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田舎で遊ぼう。朝方。

僕は気付いたのだった。おばあちゃんの家に一週間滞在する予定であることに。残り日数にして一週間マイナス一日。高地の田舎ならではの殺人的寒気に目を覚ませば、ようやくにして二日目の始まりである。昨日一日が異様に濃かったからもう帰る気でいたんだけど。

さて、起床にあたってよろしからぬ問題にぶち当たった。朝っぱらからよくも不運に恵まれたものである。

「美稲、起きろ。起きてとっとと僕の上からどくんだ」

腹部の上に感じる重みに目をやれば、そこにあるのはまさしく美稲の頭だった。別室からここまで、寝相では片がつかない移動距離である。となれば、いや、美稲の今までの言動からして間違いなくわざとなんだろうが、こいつ、昨日割とヤバめに倒れたくせにその夜中にはこの元気かよ。すぅちゃん達の処置が完璧以上だったからと言って、さしもの僕もあきれ返るばかりだ。

反応がまるで無いので肩をゆすって、それでも微動だにしないのを確かめてから実力行使に出る。

「そりゃ」

「きゃんっ」

相当らしくない悲鳴を上げて、美稲が僕の上から転がり落ちた。何のことは無く、ちょっと頭を横にどけただけの話なんだけど、美稲さん、些か反応が過剰じゃないですかね。僕に対する悪い印象でも植え付けようっていうのか。誰にだ。

「痛い、顕正」

「痛くはないだろ。布団の上で転がっただけじゃんか」

「酷い、顕正」

「酷くない。僕の自由を奪っていたのは君だ」

「お姫様は、昔から王子様のキスで目覚めると相場は決まっているのに」

「昔から君はろくな知識を身につけてこなかったんだね」

「酷い、顕正」

「今のは僕が悪かった気もするな」

「黒衣、顕正」

「僕は何時から謎の組織のメンバーに成ったんだ」

「得意、顕正」

「僕の特技は研究です」

「即位、顕正」

「僕ほどにもなると一国の主になるくらいちょろいもんだよね」

「顕正が王になった国はその日のうちに滅びると思うわ」

「今分かった! 君が一番酷い奴だ!」

よりにもよって傾国の男だと。……これだとちょっと格好良いじゃないか。

「部屋に戻ろうか、美稲。今何時だと思ってる」

「そうね。そろそろ赤坂姉に嗅ぎ付けられるくらいだし」

「は?」

美稲の不敵な台詞に呼応するかのように、廊下をバタバタと、走りくる音が聞こえた。

「顕正くんっ! 抜け駆け先輩が来てませんか!?」

「来てるけど、けど緑、寒気の所為で目が覚めたけど、まだ六時過ぎだよ。どうして君が美稲の不在に気付けるんだ」

そしてどうして真っ先にここを思い浮かべた。

「臭ったからに決まってるじゃないですか」

「君は犬だったのか!?」

「やだなぁ、同じネタを言わせないでください、私は顕正くんの犬ですよ」

「え、何時やったっけその僕を貶めようとしているとしか思えないネタ」

「えっと、確か顕正くんが三笠先輩の部屋から出てきた日です」

よく覚えてたなこの子。ていうか、僕は明音さんの部屋から出てきたんじゃなくて彼女の家から出てきたんだ。無駄に自分たちを呷るような台詞を吐くのは止しなさい。

「わかりました、じゃあ顕正くんが浮気した日」

「僕はそんな軽い男じゃないぜ!」

「じゃあ二瓶先輩、部屋に戻りましょう。二度寝は早起きの特権ですよ」

「そうね」

「待って! なんで最早相手するまでも無しみたいな反応するの!? ていうか緑、二度寝は早起きの特権じゃ無くて怠惰の証拠だ!」

そして君は怠惰の象徴だ。……なんだろう、僕を苛めるときだけ妙に彼女らの息があってる気がするんだけど。相当前から。

「被害妄想ですよ、顕正くん」

「酷い盲腸よ、顕正」

「妄想が過ぎて入院患者になったのかよ僕は」

「盲腸は重度に限らず入院ですけどね」

「妄想は顕正に限って入院だけどね」

確信した。息があってるなんてもんじゃない。これはもう以心伝心だ。僕を貶すことにおいて、研究部女子の右に並ぶものはいないだろう。居てくれても非常に困る。これ以上は僕の心が持たなそうだ。

