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拘留。侵攻。

僕と、山上と、すぅちゃん。人類最強メンバーは、まるで緊張感も無く敵地へ向かう。僕としてはすぅちゃんには、いつも通り何処かを拠点にしてサポートに徹して欲しいんだけど、彼女は一言「僕も行くよ」と告げるとそれ以外何も言わずに僕らをむしろ先導して歩き出したので、これ以上僕に言えることはあるまい。それより、当事者の山上だ。

「何だよ、その顔」

僕の指摘に、半眼で何処か空虚な表情をこちらに向ける。初めて観る顔だった。

「……腐抜けてんな、俺」

「自称こんにゃくなんだろ」

「失敗したいなり寿司って感じだ」

「失敗って?」

「米無し」

「それはもういなり寿司じゃない」

油揚げだ。確かに抜けてるんだろうけど。

「いや、そう決めつけるのは安直だぜ。いなり寿司には……ゴマも入っている」

「あ、そ」

心底どうでもよかった。大分参ってるようだ。参っているというか、ぼぅっとしがちと言うか。ま、僕が考えたところでどうなるわけでもないけどね。これは山上の問題で、僕は彼の親友だが、彼自身では無い。山上に協力する際に僕に出来るのは、奴の決定を支持してやることだけだ。きっとすぅちゃんも同じ思いだろう。

 四階建てのビルの前に立つ。全階にわたってテナント募集中の文字が張り巡らされているが、これがダミーだと言うことは既に承知の上だった。……間違ってテナント希望の企業とか来たらどうするんだろう。多分、手は打ってあるんだろうけど。

「打ってないよ。テナント募集中なのは本当。僕たちが用があるのは、地下なんだ、あらくん」

「……なるほど」

よくもまぁ。しかし、そういう事前情報はちゃんと伝えてよ、すぅちゃん。

「さて」

山上に目を向ける。相変わらず、冷めたような、遠くを見据えているような、良く分からない表情でビルを眺めている。

「音頭は君がとれよ、親友」

「……あぁ」

ふっと口元に笑みを浮かべる。少し俯いて、目を閉じて、――――口角が吊り上がる。

「行くぜ、お前ら。ちぃと手ぇ貸せや」

すぅちゃんと目線を交わして、無言で頷き合った。


いつぶりかも分からず目を開くと、見慣れない天井が視界いっぱいに広がった。冷たい灰色の、コンクリートの天井。ここは何処だろう。朦朧とした意識で考える。右肩に鋭い痛みが走って、曖昧だった記憶がはっきりしてきた。

「……お父さん」

嘆くように呟いてみる。あの人は結局、私の出した条件を飲まなかった。カードを返すから、人殺しも忘れるから、もう自分をお父さんの仕事に関わらせないでくれと。学校の先輩……それも山上(アイツは自分を山神と言っていたっけ)に知られてしまったけれど、彼にはお父さんには手を出さないよう言い含めておくから、今まで通り学校に行かせてくれと。彼の来るほんの十分くらい前、お父さんが返してくれた答えはただ一言、「駄目だ」だった。

「山上……」

今度はなんとなく、呟いてみる。流れにそうように、「辰己」と、あくまでなんとなくと自分に言い聞かせながら、続けてみる。なんだか勝手にくすぐったい感じだった。

アイツは殺し屋だと言った。お父さんと同じ裏の社会で、さんざん、きっと人を殺してきたのだろう。最初に私たちを襲ったお父さんの刺客だって、彼が追い払ったけれどその末路は聞いていない。……ただ、殺しては無いんじゃないかと、漠然と思ったりはしたけれど。

殺しなんて絶対に許せないのに、山上だけは、何処まで突き詰めても嫌える気がしなかった。これは惚れたかなぁって、とっくに分かっていた結論を、今更のように認める。そういう問題じゃ、無いはずなんだけど。生理的に駄目とか、そんなレベルだったはずなんだけど。……アイツが足を洗ったと言うのも、理由の一因なのかもしれない。自分の行いを嫌悪して、変わろうとする人間まで嫌うほど私も狭量じゃない、と、無理矢理結論づける。うんうん。

「……」

ぐっと。目元に熱が推しあがってくる感覚を、無言でもって制す。お父さんとはもう、以前のように暮らせない。お母さんだって、お父さんがいなくなれば、今まで通りとはいかないだろう。私だって。

 大晦日の夜、年が変わる直前に、何処か隙だらけに見えた山上の湯のみに、その前の日にお父さんから送られて来たメールに従って、家のポストから持ち出した薬をもった。家に帰れて無いなんて嘘だ。ある程度お父さんと話がついていなければ、あんな状況、夜に山上と別れた時点で捕らわれている。どうやら山上が裏の人間であったことを聞いて、私は彼をダシにお父さんとの交渉を試みた。こちらにはカード以外にもう一つ隠し玉がある、と。既に最初の刺客を追い払った後だったからそれなりに効果はあったみたいで、『山上を殺すこと』とカードを返すこと、この二つを条件に、最初、お父さんは私の願いを聞き入れてくれると言っていた。でもあの時。薬を、私が薄めたから。致死量に届いてないことを、私の話からあっさり割り出したお父さんは、当然、契約不履行と断じて、結果に至る。私の所業を理解して、それでも助けに来てくれた山上は、私の所為で満足に動けていないようにも見えた。

