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今回の〆。バイオレンス。

 楽しい時間は早、過ぎていく。愛しい時は早、流れていく。

 流れる時間は一方通行で、逆流させることも、せき止めることもできやしない。

 夜を越えたら朝が来て、昼を過ぎれば、また夜が来るのはわかり切った事なのに。

 だから、今その時だけにこだわる必要は、無いはずなんだけど。

 明けぬれば、暮るるものとは、知りながら。

 なほ恨めしき、朝ぼらけかな。

 お天道様から身を隠し、僕は再びの夜を待つ。


 *

 放課後、昼下がり。部室、定位置に着いて脳科学関連の論文に目を通していると、後ろから近づく影があった。

「あら、顕正じゃない」

「すっごく白々しい挨拶だね明音さん」

「そうかしら。そうだ、最近暖かくなってきたけれど、二月も終わるわね」

「何故急に確認するかのように時期の話を」

「いえね、再び追いつかれるんじゃないかって、気にしてる存在があるから。ところで今日は二十八日なわけだけど、明日は何日だったかしら」

「登場するなりメタ過ぎるんだよ君は! 閏年ってことになったら四年周期で、ある程度今の西暦を絞らざるを得なくなるから、その質問はご法度だ! カレンダー見て心の中だけで納得してください」

「別にそんなつもりは無かったんだけど、貴方が言うならそうね、明日の日付は……、うん、納得したわ」

「うわぁ、こうも露骨だとむしろ気になるっ」

 はた迷惑な前置きだった。何の前置きって、まぁ、無駄話の、なわけだけど。

「迷惑だなんて、失礼ね。外すわよ」

「何をだよ」

「間接とか、外すわよ」

「とかって何! いや、間接だけでも充分いやだけど!」

「あとは、そうね、貴方が今後の人生中で購入する全ての宝くじを、外すわよ」

「地味に不幸!」

 でも実際、一度も、どんな末端賞にも引っかからない人っているんだろうな。まぁ、その人はその人で、他で採算取れていそうなものだけれど。

 幸と不幸は、それはそれで釣り合うように出来ているのだ。不幸の方が、色が濃くて見えやすいだけ。

「宝くじは当てたいわよね」

「そりゃあまぁ。あ、でも僕、買ったことないんだよね、宝くじ」

「そうなの。愚かね顕正。それは人生の半分を損してると言っても過言ではないわよ」

「まじで!?」

 宝くじすげぇ! いや、んなわけないけど。

「あら、信じてない顔ね。潰すわよ」

「うっわ、文脈に合わせてきやがった。僕のイケてるフェイスが駄目になったらどうするんだよ、バイオレンスだな」

「そうね、私は顕正の顔も結構好きだから、そのイケメン(笑)が凹んでしまったら残念だわ」

「凹ませるつもりだったの!? ていうか、(笑)をつけるな! 僕が不憫だろうが!」

「ええ、そうね、不憫ね(笑)」

「僕の顔がかあああああぁぁっ」

 閑話休題。

 一度休んだところで、再開されるのは同じく無駄話に違いないんだけれど。いやしかし、切り替えは大事である。

 果たして。

「今日は二瓶さんとか、いないのね」

「そうだね。珍しく準備室に籠るでもなく、先帰ったよ」

「本当に珍しいわね。顕正がいるのに」

「まぁねー。ほら、眠いんだってさ」

「そう」

 大して何か思う事がある風でも無く、明音さんは普通に頷いた。どうでもいいのかもしれない。いや、どうでもいいんだろう。美稲がいるかどうか、なんて。

「そんなことは無いわ、だってこの場合、あの娘が準備室にいるといないとでは大違いよ。二人きりか、一人きりかの違いに成るのよ」

「いや、三人か二人だろ」

 減ってる減ってる。誰が消されたんだよ。

「私が帰るからよ、もう」

「え!? なんで!?」

 唐突に!? 僕なんか悪いこと言ったっけ。

「嘘嘘、冗談です。帰りません」

「うん……。で、だったらその勘定はどうなってるんだよ」

「えぇ、別に、研究部で事件なんて起こらないわよね」

「おい、何が言いたい」

「いえね、別に、殺人事件なんて起こるわけないじゃない」

「僕も美稲も殺す気だったの!?」

 久々にまじバイオレンス!

