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交流。親交。

本気の山上はまさしく縦横無尽の強さだった。無二無類の無敵さを如何なく発揮し、後に続く僕やすぅちゃんなんて出る幕の無く、目の前に立ちふさがろうとする敵を立ちふさがる前に薙ぎ払っていく。敵方も彼の強さに流石に舌を巻いたのか、途中からは戦法を立て籠りに変更したようだった。固い扉をそのまま固く閉ざして、その向こうから出てこない。うんうん、怖いもんね、今のこいつ。ほとんど無表情の精悍とした顔つきで暴れまわる山上は阿修羅と見紛う程である。

「顕正、扉開けられるか」

「爆発物の類は持ってないんだ」

「何言ってんだ、首の上に乗ってるそれはなんだってんだよ」

「少なくとも爆弾じゃねぇよ! 僕の天才的頭脳を危険物扱いするな!」

「ああ、天才(笑)」

「何時にも増して口の悪い野郎だな親友」

「多分気が立ってるんだな」

その割にはいたって冷静な口調である。ともかくとして、ううん、このままじゃ確かに進まれない。山上なら或いはこのくらいの扉、蹴りの一つでふっ飛ばせるんじゃないかと期待したけれど、向こう側に確実に敵がいると分かっている以上、こちらの切り札に大きな隙を作らせるのは憚られた。それでも何とかなりそうな気はするけど、すぅちゃんが目でこちらを制してきたのでやめておいた方が得策だろう。

「どうしようかね」

「作れよ爆弾」

「そうかいじゃあまずはその爆発寸前の馬鹿な頭をこちらに寄越してもらおうか」

「人のネタぱくってんじゃねぇ、オロスぞ」

「産まれてくる子供にも命はあるんだ!」

「ちげぇ。三枚おろしだ三枚おろし」

「あぁ、魚の」

「違う、大根の」

「そこはせめて摩り下ろせよ」

「そこのおバカさん二人、もう開けるから準備しといてね」

「「あけられんのかよ!」」

まぁ予想はしていたけど。最初から言って欲しかった。不毛な言い争いは僕たちのスキンシップだが、むかつかないわけではないのだ。

と言うわけで、第二ラウンドだ。基本的に僕とすぅちゃん、山上の後についてくだけなんだけどね。


扉は開かれない。思っていたより随分と頑丈な扉だった。堪え損ねた痛みが襲いかかって、肩を押さえてうずくまる。涙が浮かぶほどの痛みに、傷口が開いたことを知覚する。一番開く必要のない所が開いてしまった。あほか。

天井からパラパラと、細かな欠片が落ちてきた。さっきから上が騒がしい。となるとここは地下なんだろうか。そしてこの喧騒は何か。待ちわびた、彼だろうかと希望にすがる。ちょっとだけ痛みが和らいだ。勿論精神的なものだけど。

「……それほどに足掻くのはあの男が原因か?」

「……床下から登場って、お父さんにしては趣向を凝らした感じやね。このドアはハリボテかなんかやろか」

冷めた目をしたお父さんは、タイル張りらしい床を数枚外して下から現れた。よいしょよいしょと、一枚一枚タイルを外す作業を見守るこっちの気にもなって欲しい。せめて自動の装置みたいなもの、用意できなかったのだろうか。

「やんちゃな一人娘の親不孝で財政に傾きが生じてね、節約だよこれは」

「なんや私の所為なん。なら別にええわ、どんどん節約したら? 最終的に売っ払っちゃえばええんよ」

「反抗的だな。もう一度私とやり直すチャンスを持ちかけようと思っていたのだが、無駄に終わったみたいだ」

「無駄よ。お父さんの仕掛けからアイツを守った時点で、ううん、毒を薄めてた時点で、……それよりもっと前、お父さんの仕事に嫌悪を抱いた時点で、私らは家族として終わってる。無い話ではないと思うよ、親との意見の食い違いで娘が家出することくらい」

「……あの男は稀代の殺し屋だ。業界最強にして最凶、山神家の中でも歴代最狂と呼ばれた鬼才、山神 竜太。それが本来の奴の名だぞ」

「……」

「お前の嫌悪する殺しを生業とし、それどころか、彼は今の名を手にする前に、落とし前と称して本家を自らの手で屠っている。尊属殺害まで犯しているのだよ」

「やったら、何? お父さんは私を殺すつもりなんやろ。なんも変わらんわ」

「私の元から離れて、奴と一緒にいられるのか? 殺しは許せない、夢姫、お前はそう言ったはずだ」

「……アイツは、更生しようとしょうるもん。それに、最低限、私と会うてから、アイツは誰も殺してない。あの刺客の人やって、殺しとらんと思う。私はアイツを信じれる」

「……」

「……」

静寂が流れる。私はもう何も言わないし、お父さんも何も言わない。暫く向かい合って、ふっとお父さんは口元に笑みを浮かべると、スーツの内側に手を差し入れながら声を発した。これでお終いとでも言わんばかりに。そして実際、終わらせるために。抜きだされたお父さんの手には、目に冷徹な光を宿した私のお父さんの手には、私の命を終わらせるための暴力が握られている。

