きょうい。の、脅威。
戻りませんでしたが、何か?
学校の話である。二日連続でサボって、流石に三日連続は、と言うことで、その翌日は登校した次第だ。これじゃあまるで僕が不良みたいじゃないか。否定したところで信用してくれる人が、おそらく身内を含めて一人もいないであろうところが問題点だが。
あえて言おう、僕は不良じゃない。むしろ成績だけ見れば学年トップクラスの実力者である。
「成績優秀者でも不良のレッテルを貼られることがあるんだと言うことを、身を持って体現してるんですね。流石だなぁ顕正くんは」
「そういう君はそもそも成績優秀者ですらないだろうが」
「でも、顕正くんほど問題児でもないよ」
「いや、頭がいい分、まだ僕の方がマシだ」
「二人とも立派に問題児ですよ。先輩の場合は頭が良い分厄介で、緑の場合はひたすら馬鹿で扱いにくい」
「「……」」
返す言葉も無い僕たちである。
が、かく言う蒼ちゃんも、学校どころかどの世界の記録にも残ってない話だが、冬休み前に留学の件をぶっつぶして学校に見えないところで問題を起こしているのだ。直接ぶっ潰したのは僕だけど、結果的に蒼ちゃんはその僕に礼を言ったわけだし、立派に共犯者である。
そもそも当事者だしね。当事者が無関係を主張するのは些か無理に過ぎると言うものだ。
「問題児だらけじゃねぇか、研究部」
「今さら気付いたんですか、先輩」
さらっと切り捨てる蒼ちゃん。むぅ、別に自分のことを棚上げにしていたわけではないらしい。たとえ誰かに糾弾されたところで、蒼ちゃんは優等生だと胸を張って言える立場なのだが。その辺律儀な娘だ。自分に厳しい。
「まぁ、張れる胸があるかは別問題だよね」
「緑、空気を読めないだとか、不謹慎だとか、鈍感だとか失礼だとかさんざん言われて来た僕だけど、今の君の一言が限りなく余計だったってことだけは僕に分かったぞ。そういうことは心の中だけで発言するのが大人の振舞いだろ」
「先輩、それは緑に続けて宣戦布告ってことで良いんですよね」
先輩として後輩を窘めただけなのに、庇ってあげた本人に何故か睨まれる羽目になってしまった。おいおい、それこそ冤罪ってやつだぜ。僕の発言は基本好意に満ちているって言うのに。
「先輩のそれは限り無く悪意に近いですからね」
「でもでも、蒼、この件に関して顕正くんは何も間違ったことを言ってないよ」
「本格的に喧嘩売ってるわけっ?」
「なぁにむきになってるんだい? 元より私は疑問を口にしただけだよ? 蒼にその、張れるだけの胸があるのかなぁって」
ふふん、と、鼻を鳴らして挑発的に、緑が蒼ちゃんの身体のとある部位に視線を注ぐ。
「別にっ、むきになんてなってないけど、そうね、疑問と言えば、私と一回りも変わらないサイズの緑が何を得意気に語ってるのかって、私は思うけどね」
「何言ってんだよ、アルファベットの表記が違うだろっ。一回りもって言うけど、それで別のクラスに分けられてるんだから、そこには何より明確な、記号としての差があるよね?」
「毎朝着替える時に鏡の前で寄せて上げてるのを私が知らないとでも思ってるのか!」
「!? なっ、紫のやつ喋りやがったな!」
「…………」
いきなりヒートアップしだした二人から少々距離を取って、僕はできるだけ無心を保つ。初めて見る赤坂家双子の姉妹喧嘩だった。
あまりに唐突なそれに戸惑うばかりだから、僕はけして、この会話の内容からすると、我が双眸の見立てたところでは緑がCで蒼ちゃんがBなのか、とか、そんなことは考えていないし想い及びもしないのである。
この姉妹、仲の良いところをみたことも特になかったけど、そう悪いわけでもないと思ってたんだけどなぁ。いやさ、やっぱり、悪くは無いんだろうけども。
「顕正くんっ、ちょっと見てよ、どっちが大きいと思う!?」
「ここで僕に話を振るだとっ!? いや、いやいや緑、ごめん、話の経過を聞いていなかったから何を聞かれているのかさっぱり分からないや」
「その反応は明らかに不自然だよ! まぁでもだったら説明してくれるっ、胸の話だよ!」
「ムネ? 画家の名前だったかな」
「それはっ、えっと……ホネだっけ? とにかく違う、そうじゃなくって、胸だよっ、バストの話だよ!」
「モネだ。いや、折角僕がとぼけてるんだから、其処は察して避けてくれよ」
「いいえ先輩、ここははっきりしていただきたいです。今後の家族内での立ち位置に関わりますので」
「そんな大事なのか!?」
まったくそんな風には思えないんだけど! いやぁ、女子には不思議がいっぱいだなぁ!(半ば自棄)
「さぁさ、早速審判を!」
「勘弁してください!」
無理だっつの! どんな状況だよこれ、後輩の女の子の胸囲を比べて評するとか、普通に最低な話である。というか、ほとんど似通った体型の二人を見比べるには当然注視しなくちゃいけなくなるわけで、その状況はほとほと拷問に近い。どだい無理な話だった。
「……いや、二人とも落ち着くんだ。良く考えてみなよ、僕に審判を求めると言うことは、つまり君たちは僕に身体を、いやな言い方をするとじろじろと見られるわけだよ?」
「良いよ、顕正くんなら」
「構いません、先輩ですから」
言うと思ったぜ!
