ディベート。弁舌、論戦。
「ええと、それでは、僭越ながら、それと真に遺憾ながら、第一回研究部会議、司会進行は僕こと萩野 顕正で仕切らせて頂きます」
こほんと咳払いして、無理に落ち着かせた頭で言葉を捻りだす。椅子を持ち寄って、ついでにちゃんと全員に一定の距離をあけさせて、円をかたどって座る形にして、こうして、会議は始まってしまった。永遠に閉じっぱなしにしておきたかった窯の蓋を開けたのは、苦々しい事この上ない事に、僕の開催宣言だった。罰なのでしょうか。もう遠い昔に思えてしまう去年の、おばあちゃんに告げたあの覚悟に対する、これが世界からの報復なのでしょうか。僕がいけないんでしょうか。
「御託は良いわ、顕正。とっとと議題を発表しなさい」
「分かったよ……。でも、議題なんていつ決まったのさ」
「これよこれ、読みあげなさい」
「『顕正について』……? え、待ってこれ、議題としては広すぎませんか」
「異論はないわ」
「右に同じ」
「右に同じ」
「右に同じ」
「なんでこう言う時だけ意志がまとまるんだよ!」
常時それくらい息が合っていてくれればこんなことにもならないのに。明音さんの言葉がよみがえる。「恋敵」。彼女達は恋敵同士であると、張本人の僕に告げた、あの言葉が。だから、僕に感情が向く時だけ、彼女達の意見はまとまると、どうやらそういうことらしい。あれ?
「ちょっと待って、なんか当初と目的がすり替わってる気がするよ僕は」
「そうかしら? これから私たちは、顕正との関係性について、さしずめ、顕正に対する私たちの日頃の鬱憤もとい想いを、吐きだすもとい叩きつける会議をするのでしょう?」
「いやだから、待って、なんか僕に対する苦情コーナーみたいになってる」
「異論は無いわね」
「無い!」
「無いです」
「無いわ」
「だからその結束感は何!?」
というか、あれよあれよと僕が標的に成っていた。おかしい、なんだかすごくおかしい。そもそも彼女達が、僕を巡って言い争いを繰り広げていたんじゃなかったっけか。
「自意識過剰ってやつねそれは。まぁ簡単に言うと、私たちの醜い言い争いを貴方に直接見せたくないだけよ」
「何処に自意識過剰の要素があったのか理解できないんだけど」
「先輩は頭が良くないですからね」
「言ったな後輩!」
「蒼は学年四位だよ、学年が違うとは言え先輩より全然上だよ」
「それを僕より全然下の君が言うことで説得力は遥か虚空だけどな」
「そうやって後輩を苛めるのは良くないわ。そもそも、女の子に向かって馬鹿と罵るのは感心しないわ、顕正」
「会議を始めます! 発言者は挙手してください!!」
僕の完敗だった。無理無理。どう考えても僕は微塵も悪くないはずなのに、この四人が相手じゃ無い罪も生まれるようなものだった。釈迦が犯罪者呼ばわりされても不思議はないだろう勢いだ。話を逸らすのが上手いのではけして無くて、話を強引に止めさせるのが上手いというか。
「はい、挙手」
『挙手』まで口頭で言って、美稲が手を挙げた。早速意見があるらしい。考えてみると、これは何時の間にか僕に対する苦情のコーナーに化けているわけだから、誰かが意見を出すと言うことはイコールで僕への罵倒に繋がるわけだ。うわぁ、あてたくない。
「顕正、挙手」
「はい」
「命令したわけじゃないわ」
「確信犯だとも」
「顕正がそういう態度なら、こっちには確信犯の天才、三笠さんがいるわ」
「さぁ美稲くん、意見があるのだろう?」
「顕正は私にとっては完璧だから、他の人に罵られる前に私に決めてしまえば良いと思うわ」
「あ! 二瓶先輩ぬけがけ――――」
「赤坂姉、発言は挙手制と決まったはずよ」
「うぐ……」
「いや、はずよじゃねぇよ。緑もそこで詰まるな後々同じ手食らった時に対処しづらいから」
抜け目ないというか、やっぱり強引と言うか。この部には草食系が居ないのか。かろうじて蒼ちゃんとも思うけれど、最近はあの子も此処に随分毒されているようだし……。
「結局、僕に対する苦情は無しってことで良いのかな、美稲」
「あたり前よ。私は貴方の事が好きだもの。それも昔から。この中の誰より昔から」
「そうだね。……まぁ、僕も君のこと、嫌いじゃないよ」
「はいはい! 先輩! 挙手!!」
「何よ赤坂姉、邪魔しないでくれるかしら」
「ダウトですそれダウト! 全然議題に即してません」
ずびしっ、と、効果音つきで緑が美稲を指差す。その指先から身体を逸らして、美稲はふんと鼻を鳴らした。
「好きにすればいいわ、ただ、言ったからには勿論、貴女は議題に即した発言をするのよね」
「勿論ですとも!」
やたら自身満々に頷く緑。嫌な予感しかしないのは僕だけだろうか。個人的には、こんな形式なのに未だ黙っている明音さんが怖い。何か企んでそうだ。
「……はい、緑」
「こほん。ええと、罵倒すれば良いんだよね」
