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欠月

作者: 好きに性

ヒトはみんな欠けている。

  ならば、「       」。











   第一章 深津 観月



自分の人生に意味はあるのだろうか。


この疑問はだれでも一度は考えたことのある疑問だと思う。こんなマイナスって言ったらあれだけど消極的なことを考えるってことは結構自分にとってつらいことがあったり、自分に自信を無くしたりしちゃったりするんだろう。かくいう僕もこの質問について考えている最中だった。つまりは、結構つらくて自信を無くしちゃう状況だった。というのも、クラスで僕の悪口を言われているのを聞いてしまったからだ。あいつは調子に乗っているだとか、そんなに面白いこと言ってないだとかそんなところだったが割と刺さった。なんてったって高校生だ。たぶんこういう場面に遭遇することは人生で数回はあるんだと思うけれどたかがただの高校生で、強くないメンタルの僕には刺さった。中でも、あいつは人を馬鹿にすることで笑いを取っているだけであいつ自身は大して面白くないよなとかなんとか。ふうむ、納得納得。うるせええな!って教室のドアを開けてやりたいところだがあいにく僕にはそんな度胸はない。こういう時にはそいつらのいないところでそいつらの悪口をめいっぱい言ってやりたいところだが、友達といえる友達もたいしていない。いう相手がそもそもあんまりいないのだ。はあ、つまんない。本当にくだらない。僕は忘れ物を取りに教室に戻ったものの、こんな状況で教室に入ることもできず僕は歩き始めた。廊下は、窓から夕焼けの光がさしてオレンジ色に染まっていた。イライラする。あいつらにも自分にも。最近こんなんばっかだな。ここに青春なんかはない。僕の人生に青春なんかはやってこない。自分の人生に意味はあるのだろうか。最近寝ても覚めてもこればっかり。考えてなくてもそこにある。脳裏にずっとあって忘れられない。つまらないな本当に。胸躍るようなことがあっても、ワクワクしたりしてもそれが何の意味も持たないことを心のどこかで知っている感覚。一人で帰る道はとても長くて広かった。