じゃあね、と、これまでの発言なんて忘れ果てたかのように軽い挨拶を残して、美稲と緑は部屋を出て行った。まったく、安眠妨害にもほどがある。ただでさえ寒気という強力な敵がいるのに、その上彼女たちの相手なんて出来るはずもない。

ようやく静かに成ったことだし、僕も二度寝に興じるかな。折角静かな田舎に来たんだ。予定外に喧しい部員達が居るにしたって、これは怠けずにはいられない状況だろう。

「あら、昨夜は疲れているだろうと思ったから夜這いを遠慮して朝這いに来たと言うのに、先を越された上に余計にお疲れのようね」

「冗談でも、今の君の台詞に対する警戒心の所為で更なる疲労を溜めこむことになりそうだよ」

朝這いて。や、夜這いしてくれても困るけど。僕の体調を鑑みる優しさがむしろ嫌だ。妙なテンションのツートップたる美稲&緑を退けたと思った瞬間にこれだ。いよいよもって休める気がしなくなってきたよ、明音さん。

「安心しなさい、どうせ私がここで貴方と話せるのはもってあと数分と言うところよ」

「それまたどうして」

「部屋に戻ったあの子たちが私の不在に気付けば、また此処に来るに決まっているでしょう?」

「アンタは疫病神だ!」

この期に及んでまだ僕の疲労を増すとは……っ。この人のことだ、間違いなく確信犯だろう。

「何よ、傷つくことを言ってくれるわね。燃やすわよ」

「待って、この古びた木造建築で放火は洒落にならない!」

「間違えたわ、萌やすわよ」

「どういう状況だそれ!?」

想像できるかどうかと問われれば出来そうなものだけど、でもしかし、明音さん、人を萌えさせるようなキャラではけして無いだろう。それこそ、燃やすほう専門みたいな。

「別に貴方を殺したいわけじゃないんだからね」

「命の危機しか感じない!」

「冗談よ」

言って、明音さんは上体だけ起こしている僕の枕元まで歩み寄って来た。一瞬僕の身体が強張ったのだけは許してもらいたい。すっとしゃがみ込んで、目線を宙に彷徨わせながら囁く。

「あのね、顕正。貴方、私に対する態度が酷過ぎないかしら」

「うん?」

「……例えば、赤坂妹なんかには優しいじゃない。二瓶さんや赤坂姉にしたって、悪口を言いはするものの突っ込みの要素が大きいわ」

それはそうだ。彼女達との会話は百パーセントじゃれあいで構成されてるわけだし。そもそも僕が、研究部員に対して本気の悪意を持つはずがない。明音さんは何を言いたいのだろう。

「私とも、確かにそう言ったおふざけのやり取りはするけれど、なにかね。意識せざるを得ない程に怖がられていると言うか、私に対して一歩退いてる風に思えるのよ、貴方の態度が」

言いにくそうに、でも、彼女は最後まで言い切った。ううむ、確かに、それは言われてみればそうとしか答えようがない。恐れているだとかはあるのかもしれないが、それ以上に、なんだか未だに近寄りがたい高貴さがあるように思えるのだ、この人は。

「貴方と私達の関係は研究部の同士で掛け値なしの仲間なのかも知れないけれど、私と他の部員達の間にある関係っていうのはもっと違ったものなのよ」

「えっと、それは、僕が言うのもあれだけど、恋仲間ってこと?」

「馬鹿言わないで。恋敵よ。仲間だなんてとんでもないわ、だって貴方は、一人しかいないのよ」

「……」

その通りだ。明音さんの言うとおり、僕から見て研究部の彼女達は何にも換え難い仲間で大好きな人たちだけれど、彼女達の目線から見る僕は、少し違っている。まったく驚きなことに、僕は彼女たち全員から等しく好意を向けられているのだ。