 ほんとに、もう、毎度思うけれど、相変わらず、誰に殺されるとしても明音さんにだけは殺されたくない。

「何言ってるの。私が殺人なんてするわけないわ。二瓶さんをそそのかして、貴方をピーした後に証拠隠滅させて、彼女は逃げ出すからここには私だけ残るのよ」

「今さら伏せ字使うな! 手遅れも甚だしいよ! っていうか君は本当に極悪人だな!」

 自分の手は汚さないとか。悪魔である。

「……それに、美稲はどうあっても僕を殺したりはしねぇよ」

「あら、信用しているのね、……妬ましいわ」

「バイオレン……」

 ス、じゃ、無かった。この人が、明音さんが、普通に、僕と美稲の信頼関係を妬ましいと言った。なるほど嫉妬という感情は、黒い感情に位置づけられる事が多いけれど、この人の場合、この程度の黒さと言うのは、もう、ほとんど抽出していないコーヒーにも等しい薄さであって。

 ちょっとだけ、寂しそうな表情が印象的だった。

 それこそ、なんだよ、急に。

「別に、何でも無いわ。私が恋敵を妬んで、何かおかしいことがあるかしら」

「……まぁ」

 そりゃあそうだけど。いや、でも、この受け取り方は心外だ。

「明音さん、何を勘違いしているのか知らないけれど、普段どんなやり取りをしているからと言って、バイオレンスだからと言って、僕は君や他の部員たちに殺されるかもなんて、傷つけられるかもなんて、微塵も思ってないよ」

「……そう。貴方は格好好いわね、相変わらず」

「……」

「でも、顕正。貴方のその信頼を受けて尚、言うけれど、私はおそらく、場合によっては貴方を傷つけることをするわ」

 躊躇いなく、と、明音さんは付け加える。

 急にシリアスな表情を作って。

 目線を上げた僕と、明音さんのそれが重なって、彼女の方が、先に視線を逸らした。

 ううん。

「君に傷つけられるんだとしたら」

 僕の声に、明音さんの視線が戻ってくる。何を言われるのか、珍しく、聡い彼女が予測しかねているようだった。目には困惑が映っている。

「そんなの、僕からしてみればこの上なく本望だね」

「……ああ、そうね、貴方はドMだものね」

「珍しく良いシーンだったのに!」

 色々台無しな切り返しだった。つぅか、そう言う意味じゃねぇよ。

 ま、こんなノリだよね。ふつうふつう。

「まぁ、話を変えましょうか。折角二人きりなのだから、一緒に遊びましょう」

「遊ぶ、ね。良いけど、何しようか」

「ボクシングなんて良いんじゃないかしら。アグレッシブだわ」

「バイオレンス! 明音さんらしいのからしくないのか判断しかねるアイディアだけれど、僕らはもう一通りボクシングを終えたと思うんだ」

「そうだったかしら」

「うん、言葉の」

 そしてその場合、僕が一方的に殴られ続ける試合展開だ。ぼっこぼこ。明音さんの性格だと、可能だったとしても一発ケーオーとかはしなさそうだし。

「あぁ、そうね。言葉のボクシング、確かにやったわ。ほんとう、かよわい女の子を言葉責めにするのが好きね、顕正は」

「え、え? なんでこの展開で僕がSっぽく言われてるんだ?」

「違ったかしら。まぁ、顕正はSじゃなくて、ゲスだものね」

「それはもうただの悪口だ」

 ボクシングの試合で拳銃を抜くような卑怯さを感じる。

「銃なんて扱えないわ、女の子だもの」

「じゃああれだな、太刀だな! すっごく手入れが行き届いてそうな!」

「無理よ、あれって案外重いのよ」

「知ってるけど!」

 村雨さまは一応太刀の形をとった発明だし。モデルとして本物に触れた直後のことだった。

「あれよね、せめて包丁と言って欲しいわ女の子だもの。家庭的よね」

「いや、そういうのは猟奇的って言うんだ」

 全然家庭っぽくない。包丁も明音さんに使われるのでは浮かばれないだろう。

「何よ、失礼ね。私だって料理の一つや二つはかるくこなすわ」

「あぁ、うん。それについては、明音さんが言うと、今となっては信用したけど、緑の台詞よりは信用出来るよね。実際、バレンタインにもらったチョコはかなり美味しかったし」

