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折り神と御霊の冬至(弐)


冬はつとめて。

雪の降りたるは、言ふべきにもあらず。

霜のいと白きも、またさらでも、いと寒きに、火など急ぎおこして、

炭持てわたるも、いとつきづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も、白き灰がちになりて、わろし。


清少納言 出典(枕草子:一段)



 雪影ゆきかげに降り立つ月の人は、やがて世界に灰が降ることを予見した。雲は世界の変貌を受け入れ、神はそれに合わせることしかできないのだと。細く透き通った飴玉を口で転がせば、刹那の痛みが走るように、涙ではどうにもできない現状に心は砕かれていくのだろう。


 俗世ぞくせは、渦中かちゅうに咲いては消えていく牡丹ぼたん聡明そうめいさを忘れてしまい、その鮮やかさばかりに心を奪われたのか、と。真鍮しんちゅう抜刀ばっとうした精神さえも、いずれは私の命を絶たせるものになるのだろうか。この社で、靄に隠れて頭だけを出した山々と、雲海うんかいを抜けて陽を浴びせる太陽しか知らない神には、何も分かるはずがなかった。


「おお!大福ではないか。わしにもくれ!!」

「大丈夫よ。梅神ちゃんの為に、作ったものだから。」

 赤い瞳をキラキラと輝かせ、彼女の為に作った大福にかぶり付く梅神様うめがみさまを見て、私は思わず笑みを浮かべていた。元気に、ツインテール?という髪型しているらしい、艶やかな黒髪をぴょこぴょこさせている姿は、自然と見る者を笑顔にさせる。少し、うつらうつらしていた昼時ひるどきに、突然の来訪ではあったが、こうして彼女が嬉しそうに大福を食べる姿を見ていると、幸せな気持ちが舞い込んでくるのを感じていた。

「突然すまなんだ。儂の住む山に、ぬしの友人が雪を降らせに来てな。目の見えん、あ奴を案内してやったというのに、主に会えたことを自慢してくるものだから。気づいたら、ここにきてしまっていたのだ。許してくれ…。」

「いいのよ。私も少し、暇をしていた所だったから。」

 そうかそうかと、頷いては大福に齧りつく少女を見守り、幸せな気持ちに浸っていたが、ふと袖に入れている巾着袋を指が霞かすめ、影が心中に落ちるのを感じた。

「ん?どうしたのだ?」

「え?」

「ふむ。また、儂らの知らない間に客が来たのだろう。」

 勘のいい彼女は黒い袴についてしまった、大福の粉を払いながら私の顔をじっと見つめてきた。

「そうね…、昨日はライオンの折紙を持った、お爺さんが来たわ。お孫さんが、好きだったそうよ。ライオン…。」

 腰を曲げて、しっかりと儀礼に沿った挨拶をしてから、孫が好きだったんだ…という呟きと共に置かれたライオン。貴重面に折られていて、きっとお孫さんに何度も折って欲しいとせがまれたのだろうと分かるほど、れたライオンだった。

「そうなのか。」

 お爺さんまで来るなんて、世も末だ。そう呟いた梅神様は、伸びをすると私の肩に頭を預けてお喋りを始めた。

「儂ら、梅神の寿命なんぞ数百年程度だが、それでも最初に折ちゃんに出会った頃なんて、この社に頭下げに来る人は、ほとんど居なかったはずだからな。人間の時間感覚で言えば一日に三十人くらい来ていることもあるわけか?まあ、儂らは神だからそんなに頻繁に来ているような感覚は、ないのだけどもな。」

「…。」

 きっと、彼女に出会った数百年前と、今では確かに世界は大分変ったのだろう。そのせいで、この社に訪れる人も…。基本的に、この社を出ることがない私は訪れる人々の数と友人として側にいてくれる何人かの神から聞いた事ぐらいしか知らないのだが…。

「梅神ちゃんはどう?雪神様も、他の神様達も大変そうにしていたから…。」

「うむ…。正直それほど変わりはないな。他の神と違って、直に物事を操ったり、大きな力を持つわけでもない。儂は、ただ梅の木に宿っているだけの存在だからな。それでも、今はと言うだけで。そのうち儂らにも打撃が来るだろうよ。」

 天候を司るような神々が疲れてきているのだから、確かにそうかもしれない。私が頷くと、やれやれと言う様に彼女は首を振った。

「まったく、これでは神が居なくなるのも時間の問題だな。」

「そう…ね。」

 少し重たい空気になってしまった。その雰囲気に気が付いたのだろう。空気感を振り払うように、梅神様は天真爛漫てんしんらんまんに笑って見せると、ごろりと私の横に転がった。

「それにしても、折ちゃんは本当に美しい神だな。私の周りにいる木々に宿る神達など皆、うるさくて居られないし、古来の慎ましさなど何処かに置き忘れてきているからな。若木(ゆえ)、仕方ない所もあるのだが。」

「そうね。若い神様達は…何というか、とても現代的なのかしら?」

「正直に煩いと言ってくれて構わんぞ。此処には儂と、折ちゃんしか居らぬからな。この間、初めて鉢合わせたが電波神でんぱしんとか言う奴は、礼儀も知らずに我が道を歩いて行ったからな。あまりに奇抜な姿をしていて、見た時は恐れ入ったよ。」

 そんな神もいるのかと驚いて彼女を見ると、少女は座り直して私の腕にくっついてきた。

「あのような奴…、まあこんな山奥にはいないだろうが。折ちゃんには会わせられんな。虹彩のない透明な瞳や、真っ白な髪に儚げな主を見たら何をしでかすか分かったものではない。」

「…不思議な神様もいるのね。でも、きっと時代の変革で新しく生まれて、苦労している子では、あるんじゃないかしら?自然の状態から目覚めた神々は、己の役目を最初から導きとして知っているけれど、その子はきっと…。」

「ああ。知らないだろうな。」

 少女は膨れっ面で、頷きながらも私の顔をじっと見つめてきた。

「そのような存在。生み出す方が罪だと思ってしまうが…。儂の考えは、狭量きょうりょうか?」

「いいえ。私も、どうしたって梅神ちゃんと同じように思ってしまうわ。けれど、既に生まれたものに、罪はないのよ。先駆者せんくしゃが、彼等を導くしかないのだから。」

「…主が言うと様々な意味に捉えることが出来るな。」

 彼女は、何か考え込むように唸っていたが、ふと鳥居の方に視線を向け、目を細めた。

「しかし、一旦。この話はしまいだな。折ちゃんに客が来たようだ。」

 私も少女が視線を向けている方を見る。そこには、高校生くらいの髪の長い女の子が立ち尽くしていた。



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