お家に帰ろう。来る新年。
車を降りると、冬の寒さと夜の寒さがごちゃ混ぜになって、僕の頬を撫でつけた。ぐっと身震いして、真っ暗い空を見上げる。大分街に近づいてきたからか、星の輝きは随分弱弱しく見えた。
「お疲れ様です、先輩」
「僕らの街はまだ遠いけどね」
「母には連絡したので大丈夫ですよ。車で帰ってるけど渋滞に嵌った、年越しはPAだろうって」
「かたじけない。運転手が僕だなんて知ったら発狂ものだな」
全くですよと蒼ちゃんは笑って、ごく自然な所作で僕の腕を取る。抵抗も無く連れられるように、僕は建物の方へと足を薦めるのだった。僕だってお腹空いた。
「蒼ぉ。なんでそこで抜け駆けるかなぁ」
「目聡いなぁ緑」
「顕正、狡猾な赤坂妹と厭味な赤坂姉は放っておいて早くご飯を食べに行こう」
「二人の悪行をさらに悪い言葉で貶める君は果たして狡猾でも厭味でもないのか美稲」
「……」
無視された。何時の間にやら僕の腕を掴んで……いや、腕を絡めているのは蒼ちゃんから美稲にすり替わっていて、真に目聡いのは君だろうと思わないでも無い。明音さんが静かなことに若干以上の違和を感じるけれど。
「良いのよ私は。疲れている貴方のことを一番に考えて、他の娘達と違い一歩離れたところに遠慮がちに立っているって言うのを印象付けたいだけだから」
「強烈に印象付いたけど、この印象は必ずしも良い印象だけじゃ無くなってるからね、今の台詞で」
この人の事だから僕の事を考えてくれているって言うのは本当だろうけど。わざわざこうして自らを落とすようなことをしなければ、もしかすると僕はとうにこの人に落ちていたかもしれないのに。
「それは残念だわ。まぁ、まだチャンスはあるし」
適当に言う明音さん。とても好印象な態度である。上手いなぁとも思うし、これが明音さんなんだとも思う。もう既に落ちるところは落ちているような気がした。
「それより顕正」
「うん?」
「夕飯を食べましょう」
そうだね。
*
かくして、遅めの夕食を摂った後、僕らは、いや僕は再び運転席に座ってのハンドル操作だった。ほんとにもう、精神がガリガリ削られていく。この分だとガソリンより先に僕の精神の方が切れそうだった。夜も深まり、暗闇が濃くなっていくのも神経をとがらせる一因だろう。
時計に目を移す。二十三時半。カーナビの案内によればこの渋滞もあって、未だ後二、三時間は裕にかかることだろう。もつかなぁ、僕。もういっそ事故でも起こして楽になりたい気分だった。追いつめられてる追いつめられてる。
ちらと、助手席に目を移す。続いてバックミラーに視線を遣って後部座席を見遣った。ふぅと息をついて再びガラス越しの外へと顔を向け直す。
「まったく、気を抜けないね、これは」
安らかな皆の寝顔。なんでこう、この人たちは起床時と就寝時の差がこんなにも激しいんだろう。疲れたし、削られてるし刻まれてるし追いつめられているけども。事故だけは起こすまいと、誓わされるような想いだった。詐欺だよなぁ。
まぁ、僕としても予定外どころの問題じゃないアクシデントなんて望むべくもないし、ね。精々緊急車両に気をつけようか。
暫く走って、デジタルの時計が零時零分を示す表記に変わった。十二月三十一日午後二十四時にして、一月一日午前零時。僕にとって奇怪なまでの転機となった奇跡みたいな一年は、走る車に合わせて、後へ後へと遠ざかっていく。果たして今年は、どんな年になるんだろうか。
ろくなことはないだろう。このメンバーが一緒に居て、およそ清純な青春など送るべくもないだろう。けれど、と思う。確信とも言える予感が、僕にはあった。
ろくなことにはならない、でも、それはきっと、とても痛快な日常だろう。彼女達と居て、そうならないはずがない。
*
日の出と重なるようにして、僕らを運ぶ車は、初めて僕らの街に踏み入れた。僕の帰宅を予見でもしていたかのように玄関先に現れた母の指定通り、萩野家の車庫の奥に車をつっこむ。こうしてみると、一台しか車を所有していないにも関わらず二台分留められる車庫を持っている我が家に違和感を覚えないでも無い。未来予知能力者でも抱えてるのかな、うちは。候補者として母の名を上げようじゃないか。単に来客用であるんだろうけど。……そうと信じることにする。
「じゃあ、皆、また学校でね」
「ええ。それじゃあ顕正、私は此処で。見送りは良いわ、疲れているでしょう、貴方も」
「悪いね、明音さん」
「良いのよ、他の連中への牽制の意味も含んでるから。明けましておめでとう、って、別れ際に言うのは不自然かしらね」
「良いんじゃないかな、らしくて」
「そう」
言って、明音さんはまるで疲れを感じさせない足取りで悠然と、僕に背を向け立ち去って言った。最初の曲がり角までその姿を見送って、続いて赤坂姉妹に目を向ける。
「牽制されたし先越されたし優雅だし、ずるいよね、三笠先輩」
「格の違いってやつだよ」
「顕正くんも酷いよね」
「疲れているからね」
「まぁ良いけどね。じゃあ、蒼、帰ろっか」
「そうね。じゃあ、先輩、私たちも失礼します」
「じゃあね」
明音さんと同じ方向へ歩みだす二人を見送って、今度は車内へ。
「いい加減起きろよ、君も」
「起きているわ。動くのが面倒なだけよ」
「ナマケモノもびっくりだな」
「何を言ってるの。ナマケモノはあれでとても頑張っているじゃない。四六時中ぶら下がるなんて、私にはとても出来ないわ」
「僕も無理だけどな。ほら、眠いんだろ、とっとと帰りなって」
「ん……」
本当に眠そうに眼をこすりながら、美稲はゆったりと車を降りて、隣にある自宅へとのろのろ歩き出す。
「ばいばい、顕正」
「うん、おやすみ美稲」
彼女が玄関の奥へ消えるのを見届けてから、ようやく僕も久々の自宅へとたどり着いた。陽は登って来たけど僕の眠気はこれからがピークだ。寝正月、なんて言葉が僅かに脳裏をよぎったけど、なんというか、もう、それでもいいんじゃないかな。
予想以上に、車の運転は僕の精神をすり減らしていたようだった。無免許運転。二度とやるもんか。
犯罪は、いけません。年明けに学ぶようなことでは、およそなかったと思う。
どうもです。お家に帰ろうシリーズを経て、これで田舎の章は終了となります。次回からは、えっと、日常、かな?
その辺りは、次回以降をご覧ください←
それでは、此度もありがとうございました。