「っ、ああいう意に沿わない形で貴方の手に渡るのは、だから、意に沿わない……気に食わないんだけど」

「何言ってるの、僕はむしろ、明音さんのお母さんに感謝したいところだよ。おかげで明音さんのチョコレートを貰えたんだから」

「…………………………悪い気は、しない……けど」

 珍しく純粋に照れたように、明音さんが俯いてしまう。なんだこれ、珍しい上に超可愛い。

 これはあれだ、僕のなけなしのS心が、自動的に次の一言を指し示してくる。

「明音さん、ふぁんしーだね」

「っ!」

 かぁ、と、何時か、これこそ意に沿わぬ形で彼女の想いが僕に露見した時のように、明音さんの顔が急激に紅潮した。

 ふはは、これはこれは、手元にカメラがないのが残念でたまらないね! いますぐ発明してやろうかしら!

 とか、まぁ。

 僕は調子に乗っていた。こればっかりは仕方ないとも言えるし、単純に、馬鹿だとも思う。

 相手は明音さんである。

「……」

「ぐえっ!? ちょ、ちょっと待った明音さん! 分が悪いからって直接行動はどうかと思うな僕は! いや、だから、無言で喉を突こうとするその手を止めるんだ!!」

 実質的、肉体的危機が訪れた。おいそれとからかうことさえ出来ない人だ。

「いえね、からかわれること自体は、別にいいのよ。私に気をかけている、ということなのだから」

「だったら……!」

「でも、貴方相手に分が悪いのは気に食わない」

「嫌われた!」

 酷い言われようだった。僕をなんだと思っているのか。

「何言ってるの、好きよ、顕正。ただ、最近特にだけど、私の分が悪い日が多いと言うか……」

「……あー」

 バレンタイン然り、今も然り。僕自身にもこなれてきた感があって、明音さんとの応酬にも多少の余裕がうまれている。

 と言うか、明音さんに分の悪い状況が多かったのだ。節分ではしてやられたと言え、あれは彼女個人の力ではないし。

「惚れた弱みがあるとしても、ここらで一度、私が上位であることをしつけなお……教え直しておこうかと思って」

「軽々と僕をペット扱いするね」

 しつけって言った。だったら上位じゃなくて主人だな。

「まぁ、じゃあ言うけれど、僕は別に、明音さんに勝ってるなんて思ってないよ」

「あたりまえよ」

「急に強気!」

「いえ、別に。続けて」

「……今の僕が例えば君に認められるくらい、君が分が悪いと思ってくれるくらい成長出来ているっていうなら、それはそもそも間違いなく君のおかげだからさ。今までの恩義を考えても、君が僕にしてくれたことを考えたら、僕が上位だなんてとんでもない話だ」

「あたりまえよ」

「やっぱり強気!」

 あたりまえらしかった。じゃあさっきまでの言い分はなんだったんだよ。

「いいじゃない、細かいことは。それより、そろそろ今回の〆に入ったほうが良いんじゃない? ほら、尺的に」

「だから、メタな方向に突っ込んでいくの止めてくれませんかね! ……〆ねぇ。なんか、ほとほと中身のない会話をした気がするよ、僕は」

「そう、じゃあそうね……。このままだらだら話していたら眠くなりそうだし、この辺で話を切りましょう、と言うことで、寝ない、落ちないの、オチ無い、でどうかしら」

「それは前回の〆だよ!」

 忙しい時期は過ぎたにも関わらず二週間間隔。遅筆っぷりに拍車がかかってきたきらいがあります。不肖、進学先も決まりまして、春からの行き先も安定したところですので、気分も新たに、そろっと頑張っていきたいと思っております。


 さて、中身のない回が続きました。次回からはちょっと飛んで春休み編の予定です。何か特別なイベントが起こるかどうかは、まだ作者の中でも決まっていませんが。

 それでは、今回もありがとうございました。願わくば、次回も是非に。

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