【1-2】一度目のメロディ・バベット・プレオベール:6
呆然としている間に私は衛兵に拘束され、重罪人が入れられる塔へと収監された。
時間とお金をかけて仕立てたドレスは脱がされ、ぼろ布のような服を着させられ、椅子もテーブルも、ベッドすらない石造りの牢に押し込められる。
唯一の窓にはガラスもなく、格子すら嵌っていなかったが、塔の最上階なので脱出は死を意味する。
幸い手錠や足枷は着けられなかったが、鉄格子を細腕で破れるはずもない。
「……どうして……」
訳が分からない。
石の壁に背を預けて座り込むと、そんな言葉が漏れた。
その疑問に返す人間などいないはずだったが、
「己の罪すら分からないとは、呆れるな」
台詞通りに呆れたような声が耳に届き、私は顔を上げた。
私が座り込んでいる場所からそう遠くない位置に、しかし鉄格子の向こう側に、一人の騎士が佇んでいる。
短い漆黒の髪に青い瞳、精悍な顔立ちはそれなりの地位にいるのであろうことを伺わせ、しかし双眼には侮蔑が浮かんでいる。私への。
とまれ、私は言い返した。
立ち上がって鉄格子を両手で掴み、騎士を真っ直ぐに見据えて、はっきりと。
「私は何もしていません。何もしてないのに、何をどう分かれというのですか。よしんば私が罪を犯したのだとしても、弁明も釈明も聞かず、いきなりこんなところに放り込むのが正しいと本気で考えているとしたら、私が知っている騎士道は、この国から消え失せたようですわね」
「………………」
より丁寧に言葉を発したのは、ある意味当てつけだった。
僅かだが、騎士の瞳に軽蔑以外の色が浮かび、しかしすぐに険しい表情を取り戻し、そして小さく嘆息する。
彼は不承不承という体を崩さず、低い声で言って来た。
「お前は、皇妃となるナタリアーナ嬢の暗殺未遂で逮捕された。お前は婚約者のジェラルド殿下を奪われた恨みから、雇った女に毒を渡してメイドとして皇宮に送り込み、ナタリアーナ嬢の飲む紅茶に毒を混入するように指示をした。ナタリアーナ嬢は一度毒を飲んでしまったが、幸い毒は継続的に飲むことで効果が出る類のものだったから、命に別状はない。だが、だからといってお前の罪が軽くなる訳ではない。毒を入れたメイドを尋問すると、お前の命でやったと吐いた。……理解したか?」
嫌味のようにゆっくりと説明され、私は数秒考え込んだ。そして、顔を上げて言う。
「ニナ……ナタリアーナが皇宮入りした後で、私がナタリアーナを狙った理由は?」
「は?」
「ご存じでしょうけど、ナタリアーナは私の義妹で、数か月前までプレオベール家にいたのですよ。あの子は私が婚約破棄された後に館を出されたけれど、数日は猶予があった。なぜ今頃になって、ナタリアーナを狙うのですか?」
「それは……」
騎士の顔に迷いが生まれ、しかし即座に眉尻が吊り上がった。
「ナタリアーナ嬢は……懐妊している。お前はジェラルド殿下を一旦諦めたものの、それを知って復讐を考えたんだろう」
なんと、早くもナタリアーナはジェラルドの子を孕んだらしい。
それには驚いたが、騎士に質問を投げる。
「離れて暮らしている私が、どうやってあの子の妊娠を知ったというのですか」
「手先のメイドから報せを受けたんだろう?」
「『知らなかった証明』は出来ないから、想像したい放題ですわね」
「五月蠅い!」
私の呆れから出た台詞に、騎士が僅かに頬を染めた。
先程騎士道云々と言ったので、それなり以上に誇りを持っているらしい。だからこそ、私の言い分に少なからず分があるのが悔しいのだろう。
さておき、騎士は私を論破出来る材料を欲してか、追加で情報を出した。
「ナタリアーナ嬢の紅茶に混入されたのは、妊婦に――特に赤子に影響が出やすい毒だった。その毒の特殊性から、それを作れるのは専門家だけ。普段薬や毒を研究しているお前なら、用意も容易かっただろう」
