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見舞い。収拾、自爆。

安易だね、と、緑が言った。安直だよ、と続ける。

「あのね顕正くん、いくら私とて、そう何度も同じ手には引っかからないんだよ」

「引っかかるって、人聞きの悪い。僕はただ君とデートがしたいと言っただけだよ」

奥の手は自分自身の売り込みだった。なんとも器の小さい僕である。他人の好意につけこんでいるのです。どっぷり。

「それはすっごく嬉しいんだけど、ね、顕正くん。今は話が別でしょう?」

「それはもう。話を誤魔化す事に今の僕は全力をかけているからね」

「死んじゃえばいいんだよ」

「わー」

なんだかもう本気に投げやりだった。これは大分ご立腹だぞ。

「……とまでは言い過ぎですけどっ。うー、顕正くん、なんでそこまでして誤魔化したがるの?」

「それを言われると痛いと思ってました」

「だよね……」

はぁ、と緑は大げさなため息をつく。当てつけに見えた。当てつけだよと明言された。それからしばし、緑は考え込むような素振りを見せると、もう一度深くため息をついてから、しっかりとした眼で僕と向き合った。こっちから目を逸らしたいくらい強い目だった。いつもこの子たちは、僕を怖気づかせ、そして、また勇気づける。今回の場合は、どうしようもなく前者だけれど。

だからこそ声高に言おう、助けて。

僕の救いを聞き届ける神がいるかどうかは置いておいて、しかし緑の唇から発せられた言葉は、斬首をほとんど覚悟していた僕にとって、相当意外なものだった。

「わかった、デート一回とキスのおまけで我慢してあげる」

「……」

言葉を失う。意外。そう、意外。もうちょっと、無茶な要求が出てくるものとばかり思っていた。緑を見誤っていたのか、それとも、僕自身が自意識過剰も甚だしいのか。間違いないだろう、両者だ。簡単に言うと僕が悪い。

「えっと、それはまた、……軽い量刑で」

「当然だよ、私は太ももが広いからね」

「想像するだに怖い絵面だね」

バランスが崩壊している。よりにもよって豚足化宣言だった。意味がわからないね。

「で、どうするのかな顕正くん。飲むの? 飲まないの?」

「そりゃあもう。受けますとも」

頷くと、緑はそれに倣うように大きく頷いて、紫ちゃんの方に向き直った。

「そういうわけだから、ちょっと下降りてよっか、紫」

「えー、やだよ、それ緑お姉ちゃんが得するだけじゃん」

「当然だよ」

「断言しやがった」

「ほらほら、顕正くんもやることあるならとっとと済ます。じゃあ、蒼、話し終わったら呼んで」

「あ、うん」

なおも不満気な紫ちゃんの手を引いて、緑は階段を下って行った。転がっている山上を部屋の外に放り出すと、たちまちこの空間の構成員は僕と蒼ちゃんの二人きりになる。そう言えば、さっきから蒼ちゃんが妙に大人しかったな。墓穴を掘るのを防ぐためだろうか。

「いえ、楽しそうにしてるなぁ、と」

唇を尖らせての発言だった。まだ拗ねているらしい。当然と言えば当然、なのだろうか。

「ごめんね、なんか収拾つけられなくて」

「いえ、あの人たちを相手にまともに立ち回れる人間の方が異常ですから。怒ってませんよ、もう」

そういって、蒼ちゃんは薄く微笑んだ。普段の彼女らしさが、此処に来てようやく見えてきた気がした。

「なんせ二人きりですからね、どんな勘違いの経路があったにしても、役得ってやつですよ、先輩」

「そういってもらえるのは一男子たる僕からしてみれば光栄の極みだけどね。でも、どうにも弱ってるみたいだったから、一応心配してさ」

「はい」

また微笑む蒼ちゃん。単純な僕の脳がくらくらしてきた。おかしい、天才的頭脳のはずなのに。女の子の柔らかな笑顔一つでここまで腐抜けるとは、いやはやしかし、中々。悪くはないね。

「うん、この分じゃ大丈夫そうだし、明日からまた学校で会おう」

「はい、先輩。わざわざありがとうございました」

「気にしないでよ。元はと言えば、僕の落ち度から始まったんだからさ」

後ろ盾としての山神家の存在を見落としていたこの僕に。こうした詰めの甘さが、だから僕は、何時までたってもすぅちゃんの劣化版を自称しなければならないんだ。ううむ、反省。とともに、そろそろ自立したいところだね。研究部面々と一緒ならば、きっとそれもかなう日が来るだろう。不思議と、疑いの気持ちは微塵も沸いてこなかった。依存している、というか、毒されている。あの、心地よい居場所に。

「じゃあね、蒼ちゃん」

「はい、また明日」

「うん」

短い挨拶を終えて、僕は蒼ちゃんの部屋から退室した。廊下でわざとらしくのびている山上を蹴り起こして、何の話をと追及してくる緑を適当にあしらって(気付いたらデートの日をきめられていた。恐るべし)、僕はようよう自宅に帰る。

リビングによると、シックな木製のテーブルの上に葉書が一枚、置いてあるのが見えた。自然と宛名に眼が行く。『萩野 顕正様』、僕じゃん。

「誰だろなっと」

誰に言うでもなく呟いて、葉書を手に取った。裏返して差出人に目を通し、って、……。え。


『萩野 (こう)


「あら、顕正、帰ってたの」

ダイニングのソファから顔をのぞかせて僕に呼びかけてきた母に、引きつった笑みを返す。いつでもマイペースに無敵な母親は、愕然と葉書を落とす僕に向かって、さらに谷底へ突き落さんばかりの台詞を、容赦なく投げかけてきた。

「御婆ちゃんから、遊びに来なさいって。――――研究部の皆で」

僕の御婆ちゃん。顔も覚えていない僕の父方の、御婆ちゃん。萩野 神。


絶対無欠に成す術無く、僕にとって永遠の『神』たるあの御方からの、直々の御達しだった。……拒否権など発動すべくもなく、今の僕の思考を占めるのはたった一言。

生きて、帰れるだろうか。

見舞い編おしまいに里帰り編示唆です。近いうちに今作最強であろう存在がお目見えする事でしょう。どうなる顕正。


それでは、感想評価等いただければさいわいです。

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