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節分。泣いた赤おに。

 僕はすごく卑怯だった。どのくらい卑怯かと言うと、訳あって僕の進路を遮る親友の意を全く省みず、かの事件の時に入手しておいた山上のガールフレンド、睡見ちゃんのケータイに電話を入れて、山上の説得を試みるぐらいの卑怯っぷりである。

 明音さんを知る僕としては、彼女が人質の身体の自由を奪っているとはまるで思えなかった。口先で騙くらかされて、多分今、睡見ちゃんはどこかの教室で自分が監禁に近い状況にあることを知らないのだろう。であるから、僕があの子をこれまた明音さんばりの口八丁で騙くらかせば、すぅちゃん以外の人間で唯一山上に言うことを聞かせられる睡見ちゃんを誘導することなど容易いのである。

「そんなわけで、研究部の皆で楽しく節分を始めようって時に、君の男は僕の進路を遮ってあろうことか訳の分からない被害妄想を語った上、僕をここで足止めしようとしているんだ」

 おい待て、そりゃあ随分ひどくねぇか、てか、待てって、俺それ洒落にならねぇんだよっ、とか悲痛に叫んでる男の声が聞こえるような気がしたが、掌で巧みに音声を遮ってるので受話器の向こうの睡見ちゃんに奴の声は届かない。

『それは良くないですね。すいませんが先輩、山上に換わってくださいますか? ちょっと話させてください』

「勿論だ」

 快く承諾して、全然心当たりの無いことで僕を睨みつける山上にケータイを渡す。

「てめぇ……」

 憎々しげに受け取るが、はん、しかし、この男が惚れた女にあまり強く出られないことは既知のことである。

「いや、だからよ、夢姫。まずいのはお前で、俺はお前を助けるために……」

 なんだかんだ言い訳を募っているようだが、まぁ無駄だろう。通話が終わるのを待つ。

「あぁ? てめぇいい加減にしろよ俺が一体どれだけ心配してると思ってやがんだ。……ならいい、もういい、知らねぇよ、好きにしろ」

 なんだか雲行きがあやしい。

「…………まぁ、俺も大人げ無かった。悪ぃ。あぁ、だから言ってんだろ、お前を探す手掛かりが萩の字で……、ん、自分の場所が分からない? まぁ仕方ねぇか、分かってる、どの道萩の字をここで抑えときゃすぐなんだ。ちっとそこで待ってな」

 いよいよ不味い流れになってきたみたいだ。成る程成る程、僕としたことが山上から睡見ちゃんへの好意しか考えて無かったぜ。成る程成る程、短気な山上のちょっとした暴言でしおらしくなっちゃうくらいに、睡見ちゃんの方も山上に好意を抱いている、と。好意を、だから恋をしている、と。

 以前調子にのった野郎が「アイツとは恋なんて生易しいもんじゃねぇよ、地球規模の愛だ」とかぬかしていたのを思い出す。はっきりあの時はただ奴の発言がツボに嵌って笑い死にしそうになったけど、あながち図に乗ってただけってわけでも無いと言うことか。……ちっ。

「――――あぁ、じゃあ後でな、三笠に気をつけろよ」

 ピッ。山上の指が通話終了のボタンを押しこむ。こちらに振り向こうと右足を引く。さて。

「くたばれえぇぇぇっっ!!」

「なっ、てめぇ何のつもりだがはっ!?」

 僕の渾身の当て身を受けまして。

 山上の肢体から力が抜け、断末魔もそこそこに奴は地に沈んだ。とても良い気味である、なんて、いやいや、僕は別に嫉妬とかやっかみで倒したんじゃなくてだな、あくまで僕の今後のために云々。まぁ、まぁ、ケータイを回収がてら一言だけ言い残していく。

「ざまぁねぇな、親友」

 僕はどうやら人でなしだった。なんかちょっと自分でショックだった。せめて、睡見ちゃんの貞操は守られんことを。それくらいは願っておいてやろう。明音さんもそこまで鬼じゃあ無いだろう。これじゃあどっちが鬼役か、分かったものじゃない。


 *

 「何か失礼なことを言われ……ううん、思われた気がするわね」

 研究部室である実験室の隣、音楽家倉庫の中での私の呟きに、さっき顕正のケータイからの通話を終えた睡見さんの肩が跳ねる。さっきまで「山上が呼んでいたからついてきなさい」なんていう嘘を信じ、いじらしくもそわそわと、彼の到着を待っていた彼女だったが、顕正か、もしくはその山上本人が余計なネタばらしをしてくれたのか、通話終了のタイミングを待って倉庫に入った私を見る彼女の眼には、少なからず怯えの色が含まれていた。まぁ、これはこれで可愛い反応だからいいけれど。持つべきは弱みを持った可愛い後輩だ。赤坂姉妹もいじり倒すのに向いた性格だとは常々思っているが、彼女たちの場合はその、弱みというか、ネックとなる人物が奇しくも、厄介なことに、正直なところ面倒極まりないことに同じ男なので、中々いじるタネを見つけにくいのだ。その点睡見さんはとっても扱いやすい。彼女、結構やり手なそうだけど、ふふ、やはり恋とはかくも人を軟弱にするものよ。

 これじゃ私、まるで悪役ね。……やぶさかではないわ。うん。

「あ、あの三笠先輩、今山上から電話があってですね……」

 おずおずと、睡見さんが声をかけてくる。此処を出て彼のもとに行きたいとのことだが、しかししかし、ネタばらされたように睡見さんを此処に軟禁しているのはそもそもの私の意思なので、応じるわけが無いのだった。