「確かに、プレオベール家の私なら可能かもしれませんわね。ですが、そんな毒を使えば、私の仕業だと馬小屋の番人すら気付きますわ。毒の混入事件が起きるまで、メイドを忍び込ませたことを微塵も悟られない程に慎重に動いていた私が、いざナタリアーナを害する段に、何故そんな愚かなことをするのでしょう?」
「それは……嫉妬に狂うあまり……冷静さを失って……」
騎士がぼそぼそと返した台詞に、私は半眼で肩を竦めた。
「冷静さを失っているのは、パーティ会場で晒し者にするかのように衆人環視の中私を重罪人と決めつけ、裁判すら通さずこんな所に拘束する、皇家ではありませんの?」
「ぐ……」
私の嫌みに、騎士は歯軋りをして拳を握った。
憤死しそうな顔色だったが、執念深く彼は言って来た。
「言い訳は止めろ。お前が毒を準備したという証拠もあるんだぞ」
「どういう証拠ですの?」
「お前が管理する温室で、今回使用された毒を抽出出来る、毒草が植えられているのを見つけた」
「その毒草の種類は?」
頭の中でいくつかの毒草を浮かべながら問うと、騎士は顎を持ち上げて嘲笑を見せる。
「お前が育てたんだから、聞くまでもないだろう」
「お話になりませんわね。死刑囚だってもっとマシな扱いを受けてますわよ」
「………………」
騎士はまた顔を真っ赤にして、しかし毒草の名を口にする。
それは、実際私の管理下にある毒草の中に含まれていた。
とはいえ、薬は使いようによっては毒になり、毒もまたしかり。人を害する為に育てていた訳ではないし、それに。
「その毒草があったのは、どこの温室でしょうか?」
「?」
私があえてゆっくりと言うと、騎士は小首を傾げた。
本当に意味が分からなかったのだろうが、やはり、と私は思う。
「医術を誇る我がプレオベール家が、危険な毒草をそこらの温室で育てると思いますか? しかも、薬草と一緒に?」
「まさか……」
冷静さは欠いていても頭は悪くないらしく、騎士は私の台詞で察したらしい。
「温室は一つじゃないのか……?」
「ええ。比較的入ろうと思えば誰でも入られる、プレオベール家本館の温室では、入手も安易でそう珍しくない薬草を育てていますが、貴重な薬草及び毒草、そして取り扱いに注意しなければいけないものは、警備を厳しくした、更には限られた者しか知らない場所……別館の温室で育てております」
だって盗人に盗まれでもして、管理不行き届きで罰せられてはたまりませんから。――と言い添えると、騎士は僅かに顔色を悪くした。
その表情だけで充分だ。
「発見されたという毒草は、どこに植わっていましたか?」
「……プレオベール家の……温室だ。別館ではない……」
私の質問に、悔しげに、しかしはっきりと騎士は言う。俯きながら。
「本館の温室で育てられている他の薬草と比べれば、使用された毒草とは明らかに種類が違うと分かるはずです。薬草・毒草に詳しい者を同行させて、もう一度調べられてみては?」
「………………」
「勿論、別館の温室を見られるのもいいかもしれませんわね。いずれにせよ、別館の存在を知らない誰かが、今回の事件に介入したのは間違いなさそうですけど」
「………………」
とうとう黙り込んでしまった騎士に言うだけ言って、私も口を閉じた。
ここまで言っても私が毒殺を目論んだ首謀者だと言い張るなら、これ以上何を言っても無駄だろう。
が、騎士は顔を上げて数秒だけ唇を噛み、それからきっぱりと言った。
「ジェラルド殿下に報告し、再調査する。……失礼する」
そう言って騎士は身を翻し、しかし即座に立ち去りはせず、低い声を出す。
「……後で兵士に毛布を持って来させる。水と食事もだ」
「……えっと……ありがとうございます」
私が言うと、彼は振り返りもせずに階段を下りて行った。