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翌日。二月十五日。

 ……あれ?

 日付が変わった。

 当日、と銘打って過ごした聖バレンタインデー、美稲、緑、蒼ちゃんに、それぞれ慣習に則ったプレゼントを頂いたなら、強欲かつ非常に強い自意識を持つ僕だから、当然もう一人の部員、明音さんからもいただけるものと信じて疑わなかったのだけど。

 日付は変わっている。

 ……あれ?

 というか、それどころか、最早昨日と化したバレンタインその日に、どうしたことだろう、僕の中には明音さんと顔を合わせた記憶さえ、どうにも無いようだった。

 待て待て。幾ら皆と遊んで(?)お腹いっぱいな感じだったとはいえ、僕があの人を忘れるわけないのに。そりゃあ、昨日の日付に過剰な自意識を発動した僕が彼女たちに能動的に接触するだなんて真似をするはずは無いが、それにしたって、同じ階、隣の教室に、明音さんはいたのである。

 朝から部室に籠りっぱなしだった気もするけど。いやいや、放課後だって、結局明音さんは現れなかった。

 うーむ。明音さんがこの手のイベントを忘れているはずがないし、どちらにしたって一日一度も会わないなんてことは僕が崩壊に踏み切ったあの頃以来ほとんど皆無に等しかったんだから、忘れていたにしても会わないと言う状況は不可思議に思える。

 とか、色々と分析してみたりしたけれど、何て言うか、僕は明音さんにチョコレートまたはそれに準ずるものを頂けなかった事が割とショックだったらしい。なんて物欲的な。

 ……会いに行ってみようか。今朝の僕は、普通に教室で待機している。ちょっとドアをくぐって、ちょっと隣の教室を覗けば、蒼ちゃんの真面目とは別の理由で遅刻なんてするはずのない明音さんがいないはずがないんだし。

 と、思い出す。

 明音さんに最後に会ったのって、前日の朝じゃ無かっただろうか。あの時の明音さんは、普段と違う行動をとっていた覚えがある。

 帰る、とか、言ってなかったっけ。サボるって。

 何かあったんだろうか。あの日。

 気になってくると確かめずにはいられなくなって、僕は大して考えるでもなく、席を立って隣の教室を覗いていた。……なんとなく予想はしていたけど、いない。

 ケータイを取り出す。全く気づくのが遅すぎるにも程があるけれど、やっと気付いたからには、出来得る限り事実を把握しよう。

 長い呼び出し音の後、繋がる。繋がった。

「もしもし」

『風邪をひいたのよ』

「……」

 相変わらず話の早過ぎる人である。僕はまだ最初の呼びかけしかしていない。

『あのタイミングで風邪をひいて、どうやら結構熱が高くて、昨日までには直すために一昨日は早引けしたにも関わらず、発熱のピークは昨日だったっていうオチよ。他に用が無いなら通話を切りなさい』

「知りたかったことはあらかた知れたけどちょっと待とうよ」

 早過ぎるって、だから。

『何よ、バレンタインを仕損じた女に何か別のようでもあるのかしら? 他の女からの貢物の詳細なんか語ったら刳り抜くわよ』

「そんなつもりは毛頭ないけど、何をだよ」

『勿論目よ』

「だと思ったからスルーするところだったけど、枕に勿論ってつくことで看過しきれないバイオレンスさに! 他の選択肢は無いのか!」

『あら、顕正的には心とかの方が良かったかしら。刳り抜くわよ、心を』

「ロマンチックっぽい台詞だけど、ちょっと状況が思い浮かばない」

 なんか魂抜かれてるみたいな映像が浮かんだ。バイオレンスではないものの、それはそれで看過できないものがある。

『じゃあもう少しわかりやすく言うわね。刳り抜くわよ、心の臓を』

「それはただのバイオレンスだ」

 猟奇的殺人である。心臓なんて抜いてどうするつもりだ。

『失礼ね、ただの医療行為よ』

「生きた人間から心臓を抜き取ることを医療行為とは呼ばない!」

『そう、顕正、まだ気づいていなかったの……』

「え、まさか、僕は、もう……」

『まぁそれは良いとして、風邪で休んでいるだけだから、心配しないで良いわ。しても良いけれど何も出ないわよ。あげてないバレンタインのお返しを、来月に貰うのは遠慮しないけど』

「切り上げ方が雑過ぎる! 最後までボケさせろよ! それに、なんかさらっと要求だけ出されたような気がするっ」

 ……まぁ、いやとは言わないけどさ。勿論。

『それじゃ顕正、そろそろ切るわね』

「あ、うん、お大事に」

 そんな感じで。妙にあっさりと、通話は終了した。もうひとつ二つ、やり取りがあってもおかしくない所なのに。

 昨日がピークだったなんて言ってたけど、まだ辛いのかもしれない。

 となれば。

 何も出ないとは言われたけど、行きますかね、心配しに。

 そんなこんなで、お見舞いに。二日連続、授業はサボタージュである。まずいなぁ。


 *

 一応今から行く旨をメールで伝えて、それから三十分後には、僕は明音さん宅の前にいた。チャイムを鳴らすとインターホンを通さず、玄関のドアが開く。出てきたのは明音さんだった。寝てろよ。