 と。

 ポケットの携帯電話がバイブレーションで着信を伝えてきた。画面を一瞥して把握する。どうやらあの元殺し屋、沈んだようね。

「……もしもし、顕正?」

『そうだよ。あのさ、山上は僕が返り討ちにしたから、もう睡見ちゃんをダシにすることは出来ないよ。解放してやってくれないかな』

「あら、それはお断りよ。残念ながら私の考えでは、まだこの子には充分な利用価値があるもの。でもそうね、あの使えない男が失敗したと言うのなら、報復にかるくつまみ食いくらいしても怒られないかしら」

『……落ち着くんだ明音さん、まだ戻れる』

 必死の声音で制止する顕正だった。そういうキャラで売ってる私とは言え、流石にそこまで鬼では無いわ。鬼役は顕正だしね。

「冗談よ、利用価値があるのは本当だけど、むしろこれで得するのは被害者の二人なのよ。だからこの件に関しては私の作戦が不発に終わったって認識で良いわ。それより顕正、今貴方は屋上にいるみたいだけど、気をつけないと捜索隊員がそちらに向かってるわよ」

『っ、たく、ぬかりないなぁ』

 参ったよ。と、言葉通りと言うよりは困ったような言葉を残して、通話が切れた。

 顕正はきっと、私たちは結局結託していないことに気づくだろう。いや、気づかされると言った方が正しい。

 睡見ちゃん幽閉は愚か、山上 辰己の脅迫から顕正が突破するところまで、全部折り込んでの作戦なのだ。彼には私が独立して山上を消しかけたと見せておいて、今回は『本当に』彼女たちと組んでいる。天才顕正に対抗しうるには、彼に分析されきった私たちとは違う私たちを見せなければならないのだ。

 結託する女子部員。……ま、驚きはするだろうけど、顕正からしても喜ばしいことなんじゃないかしら。私にしたって、恋敵であるとは言え、あの子たちに特別恨みつらみがあるわけではないし。

 仲が良いに越したことはない、と。今はそう思う。思えるから。

 きっかけを作ったのだ。発案は、最近めっぽう力をつけてきた二瓶さんだけれど。

「顕正を出し抜く、ね」

 最終的に誰かが損をするわけでもないし。

 翻弄してやろうじゃないの、想い人を。私らしく、ね。


 *

 明音さんとの通話を終えて瞬間、僕は屋上に繋がる唯一の階段へ目を向ける。

 現われたのは緑だった。――――捜索隊員というからには、確かに緑の可能性が最上位だったけれど。

 ――――結託しているのか? 疑念が生まれる。

「顕正くん発見、と。どうして屋上なんかに逃げるかなぁ。向こうの棟の窓から見え見えだったよ」

「それは、」

 それは。――――山上と対峙したこの棟の内部では、電波が通じにくいから。って、うわ、嵌められた! 僕が明音さんに早急に電話するだろうところまで計算されてたのかよ。そしてここに来たのは緑。少なくとも明音さんと緑は、最低限のタッグを組んではいるのだろう。これはもう疑いようが無い。

 となると緑、利用されてるなぁ。馬鹿正直に袋から豆を取り出す彼女を見て思う。

「緑、見逃してくれないか」

「馬鹿なんですか、顕正くん」

 だよね。

 さて、と。ここで緑を突破するのは簡単だろう。女子としては緑の運動能力はかなり優れたレベルにあるが、山上みたいな連中の相手をしたこともままある僕にとっては、彼女の攻撃をかいくぐるなど赤子の手を捻るも同然だ。だがしかし、ここで問題が発生する。

 緑が明音さんに派遣されて来たのだとすれば。いや、最早この件は疑いようも無いくらい確固たるものなのだが、とすると、僕が緑を躱しきれることぐらい、彼女は承知の上で送りこんできそうなものだ。山上の件にしたって、僕は愚かにもあっさりここに誘導されてしまったわけだし。

 慎重に動かなければ。思考を重ねさえすれば、僕の頭脳を持ってすればいくら彼女の策と言えども看破することは可能だろう。まずはこの場で緑の攻め手を避けながら対策を……。

「行きますよ、顕正くん!」

 宣言して緑は、豆を手に持ったまま振りかぶる――――ことはせずに、……なんだよそれ。

 緑が懐から取り出したのは、何か筒状の、持ち手とトリガーがついた代物だった。

 一般的に銃と呼ばれるそれに見える。

「威力は大丈夫なはずだけど、怪我しないでね、顕正くん!」

「ちょ、待って、んな理不尽な!」

 武器所有かよ! そこまで読んでるのかよ恐いよあの人! 次々と、緑はマガジンに豆を詰め込んでいく。

 正しく豆鉄砲だった。いや、そんな洒落のきいた状況を作って欲しかったんじゃない。

「顕正くん驚いてるね、鳩みたいだ」

「上手くない!」

 豆鉄砲だからと言って! 安直な!

 だがこの場合、その安直さは普通に僕の危機に繋がっているのだった。

 どうやら僕は。

 二手三手先を読まれながら、読まれていることを考慮しつつも明音さんの策を看破しなければならないようだった。

 手始めに。緑の豆鉄砲をかわしながら、僕は決死の思考に耽る。物を考えるための落ち着いた時間すら、彼女は作ってはくれないようだった。

 いやいや。

 こうなってはこっちにも意地と面子がある。研究部部長の威厳にかけて、部員達に実力の差を見せしめようではないか!

 節分の2。研究部の内部抗争みたくなってきたわけですが、実は顕正、今まで頭脳戦では圧倒的優位にしかいなかったため、この類の危機って初めてじゃないでしょうか。

 果てして明音さんと緑の思惑は!? 蒼ちゃんや美稲は一体!? 顕正の命運や如何に!!

 ということで。


 次回も是非よろしくお願いします。


 草々。

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