「彼が来ているよ。山神 竜太がね。二人、仲間を連れていた。いずれ此処にも到達するだろう。が、ここは少々入り組んだ作りをしていてね、二つ下の階からしか、繋がっていないんだ。まだ上の階で暴れている彼らがここに来るまでには、死体も片付けて、後始末も終えているだろう」

撃鉄を起こす。私は死ぬ。お父さんは気づいている。私を殺せば、山上はきっとお父さんを殺すだろう。それでも、もう、こうするしかないのだ。

助けて欲しかったな。でも、すぐそこまでは来てくれているのだ。結果がどうでも、その事実は揺るがない。私のこと、実は好きだったのかな、アイツ。なんて、夢みたいに、思って、微笑んで。

「すまないね、夢姫。我が愛する娘よ」

「謝ることないよ、大嫌いになったお父さん」

ふん、と、お互い鼻で笑い飛ばして。引き金が引かれる。

「ばいばい、山上」

ありがとう――――。

爆音が響く。


「ちっ、めんどくせぇ作りだな、此処は。おい天の字、アイツぁ何処にいやがんだ」

「まさにこの直下だけれど……建物の構成上、向こうに廻って二階分降りて、それから一つ上がらないといけない」

「どうする? その子の父親がどんな人間か知らないけど、君が来てると知って何も手を打たないような人間なのか?」

「ねぇな。……多分、殺そうとすると思う」

三人の間から声が消える。この階の敵はもう片付いているけど、こうなっては時間との勝負だ。そして、この勝負はどうしても分が悪い。

「くそ……」

苦々しげに、山上が吐き捨てた。そっとすぅちゃんを見遣ると、彼女は僕の方をじっと視て微笑んでいる。はいはい、分かってますよ。お見通しか。

「山上、ちょっと離れてな。すぅちゃんも」

「あぁ?」

「地面、爆破する」

「……待てよ、爆発物ねぇんじゃ無かったのか。それに、下には夢姫がいるって言ったろうが。巻きこんだらどうする」

「僕は天才なんだよ」

言って、山上が倒してきた男達から奪ってきた薬莢を地面に落とす。

「お前……」

「持ち合わせちゃいなかったけど、君が言ったんだろ、こういうのは現地調達ってね」

久々登場、すったぁんがん。すぅちゃんが遠ざかっているのを見届けて、即興で組み立てた回路に電気を通した。

爆音が響く。


「ってぇ……」

高校生くらいの男性の声がした。ちょっと高い、山上とは違う声。誰だろう。

「なんでテメェで巻き込まれてんだよ。……ちっ、こうも煙たくちゃあ視えやしねぇ。本当に巻き込んでないんだろうなぁ」

続けて聞こえた声に、息が詰まる感じがした。短期間で聞き慣れた声。不覚にも泣きそうになる。

ぶつくさともう一人の男性へであろう文句を言いながらも、彼の足音が煙る視界の中から近づいてきた。

「……そこにいんのか」

喉が詰まって声を出せず、必死でこくこくと頷く。視えていないのだろう、少し戸惑った雰囲気のあと、優しい声音で言葉が続く。

「ゆっくりでいい。声、聞かせろ」

「……ぁ」

何とか声を出そうと唇を開こうとすると、見計らったようなタイミングで腰を引き寄せられて、半開きの口をふさがれた。真っ白になる。狂おしいくらいの熱を感じるだけで、他の一切の感覚が失われる。自力で立っているのか、それすら怪しかった。たとえ全体重を預けていたとしても、山上は余裕で受け止めてくれるだろうけど。安心感があった。

「迎えに来たぜ、夢姫。俺と来い」

ようやく視界が戻って来て、目線がはっきり合った途端、山上は言った。最早迷うこともなかった。言葉は出せず、やはり、頷く。

「……やってくれた」

壊れた部屋に、しかしやけに響く平坦な声が届いた。しずかに、大いに、怒っている。忌々しそうな表情を隠しもせず、お父さんが、肩を寄せ合う私たちを睨みつけた。


口ではああいうけど、あの野郎、最初から視えていたのだろう、絶妙な動きで彼女を抱きよせ、あっさりと唇をふさぐ。後頭部を蹴り飛ばしたい衝動にかられたが、女の子の方に気を使って見逃す。

「あれ?」

周囲を見渡すも、すぅちゃんの姿が見えなかった。……やべぇ、と思ったけれど、彼女の事だ、爆発の範囲を完全に予測して上の階で待機している可能性の方が高い。心配には及ばないだろう。あからさまな怒気をはらんだ男の声を聞いては、それにかまけている場合でもないし。

ようやく部屋の全貌が見渡せるようになると、とても組織の大ボスには見えない中年の男性が一人、普通に生きる人間には出来そうもない形相で山上と娘さんを睨みつけていた。まぁ、年頃の娘の親としては二人の密着具合を見れば睨みたくもなるだろう。いや、絶対違うけど。というか僕は不謹慎だった。いつものことだった。うむ。男性は語りを続ける。

