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節分。退いた青おに。

 豆鉄砲が鉄砲の体をとっているおかげで、僕はまだ被弾せずに済んでいた。これが或いは散弾銃を模してなどいたとすれば、全部をかわしきるなんて不可能もいいところで、つまり僕は「或る程度」のダメージを負い、緑に勝利を明け渡していたことだろう。

 最も。

 明音さんが咬んでいるところを見る限り、そうならないよう、わざわざ緑に直線一本の銃を渡したのだろうが。彼女は彼女で、自分が勝利を手にしたいはずである。

「ああもう、顕正くんって何気に人外な動きするよね!」

「鍛えてますから!」

 嘘だけど。まぁ、あの人の息子で、あの人の孫だ。このくらいの膂力があっても不思議はあるまい。あの神性を継げなかったことをむしろ密かに残念がってもいるくらいなのだ。

 僕は所詮人間と言うことで。

 人の子は人だ。当然。

「ここで仕留めないと私の勝ちが無くなるんですよっ」

「あぁ、そういう約束なんだね」

「あっ」

 しまったような顔をする緑。君って奴は本当に……。そういう浅はかさは、助けられる身になってみれば可愛らしいものだ。

「う、うぅ、聞いたからには食らってよっ、顕正くん!」

「あっはははは、馬鹿言うなよ緑、これを抜けきれば君に対する警戒は最早無しも同然ってことだろうが、誰が手を抜こうか!」

「鬼っ!」

「僕を鬼に仕立て上げたのは君たちだ!」

 血も涙も無いのが鬼のイメージの根幹だ。阿呆の緑のおかげで少しばかり今後の対策が楽になったものである。持つべきものは馬鹿でくそ間抜けな後輩だね。

「馬鹿はまだしもくそ間抜けって、少なくとも自分のこと好きって言ってる娘に言うかなぁ……」

「違う違う、言葉の綾だ、ってわけでもないけど、君を嫌ってるんじゃない、大好きだよ緑」

「ほんと? じゃあ良いや」

 安堵の笑みを見せる緑。同時にしばらくの間発砲の手も止まるのだからいよいよもって可愛いものだ。敵に回すにあたってこれ以上にやりやすい相手がいようものか。

 人によっては外道呼ばわりされそうなものだけど、甘い、勝負事に置いて彼女達相手に手を抜いてはならない。優しさを発揮するにはリスクが大き過ぎるのだ。

 さて、攻撃の手も緩んだところで対明音さんの策を練ろう。

 緑の手を掻い潜るにして、次に彼女は何をしかけてくるだろうか。

 まず、僕は研究部室に戻らぬ限り勝利が無い。緑から逃げおおせた暁にはその足でそのまま部室に向かう予定だった。

 読まれているだろうな。そして、読まれていることを僕が読んでいることも、読んでいるのだろう。

 とは言え僕としては、あちらに向かうしか手立ては無い。むしろ考えるべきは彼女がどんな策を弄してくるかである。

 研究部に続く道は三か所。音楽室の方面から行く後方のドアと、その逆、奥の階段から回る前方のドア、それから、上の階か下の階から行く……窓だ。

 この屋上からは研究部室のある棟を見張ることが出来る。おそらく僕がここから逃走すれば、約束してあるらしい緑はここから窓を見張る役目なのだろう。

 音楽室方面から行くとすれば、階段から向こう、長めの廊下を正面切って行かなければならないことになる。ここは多分蒼ちゃんが配置されていて、廊下の向こうに僕の姿を確認次第他のメンバーに伝えるようにしているだろう。彼女たちのことだ、タイムラグはほとんどゼロと見て間違いない。奥の階段も同様で、こちらには美稲がいると思われる。今の美稲の反応、判断速度なら、幾ら僕が手を尽くそうとも近くに行けば感づかれるだろう。

