所作で彼の手をとる。心得た風に、山上もその、彼より幾分か華奢な手の平を握り返した。

 ……。

「あれか、今度は僕が忘れられるパターンって奴だね。で、夫婦漫才は一通り終わったかい? 二人とも」

「あぁ? なんだてめぇ未だ居やがったのか」

「言うと思ったぜ。でもほら、僕ってさ、君のデートとか、無意識的に邪魔したくなっちゃう性格だから」

「死ね」

「なんて汚い言葉づかいなのかしら! 嗚呼嘆かわしい、こんな男が、いたいけな女の子の手を引いているなんて、きっと誘拐かなにかの現場なのだわ!」

「それこそなんだよその口調は。いい加減黙らねぇとてめぇの頭を融解させっぞ」

 おお怖い怖い。これだから野蛮な人間は。

 そんなこんな、一通りのやり取りを終えた僕は、引き際を弁えると言うことで二人と別れて、街の散策に乗り出すことにした。何時か緑と歩いた時とは反対の方向。こっちには、あまり足を運ぶ機会が無かったのだ。

 表通りに反して、同じ駅周辺であるにも関わらず閑散とした雰囲気のある太い一本道、遊歩道を、僕は進んでいった。立ち並ぶ民家の中を、別段考え事も無く歩く。

 と。

「あららくんだ」

「……おそらく予想もしないことが起こった時に発言する『あらら』と、君のみが使う僕に対する呼称 『あらくん』が不完全融合を果たした結果のその一言なんだろうけれども、当事者にして呼ばれ慣れている僕ですら一瞬何を言われたのか理解しかねるような台詞だったから、今度から気をつけると良いよ、すぅちゃん、久しぶり」

「そうだね、たつたの件を片付けて以来だ」

 嬉しい奇遇だなぁ、と、すぅちゃんは本当にうれしそうに言い放った。実際嬉しいのだろう、この子は、そう言う時にそういう顔しか出来ないのだ。――例外はあれど、今がその例外とはとても思えないわけで。

 僕としても、まさかのまさか、こんな近所で彼女に会うとはまるで思っちゃいなかった。この僕がきまぐれで散歩なんて画策したからには、研究部メンバーに遭遇するとか、何かどうでもいい碌でもない事が発生するとか、そんなくらいの厄介事はあると思っていたけれど、中々どうして、山上や睡見ちゃんとの遭遇と言い、すぅちゃんとの奇遇といい、予想の斜め上をいく展開である。

 天香具山 翡翠。その小さな体躯の、一身に、一心に、家名と会社と、ほとんど世の中を背負う女の子。彼女がディスプレイの前に座ると、世界の何かが書き変わる。そのくらいに圧倒的な、天才の天才。

 で、本来なら普通に出歩いている暇はなさそうな彼女だけれど、またなんでこんなところに。

「愚問だよ、あらくん。そこに君がいるから、僕が此処にいるんだ」

「おおよそ予測済みだった返答だけど、もちろん僕はそんな答えが欲しいんじゃない」

「暇だったから散策してみたの。あらくんに会えるかなぁって、予感があったのはホント」

「……あ、そ」

 そいつぁ重畳。彼女の勘は下手な占いや予報なんかより全然あたるから、言うとおり、僕が今日このあたりに来るような予感がして、すぅちゃんは此処にきたのだろう。

「ちなみに、僕って結構暇なんだよ。ご先祖が僕の代まで頑張って作り上げてきた会社は一度崩壊しているし、立て直したといえ、僕はあそこまで、自分の会社を大きくするつもりはないから、ちょくちょく休止を入れながらでも十分に儲けが発生しちゃうんだよね。だから、今日はオフです」

「いや、会社運営にはいつ何が起こるかわからないんだから、トップがふらふらしてんなよ」

「明後日までの『不足』は対処済みだよ」

 返す言葉は必要なかった。だから、すぅちゃんがそういうからには、きっとそうなのだ。明後日までに起こるかもしれないすべての不足の事態に、彼女はすでに手を打っている。もしくは、打てるように手配してある。

「それでそれで、あらくん、もしかしてこれから暇なら、僕とデートしませんか?」

「……うん、いいよ」

 断る理由はない。それに、未開の地を散歩しようとしていた矢先に、これ以上無い土地勘を有するすぅちゃんとの遭遇、いやはや、どっかの元殺し屋じゃないけれど、上々じゃあないか。

 そんなわけで、だから、あの男に対抗するわけじゃないけれど、不肖この僕も、デートである。

 時期に入った梅の花が、道の先に咲いていた。

 何も起こらないのどかな春の一ページ。……になるかどうかは、今後の僕の采配しだいです。あしからず。


 さて、今回恐ろしいほどに期間が開いてしまいました。気づけば一ヶ月を超えていて、まさしく何やってんだ僕って感じです。不肖更新が停滞している間にも、また新しい読者様もついていただいたようで、自らの遅筆を情けなく思いながらも、読者諸賢の登録してくださっているお気に入り数の表記がとてもうれしいです。


 さて、私事、新生活に入りましてもまだまだ書き続けるぜ、ということなので、今後ともよろしくしてやってください。感想、評価等もお気軽にお願いします。


 草々。

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