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番外。其の漆。

明かりの消えない夜。普段は昼間でも閑散としたベッドタウンで、それゆえに、俺みたいな人間の住みやすい町なのだが、今日ばかりは違っている。一月一日、元旦。そう言えば、この辺りにも神社があるんだっけな。ちらほらと、初詣に向かう家族の姿が見えた。

あぁ、くそ、寒い。気候に大してそれなり以上に耐性のある俺が、コートを一枚着込んだこの状態ですら、寒さを感じていた。やられたな、完全に不覚だ。

――――惚れた女に裏切られた。精神的な『弱り』が、自覚できやがる。

馬鹿にしやがって。

適当に毒づいて、残った気迫の全てをつぎ込んで歩を進める。こんな形で消えたのだから、大概の行き先は掴めていた。俺の道筋に迷いは無い。

最初の日に遭った待ち針野郎から、大元の場所は聞き出していた。多分、夢姫は自宅に戻ったわけではない。行くなら直接親父の所……つまるところの、活動本部だ。


高層ビルの立ち並ぶ一画に、あたり前な出で立ちでそのビルはあった。ビルを隠すにはビルの中、大体の場合、それなりに大きな裏稼業の連中は、表の、一般業者のビル群の一画なんかに自分達の巣を構えることが多い。ここも、その例にもれなかったと言うだけの話だ。

外見から見る限り、ビルの明かりは消えているように見える。周りのビル同様に、年末年始休業中と、主張するかのように。

構わねぇ。『偽の』正面玄関、閉ざされっぱなしの自動ドアを、力任せに蹴り抜いた。中に踏み入れて、瞬間、全力で走り抜ける。

大量の発砲音をかいくぐって、一切の情け容赦なく、先へ先へと進んでいく。外見とかけ離れて、建物内は電灯の明かりに満ちていた。そりゃあそうだ、この類の連中が、正月休みなんざ享受するわけがねぇ。

「……ちっ」

頬に微かに、指すような痛みを感じて、舌打ちが口をついた。前方からの掃射をわずかにかわし損ねたらしい。足元が覚束ない。ああ、苛立つな。

「俺ぁ今、ご傷心なんだよっ!!」

かっ裂く、かっ裂く、かっ裂く! 苛立ちのままに刃をふるって、ビルの階段を、上へ、上へ。何処に居やがる、夢姫。

直後、高速で肉薄してきた男を膝の一撃で落とし、俺はようやく、最高階へとたどり着いた。狭かった階段から、だだっ広い一室へ、視界が開ける。

「やま、がみ……っ?」

「よぉ夢姫、なぁにやってんだよ、こんな処で」

開けた視界の先には、ここ最近で随分と見慣れた顔と、見た目は温和そうな胡散臭いおっさんがいた。おっさんの方には一切かまわず、続ける。

「さ、帰ろうぜ、夢姫」


「なにしに、来たん……」

震える声で、夢姫は尋ねる。俺の答えは至極シンプルだ。

「迎えに来たんだ。言ったろ、帰ろうぜ、とっとと」

「何言ってんの、薬混ぜたの、知ってるんやろ。誤解しとるんやったらはっきりしとくけど、私がやったんよ、あれ」

「知ってるよ。おかげでこのざまだ」

銃弾の触れた頬のかすり傷を指差して笑って見せる。もられた薬が割かし本気の敵意だったのも知っている。知っているが。

敵意ごときじゃひるまねぇ。俺を止めるには、殺意ぐらいでまだ丁度だ。誇張でも自意識過剰でも何でもない、親しい仲の敵意なら、尚更温い。むしろ、嬉しいくらいだね。

「喧嘩なんてしたことねぇから、分かんねぇけどよ。仲直りだ、帰ろうぜ、夢姫」

もう一度、言った。喧嘩。俺にしてみりゃ、こんなの、ただの喧嘩だ。原因がどうとか、そんなのは知った事じゃねぇが、これは俺と夢姫の喧嘩なのだ。全然大したことじゃない。

「……馬鹿やないの。私は、自分の意志で君に薬をもって、ここに来たんよ。殺意やって持っとった。山上の身体の構造にはほとほと呆れかえるけど、君の飲んだ薬、普通やったら死んでて当然なんやで」

「みてぇだな」

それも知ってる。でもな。『出来る限り薄めた』薬なんてもってる時点で、お前の覚悟なんて知れてんだよ。

「夢姫、よしなさい。その男は私の敵だ。夢姫は私のところに戻ってきてくれたのだろう?」

「お父さん……」

今まで意識して無視していた男が話に割り込んでくる。邪魔してくれやがって。しかし、やはりそうか。こいつが、夢姫の父親。元凶にして裏社会の住人。

「おっさん、若者の話を邪魔しねぇでくれるか? いい加減、高校生にもなってパパの言うことにただ従うなんてのは自立心の出来てねぇ馬鹿だけだ。夢姫は違う。分かってんだろうが」

「君こそ分かっていない。夢姫は私の娘だ。自分で考え、その結果として、『一度は』反抗したが、非を認めて謝りに来た。私はそれを許し、受け入れる。部外者は君なのだ。邪魔をしないでくれるか?」

