冬の日。寒天、心太。
食感が似てるだけで二つの間にまるで関係は無く、それ以前に、寒天の時点でただの駄洒落以外の何物でもないじゃないかと脈絡も無く急に思ったけれど、何の事なのか僕にはさっぱり分からないので思考を取りやめる事にした。この崇高なる脳を無駄な思考に使うのはもったいなくて涙が出るのだ。流石僕。ビバ僕。そんな我が名は萩野 顕正……。
なんてところで、目が醒めた。いつもの気だるい目ざめとは程遠く、やけに完全な覚醒だった。首をひねろうとして、理由に思い当たる。昨日の葉書、と、後はまぁ、この寒さが一役買ってるくらいかな。
考えてみれば、冬休みまで秒読みの時期だった。蒼ちゃんの留学騒ぎの時期が大体冬休みに設定されていたのだから、冬休みが目の前なのは考えるまでもない事実なわけで。それほどまでに余裕を失っていたのかな、最近の僕は。思い当たる節はそこそこある。
さて、久しぶりの第二の我が家、研究部室である。蒼ちゃん騒動もあって、なんだか妙に感慨深い空間だった。日々僕の脳細胞も老化していっているらしい。へこむ事実だ。
「あなたの脳年齢はとっくの昔に三桁を越えてるでしょうから、今更何も変わりやしないわよ。そう悲観しなさんな」
「今日も今日とて、明音さんのフォローは悪意に満ちているね」
「違うわ、悪意がフォローなのよ」
「意味わかんねぇっ」
「貴方が馬鹿なのよ」
「え、何その清々しい程の罵倒」
「気持ち良いでしょう?」
「僕はそんな末期のマゾじゃないよ!?」
「そう、中期のマゾなのね」
「揚げ足を取られた!」
油断した。一応説明しておくと、今部室には僕と彼女、明音さんしかいない。結構良くある図式なのでこれ以上の解説は必要ないだろう。それにしても、なんとかして明音さんを出し抜く事が出来ないだろうか。やられっぱなしは趣味じゃない。例の葉書の事もあるし、なんとか僕と彼女らの立場関係を変えておかなければ。と言うのも、僕のおばあちゃんと言うのは云々。また別の機会にでも語るとしよう。そうそう遠くは無い未来だと思うけれど。なんせあの人の命令は絶対で、僕には『遊びに来なさい』との命令が来ているのだ。
「ところでさ」
「何かしら、あからさまな話題転換の台詞を吐いて」
相変わらずにべもない言い方をする。でもつまり、これは先を促している台詞だろう。研究部の結束は何時の間にやら、異常なほどに固かった。意思疎通のレベルが半端じゃ無いね。偶に心も読まれるほどだし。
「もうすぐ冬休みじゃない。それでさ、僕のおばあちゃんが、研究部の皆で遊びに来いって言うんだ」
「へぇ。それで?」
「うん、予定はどうかなと思って。来てくれない?」
「他でもない想い人の誘いだし、断る理由もつもりも無いのだけれど。貴方のおばあちゃんは、一体何のつもりで私たちを招待しようとしているのかしら?」
訝しげに、明音さんは問うてきた。全くもって尤もな疑問である。正直僕も知りたいところだ。
「分からないよ」
だから、正直に答えておいた。嘘をついたところでどうせすぐばれる。当然ながら、明音さんの表情から訝しげな色が濃くなる。
「どういうことよ?」
「いや、だって僕は人間だもの」
「は?」
今まで見たこと無いくらい、明音さんが怪訝そうな顔をした。訝し三連発である。いやまぁ、だって、そうは言われても。
「僕に神様の考えが分かるわけ無いじゃない」
「……は?」
彼女の喉から出てきたものとは思えないくらい、素っ頓狂な声が聞こえてきた。徐々に落ち着きの色を取り戻し、そして、細やかに言を紡ぐ。
「ちょっと確認しておきたいのだけど」
「何かな」
「熱、無いわよね?」
「有るわけ無いよ」
僕はいたって健康体だ。それでも明音さんは、普段ならば絶対見せないであろう心配そうな色をありありと浮かべ、僕に近づいてきたかと思うと、恐る恐るといった調子で、額に手を当ててきた。しばしなされるがままにしていると、彼女は首を傾げ、続いて片手で自らの前髪を掻き上げると、とん、と、さっきまで手を置いていた僕の額に、その白く艶やかな額を触れさせる。どきりと、心臓が大きく脈打った。この人は、本当黙ってると美人だからな。死んでも言わないけれど。殺されるから。
「……おかしいわね、熱が無いわ」
「だから、無いって言ったじゃないか」
「……。話を聞くわ、何が、神様なの?」
「僕のおばあちゃんが神様なんだよ」
「病院に行きなさい」
「なんでそんな辛辣な反応なの!?」
「いつにもまして貴方の言動が不可解だからよ」
「今昨日までの僕に対しても暴言を吐いただろう」
「これ以上脳に異常を持った状態で私に話しかけないでくれるかしら? 狂信主義が移るわ」
「宗教じゃねぇよ!」
「でも、神って言ったじゃない」
「だからそれは僕のおばあちゃんで……」
堂々巡りだった。何を言っても頭の心配をされてしまう。何を言われようと、こればっかりは仕方がない事だった。だって本当に、僕のおばあちゃんは神様なんだ。あの人がそういうからには、それは本当の事なのである。
「貴方が貴方である由縁を、少しばかり見た気がするわ……」
本日大放出の今まで見せた事の無いような表情、すなわち酷く疲れた表情で、明音さんはつぶやいたのだった。そんなオチ。
導入回、というか、普段通りです。この空気が今作で、あの空気も今作で、何でもあってこの作品の空気は形成されてるのではと思います。多分そうです。明確な終わりがない、だからこそ永遠で、だからこそ何処かで終わりを迎えられる、そんな話。に、なると良いのですが。書き始める前に立てた当初の予定「内容も無くゆったりと」だけは自分の中で達成できてるつもりです(笑)
それでは、感想評価等頂ければ幸いです。