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悪役令嬢物語  作者: 東雲野乃
【1】 あなたが望んだ悪役令嬢
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【1-1】二度目のメロディ・バベット・プレオベール


 政略の為に結ばれた婚約だとしても、私は彼を愛していた。


 愛のない結婚生活を送りたくなくて、愛するように努力した結果だとも言えるが、それは私の婚約者、ジェラルド・エミリアン・ボワヴァンという男性が好ましい人物だったから出来たことである。


 炎を連想させる深紅の波打つ髪を持つ私とは対照的に、ジェラルドは輝く金糸の髪を持つ、見目麗しい男だ。背の中程まで伸ばされた金色は、彼が白銀の剣を振る度に踊り、白刃と共に光を周囲に振りまいた。

 この国で淑女が『王子様』を思い浮かべれば、真っ先に彼を脳裏に浮かべたろう。


 実際ジェラルドはこの国の第一皇子で、いずれは王と成り得る資格を十二分に持つ、知と武、そして美を兼ね備えた、完璧な男だった。

 プレオベール家の長女である私、メロディ・バベット・プレオベールという婚約者がありながら、その妹、ナタリアーナ・バベット・プレオベールに懸想するまでは。


「君には、申し訳なく思っている。だが、自分を偽って結婚するのも、君に対する裏切りだと思った。だから……」

「お姉さま、ジェラルド様を責めないで下さい! 私が悪いんです! お姉さまの婚約者だと知っていながら、この人を想うことを止められなかった私が……!」

「ああ……ニナ……」


 私の前で並んでソファに座っている二人は、熱の籠もった視線を交わし合って、身を寄せ合う。

 私がいなければ、ここでおっぱじめるんじゃないだろうか――。

 他人の性行為に興味はないが、姉の婚約者を寝取るような度胸を持った妹が、どのような手管で男を篭絡したのかは興味ある。


 * * *


 ここで軽く、私の妹について書いておこう。


 私より三つ年下、十六歳のナタリアーナ――通称『ニナ』は、義妹である。

 私の父であるプレオベール侯爵が、血気盛んなお年頃に手を出したメイドが妊娠し、そして生まれたのがナタリアーナ。妾腹の子。


 権力がものをいうこの世界では、特に珍しい話ではない。むしろ、己の愚行の責任は取ろうとナタリアーナを引き取った父の対応の方が珍しかろう。

 正直そこだけは感心したが、ナタリアーナの母親であるメイドが病により早世していなければ、ナタリアーナを引き取ったかどうか。


 ナタリアーナの母親は、妊娠を父に告げずに姿を消し、そして一人でナタリアーナを産み育てた。お前の父親は高貴な人なんだよ、と御伽噺代わりに毎夜ニナに語りながら。

 貧しい生活から逃れることなく、誰にも頼ることなく、ナタリアーナの母は娘一人を残して天へ旅立ったのだが、一人ぼっちになったナタリアーナが、プレオベールの屋敷の門戸を叩いたのは、賢い選択だったと思う。


 私とは対照的な、綿菓子を思わせるふわふわの桃色の髪、軽く掴んだだけでぽきんと折れそうな華奢な手足、血色を失った青白い肌。そしてすり切れた粗末な服を着た小さな子供が、雪の中震えながら頼って来たとして、誰が追い返せるだろうか。

 だから私は、突然出来た『妹』を快く受け入れた。愛する努力をした。それは同情心からだったが、ないよりはマシだろう。


 そのないよりもマシだった同情心は、ナタリアーナがプレオベール伯爵を訪ねて来てから十年の間に、いつしか本物の情になり、そして家族愛になり、今は憎悪と化している。


 * * *


 私が悪い、いや俺が悪いのだ、と罪を被ろうと言い合う男女の姿を、私は冷静に観察する。

 何故かと言うと、この光景を見るのは二度目だからだ。


 一度目の生で、私は殺された。

 私の妹、そして略奪者であるナタリアーナ・バベット・プレオベールに。


 私が妹として愛したように、ナタリアーナも私を姉として愛してくれていると思っていた。

 だが、あの日しんしんと降り積もっていた雪のように、ナタリアーナが私の妹となるまでの人生の中で、彼女の中では雪と同じく冷たい、そして雪とは異なる真っ黒な何かが積み重なっていたのだろう。