寝て起きると、前の日までに起きた嫌なこともだいたい忘れられるのが自分のいいところだと思った。いや、そうでもなかった。学校行きたくねえなあ。心の底から思う。さすがに昨日の今日で完全には忘れきれず行きたくはなかった。仕事へ行こうとしている母親が目に入った。母親に言ってみるか。・・・言えなかった。高校生とか中学生ってその辺の友達事情とかをめちゃくちゃ相談したくないと思う。だって何かめっちゃいやだろ。夜、自分が起きちゃってふとリビングから声が聞こえてきて両親が自分の学校でうまくいってない話をしてたりするのは。たぶん絶賛反抗期中なのも影響してるな、うん。仮に、学校にこっそり行かなかったとしてどうなるのかというと親に連絡されてその日の夜に怒られたり、何でいかなかったか聞かれたりするんだろうな。絶対避けたい。めんどくさい。こんなことを考えて自転車を漕いでたら学校に着いた。着いてしまった。しかも今日の自転車担当(自転車の駐輪場にいて挨拶したり、学校指定の自転車であるか確認する教師)は担任の教師だった。つまりは、今からでもバックレてやるかと思ってた僕の淡い反抗心は吹き飛んでしまったということである。さながら・・・。いい例が思いつかなかった。やっぱり少し悲しかったからかうまく頭が回っていない。気のせいかな。教室到着。ドアのガラス越しには、ほぼクラスの全員がいる様子が移っており余計入りずらかった。止まっていても変だ。ドアを開ける。教室のドアを開けるときの音って結構響くよね。古い学校だからかな。席に着くと、よく話す友達?が話しかけてくれた。てかこいつ昨日俺の悪口言ってたやつじゃねえか。すげー笑いながら僕に話しかけてくる。こんな奴は友達じゃねえか。何考えてんだこいつは。いつもよりは、静かなつもりで一日を終えてみたつもりだった。下手なこと言ったりしたりして余計なクラスの自分の好感度を落としたくなかった。もうこれ以上自分の居場所を減らしたくなかった。はなから僕の居場所なんてないか。ていうよりも今日はそもそもクラスの話題やら視線やらが僕ではなく別の存在に向けられいたことが大きかったかもしれない。名前は、深津ふかづ) 観月みづき)。いわゆる不登校だった。いじめられたとか問題を起こしてたとかいろんな噂が立っていてしばらく学校に来ていなかった彼女が久々に学校に来たもんだから今日は、みんな僕になんか興味もない。彼女は、新学期が始まってすぐに転校してきて二、三週間してから不登校になって学校に来ないまま一学期を終えていたので、二学期半ばの今日学校に来たのはかなりの衝撃がクラス中にあった。僕は、自分がクラスでの好感度を下げないことを考えていたが逆に、クラスの皆様が深津ばっか見てて僕を見ていない状況に虚無感を感じていた。うおい、俺を見ろや!とまではいかないけれど嫉妬していた。彼女は、金髪ロングに制服を着くずしていて結構な美少女だった。セーラー服の上に学校指定のジャージを着ていて俗にいうヤンキーのようだった。目つきは結構鋭くて学校で誰かと話しているのを見たことがない。休み時間は机に突っ伏していて寝ていて授業中もそんな感じだった。たまに顔を上げたかと思うと教師を睨むようにじっと見ていた。同じクラスの男子高生としてはすれ違うと目で追ってしまったりだとか、割と気になってる部分があった。何ていうか周りを寄せ付けないっていうか。周りに対しての興味が薄そうな感じがいいなって思う。多分僕自身との対比だな。周りの目が気になってダサい自分といかにも自分は他の人間なんてどうでもいいって思ってそうな彼女。太陽と月だ。いや違うか、うまく言えてないや。まあそんな感じで一日中割とクラスの目線を集めていた彼女だが目立ったこともなく一日を終えて今に至る。また、帰路についていた。そう、友達がいないと帰るのが早いね。今日帰りどっかよってかね?とかはない。あ、部活ももちろんやってないです。全国優勝!とかもない。つまりは、帰宅部で友達いないので暇なだけだった。でも、自転車に乗って風を切るのは気持ちいいな。家から学校まで自転車で40分弱。それなりに距離はあって嫌になるときもあるけれど自転車通学は結構楽しい。大きな坂の上にある高校なので、帰りは、自転車で海が見えながら坂を下る感じだった。すごく気持ちいい。このまま、めんどくさい人間関係だとか、つまんなそうな将来なんかもまとめて吹き飛んでしまえばいいのに。夏の風はとってもきもちいい。そんなことをひとしきり思った後、少し深津のことを思い出していた。あいつなんで、休んでんだろ。他にも学校には、不登校の生徒はいたけど、なんとなく理由は噂の中でははっきりしていた。いじめられてとか、家庭環境とか、それこそ人間関係とか。中高生っていうのは結構繊細な生き物でちょっとしたことでテンションがとても上がったりすごい傷ついたりする。僕だってそうだ。でも、深津だけは全くと言っていいほどはっきりしていなかった。ふむ、何か特別な理由があんのかな。信号を待って橋を渡ろうとしたら橋の下のスペースから声が聞こえてきた。小さい声で、よく聞かないとわかんなかったが聞こえる。僕の場所からは影だけが見えてどうやら一人で誰かがいるようだった。何してんだ?まあ誰でもいいか。よし行くか。


「バキュキュルル」何の音だと思う。パンクして壊れたタイヤの音だ。


あ、タイヤパンクした。気づいた時には僕は焦って姿勢を崩して転び始めていた。あーやばい。これは・・やばい!そのまま橋の下まで僕は転がっていた。膝が痛ってええ・・。。絶対すりむいてんだろ。制服も少し汚れた。雑草の上を転がっていったからちょっとワイシャツが緑色に染まっていた。まじやらかした。あ・・・目が合った。下にいたのは深津だった。深津は猫をだっこしながら目を丸くしてこっちを見ていた。ていうかすごいこっち見てた。ていうかこいつから見ると俺ってこの状況かなりダサいのでは?あ、猫が逃げて行った。

「・・それ、大丈夫・・・?」

「え、ああ、痛いまあまあ。」

「・・ズボンまくって。あ。血でてるよ。拭いたほうがいいよ。ハンカチかなんか持ってないの?」

深津は俺の擦りむいた膝を見つめながら前かがみで近づいてきた。

「ティッシュならある、はず、、」

ポケットにティッシュがうしろのぽっけに。ってまじか。出てきたのはティッシュのビニールだけだった。ああ今日の昼鼻かんで使い切った。

「・・はい、これ使って。」

と、深津は真僕の惨状を察したのか真っ白なハンカチを渡してくれた。・・白いのは使いづらいんだけど。血の色がついちゃう。

 「あーごめん。でもこんな白いのは使っちゃっていいの・・?」

深津はくすくす笑いながらいいよといった。ごめんと謝りながら血を拭くと、これも使ってと絆創膏も渡してくれた。神か。というより冷静に考えるとこれってすごいださくないか。なんだか急に恥ずかしくなってきた。

