田舎で遊ぼう。洞穴、積雪、転移。
天候。僕が克服したはずの、自然の怪異の一つである。しかし、他の人類の全てにとってそうであるように、事前の準備無くしては、僕の完成させた克服だってまやかしに過ぎなかったらしい。特に、この山の天気なんてものは、以前作ったあの発明をもってしても演算が間に合わないだろう。ええい、ころころと。
「せんぱい……」
「どうしたの」
「さむいです」
「僕もだから頑張れ」
「……はい」
僕の腕の中で僅かに頭を頷かせる蒼ちゃんだが、その震えようから見ても、あまり良くない状況だと言うことは一目瞭然だろう。奇跡的に、最早これも必然に思えるくらいにあっさりと見つけられた洞穴の、出来るだけ奥に蒼ちゃんを据えるように位置を変える。状況がこんなでなければ、暑さより寒さに耐性のある僕ならコートを脱いで着せてやるくらいの配慮は出来ただろうけど、如何せん、この状況でそれをしたら僕が凍死の道に放り出される。制限速度無しの車道に飛び出すほど、僕は愚かでは無いのだ。
「うそつき。自分から来たくせに」
「何か言ったかな蒼ちゃん」
「寒いです」
「……」
「先輩の頭の中が、寒いです」
「何でわざわざ付けたしたんだよ!」
貶したかっただけじゃないか。ていうか、蒼ちゃんまで僕を罵倒するキャラになってしまうのか。僕の精神の休まる処はいかに。
「ふふ、どうしてかいつも私だけ突っ込み役に回されるので、仕返しです」
「動機が可愛いなぁ畜生っ!」
こんな状況なのに。悪戯っぽい笑みであまり離れないよう僕を目線だけで見上げる蒼ちゃん。惚れたらどうしてくれるんだよ。
「一向に構わないですけどね」
「……君は今の研究部の関係を崩したくないんじゃなかったの」
「そうですけど、でも、先輩が私が一番好きだっていうのなら、話は別です。平等な今だから、私は現状を保持したいんですよ」
「……どうしてなんだろうね、皆」
「何がです?」
「明音さんも言ってたよ。研究部に居るのは、皆が皆僕がいるからで、だから僕が誰か一人を選ぶのなら、その一人を除いて僕の周りからは誰も居なくなるだろうって」
だからあんまり態度対応で差別化をするな、と。明音さんに対してはそれは無理だと、納得はしてもらったけど。
「そりゃあ、研究部は今や恋で成り立ってるからですよ」
「ふぅん」
「当事者の無関心が、崩壊への一番の近道なんですけどね」
「怖い事言うね」
ほんとに怖い。……やっぱり現状維持以外、考えられる方法はないみたいだった。彼女たちには申し訳ないけれど、僕からして見れば、誰か一人でも僕から離れて行ってしまうのは、どうしてでも避けたい事柄の一つなのだから。全員にはっきり返事をしなければならないのが多人数に告白された男の義務なのだろうけれど、僕の心中にはそもそもその答えが出来ていない。自分が分からないことを人に話すだなんて、そんなのは無理な話だった。以前、道を間違ってしまったこともあって、より。
「……話してた方が、寒さもまぎれるかも知れないね」
「……そうですね」
途切れかけた話を繋ぐため、頭を回転させる。僕ほどの天才脳を持ってしても、この寒さの前では回転速度が半減してしまうが、しかしそれでも、こんなところで死ねるもんか。『高校生の先後輩男女二名、雪山にて遭難、死亡確認』なんて冗談じゃない。
「これは、一体もって何の仕業なんだろうね」
「山の天気は荒れやすいといいますけど」
「でも、急な吹雪が来る直前まで、地肌がまるで見えないわけでも無かったし、雲なんて地平線にギリギリ見えるかどうかくらいの快晴だったじゃないか」
「うーん……」
それが、蒼ちゃんと歩いて森の奥から開けたところに出た瞬間、これである。都合良過ぎるくらいにこの洞穴を見つけ、そして今も吹雪は止まない。何かしらの不思議が起こってると考えるのも、今までの経験からして妥当なものだろう。蒼ちゃんと二人きりで居る場合の、不思議現象の発生割合驚異の8割超。なんだこれ、呪いか?
