車両。一連、道中。
冬休みで、そしてこの日は世界最大の宗教の開祖の誕生前日であるところのクリスマス・イヴだった。不定期に揺れるローカル電車に揺られながら見る景色は、北上するにつれて徐々に無垢さをはらんだ白色を覗かせている。分かり切った錯覚の寒さを感じて、僕は白む息の幻覚を見た。すっかり冬景色である。
右隣の席に座る美稲は、僕の方に体重を預けて穏やかな寝息を立てていた。その美稲の向こうに座る明音さんは、持ってきた文庫本に目を落としている。蒼ちゃんも美稲同様、しかし彼女らしい気品と慎ましさを持って壁側に身体を傾け、そして緑は、早朝五時に集合した後とは思えないくらいの元気等倍さで、つい先刻まで座っていた僕の左隣から腰を上げて、わざわざ僕の目の前の吊皮を両手に掴んで立っている。こんな日に、重ねて言うけれどクリスマス・イヴに呼び出されたと言うのに、緑はやけに上機嫌に見えた。何か良い事でもあったのだろうか。
「ん、だって、流石の私も気をつかってデートの約束をクリスマスから外したのに、わざわざ顕正くんの方から誘ってくれたんだよ? これを喜ばずして、顕正くんの事を好きな私は何を喜べば良いって言うのさ」
朝っぱらからストレートのキレも良いようで御座います。雪の白さに負けないくらいの純真な笑みに電車の揺れ以外の理由で脳が揺さぶられる。意識的に緑の顔から目を逸らして、彼女の向こうの窓に目をやる。僕ら以外の乗客がいないため、緑を越せば視線は裕に外の景色を捉えられる。閑散と取るのか、長閑と取るのか。今の気分なら、長閑でいいと思った。
先にも言った通り、そう、クリスマスである。クリスマスであるのだ。だと言うのに、どうして僕は電車に乗って田舎へ向かっているのだろうか。まぁ、理由なんて明白なのだけれど。
『研究部 合宿』
そんな名目で、今日から一週間と少し向こうの年越しまで、僕ら五人は我が祖母、萩野 神様のお宅に寝泊まりする事になっている。まずは人数の疑問から解消していこう。先日部員となったはずの山上の事である。その山上にも、貴重な(力仕事要員としての)男子部員なわけで、勿論誘ってはみたのだけれど、どうにも容量を得ない返事を返すばかりで、結局不参加となった次第である。「悪いな親友、今の俺には親友との付き合いよりも、圧倒的に大事な事があるんだ」だとか、似合わな過ぎて吐き気を催すほどだった。とまでは、言う気も無いけれど。急に授業を抜け出したかと思いきや、校門の辺りで同じくサボリらしい女の子と落ちあっていたのには殺意を覚えたけれど。アイツが僕が研究部の彼女らと仲が良いのが気に入らないのと同じに、若しくはそれ以上に、僕は奴が女の子と仲が良いのは気に入らないのである。というか、山上が女の子に近づいていたら普通に通報する。とまでも、言う気は……無い。うん、無い。
何にせよ、アイツも忙しいには忙しいらしいので、無理にまで僕らのイベントの付き合わせることは無いだろう。とはいえ、今回ばかりは多少ならず恨みをぶつけたいところではある。イベントの内容が内容なのだ。
さて、恨みごともこのくらいにして、そろそろ乗り換えの時間だろう。美稲は……ゆすっても起きないだろうから、この際仕方ない、置いていこうか。
「ちょっと待って顕正、どういうつもり」
「あ、おはよう美稲」
「…………。……すぅ」
「わざとらしいんだよ」
見事に僕の作戦が嵌る形になって、美稲を背負う任務からは取りあえず解放される。蒼ちゃんは気付けば気を利かせてくれたらしい緑によって既に起こされており、明音さんはそもそも寝ていなかったので……、て。
「なんでこのタイミングで寝てるんだよこの人は」
読んでいたであろう文庫本の途中の真ん中あたりのページに指を挟んだまま、明音さんは静かに目を閉じていた。
困った。この人の場合は、冗談でも先の美稲の事例のように置いていくだなんて言えない。運命が死色一色に塗りつぶされること請け合いである。とはいえ、いやとなると、必然的にこれは、僕が背負っていかなければならない状態になるのだろうか。この人は、無理やり起こすだけでも恐怖を伴うからな……。僕に刷り込まれた彼女に対する印象が、なんだか此処に来てやけに彼女に有利に働いている気がしてきた。きっとほとんど確信犯だ。
「それで。黙っているけど顕正はそれをどうするつもりなの?」
「美稲、悪い事は言わないからこの人に対して『それ』なんて呼称を使うのは止しなさい」
「駄洒落ね」
「なんで君らはそういうところには機敏に反応するんだよ!」
美稲に止しな、ね。まったくもう、よく捉えたものだ。
「それで?」
追及は止まないみたいだった。ついでにそっちも止してくれると助かったのに。
「仕方ないから、負ぶっていくよ」
「それは、顕正がって意味よね」
「突っかかるなぁ。そりゃあそうだよ」
「そう」
何でもない風に呟いて、そして美稲は何故かそこで、普段あまり話もしない緑とアイコンタクトを取った。ような気がした。気のせいでは無かった。
「顕正くん、それは贔屓だよ」
「仕方ないって」
「起こせばいいじゃないですか」
ここでまさかの蒼ちゃん参戦。駄目だ、分が悪い。しかし、この子たちは明音さんを起こすという行為が僕の命を脅かすことに気付いていないのだろうか。若しくは本当に僕の事を殺す気なのだろうか。日頃から好きだと言ってくれているのに。あれか、僕が何処にも靡かないからいっそ始末しようって考えなのか。
「うん、冗談ですよ、先輩。行きましょうか」
電車が駅に止まるのとほぼ同じタイミングで、蒼ちゃんが言った。緑と美稲はまだ納得しきってない様子だったけれど、一応の妥協点は見つけてくれたらしい。終点なのでさほど急ぐことも無く、慎重に明音さんの身体を背に受ける。女の子らしい柔らかな感触が触覚を伝って来た。そう言えば、明音さんと密着する状況になるのは、これが初めてではないんだっけな。いつかのあの日、彼女の家を一人訪れた時のことを思い出す。三笠母は元気なのだろうか。あの影の策略家が元気で無い可能性の方が考えづらいけれど。
邪念を無理に追い払って、僕らは駅のホームに降り立つ。線路の向こうに積もる雪が、一行の北上を歓迎してくれているかのようだった。これは気のせいだろうけれど。
乗り換え場所に向かいつつ、僕は思う。後二時間もすれば、あの御方と彼女らが面識を持つのだ。特殊な感慨というよりは、圧倒的な恐怖が、僕の心を占めている。大丈夫、だろうな……。
この旅が、碌でもない思い出を内包するであろう事は、想像に難く無かった。
どうもです。週一の定期更新すら出来ないらしいれかにふでした。流石にどうなんでしょうね……。
というわけで、神様編に突入です。そんな何とか言うような、とんでもない事が起こる予定では無い、はず、なので、身構えず、気楽に読んでいただければと思います。そもそもライト過ぎる小説なわけですが(苦笑
それでは、感想評価等いただければ幸いです。