 「・・・ごめんまじありがと。超助かったわ。」

 「あー全然いいよ。手当できてよかった。てか、自転車大丈夫?」

深津が指さしたので後ろを振り返ると僕の自転車は籠が外れてしまっていた。あ、チェーンも外れてる。現代アートみたいに僕の自転車は折れ曲がってた。まじかよ。まじかよ。まじかよおおおおお・・・。

 「・・・おおお。まじかあ・・・。」

萎えた。これからどうしようか。漕いでいくにはもう結構きついんじゃ・・。まずチェーン直さなきゃ。ってかペダルも少し曲がってんな。

 「それさ、大丈夫なの?」

「・・帰りは漕いで帰んのはむりかな。まあチェーンだけでも・・ふん。ふん。」

チェーンだけでもといったがまずそのチェーンが動かないのだが。どれどれと深津もかがみがら隣にかがんだ。ふんわりと髪の毛からいいにおいがしてドキッとした。僕らは自転車を少しずつ直しながらなんでもないような話をし始めた。

 「てかさ、何で深津はここにいたの。」

 「・・さっきの猫ちゃんがいたから遊んでたの。・・いいでしょ別に。」

頬を少し赤らめながら目をそらして恥ずかしそうに言った。かわいい。話してみると深津はかなり気軽に話してくれて結構話しやすかった。普段の寄せ付けない感じはなく、鋭い目つきは細長く優しい目だった。学校での寄せ付けない雰囲気を知っている僕からするとかなり意外だった。なんていうかいい意味で飾らないっていうか。僕らは、しばらく先生のうわさ話だとか学校のくだらない話をしたりしていた。もう二人とも座りながら自転車を直すのを辞めていた。だらだら流れる川を見ながら話していた。

 「つーか、初めて喋ったくね?俺ら」

「そーだね、あたしそもそもあんま学校いないしねー。」

あ。やべ。地雷だったか不登校のやつにあんまり話したことないよねっていうのは・・・無神経。深津はなんだか寂しそうというか遠くを見るような目でこっちを見て苦笑いしながら言った。

 「・・まあ学校なんて大して意味ないもんね。別に行ってても行ってなくても大して変わんないでしょ。

気まずくなった雰囲気を取り返そうと何とかフォローを試みたが失敗だったか。

「・・・あんたは何のために学校に行ってるの?この時間に帰ってるってことは部活もしてないんでしょ?あたしが学校に行ってないのはねー、意味を感じられないからかな。大それたことでもないけど。・・・あたしはヒトより意味がないって思ったときに辞めんのが早いんだと思う。意味が欲しいんだよね。例えば、あの高校の先生達とか親に期待されているような求められているような人生を歩むことに嫌気がさしちゃうんだよね。意味がないよ多分それには。だって誰かに行ってほしくて高校に行くっておかしくない?少なくともあたしには、高校に通う意味がないんだ。・・だからいかない。」

橋の下を流れる川を見ながら彼女はつよくいった。迷いなく一切のためらいなく言った。僕はすぐには何とも言えず少したじろいだ。

 「・・なんかいいなそういうの。かっこいいななんか。」

彼女は僕に触れられたくないところに触れられて少しムキになったようにも見えたが多分そこに嘘とかはなかった。

「・・・からかわないでよ。逆にあんたはあの高校に何のために行ってるの?」

からかっているつもりは全くなかったが深津はは少しむっとした表情をしてから聞き返してきた。僕はじっくり考える。こいつの考え方は決して大人ではなくどちらかと言ったら子供のわがままにも見えた。だって自分で意味ないことってわかっててもやんなきゃなことだっていっぱいあるだろ・・。なぜか俺には魅力的に映った。意味か。考えたこともなかった。高校に行く意味。生きてる意味。周りに合わせる意味。誰かのために生きる意味。意味ってそんなに重要なのかな。意味がないとどうなるんだ。

 「僕が学校に行ってるのは・・・わかんない。そんなこと考えたことなかった。」

うまく答えられなかったのを誤魔化したかったからかもしれなかったが、その言葉は自分でもびっくりするくらい腹の奥底からすんなり出た。

「・・てかさ、意味がなかったらどうなるの?もしさ、もしだけど今やってること全部に意味を感じられてなかったら・・そしたらそいつの人生には意味がないってことになるのか・・?」

