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折り神と御霊の冬至(参)


「ふむ。随分と若い娘だな。」

「…昔は、ほとんど居なかったんだけれど。最近は。」

 私は言葉を切ると、突然歩き出して叩きつけるように、折紙を箱に入れた女の子の元へと駆け寄った。

「ふむ…。」

 後ろからついてきたらしい梅神様が、険しい顔で箱に入れられた折紙の形状を眺める。

『…。』

 俯いたまま、喋ることもなく怒りに肩を震わせ、泣いている女の子。手を背中に当てて、さすってあげるが此方こちらに気づくことのない相手には、効果があるようには思えなかった。

『此処に来てまで、形を決めろって言うの?』

 何度となく聞いた言葉に、思わず手の動きを止めてしまう。身体を強張らせたまま、動かない私を見かねたのか、梅神様が箱の中の折紙を手に持った。

「なるほどな。折紙の形を決めることが出来なかったから。折らずに、箱に入れたのか。」

「このぐらいの年齢の子達は、皆ではないけれど…。折ることが出来なくて泣いてる子が多いの。つい、何十年か前まではそんなことなかったのに。」

 流星群りゅうせいぐんが飛び交い、星螺せいらで繋がれた人生。濁世じょくせ餞別せんべつを求められる事が後を絶たないのか。白銀の制服を凍えたように脱ぎ捨てることもできず、彼女は身を震わせながら泣いていた。言霊ことだまが大気中の雨粒を全てさらってしまうことが出来るように、彼女の悲しみも総て消し去る方法があればいいのにと、唇を噛み締めるが何も思いつかない。

 彼女以外にも、何人もの折り紙を折れなかった待ち人達を思い出し、私は思わず梅神様の梅柄の着物の袖を握っていた。

「仕方ない。儂が、この娘を喜ばせてやるとするか。」

「え?」

 私が、梅神様を見つめると、彼女はひらひらと折られていない、ただの千代紙を目の前で振って見せた。

「ヒントは、このむすめが与えてくれているようだからな。後は、儂が頑張ればいいだけだ。折ちゃんは、友人であり美味しい大福を御馳走してくれた貸しもある。一肌脱ぐとしよう。」

 そう言うと、間髪入れずに彼女は紙を私に預けて、口元に当てた手に息を吹き込み、ぱっと空中に放るような仕草をしてみせた。それと同時に、雪の降るような冬の日には似つかわない桜色の花々が、少女の周りに散り始める。私は、零れ落ちた花弁かべんの一枚を手に取ると、隣で満足そうに見上げてくる梅神様を見つめた。

「千代紙をよく見てみるといい。彼かの娘は、形は決められなかったようだが。どうやら好きな柄を決めることは出来たらしい。何となく手に取った物であったとしても、この社に来るような者だ。選んだものすべてに意味はあるだろうと思ってな。」

 その言葉を聞き、慌てて立ち尽くして泣いていた少女の方を見ると、彼女は泣くのをやめて降り注ぐ無数の花びらをじっと見つめていた。

『…。』

 しばらくの間、無言が続き。私と梅神様も思わず互いの手を取ってしまう。

たまには良いこともあるのね。』

 女の子は、それだけ呟くと長い髪に花びらを纏わせながら、鳥居の向こうに去っていったのだった。


「ありがとう。梅神ちゃん。」

「いいや。これほどの苦労を背負った友人が居るのだから、少しは手を貸させてくれ。」

 もう一度、縁側に座り直すと火鉢で温まっていた梅神様が、にこにこと笑いながらそう言った。

「まあ、あの子が選んだものが梅柄の千代紙だったら良かったものを。桜柄だったからな。花は梅のままだが、色だけピンク色に変えたんだ。気合で。」

「そうだったの…。」

「気にしなくていいからな?最後まで笑いもしないような娘だったが、まあ降り注ぐ花には見とれていたようだったから。儂も良かったと胸をなでおろしたよ。」

 私は、隣に寄ると梅神様と共に火鉢に当たった。

「梅神ちゃんは、私が今まで、ずっと気づけなかった事を気づかせてくれたわ。本当にありがとう。」

 此方の声は届かず、ただ待つばかりの私は訪れた人々の折紙を受け取ることしかできない。けれど、その折紙は徐々に折られることさえ無くなっていって…。それでも確かに彼らが唯一、私に託した物は存在している。私は、一つの折り目もない桜柄の千代紙を大切に巾着袋にしまったのだった。


「さて、儂ももう行かないとな。」

「ええ。また来てね。」

 そろそろ帰らないと、若木達が騒ぎ出すらしく、空が橙に染まりだした頃に彼女は帰り支度を始めた。雪神様よりも共にいた時間は少ないが、彼女とはこの二、三百年の間に誰よりも深い、友情を築くことが出来たと思っている。少女は、そんな私の想いに答えるように、ぎゅっと抱きしめてきてくれた。

「必ず、冬至の前には主の傍に行くからな。残念ながら、儂は場に入れるほど力の強い神ではない故。あの雪神と共に陰ながら見守っていよう。」

「ええ…。ありがとう。」

「折ちゃんの神としての務めが終わったら、三人で何か鍋でも囲もうではないか。どうせ、しばらく時が経てば年の瀬だしな。無論、食事の支度は全て奴にやらせよう。折ちゃんは、務めの事だけ頑張って。後は、儂らと適当にやって居ればよい。」

 私がこくりと頷くと、ほっとしたように梅神様は微笑んだ。

「ではな。」

「ええ、気を付けて。」

 今度こそ、赤く色づいた梅が彼女を囲んで姿を消し去る。長く付き合っている神様二人の優しさが身に染みて、心の奥が暖まる瞬間を感じた。

「…あの女の子にも、この気持ちが分けられたらいいのに。」

 どうにもならないことではある。けれど、ふと思ってしまったことを私は、斜陽に畳が色を変える時に流すこともできずに、もう見えない鳥居の向こうに去っていった少女の背中を見つめ続けていたのだった。



ただ過ぎに過ぐるもの。

帆かけたる舟。人の齢。春、夏、秋、冬。


清少納言 出典(枕草子:二四二段)

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