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お百度参り。新春、かくし芸。

吐く息は白く染まり、冬の空は抜けるように青かった。雪の無いこの町、年の暮れ、嫌と言うほど雪景色を味わった僕にしてみれば文句の付けどころも無い。万々歳である。進め温暖化、僕こそ世界崩壊の主よ。戯言だ。

密度の濃い一日が多過ぎる所為か、年末から僕の疲れは取れ切ることを知らない。不法運転、精神ばかり擦り減られる会議、そしてこないだの殺し屋大往生。疲れるに決まってる。気を抜くと、何度目か分からない欠伸が漏れ出た。背もたれに寄りかかって大きく背伸びする。予想以上に抵抗が無く、勢いそのまま床に倒れ込んだ。頭だけは死守した。あぶねぇ。

「いってぇ……」

呻く。なんだかもう、直ぐに起き上がる気にもなれなかった。ぼうっと前方を眇め視て、「あー」と生産性の無い言葉を垂れ流す。とんでもなく無気力だった。

「ちょっと、何やってるのよ顕正。私は別に構わないけれど、私以外の誰かの下着を覗き込もうだなんて算段なら、まぶたの上下をアロンアルファで固定するわ」

「断じてそんな不届きな思考をもたげては無いし、それはある種失明より厳しいものがある!」

視えるのに開かないのだ。拷問だ。素早く身を起して、倒れた椅子を立てなおすとお馴染みのバイオレンスガール、明音さんに向き直った。

「あのね、明音さん。僕に女の子の下着を覗くだなんて行為に及ぶ勇気があると思ってる?」

こと研究部面子においては尚更だ。眼つぶし程度で済めば安いものであると言えよう。

「あら、その言い方だと勇気さえあれば覗きたいと言っているように聞こえるわね」

「それはまぁ、チラリズムには男のロマン的な要素がいや全然ありませんありませんからトリガーから指を外すんだ僕の頭が融解する!」

「ちっ」

舌打ちして僕の発明品にして今や彼女のコレクションの一部たる「ハライタタ光線銃」をしまう明音さん。洒落にならない人である。僕の失言が原因だったような気もするけど。

「三笠先輩の言うとおりですよ、顕正くん。そんなにパンツがみたいなら、言ってくれれば幾らでも見せたげるのに。あ、勿論他の子のは見ちゃだめです」

「君はもうちょっと身持ちを固くしたまえ」

「顕正くんにだから言っているのです」

「言っているのですか」

「です」

「露出狂?」

「えい」

「ぐああああああっ!?」

眼つぶしされた。やっぱり僕の失言が原因な気がした。蒼ちゃんの視線が痛い。美稲は我関せずみたいだけれど、緑と同じようなことを考えているであろうことは想像に難くなかった。

「違うわ、顕正。私が赤坂姉と同じレベルで思考するわけ無いでしょう。私の思考パターンなら、顕正の理性が崩壊してがむしゃらに私を求めるようになるであろう状況を作り出すための段階的作戦を練るくらいはするわ」

「君は折角の天才脳を全くもって無駄にしてるよな」

「顕正にだけは言われたくないわね」

にべもない。今更ながら、あれ、今日僕アウェーの日か。疲れている時に限ってこうである。遣る瀬無い。

「そうだ」

「何かな明音さん」

何か思いついた風に明音さんが手を打つ。正直振りたくはないけれど、今の美稲の口撃を受けるよりはましだろう。

「初詣には行った?」

「ううん、最近酷く忙しかったからね」

「じゃあ行きましょう顕正くん! 今すぐ! 二人で!」

「でしゃばってるんじゃないわよ、赤坂姉。話を切り出したのは私よ、権利は私にあるわ」

「抜け駆けは許さない、三笠さん」

「あの、普通に皆で行けばいいんじゃ……?」

急に白熱し始めた議論を止めようと蒼ちゃんがこの上ない正論を言ったけれど、誰ひとりとして聞いてなかった。そもそも、僕に拒否権はないのだろうか。

「……譲る気はなさそうね」

闘志漲る彼女らの顔を一瞥して、明音さんは不敵な笑みを浮かべた。蒼ちゃんは少し尻込みしているが、他の二人は挑むような顔つきで明音さんを見返している。いよいよもって厄介な展開になって来た。

「ちきちき、第二回研究部恐い話大会よ」

『!!』

彼女の発言に研究部中が戦慄する……っ!

