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白狐。対峙。

山は白。地は白。木々は失われ、空も白く、不自然に塗りつぶされている。何処まで行けば白い地平線が消えるのか、まるで見当もつかない。歩いても歩いても、その先には延々と新雪の大地が続いてるような気がした。そして多分、間違いじゃない。

一歩一歩、腰辺りまでを埋めて歩行を阻害する雪に体力を削られるため、無駄な動きは出来ない。ここから脱するには、何か確実な標的を探したほうが良いだろう。……例えば、狐とか。白く虚ろな、狐とか。

判断も上手くつかないままに、探すものだけ決めたまま、僕は歩く。せめてもの慈悲と言わんばかりに柔らかな雪を掻き分けながら進む。背には蒼ちゃんが張り付いていて、しかし、その腕に震えは見られなかった。……うん?

「蒼ちゃん」

「はい」

「気付いたことがあるんだよ」

「奇遇ですね、私もです」

立ち止まって、彼女を振り返る。ひょい、と、背中に張り付いたままだった蒼ちゃんはそのまま僕の背後に移った。もう一度態勢を返す。ひょい。

「……余裕綽綽だな、君」

「動くと体が温まるそうですよ」

「そりゃあそうだけど」

やっと向かい合って、そして僕らは、事実を確かめ直す。動くと身体は温まる。が、動かなくても、寒くなければなんの問題も無い、とかなんとか。

「冷たくないですね、雪」

「寒くないね、此処」

どういうことだ。雪は冷たい、冬の山は寒いなんて、その程度の常識すらぶち壊す気か。僕らの感覚を狂わされたかとも考えたけれど、実際そうあっても何ら不思議はないけれど、一応触覚は生きているため、その線は考えない方向で収束する。不思議も不可解も上等だけど、回数をこなす度に規模が大きくなりすぎてやいませんかね。紅葉の時も想ったけれど、地球様は僕に、どこまでを思い知らせたいのだろうか。……あるいは、崩壊を微塵も考えなくなるまでかも、知れない。かな。

「とにかく、せめて日が暮れるまでに帰らないと死亡確率が跳ねあがる」

「現実として時間は過ぎてるんですかね、今。そもそも此処、こんなに明るくて開けた空なのに、太陽の光が見当りませんし」

「…………」

蒼ちゃんがやたら観察眼に優れているのはいつも通りとして。しかし、超常だなぁ本当に。そろそろ、この類の事象の根源と直接の対話を試みたいところである。標的から僕を外してくれって。

「先輩は色々余計なことしちゃってるんで、無理だと思います」

「君も辛辣に成って来たもんだね」

「誰の影響でしょうね」

「家庭環境じゃないかな」

「面白い冗談を言いますねぇ」

「僕の責任だと言いたいのか」

「他の何だと言いたいんですか?」

「……」

「……」

止めよう、不毛だ。体力は削られているのだから、実際のところ、あまり無駄なことで時間を費やすべきじゃない。ただ会話を交わすだけとて、余裕の無い状況では通常以上に体力を使うものである。なんだか、態度としては余裕綽々に見えなくもないけれど。特に蒼ちゃんとか。


しばらく歩いて、ふと想いだしてポケットをあさってみた。携帯電話を取り出す。うん、圏外だ。そもそもおばあちゃんの家に居た時点で圏外だったし、まぁ、山奥の一軒家、考えられないことではない。この場合必要な知は、電波が届いているかどうかでは無くて、電波が存在しているかどうか、だ。

電話帳から蒼ちゃんの番号を呼び出して、通話ボタンを押す。携帯を耳元にあててみるも、発信音すら、聞こえはしなかった。この世界には、電波は飛び交っていない。どころか、この現象、携帯電話がまともに機能してすらいないみたいだ。電波が見当らなくとも、何かしらのメッセージは読みあげられるはずである。

「先輩、顕正先輩っ」

「ん? あぁ、ゴメン、何?」

何かに驚いている様子の蒼ちゃんに肩を叩かれて、僕は思考の沼から引き揚げられた。彼女の指さす方を見て、嘆息する。

不自然極まりない形で、此処から五十メートルほど先の地面から、木が生えていた。一本だけ。それも、枝分かれせずに真っ直ぐと。さらにはその生え際近くに、何かしらが刻み込まれているのが確認できる。分かりやすいアクションで有難い限りだよ、不思議現象さん。

