表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
129/163

番外。其の陸。

話を聞いて、俺は真実を知った。街中の小洒落た喫茶店で聞くような話ではまるで無かったわけだが、結果として聞き終えてしまったのだから今更何を言っても遅いだろう。

それより、夢姫の話から、俺には看過しきれない疑問が生じている。

「なぁ、お前さ」

「何よ」

しれっとした顔で夢姫。コイツ、さっきまであんな表情だったってのにどんな精神してやがるんだ。……カッコイイじゃねぇの。

「これまでさんざん、自宅前までお前を送り届けていたわけだがよ。自宅には戻れねぇ訳だろ。俺と別れた後、何処に寝泊まりしてたんだよ」

「え、……あ。そういう疑問にたどり着いちゃうか」

「ったりめぇだろ」

自宅に帰らないと言うことは、当然だが、すなわち外泊以外の選択肢が消えると言うことだ。適当なホテルにでも宿っているのか、或いは友人宅を回っているのか。

「ホテルに何泊もしてたら、君とこうしている為の資金すら危ういよ。それに、お泊りするほど親しい友人もおらんかな」

「じゃあどうしてんだよ……」

まさか、とは思うのだが。まさか、年頃の女子高生が、野宿なんぞ、して無いだろうなと考えてみる。いくらなんでも、コイツはそこまで不用心じゃない、と、想うのだが。

「野宿です。公園を移り渡っとる」

「……」

絶句した。一瞬の信頼は一瞬で裏切られたようだった。

「いや、待てよお前、野宿って、女が一人で……」

「うー、わかっとるわよ、そんなん。危ないとは思ってるよ? でも、仕方ないじゃない、お金も無いし、友達少ないんやから」

不貞腐れたようにそっぽを向く夢姫。いや、いや、だから、それその思考、おかしいだろ絶対。

「それは俺に言えよ! 護衛もしやすくなるし、俺んち泊まれば良いだろうがっ」

「は、はぁっ!? 君んちぃ!? 何言ってん、急に狂うても私対処できへんよ!?」

「いやいやいや、冷静に考えろって、俺は狂ってねぇ、むしろお前のが異常だろ、何考えてんだよ! あぶねぇだろうが、公園で野宿だぁっ!?」

ついつい声を荒げての論戦を展開する。周りの目を感じてぐっと息詰まり、クールダウンして背もたれに体重を預ける。夢姫、こいつ馬鹿だったんだな……。

「むー、っ、むぅー。確かに君の言うことにも一理あるかも。じゃあさ、大晦日に図々しいけど、さ、今日、泊めてくれへんかな……」

「そりゃあ、構わねぇけど」

と言うか、説得しておいてなんだが、それであっさり、男の一人暮らしの家に泊まろうとするのも正直どうかと思う。こいつ実は、世渡り慣れて無いのかもしれないな。俺に言われたくは無いと思うが。

「ん? ていうか君、ご両親は?」

「いねぇよ、一人暮らしだ」

諸事情で。とは、言わない。今更こいつに隠し事なんてしていても意味は無い気がするが、なにも、自らすすんで元殺し屋で親もろとも実家をぶっ潰したなんていうこともないだろう。

元殺し屋。この肩書だけは、どれほど長い期間を生きてもついて回る。一種、山神家が俺に残した呪いのような意味を持つものだ。生まれの不幸、と言うのだろうか。まぁ、俺がこうでなければ顕正に会うことも無かったろうし、今だって夢姫を助けていられなかったろうし、不幸ばかりでも無いけど。幸せだとも言えまい。それは勿論。

「一人暮らし……」

「なんだよ、別にお前なんぞ襲いやしねぇぞ」

「っ、な、あたり前やろ、そんなん! ……ん? なんか釈然としない気が……」

「気の所為だ」

「……そういうことにしとく」

ともあれ、でぇとだ、でぇと。付き合っても無い女と、デートに泊まりに、異様なまでのイベントをこなそうとしている気がするが、これもおおよそ気のせいだろう。一体どうなってやがるんだ、この世界って奴は。

「ほんだら、ちょっと買い物して、君んち行こか」

「ん? なんだ、もうでぇとはいいのかよ」

「ぶらついてただけやない。それより、折角大晦日なんだから、色々作りたいでしょ」

そんなことを言う夢姫。ふむ、少しばかり後ろ髪を引かれるが、そもそも夢姫とデートする理由なんて無いし、というか、この後コイツは家に来るわけだし、何も変わるまい。それより、

「作るって、何をだ」

「料理」

「……お前にそんな家庭的な能力あったのかよ」

「今までどういう目で私を見てたのか今のでよぅに分かったわ」

半眼に睨まれる。だってよ、お前が俺にやってみせたことと言えば、暴言毒舌と無遠慮呼び出しだけだぜ。

「否定はしないけど、これ以上言うようやったら折角の手料理、取りやめにする」

「俺が悪かった。さ、買い物に行こうぜ」

我ながら現金な奴である。女の子(夢姫と言うところが多少難ではあるが)の手料理、目の前にぶらつく豪華な餌に食いつかない手はあるまい。それに、こうしていると、やはり相手が夢姫なのに目を瞑れば、中々に青春なのだ。喫茶店の勘定をしつつ思う。俺は、何時の間にこんな普通にレジ前に立てるようになったのだろうか。


「お前すげぇな……」

日も沈み、色々あったこの年も、残すところ片手で数えられるくらいの時間になる。必要最低限の家具しか置かれていない2LDKの俺の部屋に鎮座している卓袱台の上には、卓袱台そのものの価値すら底上げされるのではないかと錯覚するほどの豪奢な料理が並べたてられていた。思わず感嘆の声を呟く。