……いや、いつか来るとは思っていたけれど、このタイミングですか、明音さん。ちらと、赤坂姉妹の顔を見遣る。

「……う、うう、受けて立ちますともさ! どっこいさ!」

混乱しているのかわけのわからない口上を述べる緑。目じりにかすかな涙の気配を見た。蒼ちゃんの方は以前と似たりよったりな反応だ。顔面蒼白で耳をふさぐ準備に入っている。

「あの、明音さん。なんでここで恐い話なんでしょうか」

「ふん、よくぞ聞いたわね、顕正」

僕の当然の疑問に、明音さんはほくそ笑んだ。また、もう、雰囲気作りの上手い人だ。どうせ暴論がくるに決まってるのに。

「初詣と言えば、お参りね。お参りと言えばお百度参り、お百度参りと言えば願懸けのおまじないで、おまじないと言えば恐い話だわ」

「予想以上に暴論だ!」

自分に勝率が大きく傾くジャンルを選んだに違いなかった。現に二名ほど棄権しかねない状態だし。

「ふん、恐れをなして逃げるのかしら、赤坂姉妹?」

「な、何を馬鹿なことをおっしゃいますやら三笠先輩さんってば! そんなの、余裕で勝ち抜いてやるにきまってますわ!」

口調が大変なことになっている緑さんだった。うむ、可愛いね。「私はちょっと……」蒼ちゃんは正直だった。その反応で正しい。が、

「そう、ならばその勇気を買おうかしら。二人とも参戦を認めるわ」

「なんでですか!?」

あ、Sスイッチ入ってるよ明音さん。瞳の奥に暗い光を見た。棄権を一蹴された蒼ちゃんは涙目で僕を除きこんでくる。こっちも可愛いね。助け船を求めてるんだろうが、残念、僕に明音さんを止める力はない。美稲の方は既に自分の語る話に向けて思考を重ねているようだった。切り替えの早い娘だ。

「ふ、では、今回はまず顕正に一番手を担ってもらうわ。もしこれで打ち切りになる程怖い話が出来たら、貴方の希望通り研究部全員、貴方にパンツを……いえ、最早裸体を晒してあげましょう」

「え、それ僕どこに得する要素があるの?」

「へぇ、先輩、私たちのハダカには何の得も無いって言うんですか」

急に恐い顔をして蒼ちゃん。恐がってたのが何処へやら、だ。だがしかし、ここは断固はっきりしておかなければなるまい。

「学校の理科実験室で、同じ部活の女子部員全員に全裸を強いる男子生徒の図。犯罪以外の何を感じ取れるのかな?」

社会的抹殺は免れないだろう。「だませーる」くんがあれば何とかなる気もするが、そういう問題でもない。彼女らの裸体には確かにかなりの価値があるけれど、それを見て、今後僕はこの娘たちにどんな顔を向けて過ごせばいいのだ。拷問だ。それこそアロンアルファでもつけてまぶたを固定したくなること必至である。

「まぁ、仕方ないわね。じゃあ、貴方の勝利の暁には、今日の初詣はとりあえずお預けとするわ。疲れているみたいだし、ね」

「そう思うんだったら今すぐこの企画も取りやめにして静かなひと時を過ごさせて欲しい」

「勘違いしないでよね、顕正、この企画は貴方を休ませないがための勝負なんかじゃなくて、貴方をより大きく振り回すための計画なのよ」

「追い打ちだと!?」

「縄の準備が必要かしら。遠心力を使うからもっと広い場所に移動する必要もあるわね」

「物理的に振り回す気だと!?」

危険を感じて室内を見渡す……。よし、縄になりそうな物はない。一安心だ。

「……んじゃ、まぁ、僕から始めるよ。僕が勝ったら初詣は中止! 明音さんなら明音さんと、緑なら緑と、美稲となら美稲と、蒼ちゃんなら皆でってことでいいね」

「異論はないわ」

妥協した。やるしかないなら、僕は僕に最善の結果をもたらそう。明音さんと緑、それから美稲が了承するのを確かめる。

「……蒼ちゃん?」

「う、うぅ……。ちょっと待ってください、あの、私が勝ったら……」

「皆で行けばいいって言ったじゃない」

「いえ、言いましたけども。ですから、先輩、その、ですね」

言いづらそうに視線を落とす蒼ちゃん。言いたい事は何となく分かった。というか、それが妥当だよな。

「おーけー、君が勝ったら君と二人で行けばいいんだね。勝つ自信があるのなら、だけど」

「それはないですけど……。がんばりますっ」

俄然やる気がわいたようだった。余計な敵を増やしてしまったかもしれないと危惧するが、未だノリ気にはなりきれてないらしい彼女の顔色を見て少し安心。この分なら、やっぱり蒼ちゃんは敵じゃないだろう。問題は明音さんと美稲、か。さて、恙無く行けばいいのだが。

日常戻りけり。のくせ、相変わらず一話完結しなくなっております。そろそろさらっと、短く書けるネタを出したいですね。


それでは、また次回お会いできれば。

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