躻ヶ島の白狐、紅葉の山のこれまた狐(これは蒼ちゃんとは関係なかったけれど)、そして今度の、雪山吹雪。不運なのか、いや、今回の場合望んで来ているわけだから、むしろ幸運と言えるのか。どちらにせよ、報復を受けている最中であるに間違いはないけれど。少しでも舐めた考えを抱くと、地球は途端に僕に現実を突きつけてくる。何も超現実に昇華させる必要はないと思うのだけど、僕も嫌われたものだな。惑星に嫌われてる人間なんて、僕をおいて他に居ないんじゃないかな。
「狐……」
「ん? 狐がどうかしたの、蒼ちゃん」
「入部直後のあれも、狐、でした」
「……へぇ」
入部直後のあれ。僕が蒼ちゃんに記念すべき初打撃(平手的な意味で)を食らった五月の初めの出来事よりも以前で、四月の終わり、ゴールデンウィーク直前、赤坂姉妹入部直後におきたあの事象の事だろう。あれがなければ、若しくは、僕は蒼ちゃんにぶたれることもなく、よって世界は、最悪な形での崩壊を迎えていたかもしれない。蒼ちゃんと僕を初めて繋いだ、例の事件。怪奇事件。あの頃の、今とは比べ物にならないくらい揺れやすくテンションに差のあった僕は、それが結末を迎えた瞬間を、今とは逆、彼女に抱きしめられていたから見ていない。子どものようにあやされて、まぁ、今もそう変わっていないようにも見えるけれど。彼女を抱けるくらいになったのだから、今の僕は一年前とは比べ物にならないくらいに成長したのだろう。重ねて、彼女らのおかげである。その時の話は今のこの状況故持ち越すことにして、ちょっと待て蒼ちゃん、そんなこと聞いてないぞ。
「言ってませんからね、どうでもいい気がしてたし。でも、ここまで狐続きとなると、何か考えずにはいられなくって。紅葉狩りに行った時も、そうだったんでしょう?」
「うん。……しかし、狐、ね」
狐に抓まれる。昨日明音さんも言っていたけれど、僕って抓られやすいんだろうか。抓りやすいんだろうか。どちらにせよ、その度に痛い目を見てるんだから、そろそろ警戒心を持った方が良いとは思っているんだけれど。
「私が見たのは白でした」
「白狐か。ふぅん」
「躻ヶ島の時のも、白い子でしたよね」
「あの子が白かったから、あるいはね。……あー」
共通点、色。白色。美稲と見たあの狐も、白い体毛を有していた。となると、今回もそうなのかな。雪狐、とか、そんなのがいるのかは知らないけれど。
「何か憑かれているんじゃないですか、先輩。狐に悪い事でもしました?」
「僕は動物を虐待したりしない」
「実験に使ったとか」
「生物を実験に使うのは自分の実験に自身がない輩だけだよ」
「……でも、白い狐ですよ。それも、ええっと、三度でしたっけ」
「……」
否定できなくなってきた。今度お祓いにでも行ってこようかな。……この山を降りられたらだけど。
ごうと、ひと際強く、山ごと揺れる勢いで雪が吹雪いた。思わず蒼ちゃんを抱き締める腕に力を込め、彼女が小さく呻く声が聞こえる。ごめん、でもちょっと、余裕ない。
目も開けていられないくらいの風が吹き去って、閉じていた双眸をそっと開けると、其処に広がっていたのは、……いたのは。
「せん、ぱい。これ」
「……ああ、うん。……ったくもう……」
広がっていたのは。
木々を失った、白い世界。僕らが居たのは洞穴のはずで、しかし今しがた座りこんでいるのは、これも白い地面。しゃがんでいる僕の背までを埋め尽くすくらいの、積雪の地。そっと蒼ちゃんを抱き起こして立ちあがる。さぁて、何が飛び出してくるのかな。
総PV十万超、総ユニーク一万五千超。
なんだか連載開始当初からは考えられないような桁になってまいりました。感謝感激、キーボードを打つ手も早まると言うモノです。
書き得る限り、書いていきたいと思いますので今後ともよろしくお願いします。
それでは、今回も、少しでも楽しんでいただけたならば幸いです。