躻ヶ島。小さな神隠しと少女達。
運転の疲れで爆睡してしまった僕に全く非が無かったとは言えない。彼女らが僕を置いてさっさと別荘に入るや否や、そのままの足で海へ向かったのに、てんで気がつかなかったのだから。
でもさ、これは一体どういう状況なんだ?
夕焼けに染まる海岸を別荘のベランダから呆然と眺めつつ、僕は自問する。自問するしか、無い。
別荘には、そして三笠家所有のプライベートビーチにも、人影一つないのだから。
ここ、躻ヶ島は昔から神隠しの伝説があるらしい。まさか四人まとめて神隠しだかなんだか知らないけどそんな怪奇現象に遭遇したとは考えられず、僕は右往左往を繰り返すばかりである。探しに出ようにも、戻ってきたらひょっこり帰ってきてましたなんてオチに繋がっている可能性だって無きにしも非ず、嫌、たとえ無駄足だったとしても探しに行くのが妥当なのだろうけど、しかし、この島について微塵の土地勘ももっていない僕が歩き回ったところで殊更に意味がないと思うのはきっと気のせいではないだろう。
とりあえず、思考するより先に携帯電話をならしてみた。皆一様に繋がらない。電源を切っているのだろうか、それとも電波が届かないのか、もしくは。
携帯電話自体、壊れてしまっているのか。
さっきから気を抜くとネガティブ思想が首をもたげてくる。どうしたことか、世界を崩壊させる科学者じゃないのか、僕は。
それは、間違いなくそうなのだ。でも、それ以上に、僕は、この世界の行く末よりも、僕の目的よりも数倍、いや数百倍。彼女らの事を大切に思っているのだ。思わざるを得ないのだ。何せ彼女らには、一人の例外なく恩がある。皆理由や主旨は違えど、僕の命を、心を救ったといっても過言ではないのだ。そんな少女たちの行方不明に、冷静でいられるはずはなかった。
かと言って気のままに熱暴走するのは愚か者の所業だった。それは分かっていた。じゃあ、どうする。
限りない自問自答を中断し、僕は考え得る限り最良に思える答えを胸に行動を開始する。こうなっては、方法は一つ。無駄足覚悟で探し回るだけだ。幸いこの季節、夕刻を過ぎても太陽はまだ残っている。そうそう暗くはならないだろう。
海岸とは間逆の、深い山奥へと足を運ぶことにした。非科学的な神隠しだかを信じるわけがない科学者の僕だが、この目で見ないものを信じない、というのは、裏をとると見てしまえば信じざるを得ない、つまり、ある可能性を否定しきることはできないということになる。つまるところ、その可能性も念頭に入れる必要があるということだ。そして、一般教養かどうかは別として、神隠しと言えば天狗、天狗と言えば山である。
だんだんと緑を濃くしていく山を淡々と奥へ奥へと進んでいく僕だったが、途中、妙な感覚を覚えて立ち止まった。これは……嗅覚?
ざっと一通り、あたりを見渡す。そして、驚愕。
少しだけ、先に弁解を述べておくことにする。先刻までの僕の心境は、確かに並々ならぬもので、心から焦っていたのは言うまでもない事実なのだが、いくら僕の中で深刻に語ったところで、事態が深刻であるとは限らないのだ。
このような弁解をしてしまった時点で答えは明白なのだが、しかし、ここは甘んじて結末を見届けていただきたい。
あたりに広がるのは、一面のマツタケだった。とんでもないまでに芳香を漂わせ、むしろ嫌悪感を覚えるまでのおびただしい量のマツタケがあたりを埋め尽くしている。そりゃあ、僕が驚愕するのも仕方あるまい。そして、問題はその先だった。
僕の視線の先に、そして聴覚の隅に、届く感覚があった。ふう、と、思わず安堵の息をついてしまう。なんてことはない、研究部の、僕の仲間たちだった。マツタケ狩りかよのんきな。さんざん心配だけ掛けさせやがって。確かに、山奥ならば電波は通じないだろう。頷ける。
「おうい、皆。そろそろ日が暮れるから、戻って夕飯にしよう」
「顕正。起きたの?」
「なんだ、萩野来ちゃったの? 運転手にほんの少しだけ感謝の念を込めて高級食材と女子勢の手料理を振舞ってやろうと思ってたのに」
「それはありがとう三笠さん。でも、感謝はちょっとなんだ?」
「そりゃね。危なっかしい運転で見てられなかったし」
おい、無理やりやらせたのは誰だ。というか、危なっかしい運転の車の助手席に乗ってぐっすりご就寝だったのはどこのだれか。図太い神経をお持ちで。
「あれ? 先輩。サプライズが台無しですよー」
赤坂姉に至っては文句まで言ってきた。不条理だ。
「とにかく、戻りましょう。先輩に一理あるわ。山にいる内に陽が落ちちゃったら目も当てられない」
「まさしく見えないからな」
「ダジャレ言った覚えは無いのだけど」
そうですか。
ともあれ、僕らは無事下山し、豪華すぎるくらいの夕飯に舌鼓を打ったのだった。贅沢な話である。
ここで、短くこの島について語っておこう。躻ヶ島。某県某所に存在する、本島と繋がった無人島は、観光に適した海岸や山を持つ中々の島である。
が、しかし。今や絶好の有楽地にもなっているこの島には、前述の神隠しを始めとしたあまりよろしいとは言い難い伝承がいい伝えられているのだ。
僕の早とちりに終わった今回とは違い、こちらはまさしく、本物の怪奇である。お気づきかと思うが、僕はこの伝承について、「本物」という認識を下した。つまり、どういうことか。この怪奇に、実際にお目にかかったということになるのだが。
これはその夜、何となく眠れない僕と、同じ理由で別荘の庭に出ていた赤坂妹が遭遇した、真実の怪奇譚である。
あからさまにファンタジック。とみせかけて、ただの早とちりでした。どうしようもなく蛇足な回ですね。
次回は本物の怪奇譚。今回も、少しでも楽しんでいただけたのならば本望です。
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