ディベート。開催。
一生のトラウマに成りかねない年越しを迎えて、当然のように寝正月を過ごしたならば、三が日翌日、学校が再び門扉を開く一月四日の到来だった。合鍵はとっくの昔に作っているし、ピッキングだってしようと思えば幾らだって出来るけれど、そこまでして部室に行く理由も無かったし、何よりあの年の瀬年明けをこなした直後の僕にそんな体力は残っていなかった故の今日登校である。疲れたんだよ、主に精神的に。
さて、久々の部室の相変わらない引き戸に手をかけると、室内から数種の声が聞こえてくるのに気がついた。何だなんだ、彼女達、もう来てるのか。新年から中々の気概じゃないか。
「おはよう、みん……な?」
「ふん、そもそも赤坂妹はキャラ薄いくせにこう言う時だけ出張ってくるわよね鬱陶しい。私のような濃いキャラ性を持ち得るまでは邪魔だから下がっていてくれる?」
「んなっ! 三笠先輩だって、キャラは濃いけどメインヒロインって感じじゃ無いじゃないですか! それに、キャラ薄いって言うなら緑だってアリガチな元気印って感じで存在感薄いし!」
「うっわ、よくも双子の姉にそんな事を! そんなん二瓶先輩だっていっしょじゃん、狙い過ぎてむしろ外してる感じ!」
「誰が何を言ったって、病弱不思議系幼馴染の三強を持つ私の敵にはならないわね。雑魚は雑魚らしく無意義な言い争いを続ければいいんじゃないかしら」
固まる僕、止まらない応酬。え、え、え。何これ、この人たちは一体何をしていらっしゃるの?
白熱の議論、飛び交う……罵倒。一瞬の後に判断する。うん、これ、止めよう。止めなきゃ死者が出る勢いだ。
「あれ、顕正くん来たんですかおはようございます」
「マシンガンだなまるで。いやまぁ、おはよう。ところで君達は一体何をしてるんだよ」
「見て分からないの顕正。そんなの会議に決まっているじゃない。極めて平和的かつ友好的かつ生産的なね」
「おかしい、僕にはさっきのほんのちょっとを聞いただけでも暴力的かつ敵意的かつ非生産的な暴言のぶつけあいをしていたように思えたんだけど」
ていうかほら、今だって会話に参加してない蒼ちゃんと美稲でにらみ合ってるじゃないか。敵意むき出し。これまた一体、何が発端だったんだろうか。
「決まっているわ、顕正。誰が一番最初に部活で貴方に声をかけるかって議題から始まったのよ」
「……あ、そう」
反応に困ることしきりだった。困るなんてもんじゃない。これはなんというか、僕に割り込む余地はないんじゃないだろうか。色恋沙汰は未だによくわからないからなぁ。自分が中心となればなおさら。なんで僕はこの子たちに好かれたんだろう。冥利に尽きるけれど、同時に心の底からの疑問でもある。
「つまんないこと聞かないでくださいよ、先輩。そんなことより、緑、さっきの、なんだかんだ言って何勝手に抜け駆けしてるのよ」
「おっと、人聞き悪いなぁ蒼ってば。本人が来ちゃったんだからもう後は早いもん勝ちでしょうに」
「そう、そのルールで行くのなら私が手っ取り早く顕正を寝取るけど、文句はないわよね赤坂姉」
「駄目! それは多いに問題ありだ! そんなのずるいですよ!!」
「どうせ貴女達には処女を失う覚悟なんて無いでしょう? それなら良いじゃない」
「ぅぐ……」
明音さんの直接的過ぎる言葉に緑が赤面して言い淀む。ていうか直接過ぎると思います明音さん。きっと緑よりも僕が赤面していることだろう。じゃなくて、だから待て。本人の前で寝取るとか言うな。そうでもなくてそもそも淑女たる女子高生がそんな単語をあけっぴろげに語るのも如何なものかと僕は思う。
「顕正は色々と前時代的ね。今時の女子は早いのよ、色々と」
「女子から聞かされたくはなかったな、その情報」
「あらそう? でも男は女子の事情なんてそうそう知らないと思うけれど」
確かにその通りだけど。今の状況にはまるで何も関係ないけど。なんでこう、当然のように話題が跳ねまわるのだろう。当初の悪意丸出しの会議が有耶無耶に成ったって言うのならそれはそれで良いんだけどさ。
「あ、そうよそれを忘れていたわ。有耶無耶になんかするものですか。事に欠いて赤坂妹は私に対してメインヒロインの器が無いと言い放ったのよ」
「ふん、本当の事言っただけですよ。むしろあれじゃないですか? 後輩の女の子の憧れを叶える為のアドバイス役に良くいる脇役キャラ的な」
「ふぅん? 双子の姉妹と言うだけでも既に二人一セットな感じなのに? 特に存在感の薄い方が数倍以上の存在感を有する私にひがんでるだけじゃないのかしら?」
「んな!? だから、さっきも言いましたけど緑だってアリガチなキャラでむしろ薄いというなら緑の方が!」
「またこっちに回すだと!? 蒼ってばほんとに姉妹かよ! 私に言わせれば二瓶先輩こそが狙い過ぎの外し過ぎで痛々しさ満開じゃないですか!」
「都合が悪ければ他人を巻き込む。しかし巻き込まれた私は優雅かつ極めてメインヒロイン的な寛容さでもって笑って水に流すのよ。格の違いって、こう言うところに出るわよね」
「ストップストップ! 皆に幾つかずつ言いたい事があるけれどまずはストップ!」
見るに見かねて大声を上げる。なんだこれ、修羅場過ぎる。
「何よ顕正、何か文句でもあるわけ」
「いや、文句違うけど、なんだか収拾つかなそうだし滅茶苦茶暴言飛び交ってるから、もういっそ会議形式にしようよ。ちゃんと一人一人の言い分を纏めてさ。……でないとぶっちゃけた話、僕がもちません」
ほんとうに。いやもう、切実に。自分に対する色恋の問題で女性陣が激しく言い争う。なんだこれ。喜んでいいのだろうか。男性としては成る程、モテ期だろうと思わないでもないけれど、うああ、だから、反応に困って仕方ない。
と、言うわけで。急遽も急遽、第一回研究部会議の始まり、始まり。
久々に単に混沌を書きたかったのです(割といつもな気がしますが)。収拾がつくのか作者自身不安全開ですが、多少なりとも楽しんでいただければと思います。
それでは、ありがとうございました。