「ちょっとは、見直したんかなぁ、私のこと」

にやにやと、夢姫が視線を向けてくる。さっきの根に持ってやがるな、こいつ。……しかし、本当に、ここまでとは思っていなかった。素直に称賛することにする。

「見直したっつーか、驚いた。一般水準なんざ知らねぇけど、相当なもんだよな」

「ふっふっふ。まぁ、お母さんの手伝いで鍛えてきたけんね」

「へぇ……」

家事手伝いでここまで上達するもんなのか。或いは、夢姫の才能なのかもしれないが。どちらにせよすごいことに変わりはない。し、

「『お母さん』ねぇ」

「っっ!!」

俺の呟きに、夢姫の顔面が発火したかのように紅潮する。昼間の話の中では通して『母』だったのに、今は『お母さん』だ。これはつまり、気取っていたと見て間違いないだろう。笑いがこみ上げてくる。おもしれぇな、コイツ。

「うっさい、笑うな! べ、別に、ええやん、お母さん言うたって!」

「誰も駄目だなんて言ってねぇだろが。ぶふっ」

「やったら笑うなぁっ!」

「あーはっはっはっはっはっは」

「……っっっぅ」

ふい、と。結局、言い返しきれないと見たのか、悔しそうに歯噛みして、夢姫は俺から顔をそむけて黙り込んでしまった。中々どうして、からかいがいのある奴だ。今まで気がつかなかったのが勿体ねぇ。主導権握られてばっかだったからな。

「ごちゃごちゃ言うとらんと、はよ食べや」

「おう」

にやにや笑いは崩さず、彼女の勧め通りに料理に手をつける。なんと、見た目に違わぬ美味さだ。かるく感動を覚えるほどであった。うわぁ、これは何と言うか、幸せなんじゃねぇのか、俺、今。

「大袈裟な……」

「いや、まじ、うめぇ。飯が美味いって、幸せなことだったんだな。初めて知ったぜ」

「……ふぅん……」

変な顔をする夢姫。若干引いてるふうにも見えるが、多分気のせいだろう。今の俺に引かれる要素は無いはずである。

暫く言葉も無く食って、食って、食い終わるころ、夢姫はふっと表情を和らげた。

「あはっ、なんかこういうの、悪い気はしないね」

「……」

「なによ」

なんでもねぇよ。呟いて、俺は彼女から目を逸らした。食器の片付けを口実に席を立つ。

照れ笑いする夢姫の顔を見ていられなかった。

なんてことは無い。割と俺も、そのあたりは普通の人間だったって話だ。普通の、高校生だ。

夢姫と一緒にいることに、難なんぞ、あるわけがなかった。そう、割と。

割と分かりやすく、俺は彼女に、恋をしていたようだった。片恋相手に強がってみせるたぁ、中学生かよ、俺は。

ようやく自覚したこの恋が、俺と夢姫のこの関係で、どんな結末に終わろうとも。

俺の求めた青春は、この手の中にあった。


跳ね起きて、自分が今の今まで眠っていた事実に気づく。起きた拍子にかけられていたらしい毛布がずり落ちたのが分かった。

ちょっと待て。俺が、寝ていた? 夢姫への恋心を自覚して、意識して微妙な距離感を感じつつも、片付けやら、年越し蕎麦やら(これもやたらに美味かった)、暇を持て余しての年末恒例歌合戦だとかを経て、俺はいったい、何時落ちたんだ?

フルスピードで回転しつつも空回り気味な脳を殴りつける勢いで落ち着かせて、さっと部屋中に目を通し、把握する。

夢姫が居ない。流し台に置きっぱなしだった食器類は全部洗われて、元の場所に戻されている。どういうことだと自問した声には、考えるまでも無く解答がついた。

湧き上がってくる激情のままに立ち上がる。アイツ、いなくなりやがった。泊めろって、手前で言っておきながら、どういうことだ、これは。――――睡眠薬まで盛りやがって。

身を翻して玄関に向かおうとした膝が、急に力を失くして折れた。

睡眠薬じゃ無かったみたいだ。……あんにゃろう。

コートを着込んで、ふらつく足取りで、俺はのろのろと家を出た。何考えてるかわからねぇが、知った事じゃない。青春とは程遠い、どうしようもない結末が見えてきて、これが失恋の痛みかと、馬鹿みたいな考えを巡らせながら、しかし俺は、ただ一点、目的を持って、言うことを聞かない足を酷使してでも、走りだす。

嵌められた。嵌められて尚、だが、俺はあいつが俺をただ出し抜いただけとは、どうしても思えなかった。警戒心むき出しだった初対面から比べて、あいつは俺に、色々な表情を見せてくれた。標準語を意識して気取っていたのが、最近では、方言が交じる頻度が圧倒的に上がっていた。俺に、徐々にだが、気を許してくれていたのだと、確信している。だから。

なにを考えているのかは知らんが、知らないから、どうということでもねぇ。


夢姫を探し出す。そして、真意を知る。話は全て、そこからだ。

どうも、作者です。13日の金曜日、不吉に入る一日前になんとか更新でございます。ほとほと遅くなってますね、執筆速度。

番外もようやく佳境、其の壱で僅かに触れていますが、顕正側に繋がるまで、残すところあと一話であります。番外は其の漆までとなる予定ですので。……予定、ですので……。なるたけそこで終わらせるつもりです。


それでは、此度もありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