「あたしはそこまでは言わないよ。でも、自分で意味を感じれない何かをし続けるのは限界があると思う。」

僕は、下を向いていた。結構伸びた前髪が視界を遮って鬱陶しかった。・・何なんだよ。その後は、またどうでもいいような話をして五時の町内アナウンスが流れて僕達は別れた。僕は壊れた自転車を押しながら帰った。茜色に染まった町の中で僕の影はずっとずっと伸びていた。


 それから、僕らは学校でもたまに話したり、お互いを見つけると声をかけたりするようになった。深津は前より学校に来るようになった。特にあの橋の下で彼女はよくあの日のように猫と遊んでいて僕はそれを見かけてはそこに行って声をかけた。彼女は学校に来たり来なかったりしていて来た日には必ず放課後は橋の下にいた。彼女が学校に来た日には僕も橋の下に行った。彼女のセリフはガキの戯言だった。同じクソガキ目線でもそう思ってしまうほどに。俺たちはまだまだ青いんだと思う。脆くて儚い。社会の厳しさなんてしったこっちゃない。彼女の言葉にはいつだってそこに彼女自身があるような気がした。僕の言葉とは違う。2人してよくいろんな愚痴を言い合った。親がうんたらとか学校に行くのがだるいとか。僕は、「意味」についても考えるようにもなった。深津が言っていた意味の意味が僕にはわからなかった。意味ってなんだ。重要なものなのか。

 思えば僕はこの時すでに彼女に惹かれていたのかもしれない。彼女の整った容姿もそうだが、何よりその強さに。ガラスの剣って感じかな。でも、こころのどこかで嫉妬しているのも自覚していた。周りの目が気になって引っかかって動きづらい自分と真っ直ぐに自分を見て拙いながらも自分というものを持っている彼女。太陽と月というよりは、夜を灯す街灯とそれに近づく蛾のような。どっちもきれいな生き方ではないけどそれでも魅力を感じる生き方だった。自虐しておいてだが自分で思ったより結構ぴったりな表現に少しがっかりした。僕は蛾かよ。彼女の横を歩くには、彼女に並ぶには僕はまだ足りないんだと思う。僕は深津に羨望やら嫉妬やら淡い恋心やらを複雑に抱いていた。それからもしばらく放課後に2人で橋の下で話していた。くだらない話。面白い話。ひさびさに居心地のいい毎日だった。

 そんなある日、進路の話になった。

「深津は高校卒業後はどうすんの?進学?働いたりすんの?」

「私は・・・わからない。どうしたいんだろうね。別に特段勉強ができるわけでもないし、運動ができるわけでもない。目立った特技もないなぁ。」

驚いた。彼女は割とどんな質問でも答えを持っていても持っていなくてもはっきり答えていたが、こんなに詰まっているのは初めて見た。

「・・・めんどくさいよね。いっそのこと全部決められてればそれをこなすだけでいいのにね。」

僕はまたへたくそな合いの手を入れていた。なんか重い空気が流れそうだったので何となく流したつもりだった。いや流せてないか。 「あんたは?どーすんの?進路とか」

そもそも進路の話なんて何でしてるかって今度の火曜日に担任との面談がクラス全員行われるからだ。そんでそん時に将来についてとか色々言われるからそこまでに他の人の進路の話を聞いてみたかったんだ。いや、深津の進路を聞いてみたかったんだな。

 「俺は・・多分進学かな。別に大学に行きたいわけじゃないんだけど。ほら俺塾行ってるし。なんて言うか高校側も生徒全員が大学受験する前提で動いてるみたいなとこあるじゃん。その流れに流されてるな。やりたいこととかもあんまり・・・。」

多分こんな話を面談の時にもするのかな。もう高校2年の秋。受験は3年の前から始まってると変わりばんこに教師たちは言う。うるせえな、わかってんだよ。言われるたびに思ってた。そう思うと同時にこいつらの言うことに流されて流されて流された先には何があるんだろう。そこにもう僕って人間は残ってないのかな。僕は大人が好きじゃなかった。そんなくだらないこともよく一緒に考えた。

 「・・・あたしさ、一個だけあんだよね。やりたいこと。・・・バンド組んで音楽やりたいんだ。こんなこと初めて他の人に言うんだけど。いかにも青春とか若いなぁとか思われるのが嫌で言ってないけど。メンバーだって揃ってもないんだけどさ。音楽をやってるとね、嫌なこと全部忘れられんだ。その瞬間だけまるで世界はあたしのために回ってるようなそんな気がすんの。笑っちゃうでしょ?。だから私は何となくだけど音楽で食ってけるようになりたいな。面談の時に言ったら先生もドン引きだよね。」