「お母さんいないから」

「え、それって僕あがって大丈夫なの」

「ええ。それと、おそらく十分もすれば戻ってくると思うから靴は持って上がりなさい」

「……」

 人払いをしているらしかった。まぁ僕としても、あの人と接触する機会は少ないに越したことは無いんだけどさ。初回で充分に、その脅威は伝わったので。

 秋ごろ訪れた明音さんの部屋に通される。部屋の様子は、その頃からあまり変わっていないようだった。相変わらず毒々しい色合いである。

 病人らしくベッドに戻って、明音さんが改めて口を開いた。

「あまりじろじろみないでよ。顕正、それで、何しに来たのかしら」

「だからお見舞いだって……」

「お見舞いっていう名目で、風邪をひいた同じ部活の女子の家にあがりこんで、親の留守を良いことに襲いかかりに来たのね。納得だわ」

「母親を外に出したのは君だろうが!」

 酷い濡れ衣だ。しかしこの、いつもどおりなやり取りである。顔色もそこまで悪くないし、実は案外もう治りかけだったのかもしれない。

「何よ、別に私は、いつもなら電話越しでもう一つ二つ応酬をかわすところを、体調が未だ優れないふりをしてお見舞いにこさせようなんて策は使ってないわよ」

「一気に胡散臭くなったな」

「ごほっごほっ」

「わざとらしいっ!」

「顕正、誰もいない家に二人きりだからと言って、何かやらしいことをしようって言うなら別に止めはしないわ」

「今ので分かった、君は確信犯だ!」

 普通に絶好調だった。策も冴えてる冴えてる。見事に騙されてる僕である。いや、お見舞いに来るのが嫌だったとかでは全然ないけど、これなら授業をサボってまで様子を見に来ることは無かったかもしれない。

「ところで今は熱、どのくらいあるの? さっきまでの感じだともうすっかり引いてそうだけど」

「えぇ、貴方が来る前は三十九度あったわ」

「寝てろよ!」

「昨日の話だけどね」

「ていうか僕は最初から今現在のことを聞いたはずなんだけどな」

「そうね、測ってみようかしら」

「それが良いと思うよ」

 もう平熱でおかしくないテンションだ。だったら何と言うか、三笠母が戻る前に帰ろう。……学校に戻る気にならないあたりがミソである。昨日に同じく。

「顕正、体温計をとってくれるかしら」

「え、うん。……と、あれか」

 明音さんの勉強机であろう、その上にあった体温計を手渡す。体温計にも色々あるけれど、これは一般的な、脇に挟むタイプみたいだ。我が家の物と同じである。……ここ数年間使われていないけど。ある、よね、体温計。怪しいものだ。

「……」

「……」

 しばし、無言。服飾関係だけは何故かまともな色彩感覚の明音さんが、寝巻の裾から脇へと手を差し込むさまからさり気なく目を逸らして、測定終了の音を待つ。喋らなければ、相変わらず明音さんはただの美少女だった。

 勿体無いとか微塵も思わないけど。この顔で、この性格でこそ明音さんだ。

 電子音が響いて明音さんの方に視線を戻し、また裾を持ち上げて体温計を引き抜く明音さんの白い腹部を直視してしまい、慌ててそのまま首は反対側を向く。首を振ったみたいになってしまった。何やってるんだか。

 なんだか急に口数が減ったから、どうにも間隔を掴みかねる思いだった。

 仕切り直そう。

 安座から膝を立てて、体温計を受け取るために一歩寄る。

「明音さん、何度だった――――」

 ……?

 ……あれ?

 一歩寄って、そのままちゃんと立ち上がるはずだった僕は、片足を浮かせたタイミングでの急な負荷に圧されて尻餅をついていた。

 返事は無く。

 胸部から、急な負荷。

 圧され――――押されて。

「明音さん?」

 いつの間にか、いつか負ぶった時には感じなかった重みを伴って、明音さんの肢体が僕の腕の中にあった。

 軽かったはずの彼女の身体は、両手でやっと支えられるくらいに重くなっている。

「明音さんっ」

 華奢な手から握っていた体温計が落ちた。さっきまで、今の今まで平然としていた顔は熱に浮かされたのか真っ赤に染まり、目はうつろに、薄く開いた口元から漏れる呼吸はやたらに熱い。

 おいおいおい。

 いくらなんでもポーカーフェイスに過ぎるだろう――――。

「どうすんだこれ」

 とりあえずベッドに、と、熱くほてった、重い身体をなんとか起こしにかかったところで。

「あらぁ、顕正くん、お困りのようね~?」

「……何時からいたんですか」

 背後から僕に声をかけたのは、音も無く部屋のドアを開いてひょっこり顔だけ出した、愉快な大人の姿だった。

 三笠母、帰還。

 助かった、んだけど、いや、ほんと、気配とか微塵も感じなかったぞ……?

 片や、親の留守中を狙って一人娘の部屋に忍び込み、熱でぼぅっとした彼女を抱きかかえている男。

 片や、おそらく娘の人払い計略を看破した上で敢えて騙され、僕が来るであろうことも予見しきった上、帰宅を誰にも悟られず、自分の娘の体調が急変したにも関わらずその僕に対して呑気な声を上げる女性。

 見舞いに来てから色々と予定外過ぎて、明音さんはこんな状態なのに、この母娘にからかわれているんじゃないかと疑わずにはいられない僕であった。

 そしてまたおそらくだが、この人は僕を、僕と病床の一人娘を、本当にからかっているんだろう。

 どうすんだ、これ。

 あけまして、というか、明けていましたれかにふです。おめでとうございます。

 去年は「今年最後か来年最初」と言っていましたが、「来年最初」な上にはや一月は二桁日数に突入しています。お待たせしましたっ、最新話であります。


 何分春先まで受験生なもので、今後の更新も今まで以上にスローペースな物になると思いますが、不定期ながら休載の体にはしないつもりでいるので、ゆっくり付きあっていただければと思います。……元よりそんな、先の気になる類の話ではないですし←


 それでは、それでも新年一発目と言うわけで、今年度も是非、今作並びに作者の方も、よろしくお願いします。

 草々っ。

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