お家に帰ろう。悪夢、再来。
これまた不思議に極まりない事に、冬山でおかしな遭難事件に巻き込まれてから体感的には軽く数時間を過ごしたような想いだったのに、研究部面々の元へ戻ってみると僕と蒼ちゃんが二人して山奥へと散策に出向いていた時間はほんの三十分にも満たない間であったようだ。空間景色だけでなく、時間軸も纏めて切り抜いていたらしい。切って貼って、忙しい事である。……僕の研究の数百倍凄いじゃないか。崩壊せしめることなんてそれこそ叶わないだろう。何を恐れていたのやらと、疑問に思わないでも無い。
さて、長かった一週間が過ぎて、僕達は自分の街へと帰ることに相成った次第である。すぅちゃんは自分の生計の為にと始めたらしい株の取引からあまり目を離しっぱなしにしたくないとかで、二日前に先んじて帰宅を果たしている。わざわざメールまで来たから間違いない。聞いたところ、成功し過ぎて億万長者にならないように調節するのに悪戦苦闘しているらしい。才能を余らせているのも難儀なことであるのかもしれなかった。羨ましい限りだ。
「それじゃあ、おばあちゃん。また用事があれば、呼んでください」
「せやね。まぁ、今度は単純に孫やその嫁さん候補方と遊ぶ時間を取りたいもんだねぇ。夏にでも、ゆっくりきなさい」
「うん。じゃあ、行こうか皆」
全員が頷いたのを確認してから、僕は彼女らと連れだって元来た駅へと歩みだすのだった。
*
一夜にして線路が凍結したとかで、電車が止まっていました。どうしろと。
「顕正くん、私らは今日中に帰らないと色々とまずいんだよね。お母さんがぶち切れちゃう。ただでさえ顕正くんのこと危険人物認定してるのに」
「それについては断固認めない。なんで僕が、娘さんを幾度となく助けた僕が、危険人物に認定されてるんだよ」
「そんなの『助けれた』からに決まってるじゃない。普通なら闇金から誘拐された女の子を無傷かつ圧倒的に取り返すなんて所業出来ません」
「……。つっても、どうするのさ。電車は凍結、タクシーを呼ぼうにもおばあちゃんの話では、業者から直接断られてるらしいよ、この辺り。出向くには割が合わな過ぎるって」
「まぁ、山奥だものね。でも顕正、私は別に幾日帰らなくても問題ないし貴方の家に下宿しても、ううん、貴方となら野宿したっていい覚悟だけれど、赤坂姉妹だけは何とか返さないとまずいんじゃないかしら」
「んー、自然を装って織り込まれてる覚悟とやらについてはスルーするけど、まぁそうだよね。どうしようか」
油断ならないのは明音さんである。状況を把握してるくせに揺さぶってくるのか。何をさせたいんだ僕に。
「襲わせたいのよ。既成事実って言葉、知ってる?」
「……」
怖い。襲っても後悔しなさそうなポテンシャルを持ってる明音さんだからこそ怖い。
「そうでしょう、私の身体は案外、人生を賭してでも手に入れる価値と思うわよ」
「はいそこ、先輩方。それ以上その話題続けちゃだめですよ倫理的に。それより、本当にどうするんですか。何か発明品とか持ってきてないんですか?」
「持ってきてないよ、おばあちゃん家に来るのにそんなの持ってこれるわけない。壊される」
機械音痴なんだよあの人。どうしようもなく全知全能なおばあちゃんは、機械の力を使うまでも無く機械と同程度の動きを可能にするから。必要無い者の使い方なんて知らないとか何とか。
「顕正。でも、おばあちゃんは車を持っていたわ」
「そう言えば玄関にあったな。……なんでだろ」
「あ」
美稲の情報提供に続き、僕の相槌に続き、緑が声を上げた。なんだか、嫌な予感のする発見をした時の声だった。
「顕正くん、車の運転できたよね」
「免許は持ってないよ」
「うちの親に通報されるのと無免許運転、どっちが良い?」
「……」
*
「弱いわね、顕正」
「五月蠅い、どっちに転んでも警察の世話になるんなら、ばれなきゃセーフのこっちを選んだほうが正しいだろ」
「ばれたらアウトって時点で正しくはないわ」
「君が代われよ運転!」
「顕正、前見てないと事故るわよ」
畜生。前方に向きなおし、高速道路を法定速度遵守で飛ばしながらハンドルを切る。無免許運転なんてこれ以上ない以前の問題の違反をしてるんだから、せめて他の法は守るべきだろう。遅い気もするが、ようはだから、ばれなきゃいいのだ。ばれなきゃ。
