選べない選択肢。強制、矯正。
『君か世界か』。
物語の主人公ならばいずれ選択しなければならない二択は、しかし、僕の場合『両方』を選びとった。そのためになら何だってやると誓ったし、そして実際に、僕の力はそれに及んだ。完全無欠に望んだとおりの結末ではないにしろ、僕はこれまで、彼女たちの為に、なんだって敵に回して、そして、なんにだって勝ち抜いてきた。
でもそれは、僕の方が勝っていたから選べた選択肢だったのだ。圧倒的に優位から、逃れられない選択の時を突きつけられた場合、そんなとき、僕は一体。
釈然としないままにすぅちゃんと歩いて、おばあちゃんの家にたどり着いたのは昼過ぎの事だった。まさに神の所業とでも言わんばかりに、僕たちが着く直前に完成させたのであろう昼食が食卓に並んでいて驚愕する。人数も、到着時刻だって知らせて無かったのに。それはそれで失礼な気もするけれど、この御方に限ってはその程度、無礼にすらならない事柄である。そしてまた美味いんだ、これが。
遅めの昼食を終えて、僕は一人縁側に出る。彼女たちは、どうやらおばあちゃんに色々と聞かれているらしい。僕の事だろうとは大概予測できるが、ううん、どうなんだろう。彼女たちが僕に気を使うとは到底思えないので、有ること全部、脚色無しで伝えられそうだった。悪い事ではないのだけれど、自身の行動を省みてみるとちょっと行き過ぎた面が無かったとも言えないから都合が悪いのである。
「あらくん、おばあちゃんに聞いたの? 呼ばれた理由を」
と、すぅちゃんが僕の隣に腰掛けて、唐突に口を開いた。いや、と、僕は否定の所作を取る。
「ふぅん、そっか。まぁ、どうしたって変えられることなんてないから、先延ばしにしていくのも有りかもしれないね」
「何が言いたいのさ。ああ、それに、どうしてすぅちゃんが此処に居るの」
「気付いた? うん、おばあちゃんに呼ばれたんだ」
そういって、すぅちゃんは笑顔を浮かべた。相も変わらず人類の模範のような表情だ。うそくさくて、でも、全部が本物の。彼女に惹かれる人間はたくさんいて、でも、彼女と少しでも深く関わろうとした人間は、皆最後には彼女の元から離れて行く、そんな運命を背負った少女。気味が悪いのだ、この、完全さが。
人間過ぎて、人間らしくない。
「神様に、ねぇ」
僕があの御方の思考を読めるはずは無いけれど、でも、何を考えてるんだろうな、おばあちゃんは。
広々とした空を見上げて、自然とため息が口を吐く。すぅちゃんが「幸せ逃げるよ」なんて呟いたが、彼女にそれを言われる筋合いはまるで無いのでスルーさせていただいた。世界一不幸な人間なのに。
「何言ってるの、僕は幸せだよ」
「僕に会えたからだなんて言うんじゃないだろうな」
「良くわかってるじゃない」
もう一度ため息が出る。それに、多分、あの人たちも。すぅちゃんはそう続けて、縁側を離れると裸足のままで庭に出た。おばあちゃんが手入れしている花壇に近づいて、一輪、枯れ果てた花を摘み取った。
「持っておきなよ、あらくん」
手渡された命の無いそれを手にとって、なんとなしに眺めてみる。当然だけど、花は萎れて元あったであろう美しさは影も無かった。弱く触れただけで、花弁が一枚落ちる。
「菖蒲の花だよ」
枯れた花を慈しむように、彼女は言った。あやめ。声に出さずに呟いてみる。しょうぶとも読めるけれど。
「アヤメとショウブは別物だよあらくん。この子はアヤメ」
知ってるよと頷いて、崩れた花弁の一枚をポケットに忍ばせた。何の意味があるのか分からないけれど、おばあちゃんはこの花を好いていたのを覚えている。それに、すぅちゃんが言うんだ、取っておこうじゃないか。
「顕正、呼ばれているわ。……かぐやちゃんも」
「あれ? 僕もなの?」
呼びに来た美稲にすぅちゃんは首を傾げて、それからしかし何処か嬉しそうに、皆の待つ居間へと駆けて行った。跡を追うように、僕も立ち上がる。何かある。そんな気がした。
「よぅ聞きぃや、顕正。うちもそう長う無い。やけんね、その前にちゃんとしときたいことがあんのや」
「え、神様って死ぬの?」
僕の疑問に皆ドン引き。当然の疑問だと思うんだけどなぁ。そんな感じで、おばあちゃんは、唐突に言いだしたのであった。
「誰があんたの嫁さんに成るんや。ここに居る娘らは皆あんたんこと好き言うとるし、顕正が連れてくるような娘らや、あんたも憎からず想うとんやろ」
唐突に、唐突に。でも、待ってくれ。待ってください。その質問は。いや、その命令は。
「はっきり言いや。ここに居る一週間の内に、うちにだけでええ、答えを出して行き」
その、選択は。
晴れ過ぎた空と裏腹に、僕の思考は黒い靄がかかったのように正常で無かった。
どうもです。人間なのか神なのか、こんな作風であるが故に曖昧なおばあちゃん。果たして顕正はどうこたえるのか。がんばれ顕正。
それでは、感想評価等頂ければ幸いです。