 だから彼女は、私の全てを奪った。

 婚約者だけではなく、命までも。


 * * *


「お話は、分かりました。婚約破棄及び、ナタリアーナとの婚約をお望みということでよろしいでしょうか?」


 私が静かに言うと、ナタリアーナとジェラルドはそろってこちらを見た。

 予想していた反応と違ったのかもしれない。

 というか、私が前の人生でした反応が、彼らの望む振る舞いだったのかもしれない。


 涙を流して肩を震わせ、ジェラルドを不貞の輩と罵り、ナタリアーナを売春婦だと誹り、更にはテーブルの上のティーセットを破壊した。

 彼らの行いに対してそうする権利が私にはあるというのに、彼らは私が化け物であるかのように見た。


 いや、そう私を見たのはジェラルドだけで、彼の腕に守られたナタリアーナは、もっと違うものを込めた視線を私に投げた。


 優越感。


 一瞬で消えたそれは、勘違いではなかったと思う。

 それが確信に変わったのは、私の腹部を剣が貫いた瞬間だったのだが、それはさておき。


「そ、そうなんだが……許してくれるのか?」


 私の台詞に、ジェラルドがおずおずと言って来る。悪戯をしてしまい、恐ろしい父親の叱責を待つ少年のようだが、生憎可愛らしいとは思わない。

 ただ愚かな男だとしか。


「お二人の心の繋がりがそこまで固いのでしたら、私が割り込む余地などないでしょう。ですが、あくまで私は受け入れるというだけで、お父様がどう思われるかは分かりません。お父様への釈明は、そちらでお願いいたします」

「あ、ああ。それは勿論」

「まあ恐らく、私は承諾済みだと言えば、お父様もそう厳しくはしないかと」


 所詮愛のない婚約でしたし。

 そう続けると、ジェラルドは眦を下げた。少し悲しそうな顔をしたが、どの面下げて。


 顔には出さずにいた彼らへの軽蔑が隠し切れなくなりそうだったので、私は静かに立ち上がり、そして扉へと歩を進めた。

 しかし、三歩進んだところで足を止め、顔だけをジェラルドとナタリアーナに向ける。


「一つ、お願いが。……いえ、ご忠告と言った方がいいかもしれませんが」

「な、なんだ?」


 私の声に含まれた冷えを感じ取ったのか、ジェラルドはびくりと身を震わせて、恐らく反射的にナタリアーナの肩を抱き寄せる。

 その様を数秒だけ無言で眺めてから、私は言った。


「婚約相手の変更を承諾したとはいえ、形式上ではジェラルド様の婚約者は私です。お父様に話を通し、そして婚約破棄と婚約の結び直しを公の場で発表するまでは、ナタリアーナとは節度を持ったお付き合いを、お願いいたします」

「それは……」

「それとももしかして、今日この場で私に話す前に、ナタリアーナと()()を持たれたのですか?」


 私が言うと、途端にジェラルドは首をぶんぶんと振った。


「そんなことはしていない! そんな……淫らなことは……」

「でしたら、それをお続けになって下さいまし。愛し合う二人には酷なことではあると思いますが、私に対して少しでも悪いと思われているなら、その証明として、ささやかなお願いを聞き届けて下さいますよう、お願い申し上げます」

「も、勿論だ!」


 大きく頷くジェラルドに、私は小さな笑みを投げて、応接室から退室した。

 背後で扉が閉められ、愛していた二人と断絶された空間で一人になる。

 演技とは異なる笑みが、私の顔に広がるのを感じた。


 種は撒いた。



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