同じ想いでも、同じ立場でも、それは一つの想いでは無くて四つの想い。四人がそろって初めて僕の事を好いてくれてるのではなく、たといあの中から誰か一人以上がいなくなろうが、彼女らの中には、変わらず僕への恋心がある、と。

「そう、だから、貴方が私たちを等しく想ってくれているというなら、私に対して遠慮を感じるのは止めて欲しいのよ。だってそれは、公平じゃないでしょう」

「むぅ……」

返す言葉が見当らない。先の美稲達を見るにしたって、とても息のあった二人に見えたけれど、考えてみれば、彼女達が僕抜きの状況で、進んで仲良く話している様子を見たことはない。僕が見ていないだけなのかもしれないが、少なくとも、彼女ら二人以上の中に僕が加われば、会話の中心に成るのは僕以外無かった。だから、明音さんに対する遠慮はフェアじゃない。理屈は分かる。

「でも明音さん、僕の中には君に対する印象っていうのが固まっちゃっているんだよ。それも、美稲は別にしても、緑や蒼ちゃんは未だ絡んでない時点から」

「……初対面、まぁ、あの頃のことよね」

あの頃。僕がすぅちゃんの事でぶち壊れてた高一の、あれはたしか夏だったかな。暴走し始めの僕を、これ以上ないくらい完璧にのしてくれたあの時。暴力的なまでの、そして実際暴力的だったあの件があってこそ、僕は高校でも研究部を再興しようと思ったわけで。言うなれば、高校生活を崩壊せしめようとしていた当時の僕の、抑止力。その時の印象が今でも根強く残っているから、この人への遠慮、と言うより格差を感じずにいられない思いは、些か仕方のない事なんじゃないだろうか。

「でも、私は……」

「だから、ゴメン、明音さん」

何時か、この人に告白された時と同じような返事を、僕はしていた。

「そう」

淡々と、でも確実に落胆した表情で彼女はつぶやく。いや、駄目だって、今度も最後まで聞いてください。

「僕が明音さんを他の部員達と同列に見るようになったら、その僕は多分、君が好いてくれる僕じゃ無くなってると思う。明音さんへの想いが、大きく変わっちゃってるってことになるから。そんなの、もう僕じゃない」

僕は、この明音さんが明音さんだったからこそ止まれたのだ。この明音さんと関わったからこそ、もう一度研究部を作ろうと思えたのだ。今度は、一人としての僕の居場所で無く、新しい仲間を作りたい一心で。明音さんのような人に、出会えればいいと思って。

だから彼女が入部届けを持ってきてくれたとき、僕は内心相当嬉しかった。彼女が僕と関わり続けてくれようとしている事が、単純に嬉しかった。

「明音さんはだから、僕の中でこのままで居て欲しいんだよ」

「……」

僕の言葉に、明音さんは無表情のまま目を伏せた。恋心について、僕は人並みの知識すら有していない。小学校の頃に美稲に抱いた想いが恋であった自覚はあるけれど、それ以上の事を、僕は何も知らない。だから、彼女にとって想い人である僕からのこの台詞がどれほどの意味をなしているのかは分からないけれど。

「結局、顕正は所詮顕正と言うところね。私がどうにかしてあげなくちゃならないみたい」

「あはは、不甲斐無くて申し訳ない」

「全くよ」

穏やかに囁いて、明音さんは立ちあがった。同時に、廊下の方からドタドタと足音が聞こえてくる。タイムリミットみたいだ。

「まったく、失礼な男だわ、顕正」

襖に手をかけながら、明音さんは僅かに僕を振り向いて、言った。


「抓るわよ」


……ああ、もう、こちらこそ全くだ。明音さん、可愛い人だった。

歴代最長更新かな。4000文字オーバーで、短く緩くかるぅく読める内容を目指していた気持ちを忘れかけているような気がする現状です。

明音さんな回。この人が一番キャラ立ってるので相変わらず書きやすいです。筆が進む進む。そしてこの結果なわけですが。

もうしばし田舎で過ごさせようと思いますので、お付き合いいただければと。


でわでわ、今回もありがとうございました。

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