見舞い。色々、十色。
十人、人間がいれば十個の個性があると言う。十人十色。先人方の残した名言に文句をつける気は勿論僕にだって無いのだけれど、言外に、存在を持ってして言葉の意味をぶち壊す方々が目の前に現れたとなれば、一体どうしろと言うのだろう。
赤坂 緑、赤坂 蒼、赤坂 紅花、赤坂 紫。蒼ちゃんと、紅花ちゃんはまだいいとして(とは言っても僕の場合、紅花ちゃんについて特別知っている事なんて尋常じゃ無い照れ屋だってことぐらいのものだけど)緑と紫ちゃん、この二人。また僕は、研究部の仲間によって新たな真実を刷り込まれているようだった。
個性は一人に一つじゃない。……にしても、多過ぎるのは問題だと思うなぁ、僕は。それが本物であれも本物で、全部合わせてやっと一人。全貌を見渡すのに、どれだけの容量が必要なのか。全く、見当もつかない。
*
整然と自重。双方を完膚なきまでに吹き飛ばす場面が、今まさにこの時である。混沌と暴走。歯向かうのが正面じゃ無くて側面からのピンポイントアタックって言うのがまた面倒に拍車をかけていると見える。この子たちは、本当にもう、収拾がつかない。ちょっと拗ね気味の(超可愛い。……最近僕自身も暴走気味に思えてきた)蒼ちゃんはさっきから僕に努めて眼を向けないようにしているし、山上はそもそも隅っこでにやついているだけで何もする気が無いようである。使えない。緑と紫ちゃんにおいては騒ぎの中心なので頼るべくも無い。逆効果も甚だしいだろう。くそ、やはり研究部の良心は僕だけなのか。
「先輩の何処が良心ですか……」
「失礼な。……あれ? 今日は僕とは話さないんじゃ無かったの?」
いじめられたら仕返しをするのが世の常である。と、僕は思っている事にしておいて、早速揚げ足を取ってみる。何だか今日の蒼ちゃんは可愛いだけでなくつめも甘いようだ。やっぱり不調は不調なのかな。ここは僕と山上の事後処理能力が足りなかった所為ということになるのだろうか。少しばかり良心が痛んだ。痛むだけの良心はあるのである。
「ぅぐ……」
まぁ、この蒼ちゃんを前にしては、小さな良心なんざ障害にも成り得ないのだけれど。何だこの子、いじめがいあり過ぎるだろ。
「別に、今のは独り言です。先輩が勝手に反応しただけです」
「へぇ。そうかじゃあさっきの僕の言葉に返ってきた今の台詞も、全部独り言な訳だ」
「……そうですよ、独り言です。勝手に反応する先輩が悪いんです」
「何だ、蒼ちゃんは聞えよがしに独り言を言う変人だったのか。がっかりだなぁ」
「……」
おっと、ちょっと泣きそうだ。調子が悪いというよりは、なるほど、弱っているのかな、精神的に。あんなことがあったんだから、まぁ仕方がないと言えば仕方がないけれど。ううむ、となると、これ以上僕のお楽しみ(自分で聞いてみても中々最低な一言である。というか、今日は追記が妙に多いなぁ)の為に蒼ちゃんを悲しませるのは酷だろうか。もう少しばかり、アフターケアをしておこうかな。
しかし。
「ねぇちょっと顕正くん、なんでさっきから無視すんの?」
「あははー、緑お姉ちゃん無視されてるー。つまりやっぱりお兄ちゃんはおれのよめってことだよね!」
「僕は男だから嫁にはなれねぇよ……」
「じゃあ婿か! 良かったねお姉ちゃん達、お兄ちゃんが義弟になってくれるって!」
「なんで紫と結婚することになってんのさ!」
「……元気だね、君たちは……」
げんなりと呟く。この二人が居る中で、ついでに山上がにやついた笑みをこちらに向けている中で、蒼ちゃんの心身のケアなんて出来るわけが無かった。
さて、どうしたものか。ふむ。
「山上、僕を助けてくれても良いぜ」
「あん? 高くつくぞ」
「昼飯一回でどうだろう」
「交渉成立だな」
簡単な奴だった。今度コンビニでおにぎりでも買ってやろう。勿論一つ。
「なぁ赤坂姉」
「んー? なんでしょう殺し屋さん」
「や、その呼び名はよそうよ緑」
「そですね。なんでしょう山上先輩」
「ああ。実はな、顕正の野郎がここに来る前、赤坂妹に大事な話があるとか漏らしてたから、ここはちょっくら二人にしてやりたいと思うんだが」
変更。おにぎり大の鉄球を顔面にくれてやろう。山上からしてみれば僕と彼との関係性を考慮した軽口のつもりなのだろうが、こと研究部面子を相手取った場合、むしろ今のは完全な爆弾投下に他ならないだろう。ていうか、ただの爆弾投下だ。火付け役は……揃っている。
「……大事な話?」
ふっと、緑の声のトーンが明らかなまでに下がった。もう嫌だ。今すぐ逃げ出したい衝動に駆らる。……そしてこのタイミングで僕の足を掴んで離さない紫ちゃんはこれはもう確実に確信犯なんだろうなぁっ!
