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当日。チョコレヱト。

 衆人環視……と言うのはどこまでも嘘八百で、研究部室たるおなじみ、化学実験室には当事者たる僕の他に可愛い後輩であるところの赤坂 緑しか居合わせていないのだけれど、ともかくそう言った状況で、校舎裏で渡された紙袋の中身を、僕は僕にそれをプレゼントした本人の目の前で検分することになった。

 良いんだけどさ。折角貰った中身が気になるのは本当だし。

「ささ、速く速く」

「何でもいいけど緑、十秒で良いから黙っててくれるかな」

 部室に入るや否や、サ行一段目のみで構成された他人に物事を勧める時に発する言葉と、それに続けて加速を促す言葉だけを延々繰り返し続ける後輩。急かしたい気持ちは充分に伝わってくるが、伝われば伝わる程、僕としてみれば中を確認した時のリアクションに不要なプレッシャーを感じさせられることしきりである。

 そういうわけで、このまま彼女に従って動けば大根呼ばわり確定の芝居がかった感情表現で、たといどれほど褒めそやしたとて不服の表情を頂くことになるだろう。

 演技で喜ばなきゃいけないような心もちじゃないし、だからこそ心から喜びの反応を表したいので、お互いの為にもほんと、黙っててください緑さん。

「わかったよ。わかったから速く速く」

「わかってねぇ!」

 まるっきり理解してくれていなかった。

 なんかもう、じゃあいいよ。

 というわけで、開ける。開けちゃう。

「……へぇ」

 なんて。

 やたらめったら前置きをしておいてなんだが、紙袋から取り出した長方形の箱を開けた僕は、等間隔で鎮座する西洋松露……所謂トリュフ型のチョコレートを目にして、感嘆の声を漏らした。

 名称なんか知らないけど、店か何かで一粒に結構な値をつけて販売しているのを見たことがある。手作り感満載の包装から見ても、緑のお手製で間違いなさそうだ。

 相変わらず料理のセンスだけは持ち合わせているらしい。

「トリュフ・チョコって言うんだよ」

 どうせ知らないだろうから、と、緑が教えてくれた。失礼千万である。

 まぁ知らなかったんだけど。

「作った……んだよな」

「まぁ、そうなりますね」

 言って、得意気に笑う。

 いやいや、皮肉の一つでも言ってこそ僕というもの、というか、まさにそう言う場面ではあるのだけど、緑のくせに僕の想像の範疇を超過したポテンシャルを見せつけてくれやがったのでそうもいかない。

 うーん。素直に誉めるのも癪だしなぁ、って、僕も大概捻くれ過ぎだった。

「すごいね、緑」

「ふぇっ!?」

「なんだよその反応」

 変に狼狽された。むしろ遺憾である。

「け、顕正くん、今日なんか優しすぎて気持ち悪いよさっきから!」

「君も大概失礼だよな!」

 珍しく誉めてみたらこれだ!

 とは言え。

 これでなんとなく、いつものノリを思い出せた感じもある。

 失礼でこその研究部だった。なんというか、虚しさを禁じ得ない感じだった。

「で、緑、これは勿論帰ってからゆっくり戴くことにするけれど、サボらせたからには何か用があるんだよな」

「ん、無いよ」

「おい」

 本当に僕の出席日数をなんだと思ってるんだ。危機感を感じてるんだったら自分で管理しろよとも思わないでは無いけれど。自業自得は基本的に棚上げである。

「気の利いた答えをご所望なら、そうだね、バレンタインに顕正くんと一緒にいたかったの」

「とってつけたように言っても全然気が利いてない」

 手遅れである。

 ところで、普段ならとってつけるまでもなく「一緒にいたい」くらいの理由で僕をサボらせるに至るであろう緑が、今回はどうやらそうではないらしい。となると、やっぱり何か用でもあるのだろうか。

「用は無いよ。さっきも言ったじゃん。緑さん嘘つかない」

「最後の発言の信用性はとりあえず置いといてだ、用が無いって言うなら、なんだって朝からこんな」

「私は、用は無いよ」

 無いって言うか、済んだよ、さっきチョコ開けた時点で、と。

 緑は言う。

 ここで僕は、朝、起きぬけにエプロン姿の美稲を見た時と同じ感覚にとらわれた。

 何かが僕に囁いているのだ。

「……観念しろ、ってか」

「そゆこと」

 やっぱり終始楽しげに言って、緑はドアの方へ歩いて行った。荷物を持って。緑は僕と違って、遅刻が分かっていても一日サボる気にはならないのだろう。それが普通だ。

 別の話、緑は遅刻、けっこうしてそうだけど。こないだの紫ちゃんとの電話と言い。

 さて、一人部室に置いていかれる形になる僕だが、薄情者め、なんてことは思わない。

 観念しているのだ。

 一つだけ、ドアの向こうに消えていった緑と、入れ違いに入って来た彼女に言いたい事があるとすれば。

「君はちょっと、僕たちの悪影響を受け過ぎだと思うんだよね、蒼ちゃん」

「影響って言うのは、及ぼす側に七割方の責任があると思っているので」

 後の三割は認めた上で黙殺か。そりゃあ、多数決社会ならそれで正義なのかもしれないが。

「躊躇いなくサボったりする娘じゃないはずだろ、君は」

「自分で言ったんじゃないですか、悪影響って。だったら責任とって下さいよ」

「……」

 言うなぁ。

 強かになったものだった。この娘は本当に。

 最初からそうだった気もするけど。ここまででは無かったと思う。

「成長してるんです、私だって」

「だから悪影響だろうが」

 僕が悪いらしかった。ええい、因果応報、結果として自業自得。

「はん、まぁ、観念するって決めてるわけだし、要件を聞こうか、蒼ちゃん」

 せめて不敵に、僕は言う。

 これから襲いかかる強敵を前に、少しでも自分を鼓舞するように。

 この相手は、今朝の美稲を凌駕する強大さに違いないのだ。

「なんだかラスボス前の主人公みたいな顔してますけど、先輩、私チョコレート渡しに来ただけですからね」

 呆れた風に、蒼ちゃんは言った。

 不敵な笑みは意味なくそのままに、僕は頷く。

 まぁ、

「だよね」

 ここ最近では最短時間での更新に相成ります。久々に自分を取り戻せた感覚が。……いえ、無いですけども。


 バレンタインはいつまで続くのか!? 全ては彼彼女らのペースに託されています。次回もどうぞ、お付き合いください。


 では。

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