「良くはないけど、そういうコーナーだそうだよ」
何時からコーナーなのかもわからないけど。会議じゃ無かったのか。
「うん、じゃあ、よくも私の初恋を奪ってくれたな!」
憤死した。いや僕が。よくもまぁ臆面も無くそんなことをと思って緑の顔を見やり、その頬に僅かな朱が挿しているのに気付いて喀血しそうになった。僕を殺したいのかこの娘は。可愛すぎるだろう。
「いや、先輩、今のはどう考えてもただあざとい……」
「分かってないね蒼ちゃんは。そのあざとさを前面に推してくるからこその緑だろ」
「顕正くん、それ絶対誉めてない」
「だって罵倒するコーナーじゃないか」
「標的は貴方限定だったはずだけれどね」
明音さんに冷静に突っ込まれて、僕は黙る。畜生、この人さえいなければ今の応酬でこの会議自体を有耶無耶に出来たのに。
「じゃあ顕正、私を当てなさいな」
「……なんでしょう、明音さん」
「なんだかんだ、そういう貴方が一番あざとくて汚いのよね」
「辛辣っ!?」
真面目に議題に沿ったお言葉だった。ていうか刺さった。ぐさりと。もうぐさりと。一撃で人の急所を突いてくる。
「何言ってるの、突くだけで済ませるわけがないでしょう。切り裂いてこその私じゃない。だから顕正、そう言いながらも実は私が何を言うのか予想してリアクションを用意していたあたりも指摘させてもらうわね」
「僕の人格を否定しないで!」
ほんとに。お願いですから。なんていうか、この人の前ではどう取り繕ったところで丸裸だった。見抜いてくるなぁ。
「やだ、裸だなんて、やらしいわね」
「比喩だよ! 慣用表現だよ!!」
「あらそう」
涼しげに切り返す明音さん。終始確信犯に徹しやがった。敵わないと言うか、相手にしたくない。
「あー、こほん、さておき。僕への愚痴は追々聞くとして、折角会議形式に成ったんだから、どうだろう、今年の抱負みたいなものでも決めとかない? 部として」
「話題を逸らすのが下手ね。まぁいいけれど。部の抱負ねぇ。でも、研究するのは基本的に貴方だけじゃない」
「それに、皆忘れてるみたいだけど、殺し屋さんも部員になったんだよね?」
『あ』
緑の言葉に全員で口を開く。目聡い明音さんや、この中では僕に続いて旧知の美稲も覚えちゃいなかった。斯く言う僕だって完膚なきまでに忘却していたのだから、親友を名乗る立場としてはちょっとばかし罪悪感を感じないでもないけれど。新入りというか、言ってしまえば部外者にはとことん冷たい研究部だった。蒼ちゃんは社交性も備えているし、緑も基本的に明るい奴だからクラスでも立場は悪くないのだろうし、明音さんもこの通りやり手だし、まぁ美稲の常に変人なのは置いておくとして、しかしそれでも結局のところ、僕らの内でないと、彼女らも存外、適当にこなしている感じがしないでも無かった。社交性は頭が良ければいくらでも捏造出来るもので、明るさなんて元の性格があればどうとでも演じられる。演じると言うか、適当に振舞うと言うか。先にも言った通り美稲は元より取り繕うことをしない。クラス行事などでは圧倒的に無関係面を通す人間だ。
さて、そんなことより元殺し屋くんである。哀れ忘れられていた彼だが、でもなんだろう、彼女らの言い方もそうだけれど、僕としても奴のことは、何と言うか、
「どうでもいいよね、ぶっちゃけ」
「君が思いだしたくせにその切り方かよ」
あっけらかんと言い放つ緑の言葉に僕が突っ込んで、それで山上の件は終了だった。まぁあいつ、基本的に気が向いた時しか顔を出さないし。本当のところ他の部員達もそうなんだろうけど、気が向く頻度が他より少ないと言うことで、ここは一つ。さらば山上、君のことはきっと念頭にすら置かないだろう。
「で、ええと、抱負だよ、抱負」
「さっきも言ったけれど研究は貴方の専門として、じゃあ何を決めるの。個人目標だと、研究部でいる必要のないものばかり浮かんでくるんだけど」
「もうそれでいいんじゃないかな」
「先輩も案外適当ですよね」
蒼ちゃんの耳が痛い耳に痛い突っ込みは無視して、僕はうんと頷く。
「少し時間を取るから、皆今年の抱負でも考えようか。個人目標で」
全員が一様に頷くのを見届けて、僕は一つ、大きくため息をつく。ようやく一段落だった。この形式でまだ続く事に絶望を覚えないでもないが、それはともかくとして、まずは休もう。暗転。
いつも通り駄弁ってるだけじゃないか。分かり切ってた事ですが。
今回、またも作者を襲いかかった学生恒例のイグザムさんに攻め立てられ、約二週空けての更新で御座います。相当数減っていてもおかしくない覚悟だったお気に入り登録件数がむしろ増加しているのを知って歓喜というか感動というか。巨大MAなんて怖くも無いぜって感じです。びぐざむ。
それでは、また次回お会いできることを。今度こそ早く。……早く!