躻ヶ島。あなたはだぁれ。
コワイ、怖い、恐い?
違う。
奇妙なんだ。奇怪なんだ。奇異なんだ。
赤い瞳は虚ろに揺れて。白い髪は夜風にたなびく。細い身体はもろくて、触れれば霧散してしまいそうな。
そんな、圧倒的に弱くて、圧倒的に不気味で、圧倒的なまでに強い。おんなのこ。
あなたはだぁれ?
僕は怪奇なんて信じちゃいなかったし、実際、自ら手掛けた研究だけで十分に怪奇現象の解決は成功していた。火の玉だって、幽霊だって、非科学的な存在は科学的に否定してきた。科学は僕の力で、僕の唯一の武器なのだ。
僕にとって科学は絶対で、絶対こそが科学だった。
でもそれは、それこそまやかしみたいな考えは、本物のまやかしの前には何の意味も持たない唾棄されるべき存在で。
だからその夜、僕の絶対は、いっそ清々しいくらいに淘汰されたのだ。
お山のマツタケ騒動(今命名)も無事解決し、一介の高校生団体が味わっていいのかと若干ひいてしまうぐらいの豪華絢爛な夕食を終え、僕らは思い思いに就寝の準備に入った。
僕としては今日、徹底的に徹底して体力を根こそぎ奪われる出来事に会ったはずだというのに(運転とか捜索とか)なんでか睡眠欲は微塵も感じられず、きっと夕方まで寝ていたせいだとかまだまだ僕も若いからなとか考えながら、すっかり静まり返った別荘内を探索することにした。
部員たちはどうやら遊び過ぎで疲れたのか、皆寝てしまっているらしい。何となく一階に下りて、海の見える側の庭に出てみることにした。
と、先客を発見。青系で染められたパジャマの上に古風な半纏を羽織った彼女、赤坂妹は、ぼうっと、空に浮かぶ月を眺めていた。
「寝られないの?」
声をかけると、赤坂妹ははっとした風にこちらを見て、曖昧に笑った。いつも無表情を保つ彼女が笑うなんて珍しい。とは思ったものの、言葉にはしないでおく。なんだか、彼女の目には寂しさみたいなものが浮かんでるように思えた。
「はい。先輩もですか」
まあね、と答えて、彼女の隣に並ぶ。僕の肩までしか届かない身長の彼女は、普段の雰囲気とのギャップも相まって、なんだかひどくもろく見えた。何かあったのだろうか。
「先輩、あれ」
僕が答えのでない思考に耽っていると、不意に赤坂妹が声をあげて、海岸の方を指差した。つられて顔を向けると、誰かが立っているのがわかる。しかも、どうやら僕らより年下の少女みたいだ。こんな時間に何をしているのだろう。
と、首をかしげる僕を置いて、赤坂妹が庭から海岸に繋がる階段を下りて、少女の方に向かっていった。あわてて僕も後を追う。
「ねえ、何をしているの」
挨拶も遠慮もなしに、赤坂妹は少女に話しかけた。少女は、妙に大人びた微笑みをたたえて、物怖じせず、答える。
「月を眺めているの。あなたも、そうでしょう?」
ゆっくりと紡がれる言葉に、赤坂妹は頷いた。次いで少女は僕の方にも視線を向ける。同じ問いの延長だと、分かってはいたのに、応えられなかった。
なんだか、彼女が、僕らと同じ人間だとは思えなくて。
白く長い髪を潮風にさらして、妖艶な笑みを浮かべる少女。彼女は、言うなれば妖怪のような、そんな、不思議な雰囲気を纏っていた。
「どうしたんですか、先輩」
赤坂妹が、僕に声をかけてくる。でも、僕はそれにも応じることができない。
少女の瞳が、僕の視線と重なった。少女は、依然として、超然な笑みを浮かべたまま、静かに僕の眼を覗き込んでくる。
その、紅い瞳で。
訝しげに首をかしげて、赤坂妹は僕から視線を外し、少女に問いかける。
「どうしてこんなところにいるの? 家には帰らないの?」
すると、少女の表情から笑みが消えた。眼を伏せ、それでようやく僕も金縛りのようなものから解放される。
少女は、小さく、でも妙に響く声音で、言った。
「帰りたいのは山々なのだけど、実は、山奥に住んでいるのよ。それで、暗いでしょう? なんだか怖くて」
「先輩」
話を聞いた赤坂妹が僕にまた声をかける。言いたい事は分かった。送っていきたいのだろう。得体のしれない妙な感覚を覚えながらも、僕は拒否することができなかった。倫理観とか、人間性の意味もあるけど、何より。
この子をここにとどめておいては、いけない気がした。
僕の予感はある意味あっていて、そしてどこまでも外れていた。正解は不正解にはならず、不正解が正解に変わることはない。それは何より自然なことであり、それなのに。
少女は、また月を一瞥して、僕に眼をやった。深紅の瞳で、射抜くような視線で。
「じゃあ、お願いするわ」
――――あなたは、だぁれ?
ちょっとホラーっていうか、ミステリちっくな話になってきました。
こんな展開になった理由はなんというか、単純に、顕正への打撃です。
彼は信じるものが極端すぎて物事をせまくしか理解しようとしないので、お仕置き?
わけのわからない展開が続きますが、どうぞ次回もよろしくお願いします。
よろしければ感想評価等頂ければ幸いです。




