しじま。ぼんやり。
年が明けて、一月の足は想像以上に早く、僕の身を削る会議やら、親友の恋愛相談(と言うことにしておく)やら、遅まきの初もうでやらを終えてみれば、そう、早くも、一月は中盤に差し掛かっていた。おかしい、僕の時間は何処に消えたのか。騒がしい日々を過ごすと、どうにも時を経るのが早く感じてしまう。春を迎えれば、僕と美稲、明音さんは最高学年になるのだ。
なんてことのない一日だった。学校が始まってから初じゃないかと思うほどに穏やかな昼下がりだった。久々に誰も来ない部室で、僕は机に突っ伏して転寝している。ぼんやりと、薄く開けた目に移るガラス越しの空は曇天で、この分だと明日あたり雨が降るんじゃないだろうか。肌で感じるくらいの気温では、雪を視るには程遠いものである。元々雪の降る土地じゃないし。この先数年くらい、見たくも無いほど見てきたわけだし。
「けんせい、いたの」
僕の憩いの邪魔に、もとい、部室にやって来たのは眠たげな表情の美稲だった。昼休みも残り半分ほどだが、見たところだと、四時限目から昼食も食べずに寝続けていたのかもしれない。未だ眠いのか、半目をこすりながら、どことなくふらつく足取りで彼女はいつもの準備室で無く僕の隣にやってくる。
「けんせい、椅子」
「此処にある」
「ちょうだい」
自分で出せよ、と言うところだが、今にも膝を降りそうな美稲を見ていると折角安らんでいる僕の気持にいらぬ波が立ちかねない。片腕を伸ばして一番近くにあった適当な椅子を引き寄せて、美稲の前にセットしてやる。「ありがと」と呟くと、彼女はすとんと落ちるように座りこみ、半分は開いていた目を閉じてしまった。なんとも、テンポの緩い人間だ。
「せめて机に突っ伏しとけよ、倒れるぞ」
「んー」
返事なのかどうか、首を縦に振った美稲はよろよろと腕を前に出そうとして、その途中で断念、上体を逸らすとそのまま、僕の肩に寄りかかって来た。僕が少し肩をずらせば床に頭を叩きつけかねん態勢である。よけるハズ無いと思われていたのだろう。実際よけていないけれど。この信頼感はときたま恐ろしい。
「……ったく」
毒づきつつも、僕は僕で、少し安定しない美稲の頭を、自分が少し彼女の方にずれることで固定してやるんだけど。なんか、ここで寝るなとか僕に寄りかかるなとか色々言えることはあるのに、その色々が面倒くさい。これはこれで良いかなぁ、なんて、僕もまた、薄く開いていた目を閉じていく。
「あったかいね、けんせい」
「んー。君もな」
というか、美稲の方が体温が高い。彼女の抱える体質というか、病気みたいなものを思い返すけれど、それだけが原因ではないだろう。こいつは何時でもあったかそうなイメージがある。冬場の冷たい昼下がりに、湯たんぽ代わりとして丁度良いかも。
目を瞑っていると、しみ込んでくるように眠気が増長する。肩に感じる体温。静かにテンポよく聞こえる美稲の寝息。呼吸音だけをBGMにして、冷たい日差しの中、僕はまどろみの中に堕ちていく。今眠ってしまったら五時限目のサボタージュは確定だろう。秋の中ごろにも、蒼ちゃんとこんなことがあった気がする。今回は巻き込むのが美稲なので、というか、美稲からして此処に寝に来ていた節があるから、罪悪感なんて欠片も浮かばないけどね。睡魔は年中無休である。
「けんせい」
「んー?」
「すき」
「うん、おやすみ」
なんつー挨拶だ。でも、まぁ、なんだかんだで。
僕も眠る。おやすみなさい。
びっくりするほど何もない回でした。そしてびっくりするほど期間の空いた更新でした。さらっと読み切れる回ってとこだけ、しっかり守ったので(?)よしとさせてください(苦笑
それでは、今回はこの辺りで。暑い夏に寒いけど温かいお話をば。
草々。