「行ってみようか」

「はい」

頷きあって、根元に近づいてみる。其処だけ雪の無い土肌の地面に、木の枝か何かで適当に掘ったような文字が確認できた。完璧に日本語。人間語。

『こんにちは、人間』

漢字はおろか句読点まで使いこなせるようだった。半ば呆れつつ、わざとその字を足で蹴って消してみる。

『こんにちは、人間』

再び浮かびあがってきた。常識外の力を見せつけるに、何の躊躇いも無いらしい。しかし、挨拶してくれても、僕としては挨拶に困っている真っ最中である。

「こんにちは、ええと、貴方は誰ですか?」

混乱の僕をよそに浮かびあがる文字と対話を始めたのは蒼ちゃんである。この子はもう、豪胆というか何と言うか。一々救われる。

彼女の問いかけから数秒、何の反応も無いものと思われた文字は、急にかき消えたかと思うと新たに形を取り始めた。

『あなたがたからいう、狐です』

「……だ、そうですよ、先輩」

「うん。……また狐かよ」

意思の疎通まで出来るみたいだった。流石、古より人を化かしてきたと言われる存在なだけあるね。というか、そもそも最初に会った彼女は人型に化けていて会話もしたな。

『また狐です』

「またって、君は僕とあった事がある狐なの?」

『一度、夏の山で』

「じゃあ、君はあの時の娘ってわけだ」

『二度、紅葉の山で』

「あのときの狐も君だったんだね」

『三度、雪山で』

――――それが、今。と、言うことか。納得して頷くと、蒼ちゃんが横から声を挟んできた。

「あの、春先に会った子では無いの?」

『会った。貴女には、春に』

彼女の問いかけに答える狐。……全体、共通人物だったみたいだ。いや、人物ではないけれど。となると、早速新たな疑問が生まれる。彼女(あくまで暫定的に。僕には狐の雌雄を確認する知識は無い)が個体として僕に着いて、若しくは憑いているのか、それとも組織的な何かとして、僕に目を着けているのか。そもそも狙いは僕なのか、研究部全般なのか、他の何かなのか。……元々疑問はたくさんあったみたいだ。そりゃそうか。

「先輩、一人ボケてる場合じゃないですよ」

「ボケてねぇよ」

「ほらまた、そういう突っ込みばかり生き生きして」

「……」

え、なんなのその辛辣な当たり方は。

「そうやって、目の前の事態から逃げてばかりいるから成長してないんですよ」

「いや、あの、その意見にはとっても賛成だけど、でもさ、蒼ちゃん。どう考えても今言うことじゃないんじゃないかな」

「そりゃあそうですよ、私が逃げるために振ったんですから」

「……」

この子は即刻研究部から追い出すべきな気がしてきた。他のメンバーから悪影響しか受けて無いんじゃないか?

「嫌です、それだけは絶対に。……冗談は顔くらいにして、そろそろまともに対話しましょうか」

「『冗談は顔だけに』のフレーズは確かにポピュラーな悪口の一つではあるけど、でも待った、そのポピュラーさを発動するのは絶対に今のタイミングじゃないと断言できる!」

「いえ、ちょっと言い間違えただけです。本当は、冗談はこのくらいにしてって言いたかったんです。そんなに食いつかないでくださいよ、鬱陶しいなぁ」

「あれ? そろそろ僕はこの理不尽な扱いにキレる感じで良いのかな?」

「……先輩っ」

「話を逸らすな! ……ってわけでもないか」

「無いです。……あの子、ですよね」

そういって、蒼ちゃんが不意に指した方向に居るのは。居たのは。歩み寄ってくる、それは。


「あまりに無視されるものだから、出て来てしまったわ。無視と言うか、軽視かしら。……ともかく、お久しぶり、お二方」


小柄な、真っ白な、それこそ雪景色に溶け込むくらいの、真っ白な少女だった。流れる白い髪は、雪の中にも確かな輪郭を持っていて、何より、その目。鮮烈な、焼き付けるような、焼き尽くすような紅の瞳。

お巫山戯けの時間は終わりらしい。

そして。始まるのは、対峙。

ゆっくりペースのお話になります。もうちょっとだけ、田舎なはずだったんですが。予定はいつでも未定です。


それでは、今度もありがとうございました。

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