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赤坂妹。広がる青と、滲む僕。

こんな世界は壊れてしまえばいいと、常日頃から思っていた。

その程度の世界だからこそ、そんな直情的な思想では壊すまいと、誓っていた。

だからこそ僕は、多大の充電期間があるものの、あの装置を完成させたのに。

究極的に世界を『崩壊』させる、その装置を作ることができたのに。


その時の僕には、世界を壊す資格も、力も、無かった。



ものの数分で調整を終えた『だませーる』に情報を打ち込みながら、僕の眼には何も映らない。僕の研究に齟齬は無かった。発生するはずのない故障は、僕の自信を打ち砕くのに、これ以上ないくらいに効果的だ。やってくれるじゃないか、神ってやつは。

ああ、違う。僕は神なんて信じたことは一度もないんだ。眼で見たものしか信じない。僕は、神を見たことがない。奇跡に立ち会ったこともない。

科学的に証明できる事象を、僕は奇跡とは呼ばない。実力や、それこそ偶然ってやつも、僕にとっては簡単に証明できる程度のものでしか無かったはずだ。

神はいない。偶然もない。失敗だって、『だませーる』にはありえない。ついさっきまで、否、今この時さえ、『だませーる』はその能力でこの街の住民をだまし続けているのだから。現在進行形で動作している機械に、失敗は無い。それこそ、僕の作った研究だった。

「発信領域は地球全土。用途は洗脳。メッセージは一文、『死ね』」

書き換えたプログラムを確認して、僕はエンターキーに指を置いた。一瞬、思考が飛んで指が止まる。

いいのか? 僕は、このキーを打ち込んで、それで目的を達するのか? それは、目的の達成と呼べるのか?

……そうじゃないんだよ。

そんなことは関係ないんだ。今僕は、どんな形でもいい、自分の実力を、僕の本来の力を全世界に誇示したいだけなんだ。世界くらい、僕の指先だけで左右できることを、知らしめるんだ、全てに。


「何やってるんです? 先輩」


再び指に入れかけた力を、もう一度抜いて、僕は声の主の方に眼をやった。

聞き覚えのある、というか、つい最近、昨日の放課後聞いた声。今年の春に入部してきた後輩姉妹の片割れ、赤坂 蒼で間違いないだろう。

この部に所属している人間は同士。なれば、僕の行動の理由と方法を説明するに、やぶさかではない。たとえこんな状況だろうが、僕は余裕を持っているのだ。そうでなければ、世界崩壊の主を名乗る資格は無い。

「こいつでね、世界中の人間に洗脳電波を送るんだ。『死ね』ってね。世界を壊すために」

『だませーる』を指差しながら、僕は彼女にそう答える。

一瞬彼女は怪訝そうな顔をして、そして。


「――――え?」


僕の頬を、右の頬を、思い切り張った。

「な、に……するんだよ、赤坂妹」

呆然と尋ねる僕に、しかし赤坂妹は微塵も揺らがずに、応える。

「先輩の言う世界の崩壊は、人類の滅亡では無かったはずです。その程度の再前提すら、忘れての所業ですか? 先輩」

冷ややかに、しかし確かな熱を持った声音で、赤坂妹は言葉を放つ。後頭部を思い切り殴られたような衝撃に襲われ、僕は座っていた椅子から崩れ落ちた。

僕は、確かに、完全に、無欠なまでに、間違え過ぎていた。

瞬間、思い出す。崩壊を望む理由。違う、僕は崩壊を望んでいるわけじゃない。崩壊を目指しているんだ。科学者としての、マッドサイエンティストとしての執着点にして終着点、世界の崩壊。

僕の目指す崩壊は、確かに、人類如きの滅亡ではなく、勿論、大量虐殺でもなかった。

「僕、は――――」

「落ち着きましたか、先輩。ならコーヒーを淹れてください。砂糖四杯で」

しれっとした風に言いきる赤坂妹の顔を見上げて、僕はつい、彼女に見とれてしまった。

なるほど、名は体を顕すという。


どこまでも蒼く澄んだ瞳で、まっ直ぐに、自分の思う前だけを見つめた、精悍極まりない表情で。

赤坂妹は、どこまでも蒼く、美しかった。


「四杯、ね」

プログラムを改造前に戻して、僕は立ち上がった。はは、まさか入ってひと月そこそこの一年生に学ぶとは、世界は広いものだ。だからこそ、壊しがいがあるというもの。

サービスだ。今日は砂糖、八杯入れてあげようと思った。実際、入れてあげた。

なんか、噴き出していた。



「まったく、君にはかなわないね、赤坂妹」

街灯も碌に無い、別荘近くの砂浜で僕は笑う。赤坂妹は淡々と、でも心なしか照れた風に、「あたり前です」と答えた。謙遜という言葉は知らないらしい。

「先輩」

「ん?」

「先輩は、壮大な事を成し得る人間です。ですから、いい加減、自分を見失うのは止めてください。先輩程の人間がそうだと、崩壊させた後の世界に示しがつかないでしょう?」

もっともな意見。拝聴しますよ、後輩。

「それと」

僕の前を歩いていた赤坂妹は、そこで一度言葉を区切って、立ち止まった。

ふわりと、髪を風に揺らして、振り返る。


「私の事は、蒼と呼んでください。赤坂妹、で間違えではないですけど、それは私の固有名詞ではないです」


うん。僕が頷くと、赤坂妹は――――蒼ちゃんは、今まで見せたことのない表情で、無表情なんて誰が言ったんだよってくらいの、やっぱり、とても美しい表情で、……笑顔で。

「約束ですよ?」


中々散々な日だったけど。酷く心労の多い一日だったけど。

こんな風に締めくくれるのなら、合宿も悪くはないかな、なんて。


およそ世界を崩壊させようなんて人間では無い思いを持って、僕は少しだけ、笑った。

蒼との過去編、終了になります。

赤坂姉妹と顕正はまだ付き合いも浅い間柄ですが、きっかけさえあれば人間同士なんていくらでも仲良くなれますよね。なぜちゃん付けなのか。ただの趣味だと思います、作者の。


というわけで、蒼との関係性と顕正の弱さを露呈するためだけに画策した合宿編は次かその次で〆となります。少しでも楽しんでいただけたようなら、光栄至極でございます。


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