「本当に、清々しいほどにやってくれたね山神くん。夢姫にやった『迎え』を退けた時にももしやと思ったものだが、ここまでとはね。ここまでやってくれるとはね。予想外だったよ。一企業を運営する身としては、この予想外は身を滅ぼさんばかりの大問題だったんだが。まったく、まったく。お笑い草だ、馬鹿馬鹿しい」

口調こそ穏やかな物の、怒り心頭、と言った風だった。キレている。こうなっては、何をするか分かったもんじゃない。早めに対応した方が良いだろう。横目で山上を見遣る。相も変わらず女の子を抱き寄せたまま、静かな瞳を親御さんに向けている。……ああ、ああ、そうかい。僕の出る幕は無いか。

「おっさん、夢姫は貰っていくぜ。あんたにゃ、こいつは勿体ねぇ」

「君にだけは言われたくないものだな。殺し屋風情が」

「元、だ。娘にも聞いてんだろ? 間違えんなよ、おっさん」

「……」

これ以上会話の必要も無いと判断したのか、山上はそっと彼女から身を離し、そして、得物のナイフを投げ捨てる。力が抜けたのかへたり込む彼女をしり目に、固く、拳を握り込んだ。

「殺さねぇ。だが、二度と出てくんなよ。表にも、勿論、裏にもだ。あんたは生涯、どっちでもない狭間でなんでもない余生を送ってろ」

本気の一撃、では無かったのだろう。今日のあれを見る限りだと、奴の本気の拳は頭蓋を砕きかねない。だから、怒りを込めた、精一杯の手加減だったのだろう。頬にめり込むさままでスローモーションに見えて、直後には、男の身体は壁に激突していた。これで、晴れてエンディングかな。

「っ、萩の字っ!」

「!!」

咄嗟の山上の声に身構えて、男の手が懐から何かのスイッチを押しこんでいるのを認める。何をしたのか分からないが、この状況だ、何が起こっても、何をしこんでいてもおかしくない! くそ、ぬかった!

一刻も早くこの場を離れようと、山上が瞬速で彼女を担ぎあげる。僕も僕で、足に力を込めて天井に飛び上がろうとして、

「モーマンタイだよ、二人とも。そいつは地下全体に仕込まれた爆弾の起爆スイッチで、そんなものとっくに断線してる。ところであらくん、上に上がるのなら僕も連れていってくれないかな?」

姿の見えなかったすぅちゃんが、部屋の隅で小さく手を振っているのが見えた。……流石、ぬかりないね、君は。


後日談になる。山上の新しい親友(彼女とは認めたくない)、夢姫ちゃんは、あらゆる事象に自分なりの結論と納得をつけたのだろう、親父さんとはすっぱり縁を切って、何もかも母親に聞かせた上で、母子二人で生活を送って行くことに決まったらしい。彼女もそうだが、彼女の母親も相当強靭な人らしい。まぁ、そうでもなければあの男に嫁ぐなんて最初から無理なのかもしれないけど。山上の奴は、まぁ、親公認の仲(親友としてだ、うん)と言うことで時々睡見家にお邪魔しているらしい。週末、二人連れ立って山上のアパートがあるはずの方へ帰って行くのを見かけた気がするが、まさか山上の奴が女の子を自宅に連れ込むなんて有り得ない行為に走るわけがないので、見なかったことにした。立派にリア充してやがるらしい。忌々しい。

で、長らく語り部の役柄を一組の男女に奪われていた僕ですが。

「あら、やっとこっちにお鉢が戻って来たの? 何時振りかしら、愚図ね、顕正。いなすわよ」

「メタ発言がどうとか僕には対処しきれないから置いておいて、変わらずのバイオレンス! じゃないな。なにさいなすって。何を受け流されるんだよ」

「……あ、うん、そうね」

「僕の発言をか!」

「貴方がそう思うんなら、そうで良いんじゃないかしら」

「僕が何をしてこんな仕打ち!」

「ええ、貴方は何もしてないわね、そうね、世界が悪いのよね」

「もうやめて!」

再開の途端にこれだった。今回親友がどれほどの苦労をしたか知らないけど、これまでとこれからを考えると、僕の苦労の方が百倍は上だと思う。よってこれ以上、奴らについて僕から語ることは無しとする。別に羨んでなんかないさ!


さて、ようやっと、僕らの日常が戻ってくる。

お久しぶりです、って挨拶がほんとにお久しぶりだから発せられると言うことに憤りと虚しさを感じております。一か月ほど空きました。お届け出来て安心することしきりですが、それ以前に情けない思いのが数段強いです。嗚呼。受験生なんだなぁ、と、これは完全に作者の都合ですが。実感を伴いましてございます。


さて、山上メインの話が終わりました。流石に今後、こんなレベルで彼が出張ってくることはないでしょう。いい加減影が薄すぎて可哀想に成って来た顕正くんにお役目が戻ります。どったんばったんゆったりのっぺり(?)やっていきますので、今後とものんびりペースでお付き合いいただければと思います。


草々。

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