「……本当かよ、夢姫」

「……そうよ。どうあったって、お父さんの仕事を邪魔したのは本当やもん。悪いことをしたから謝る。普通じゃない」

うつむいて、夢姫は言った。ああもう、じれったいな。見え透いた嘘だ。お前、言ったじゃねぇか。

「人殺しは許せないって、言ったのはてめぇだろ」

「――――っ」

夢姫の肩がふるえる。泣きそうな顔で俺を見て、それから、ちらと、隣の父親を窺った。

「……」

「人殺しと言ったかね」

「だ、って……」

「勘違いだよ。あのメールを見たんだろう? あの消したと言うのはね、クビにしたって、それだけの話だ。仕事で大損害をやらかしてね」

嘘だ。聞くまでもねぇ。夢姫の表情に、安堵は見えなかった。あたり前だ。いい加減、鬱陶しい。

「おっさん、いい加減にしろってんだ。邪魔するってんなら、最後通告はしといてやる」

「腕が立つようだが、止めておいた方が良いよ、少年。裏世界には君レベルくらい、幾らでもいる」

「はん、おもしれぇこと言うじゃねぇの」

「嘘だとでも? 君が最初に追い払った男なんて、ただの下っ端だと言うのに?」

分かってるよ。そして、あんたは全然分かって無い。これだから、いい加減、なのだ。知らないってのは、愚かだってのは、全く罪だね。

「手を引けよ、おっさん。夢姫さえ解放すりゃ、俺ももう何もしねぇ。この類の会社なんて幾らでもあるもんな。全部潰して回ってたら、流石の俺でも面倒なくらいに」

おっさんが、鼻で笑うのが見えた。小さく舌打ちする。

「最後通告っつったぜ。教えといてやる、お前が鼻で笑うガキの名前は山神 竜太」

苗字を出した時点で、おっさんの顔色が変わった。名前の部分で、更に動揺を増す。

「業界最強の、殺し屋だよ、おっさん」

「な――――」

驚愕の表情のまま、おっさんの身体は部屋の隅まで吹き飛んだ。フロア全体に微振動が伝わり、止まる。

名乗りたく無かったなぁと思う。殺しは許せないと、夢姫は言ったのだ。これで今度こそ、お終いだ。これ以降、彼女がどんな行動を取ったとして、俺には抑止できない。

それでも、親父を選ぶのかも知れない。

母親と共に町を離れるのかもしれない。

どちらにしても、夢姫のこれからに、俺の名は永遠に刻まれない。お呼びでない、だから、さよならだ。


かっこわるいことこの上ないが、最後に、夢姫の顔は見られなかった。その方向に視線をやることすら厭われた。情けねぇ。未だ本調子とは言えない足取りで、元来た階段へ、歩みだす。

「やめろ、夢姫!」

あぁ?


背を押される。言うことを利かない身体は踏ん張りが利かず、階下へと落ちて行く。目一杯、首を捻った先に見えたのは、俺を押し飛ばした格好の夢姫の姿。

華奢な肩から血が噴き出すのが見えた。壁から伸びる刃が、彼女の肩に食い込んでいる。おい、待て、なんだこれは。

「ゆめ……き……っ!!」

「くんな阿呆っ!」

「でも、お前!」

「良いから逃げぇ! 何で来たんよ、あほっ。私は君を巻き込みたく無かっただけやのにっ。足洗いたかったんやろ? いつまでも私の相手なんてしてるべきやないやろっ。私はもういいから、充分楽しかったから、私が悪いんだから、終わりにするから……っ」

何言ってんだよ。意味が分からない。それでなんでお前が怪我してるんだ? 終わりってなんだ、逃げ続けるんじゃなかったのか。俺のためと言ったか? 残っていた泥を払うために、自分が犠牲になると言ったか? 違うだろ、俺が勝手に首突っ込んだだけだっただろ。お前が何をしたっていうんだ。

――――なんだよ、これ。

倒れた夢姫の身体を、無造作に抱え上げる男の姿が見えた。あの野郎、手ぇ抜いてやがったな。あるいは俺の調子の悪いのも原因か。

本気の殺意をこめて睨みつける俺に、おっさんが返したのは、安堵と、憎悪と、戸惑いと、何より強い愉悦で満ちた視線だった。夢姫を抱えていない、空いた方の手で、壁際のボタンを押しこむ。

瞬間、目の前の階段が爆音を上げて崩れ落ちた。


地面に身体を投げ出して、目を瞑る。耳にプロペラの回る音が聞こえてきた。ああ、逃げやがったなと思う。暫くして、ようやくマシになって来た両足で立ち上がる。

酷く思考が冷めていた。すぅと、絡まっていた何かがほどけていく感覚。

かざしてみたナイフに映る自分の目を見て、苦笑する。

昔の俺の目がそこにはあった。山上ではない、山神としての、俺の目。人を殺すことに躊躇いの無い目。

違う。

「違うよなぁ」

戻ったわけではなかった。今更、戻ることなんてあるわけがない。山神 竜太は死んだんだ。他でも無い、俺自身の手で殺した。なら今ここに映るのが誰か。

山上 辰己。今の俺の名。

山神 竜太と同じ目をした俺は、つまり。

怒っているのだった。怒る、か。俺は怒るんだな。


迷いは晴れた。親友と交わした戯言がよみがえる。恋に障害はつきものだ、と。お前にだけは言われたくねぇと、その時は思ったものだが。今も思っちゃいるが。

お姫様を、助けに行こう。山上 辰己の方法で。どんな手段でも、では無く、誰を頼ってでも。

ポケットの中身を指で確かめる。足はふらついていたが、手業はどうやら支障が無かったようで。滑稽な話だ。

ぶつかり際、夢姫のポケットから掏った「切り札(カード)」。顕正に話を通すまでの時間稼ぎには、充分な代物だろう。

「番外」、終了になります。とは言え見ての通り、話自体は終わって無いので、語りが顕正に戻るだけの、結局はまだ山上の話なわけですが。

果たして誰がどんな決断を下すのか。果たして誰が何をして結果が訪れるのか。次回もどうぞ、お付き合いください。

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