 詰んでいた。……とは言え、ここで諦めて投降するわけにもいくまい。

 彼女らが何処まで提携しているか。それを見極めるのが、僕がこの勝負を制するためのポイントになるだろう。

「じゃあな緑、君のことは忘れない!」

「あっ、待ってよ顕正くんっ!」

 緑を振り切って場を逃れる。下校時刻までそう時間は無い。今日中に、さっさと終わらせようか。


 *

 赤坂姉から連絡が入った。ついに顕正が動き出したらしい。予定通りに次の行動を伝え、ケータイを閉じる。

 「それらしく」睡見さんを拘束して、私は音楽倉庫を後にした。その内山上が回収に来るだろう。残る仕事は一つである。待機していた赤坂妹に目配せして、私は持ち場に向かった。

 誰かが裏切る可能性もある。何と言っても、私たちは恋敵なのだから。

 でも。


 *

 読み切った。音楽室側、長い廊下に入った先、研究部室のドアの前でこちらに目線を向ける蒼ちゃんを見て僕は確信する。やはりこちらに配置されていたのは蒼ちゃんだった。さっと携帯電話を開く蒼ちゃんに向かって、僕は片手をつきだした。

 制止の形である。

 おそらくボタン一つで明音さんに連絡できるよう予め画面を表示していたのだろうが、僕の挙動を見て動きを止めた。

 そう、この状況下で僕の話を聞いてくれるであろう人間は、研究部には彼女しかいない。

 それは逆に、交渉次第では彼女、蒼ちゃんを、こちら側につけることが出来ると言うことだった。

「……なんですか、先輩。先に言っておきますけど、それ以上一歩でもこっちに来たら三笠先輩に電話をいれます。ワンギリでもどういう状況にあるか分かるように打ち合わせてあるので、私をどうこうしようとしたって無駄ですよ」

「そんなつもりはないよ。でもよく考えてみなよ、この勝負の特性上、僕の角を光らせることが出来るのは一人だけ。そうなると、君が作戦通りに動いたところで勝ちを持っていくのは、おそらく明音さんだぜ」

「……。私に皆を裏切れっていうんですか」

「そうなるね。でも、君は裏切るんじゃない。僕を止められなかった、ってだけだよ」

「見逃すにしては私に利が無いです」

 裏切りに値する対価。そりゃあそうだろう。蒼ちゃんはただで人を裏切るような、そんな子では無い。相当の哀れを誘う内容でなければ、乗ってくれはしないだろう。俗な交渉なんて切り出したら一発でおじゃんである。そんな、真面目で性格の良い子だからこそ。

「明音さんが勝てば、賞品と称して、多分デートか何かすることになるんじゃないかな。僕としては明音さんとデートすること事態には何ら抵抗は無いんだけど、そうすると……君なら分かるよね」

「……でも……」

「一つ考えてる事があるんだ」

「……なんですか」

「僕が勝った場合の賞品は決められてない。それでね、今丁度開発途中の発明品があるんだけど、それの稼働実験をしたいんだよね。――――天気予報マシンの実験で使ったような、広いところで。どうせならまた皆でさ」

 一人で実験にでかけるのって、案外退屈も多いんだ――――。とどめの台詞に、蒼ちゃんの指がケータイのボタンから離れる。

 ――――勝った。

 蒼ちゃんのケータイが無事ポケットに入れられたのを見て、その何も持たない手がポケットから引き抜かれるのを見て……。

「……どういうつもりかな、蒼ちゃん」

「先輩、今回は私たちの勝ちです」

 何も持って無いはずの蒼ちゃんの手には、豆が握られていた。あの量では、僕が彼女の傍らを走る抜ける際に規定ダメージ量を超える豆を食らってしまうだろう。……交渉に入ることまで読まれていたのだろうが、でもそれは分かっていた。思わずため息をつく。してやられた。

「まさか明音さんが君に勝ちを譲るなんてね」

 蒼ちゃんなら、『皆で組んで』勝った時、その手柄を一人占めするような行為には及ばないと。僕が彼女に交渉を持ちかけるべく此処に来ることまで見越して。

「違いますよ、先輩」

「え?」

 にっこりと。嬉しそうに蒼ちゃんは笑って、

「言いましたよね? 私『たち』の、勝ちです」

 ――――音楽室のドアが開いた。


 *

 素で驚いている表情の顕正を見て、私は……私と赤坂妹は笑い合う。続いて顕正の背後、階段を降りて来たのは赤坂姉で、『更に予想外の事態があった時に』と部室内に待機してもらっていた二瓶さんもこちらにやってくる。