ちくしょう、手詰まりだ。ほんと、この子たち、極端に過ぎる面がある。ありありとある。
「いや、それだって顕正くんには言われたくないけれど……」
「それも言うと思ったぜ」
言われると思った。まぁ、否定もできない。
さて、しかし、この状況、如何にするべきか。
この子たちの言うとおりにする、なんて選択肢は、ある面から見ればなるほど、思春期の青少年として願っても無い――――なんて言うと僕が変態みたいだが、まぁそんな感じであるとして、けれど、だからと言ってそれをその通り実行すると、僕は僕を色んな意味で許せなくなること請け合いなので、無しである。考えるべきは打開策だ。
「二人とも、こういうのはどうだろう。もうじき明音さんか美稲が来ると思うから」
「却下です。あの二人には頼まない」
「私も却下です。先輩、それこそ、酷と言うものですよ。空気読んでください」
「……」
まぁ、あの二人は、遠まわしに言うけど、顔の造形に限らずそう言う意味でも、外観的に優れているからなぁ。特に明音さんは身長もあるし、まんまモデル体型である。
代替案は一刀のもとに切り捨てられた。思案の余地も無いらしい。
だからどうすんだよ僕。
「先輩、良いんですよ『どっちもおんなじだよ』って一言言ってくれれば。それで緑が今後姉妹間で誇らしげな顔を見せる機会が消え失せるんですから」
「……どっちもおんなじだよ」
「顕正くん、寝言は死んでから言ってよ」
「ラジカル過ぎる! 死んだら喋れねぇよ!」
「え、でも、長い眠りとかって言うじゃん」
「それは比喩だよ! つぅか、その場合の『ながい』はどうしようもなく『永い』だから、覚醒の余地は無い!」
「大丈夫だよ、神龍に頼むから! まだ一回目だよね!」
「神に龍でなんて読むのか僕は知らないぜ! 一回目だろうが二回目だろうが、死んで喋れないんだから寝言は言えないだろうが」
「ええい、まだるっこしい!」
「っうわ!?」
なんとかこのまま、睡眠関係のどうでもいい話に持ち込もうと台詞を操作し始めた僕を、あろうことか応酬の流れを完全に無視して、かつ目を奪われるほど流麗な所作で、緑は押し倒した。
ものすごい綺麗な大内刈りだった。大外刈りと違って一歩歩み寄るような動作で内股から足首を取られるから、反射でふんばろうと思った頃には、僕の視線は天井に向いていた。
いや、そこが天井かどうかは分からない。現在の僕の視界には、僕に覆いかぶさる緑の顔しか映っていなかった。背中に触れる冷たい感触から、床に倒されているものと知れただけである。
なんだよこの手際。
「って、ちょっと待てなんのつもりだ緑!」
「ん? こうなったら体感でもって判断してもらおうと思って」
「僕が貞操の危機!?」
「顕正くん、覚ぐぁっ!?」
と、僕の上から転がり落ちる緑――――どうやら蒼ちゃんに蹴り飛ばされたらしいが、なんかもう、ぐだぐだである。とにかく僕が一貫して窮地にあること以外、まったく状況に追いつけない。
態勢を立て直した緑が上体を起こさずに今度は蒼ちゃんの足を刈るのを確認しながら、遠慮ない姉妹喧嘩の恐ろしさ――――脅威について、僕は一人、想いを馳せるのであった。
バランスを崩した蒼ちゃんが、受身も取れずにこちらに倒れ込んでくるのが見えた。ほんと容赦ない緑さんである。
ぐえ。
胸囲がどうのっていうことで、というか、脅威でした。……駄洒落駄洒落。
読者皆々様の「暇潰し」を目指して書かせて頂いている本作ですが、作者の現状からすると僕の「息抜き」を大分に兼ねてる感じです。そんなこんなで、むしろようやっと本分である中身のない日常パートをお送りできるに至ったわけで、何にも考えず、こいつら馬鹿だなぁなんて思いながら、今後ともお付き合いいただければ幸いです。
草々。