何もかも、私に原因が見える。最低だ。吐き捨てて、立ち上がる。鉄製の窓に目を向けると、どうやら外から鍵をかけられているようだった。拘束されている。そりゃあそうだよね、肩の傷は、山上を助けて出来た物だ。

これから、どうなるんだろうか、私。

「山上」

もう何度となく呼びかけた名前を口にする。呼ぶ度に、彼は毎回、驚くほど早い速度で反応を返してくれた。口では面倒そうに言っていたけれど、彼は彼で、私を本気で守ってくれているようだった。……アイツを、裏切ってしまったのか、私。

「もう嫌や……」

堪え切れずに、鳴き声を上げた。助けて、山上。ムシの良い想いが、でも、溢れて止まらなかった。


まずは初手、穏便に(とは言え暴力的に、だが)門番の役割であろう管理人室の男二人を黙らせておこうかと思った頃には、何時か見た、いや、視えなかった程のスピードで、まさしく瞬間で、瞬きの終わるより速く、管理人室とこちら側を隔てるガラスごと、山上が男二人を蹴り飛ばしていた。いやいやいや、何やってんだよ、お前。

「何でいきなり爆音たててんの!?」

「あぁ? コイツら抑えとかなきゃ中の連中に連絡されんだろうが」

「たつた、これだけ大きな音を出したらもう遅いと思うよ。……ほら」

すぅちゃんの呆れ声に合わせるように、地下への階段から黒スーツの男達が駆けあがってくる。様子を見に来たのだろう、僕たちの姿を認めて、立ち止まる。

「……あらくん、プランは変更だ。たつたって馬鹿だったんだね」

「知らなかったのかよすぅちゃん」

「ここまでとは思わなかった」

「おいてめぇら何好き勝手言ってんだよ。……全員だまらせりゃ良いんだろうが。お前ら下がってろ」

全くもって気にする風もなく、またしても視界から奴の姿がかき消える。

「……ちょっと驚いた。たつたってこんなに強かったんだ」

「これは僕も知らなかった」

僕とやり合った時のあれはなんだったんだ。加減しまくってたってのかよ、忌々しい。

「ちげぇよ。お前はなんか、苦手なタイプなんだ。生理的に受け付けねぇ。相手にしたくない」

「戻ってくるなり失礼な親友だな」

「お前に言われたくねぇ」

「ほらほら、折角だから力押しに変更しちゃおう。行くよ」


脱出しようと思いたった。山上が助けに来るような、そんな予感がしたから。何故かは分からない。付き合いだってまだほんの一週間ちょっとなのに、どうしてか、私は自分を助けに来る山上のビジョンが明確に思い浮かべられた。馬鹿らしいとは思うけれど、思いたったものは思いたってしまったのだ。実行にうつる以外の選択肢はない。どうしたら裏切った相手が自分を助けに来るだなんて思えるのか、自分の神経がつくづく腹立たしくなる。馬鹿じゃないの、いや、馬鹿だ。否定の余地なんてありはしない。

でも、やる。

手始めに、期待も無しに部屋を一周してみた。勿論鍵らしきものなんて見つからず、断念。正攻法は無理だ。そもそも、内側からカギを開けられるように作られていない。元より禁固用の部屋だったのだろうか。

正攻法が無理なら、絡めて……は正直、得意で無いので、力任せで行くことにした。そういう不器用さは、私と山上、実は似通っていたのかもしれない。足を洗うのなら見過ごせば良かったんだ、アイツは。私は私で、護衛を頼むなら、変に遠慮しないで「ずっと一緒にいろ」って言えば良かったんだ。そうすれば、大して逡巡も無く、山上は片時も離れず私を守ってくれていただろう。父とのコンタクトも取れなければ、彼を裏切る選択肢だってうまれ無かった。……なんて、これは傲慢か。いやいや、ずっと傲慢だ、私は。

部屋の隅に畳まれているパイプ椅子に眼を遣った。無駄な努力はそれでも努力、勝手に確信した助けを待つばかりじゃ、本当に助けがあったとて、彼に合わせる顔が無い。黙って掴まってるようじゃ、アイツに見合う女にはなれないのだ。って、何考えてんだか、こんなときに。

パイプ椅子を振り上げる。閉ざされっぱなしのドアに向かって、痛む肩も気に留めず、全力で投げとばした。

事態は収束へ、しかしまぁ、着々とペースは落ちる一方で御座います。不甲斐無い。話の繋ぎと言うことで、だれた感じの展開もここはぐっと、堪えていただければ。

そろそろ顕正達らしい崩壊エンドへと突入する予定です。


それでは、此度もありがとうございました。草々!

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