「……本当に組んでたわけだ」

「あら、顕正は私たちを心底信じていなかったのね、残念だわ」

「そういうわけじゃないけどさぁ。でも、こっからどうするつもりかな。誰がこの勝負の幕を下ろすんだ?」

「分からないかしら? 私たちはここまで、『皆で協力して』やって来たのよ。今更誰か一人が勝負を決めるなんてことはしないのよ」

「……投降しろと」

「そういうわけ」

 私の言葉に顕正は頭をかく。どうせ、最後の最後に穴だらけな作戦だと思っているのだろう。

 この場合、彼が要求を飲まずに部室へと駆けだせば、追撃出来るのは赤坂妹か二瓶さん……どちらが豆まきをしても、当てた方の『勝利』としてゲームに幕が下ろされてしまう。私たちが四人で勝つには、顕正が投降を宣言するほかに方法が無いのだ。

「穴だらけだね、明音さんの策にしては」

「本当にそう思うの?」

 顕正の言葉に二瓶さんが横やりを入れる。苦笑して、顕正は息をついた。赤坂姉妹も、二瓶さんも、私さえも、笑っている。

「ここで強行突破を謀ったりしたら、君たちに幻滅されちゃうからね。折角歩み寄ろうとしている君たちに、後味の悪い幕引きをさせるのも馬鹿らしい。全く、これじゃあ鬼は君たちの方だ」

 両手を上げて白旗の意を示す顕正。未だ苦笑を浮かべる彼に、私は言う。

「人間と仲良くしたい赤鬼の為に、青鬼は悪役を買って出るものでしょう?」

 すると僕は青鬼の役を買わされたわけだ。言って、顕正の表情から苦みが取れる。

「こういう結末なら、鬼役も悪くないね」

「私たちの筋書きだもの。当然よ」


 *

 一杯くわされた。振り返ってみて、僕は笑う。緑の台詞なんかも、全部ト書き通りだったみたいだ。結局、研究部総出で大芝居をうっていたと同義じゃないか。僕だけが役割を知らされないまま、それでも筋書き通りに彼女たちの道化となった。まったく、やってくれる。

 この日を境に、彼女たちは本当に仲良くなったらしい。

 僕が部室に行く前、二人きりになっていたらしい明音さんと美稲はまるで普通の友人のように談笑していたし、聞いたところによると明音さんと蒼ちゃん、蒼ちゃんと美稲、緑と美稲、明音さんと美稲、或いは四人全員など、多種多様なメンバーで放課後を共にすることもあるらしい。

 なんで僕は誘ってくれないんだろうか。

 そのあたりには難しい恋愛沙汰があるらしくて、確かに抜け駆け云々の問題に発展するのは厄介だと思うけれど、だから彼女たちだけで遊ぶと言うのも、僕としては何ともしがたいものがある。ぶっちゃけちょっと寂しいです。

 思いがけない所で、僕の望む研究部の形へ近づいてくれた。

 回りくどいことこの上ない道筋だったけれど。

 これでようやく僕たちは、1+1の集まりでない、五人一固まりの仲間になれたらしかった。

 節分編終了です。研究部がようやっと、顕正を介してだけじゃない、一つのコミュニティに成った話だと思います。崩壊の時もその気はありましたが、あの場合は顕正の蛮行を止めると言う共通の目的があったわけですし。

 恋敵で無い、友達になりたいから大芝居をうつ。巻き込まれた顕正は完全に咬ませ役ですが、彼からして見ても、今回の一幕は意味のあるものになったということで。


 さて、今回で140話目です。最近は更新日に合わせておよそ決まった数に閲覧数が伸びていて、購読者様がいてくれていると言う事実をひしひしと、とても嬉しく感じさせていただいています。

 それでは、次回も是非、よろしくお願いします。

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