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僕の与り知らぬところ。

引き続き僕、翡翠です。すぅちゃんと呼んでくれても構うよ。その呼び名はあらくん専用なので。

啖呵をきったみぃ姉さんを、お婆様はしばし眺めていた。それはもう楽しそうに。どこかとても嬉しそうに。ちょっとだけ、許しを貰えるような気がしたのは、僕だけではないと思う。

でも。

「『こんなん』じゃない。無いか。そうやなぁ。うちの失言やったわ、ごめんな」

にっこりとほほ笑むお婆様。顔中に皺を刻んで、一見するとそれは柔和な笑みに他ならない。飛びぬけて判断力の高い三笠さんと、それから勘の良い緑さんだけは、強張った表情を見せるが、蒼さんとみぃ姉さんは安堵の表情を覗かせようとしている。完成する前に、ぶち壊れた。

「でも関係無い。『そんなん』関係無いわ。結婚相手を決めるんに、うちの失言は関係ない」

せやろ? と、お婆様は笑顔のままに告げる。膝が落ちそうだった。恐い、この人が、すごく。本気でキレたあらくんを、僕は一度だけ目にした事があるけれど、そんなのほんとに、屁でも無いくらい。女の子がこの表現を使うのを、彼は嫌っていたっけな。女性に変な幻想を持ちすぎだと思う。

「顕正には決めさせる。あんたらには多分、伝えたがらんやろうけど、うちから伝える気も無いけれど。……ええ恰好しといた方がえんのとちゃうん? 『選ばれる為』に」

今度こそ皆、呼吸が止まったみたいだった。僕は幾分かこの人の雰囲気に慣れたところもあるから、なっても動けない程度だけれど、耐性の無い研究部の人たちは息苦しくてたまらない事だろう。お婆様は、この人は、威圧で人を殺せるんじゃないか。

誰ひとりとして、反論は愚か口を利くことすらできなかった。一人ずつの顔を、お婆様はゆっくりと眺める。一周終わると、言うことは言いきったとばかりに、僕らに背を向けて部屋の奥へを引っ込んでいってしまう。お婆様が完全に見えなくなって、緊張の糸が切れた瞬間、最初にへたり込んだのは三笠さんだった。見てられないくらいに絶望にくれた表情を浮かべて、荒い息を吐いている。蒼さんと緑さんはお互いに顔を見合わせると、座りこんでしまった三笠さんに目をやって途方に暮れる。みぃ姉さんだけは、急に酷く無表情になると、無言のまま居間を出て行ってしまった。怒ってたのかなと思う。

俗な話、みぃ姉さんが一番優勢にあるんじゃないかと僕は予測している。例の病気が彼女の身体をむしばむ限り、あらくんは彼女のそばを離れようとは言いださないだろうから。他の皆がどんな状況にあるのかは知らないけれど、このままいけば、きっと。

「……かぐやん、何処行くの」

居間を出ようとした僕に、三笠さんの声がかかる。立つ力さえろくに入らないのか、弱弱しく震えるばかりの彼女だけれど、目だけは強い意志をもって僕を射抜いていた。お婆様の異様性を痛感する。これほどまでに強い目をする人すら、あの人にかかればこれである。

「あらくんを回収してきます」

一言告げて、呼びとめられる前に部屋を出て行く。そうしなかったとして、彼女達は僕を止めることはできなかったろうし、しなかっただろう。

さっきあらくんと話をした庭の最奥の壁に、完全に気を失う彼の姿があった。枯れ果てたアヤメの花壇に倒れ伏して、細切れに息を吐いている。さて、僕には僕の、やることがあるからね。

一つ深呼吸して解放感のある空気をいっぱいに吸ってから、僕はあらくんの肩に手を伸ばした。


どうしようも無く憤って、あての無い握りこぶしを掲げるだけした。勿論、燻ぶる想いは離れる事無く心臓の一番真ん中に居座っている。

どうにかしなければ、と思った。そのための手段を、研究部の中では私だけが持っていた。『生きる限りに進化する』、この異能を持つ私だけが。最初に倒れた時に、かぐやちゃんから進行を抑える方法は聞いていた。「とにかく無感情であれ」。故に、出来得る限り平坦に、数年間を過ごしてきたわけだけれど。

私だって、そりゃあ感情を表に出したい事は多々あった。でも、それをすると顕正が悲しむから。彼が悲しむことだけは、たといこの脆い身体が壊れたところでしてはいけない。その脆い身体が壊れる事が、彼が一番悲しむ事だから、全力でそれを避ける。それだけが、私の今までだった。

きっと、今顕正が一番悲しむことは私たちの中から一人を選び出すことだった。一人を選んで、他の全員を失うことだった。苦悩の末に彼がどんな答えを出すのか、私には分からないけれど、その先には確実に、彼が一番悲しむ未来が待っている。なら、私のすることは何か。私に出来ることは何か。

狂うくらいの激情が、腹の内から湧いてきた。

瞬間、視認できるのではと勘繰るほどに、顕著な変化が訪れる。脳が熱い。思考が弾ける。筋肉が、神経が、全ての機能が他を超越しようと進化を始める。胸が苦しくなって、やばいと思った頃には、既に血を吐いていた。人間という器が、これほどの能力についていけていないのだ。死ぬかな、と思う。けれど、『たとい死んだとて』。

顕正、好き。想った途端に、意識が飛んだ。


治まらない震えに涙がこぼれそうになる。全く、私とした事が、情けない。何を恐れているのか。顕正が、彼が居なくなること以上に恐れることなど有ると思っているのか。彼に切り捨てられること以上に、今の私に怖いことなんて、無いはずだろう。彼の祖母なんかに、恐怖している場合ではない。だと言うのに。なんでこの震えは止まらないんだろう。

「三笠先輩……」

赤坂妹が何か心配そうな声をかけてくるが、反応する余裕は生まれない。ああ、あああ、もう。

「ちっ」

「「!?」」

急な私の舌打ちに、赤坂姉妹が息をのむ。構わず続けて数度舌打ちして、苛立ちのそのままに膝を押さえて立ちあがった。随分と、情けないところを見せてしまったようね。

「赤坂姉妹、付き合いなさい」

反応の暇すら与えない速度で、強さで、宣言する。

「あのお婆さんにひと泡、吹かせてやるわ」

このまま思い通りになんて、させるものか。

超☆展☆開!

様々な一人称を持って、皆の思惑が一致します。頑張れ少女達。空気だ顕正!


今回も、ありがとうございました。次回お待ちください。

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