邂逅。神、爆誕。
ここまで邂逅が遅れたのにはきっと大人の事情ってやつがあるのだろう。なんて、心太の時と同じような思考が急に脳をよぎって言ったけれど、僕には何の事だか全然分からなかった。
きっとそれをもって大人の事情って言うんだろうなとも思ったが、そんなことより、今の僕には肩に寄りかかる感触の方が重要事項である。
田舎のローカル鉄道らしく電光掲示板なんてものは無く、扉の上の表とアナウンスで現在駅を確認する。おばあちゃんの住む家の最寄り駅まで、あと一時間くらいと言ったところだった。何とか座らせた、肩に寄りかかってくる明音さんの髪から漂ってくるシャンプーの香りに身をこわばらせつつ、僕は右隣に目を移す。わざとらしいまでに三人が、半目で僕を見遣っていた。さっきからずっとこの調子である。そろそろ飽きないものだろうか。
「飽きてるよ、実はとっくに」
「なんだ。じゃあよっぽど暇なんだね、君達」
「ふふっ」
吐き捨てるような緑の声に適当に切り返す。なんかやばい笑みが聞こえた気がしたけれど。
「顕正くん、窓から降りるのとドアから降りるのどっちが良い?」
「成るほどその質問は一見してドアから普通に降りると言うまともな選択肢を用意しているようにも思えるけれど、その実どちらを選んだところで走っている電車からたたき落とされるって言う展開なんだろ分かってるよ! 分かってるから無言で腕を掴んでこないで怖いから!」
そしてその腕を引っ張らないで。ああ、突っ込みもここまで長ったらしくなってしまった。これは相当ブランクだな。なんとかしないと。や、別にお笑い芸人を目指しているわけではないが。
「でも顕正。そろそろいい加減にしないと、怒ってる私たちが居た堪れないわ。貴方は結局、誰かを優先するの?」
美稲が淡々と、的確に僕の心臓を抉ってきた。以前、僕はすぅちゃんに構った事で部の絆を揺らがせ、美稲を選んだことで完全に終わりを迎えるところだった。過ちは繰り返されるとは言え、それはだんだん学習していって然るべきである。より酷くなっているのでは人間として生きている意味がないね。
「分かってるよ。今回の旅行での明音さんの出番はきっとこれが大一番だから、今だけ納得しておいてよ。この人起きてるくせに離れてくれないんだ」
「あら、その言い方だと顕正は私にもたれ掛かられて迷惑しているみたいじゃない」
「滅相も無いっ」
僕も中々保身的に堕ちたものだった。ていうか明音さん、要所だけ声かけるの止めてください。
「ふん。あとね、ほとんど話してもいないのに私との絡みを失くすみたいなこと言わないでくれないかしら。全国の私のファンに失礼じゃない」
「君はいつ世界に進出したんだ!」
「生まれ落ちたその瞬間、全人類は私のいる方向に土下座をしたそうよ」
「現人神級だと!?」
どころか本物の神みたいだった。神と言えば、ああ、何時の間にやらもう数駅だよ。緊張の時は近い。
「あら顕正、そろそろ着くみたいよ」
「うん。降りる準備をしておいてくれるかな」
全員に声をかけてから、僕は人足速く席を立つ。窓の向こうに視線をやって、意図的に嘆息した。いる。これは絶対、居る。
絶対的で圧倒的な存在感を、僕は感じていた。まさしく進行方向からである。「おばあちゃんは人間じゃないの?」と、幼い僕はおこがましくもあの御方に直接尋ねた事があるらしい。その時の事は正直覚えていないけれど、幼い僕の狼藉に、あの御方がなんと応えたのかくらいは、今の僕でも容易に想像出来た。
駅のホームが開く。大きめの荷物を抱えて、僕は固い地面に一歩踏み出した。瞬間、全身をつつみこむような寒気に包まれる。辺りは一面雪に覆われていて、そしてこの駅に、屋根なんて洒落たものは着いていなかった。首を一周、駅中に巡らせる。自分の目が確かに、都会とは似ても似つかないレベルのだだっ広い空を捉えたのを確認してから、視線を、そのままこの時代に未だ有人の改札口へ固定した。後ろから着いてくる部員を引きつれて、僕は改札を抜けた。駅の敷地を抜けて数歩。一、二、三、四と行って。
外気に由縁しない、異様な寒気が僕の背を走り抜けた。
敢えて今までの、他の経験と似通ったものに例えるのならば、この感覚は、そう、合宿の時、白い少女に巡り合った時と通ずるものがある。しかし、違った。
質が違った。
量が違った。
何より、根幹から、格が、違った。
「よぉ来たねぇ、顕正」
僕の肩くらいまでしか身長の無い、でも僕なんぞでは全容を目視するのもはばかれるほどの大きさ。早速膝から崩れ落ちそうになるのを必死にこらえながら、僕は御神に頭を下げる。
「お久しぶりです、神」
後方から何かとても痛いものを見るような視線が複数突き刺さったけれど気にしない。彼女らは知らないからそう思うんだ。そう、この御方の全貌を知らないから。
「本日より一週間余り、お呼び立てに応じて宿泊させていただこうかと思っ「あら、顕正の事だから心配しちょったんやけど、なんやめんこい娘たちやなぁ」……あの?」
久々に会う孫の事なんか眼中にも無いようだった。あっさりと僕の脇を過ぎて、神は覚醒した明音さんを先頭とした女子連中の元に歩み寄っていく。ちょっと緊張気味な動作で皆が軽く頭を下げ、それから直ぐに打ち解けたように談笑を開始した。え、あれ、何これ、僕空気ですか?
「あらくん、こっちも久しぶりなんだけど無視みたいだね」
出落ち気味でがっくりとうなだれる僕の背に、別の声が届いた。鈴の音のような透き通る声音。ふと思いたって美稲に目をやると、ああ、あっちのグループで彼女だけは不機嫌な目をこちらに送ってきている。
ってことはだ。
「久しぶりだね、すぅちゃん」
此処にまで来て再会。天香具山 翡翠。この旅路は、一体どこに繋がっているのだろうか。
ル○ア、爆誕。コホン。あの頃は映画館にまで出向いてました。
苦行からかりそめの解放を得たのでようよう更新です。お待ちくださった方々、本当にありがとうございます。執筆の励みでございます。
ではでは、また次回お会いできることを願って。