緑の脅しと遠慮する蒼ちゃんに完全に押される形となった(蒼ちゃんの遠慮はむしろ強制力を持っているような気がする僕である)僕は、結局一度おばあちゃんの家に戻り、頼み込んで車を借りて今に至るのだった。おばあちゃんが車の貸し出しを不許可してくれることを願っていたのだが、「こんな山奥じゃ使うこともないけん」とあっさり貸与を承諾してくれてしまった。僕が無免許であることをあの人はよぅく知ってるはずなのに。そしてむしろ山奥だからこそ使うことも多いだろうに。「自分の足の方で行った方が早いんよ」とはおばあちゃんの談。それは貴女だけだと思わず突っ込みそうになった。わざわざ寿命を縮めることもあるまいけど。
「なんだって大晦日に自殺行為を働かなきゃいけないんだよ僕は……」
「良いじゃない、一年の締めくくりに無免許運転。貴方らしいわ」
「君も大概僕を何だと思ってるんだよ美稲」
「顕正は顕正よ。私が大好きな顕正」
「さらっと告るよな君達って。なんかいい加減耐性が出来てきた」
「私(のこと)が大好きな顕正」
「否定はしないけど、告白としては確かに斬新だ!」
「聞き捨てならないわね」
「このタイミングで出てきますか、明音さん」
ため息をつく。もういっそ、二人とも赤坂姉妹を見習って寝ていて欲しいんだけど。彼女達は曰く、「顕正くん(先輩)の運転だと、怖くてむしろ寝てないとやり過ごせない」とのこと。失礼極まりないし、だからもう君らが運転しろよ。
「寝ていろと言われてもね、愛する男と恋敵の女が仲良く会話をしていたら、気になって眠れやしないわよ」
「愛する男とか恋敵の女とか、表現がまるで高校生らしくないよね明音さんって」
「老けているといいたいのっ!?」
「違う! 違いますからどっから出てきたのか知れないそのナイフを引っ込めて!」
明音さんには珍しく声を荒げ、懐から伸びてきたのはサバイバルナイフだった。柄がニ十センチ超ある。懐って、何処にひそませてたんだか。……気にしてるんだね、自分だけやけに大人っぽいの。
「それはそうよ、他の子たちに比べて私だけ年上キャラに見られてそうな節もあるしね。顕正、一応断っておくけど私と貴方は同級生よ」
「うんまぁ、それは重々承知してるけど……」
不遜なふりして、けっこう心配性なのかも知れなかった。明音さん。
「顕正、どうして三笠さんとばかり会話するの」
「さっきまで話してたじゃないか」
助手席の美稲が割り込んできた。本当にもう、この人たちはもう少し自己主張を押さえてくれないものだろうか。
「何言ってるの、助手席という立場も利用して、ライバル二人が寝ている間に距離を縮めようと画策しているんだから当然でしょう」
「実際の生活空間が一番近いんだから良いじゃないか。お隣さんなんて他にいないよ」
「そりゃあそうよ。でもね、スタート地点での優勢に慢心していては、詰められる一方なのよ。恋愛は、周囲を置いていかないと成立しないんだから」
「何時の間に策士みたいなことを言うようになったんだよ……」
あんなに純粋に僕に好意を向けていてくれた美稲が。時がもたらすのは必ずしも喜ばしい成長だけではないらしい。
渋滞に掴まって、緊急車両(つまるところのパトカー)に見つからないかと戦々恐々のままに数時間が過ぎてる。昼ごろに向こうの家を出たにも関わらず、冬の陽は傾き既に見えない地平線の向こうに姿をかくしてしまっていた。暗い高速道路の渋滞を無免許で運転する僕。ばれたら退学どころの問題じゃないような気がしてきた。最悪だませーる君に頼りたいところだが、学校に近付けなくなってしまってはそれも望めまい。いよいよもって心配が祟る。
「顕正くん、お腹空いたかもしれないよ」
「奇遇ね、赤坂姉」
「先輩、もう夕飯時を過ぎてます」
「顕正、女性に不満を感じさせるのは甲斐性無しよ」
この人たちは僕に対する遠慮とかそういうの、根から欠けてると思います。緊張やら心配やら恐怖やら僕だって感じてる空腹感やらで疲労が最高潮に達し、もう限界だ、僕ら研究部の年越しは、どうやら高速道路のPAで迎えることになりそうだった。さらば御年、忘れたい記憶と共に。
何時の間にやら現実の時間に作中時間は追い抜かれ。ようやく年越しに御座います。相も変わらず犯罪ど真ん中です。良心の呵責はきっとあるんだと思います。……あるんですかね。若気の至り? 青春の暴走?
それでは、此度もありがとうございました。