嫌な意味で空気の読める子だった。
「ねぇねぇ、僕に話ってなぁに?」
「山上の言う赤坂妹は君じゃないんだよ紫ちゃん」
面倒くさい子にも程がある。しかもこの含み笑い具合からしてわざとだろう。もしかして、すごく頭の良い子なんじゃないだろうか、紫ちゃん。使う方向を全力で間違えてる気がするけれど。
「違うよ、全力で間違えた方向に全力を尽くしてるんだよ」
「分かりづらいよ!」
そして心を読むな。明音さん達と言い、僕のプライバシーは何処にあるんだろう。でもって僕は後何度この感想を持てばいいんだろう。
「顕正くんの心が特別読みやすいだけですよーだ」
拗ねた風に言う緑。その言葉に何より気づ付くんだけど。僕の思考なんざ分かりやす過ぎて考えるまでもないわとでも言われた気分だ。
「そんなことより、大事な話ってなにかな」
声のトーンを戻して緑が呟く。何の感情も見えない押し殺した様子がなんとも恐ろしかった。背筋に走るものは無い辺り、その緩さが緑らしいと言えばらしいのだけど。でもまぁ、十分恐ろしいことに変わりは無かった。困ってる事にも。どうしてくれんだよ、山上。思いっきり睨みつけてやると、多少肩を竦めて、憎き親友は仕方なさそうに口を開いた。フォローはしてくれるらしい。
「赤坂姉、と、赤坂末っ子。そういうのはな、あんまし聞いてやるもんじゃねぇぜ。男から女に大事な話っつったらもう一択しかねぇだろうが」
察せよ、と、山上は緑と紫ちゃんの、高さに大分差のある方を同時に叩いた。どうよ、とでも言いたげに僕に視線をやってくる。よぅし分かったよ親友、
「テメェが宿敵だぁっっ!」
「ああっ!? んだよ手前折角俺が助け舟出してやったってのに! これ以上ないフォローだったろうが!」
「ああ確かに僕の人生をここで終わらせようと目論むテメェにとってはこれ以上ない追い打ちだったんだろうなこのラスボス野郎!」
「だぁもうわけわかんねぇなぁっ。やるってんなら相手してやんぜ親友っ!」
そして大乱闘。蒼ちゃんの部屋であることすら、きっとこの時の僕たちは忘れていたんだろうと思う。決着は程なくついたし。僥倖と言えるのは、僕らが殺りあったと言うのに部屋に何ら被害のなかった奇跡と呼ぶべき状況だろうか。
そんなわけで、床に沈む山上。彼が本気で戦闘モードに入ったら、それこそ僕なんか一瞬であの世行きになるわけなのだが、しかし彼は最早誰ひとり殺す気は無く、そうやって気を使ってる状態では、加減の下手な山上のこと、僕が優勢になるのもうなずける話だった。ていうか、それを見越して殴りかかった僕である。計算高いのは美徳だ。
「さて、良くわからない決闘も終わったところで、だよ、顕正くん」
全くもって好転しない現実に涙がこぼれそうだった。
「あのね、緑。さっきのは山上の虚言癖と言うか何と言うか――――」
「御託は良いからとっとと本筋を話せって言ったんですよ、顕正くん?」
こえーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!
え、なにそれなにこれ誰これ一体何なんですか。笑っていなかった。緑の顔はなるほど一見、素敵な笑顔満面に見える。でも僕には分かる。否、きっとこれはもう、僕でなくても分かるだろう。かんっぜんにキレてる。言い逃れはできそうになかった。否が無いのに言い逃れを考えている時点ですでに大分間違っているのだけれど、いや、しかし。……ああ。
「緑」
「なんですか? 顕正くん」
可愛らしく小首を傾げて、緑が問うてくる。やっぱり、確信した通りだ。もうこの状況において、僕に出来ることと言えばこれだけである。
「お願いします、しばらく、蒼ちゃんと二人にしてください」
土下座しました。
「……そんなに蒼が良いの?」
「え」
声を漏らしてしまってから気付いた。そういやそんな話になっちゃってたっけ。目にありありと涙を浮かべて僕を見つめる緑。あまりにも居た堪れなかった。とはいえ、本当の事を言うわけにもいかず。八方ふさがりだった。どうしようか、これ。
「……顕正くん?」
さっきまでとは一転、酷く弱弱しい様子で上目づかいに僕を覗き込んでくる。ううむ、可愛らしい。でなくてだ。
「違うって」
出来るだけ優しく、微笑みかけてみた。最早どうしてとは問うまい。なるべくしてなってしまったのならば、もう何かしら対策をとるほか無いのだから。
とはいえ。さて、ここからどうしようか。…………。
秘儀・次回に続く。
混沌とした、実際作者が収拾つけられなかった回でございます。まずはお待ちくださった皆様に、大分の期間を空けてしまった事をお詫びを。わたくしめは未だ学生だものでして、定期テストとやらは待っていなくともやってきてしまうのであります。
代わりに、ではけしてなく、単純に前述の通り、作者の実力不足が原因なのですが、今回は結構分量のある回となっております。その上収拾もついていません(笑)
願わくば末永きお付き合いを。そして戻れ半年前の自分……。あの更新率、今では自分でも現実と虚構の入り混じりを疑うほどです。
それでは、長くなりましたが、感想評価等頂ければ幸いです。