まるで意味ありげに流れる川を見つめながら言って彼女はこっちを見て笑った。僕は音楽は聴くだけで一切やったことはないが、多分こいつの書く歌詞はすごくいい歌詞なんだろうなぁと思った。青臭くてそれでいてきれいな。きっとそんな歌詞だ。すごいな。こいつは、僕が見つけられないものを持ってる。こいつには意味がある。他のどれにも変えられない意味が。また嫉妬。嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬。やっぱり僕には何にも・・・。深津と僕じゃ見えてる世界そのものが違うのかな・・。そしてまた腹の奥底から言葉が溢れた。

 「ねー、深津には俺はどう見える?外見の話じゃなくて。こう・・人間的にみたいな。なんとなくでいいんだけど」

「あんた?あたしにはあんたは・・・世界を最初から閉じてるように見えるかな。上手く言えてるかわかんないけど・・・。自分の世界を自分自身の手で完結しているように見える。でも、これは悪いことじゃないよ。何でもそうだと思うけど良く言えたり悪く言えたりするじゃん。あたしは自分の中で絶対変わんない部分が人より大きくてあんたはそれが小さい。でもそれって何色にでもなれるってことじゃないのかな。適応能力が高い・・・みたいな?」

「でも、僕には、俺には、絶対って言える自分が欲しいんだ…。できることなら自分の価値観だけで生きていきたい。でも俺はそんな強さはない。欠けてるんだよ!いつだって、誰かの価値観で世界を見てる流されてばっかの自分にうんざりばっか。。俺には何にもないんだよ。俺には何も・・・。そんな風に慰められたって嬉しくも何ともない!!」

混ざりあった感情がどろっと表に出てきた。自分から聞いておいて感情的になってた。人に自分の感情を100%ぶつけたのはほぼ初めての気がした。何でかわかんないけどこいつなら俺の醜さもエゴも耐えてくれるような気がしたんだ。僕はふと我に帰って深津を見ると深津はまた意味ありげに川の流れをじーっと見ていた。僕の話なんて聞いてないようで全部わかってるような顔しながら。しばらく沈黙が続いて深津が口を開いた。

 「・・・ねえ、どうでもいい話なんだけどさあこんな話を知ってる?紙と月の話。」

「…知らない・・・。どんな話?」

「紙。ただの何でもないような紙を何度も何度も折りたたむ。そうして43回折りたたむとそれは月にまで届くんだよ。わかる?言いたいこと。・・・あんたはあんた自身をちゃんと見れてない。多分あたしもだけどね。この話で置き換えるならあたしは月、あんたは紙。あたしは自分の形をちゃんと持ってて形を変えることなんてできない。対してあんたは紙。あんたはあんたをどんな形にでも形を変えることができる。そうやって折れて折れて折れ続けて変わっていけばいい。そうしてそうやって月まで届けばいい。月なんて超えて伸びていけばいい。逆だよ、変われない奴は、形を変えられない奴は地球からの距離は変わらない。伸びることができない。周りの価値観も全部もらっていってあんたになればいい。あたしはそう思うよ。」

「・・・」

僕はうまく深津が言っていることを飲み込みきれていなかった。

 「人はみんなどっかしら欠けてんの。みんな考えすぎなんだと思う。欠けてるものを見つけるといつもなにかしらで補おうとする。重要なのは欠けている自分をまっすぐ見ることなんだと思うな。」

深津は少し照れながら語った。彼女の言った言葉は全部をすんなり受け入れることはできなかったけど少しずつ心の中に浸透していく。乾いて割れていた心にすーっと言葉が浸透していった。僕の強さ。僕の弱さ。僕の欠けてる部分。全てを埋める必要はない・・のかな。欲しい答えだったかと言われれば違うような気がするけどでも自分の欠けを埋めることだけが全てじゃなくてそれも強さなのかもしれない。流されやすくて弱い僕を僕はちゃんとみるべきだったのかもな・・・。自己肯定したいだけなのかもしれなかった。でも今この瞬間だけは自分を信じていたい、そんな気がした。僕らはまた五時のアナウンスとともに分かれた。別れてすぐ、まだ後ろを振り返ると深津が見えた。深津はポケットにジャージのポケットに手を入れながらとても胸を張って歩いていた。風になびく彼女の金髪はとてもきれいだった。


そして、数日経って火曜。面談の日。異様に緊張していた。1人ずつよばれたら教室に行く形で自分の予定時間の20分前には教室の外の椅子に座っておけだそうだ。廊下はやけに暗くて静かだった。時間が押していたのか僕は予定の時間より30分以上遅れてきた。そういえば深津は面談どうだったんだろう。出席番号が僕より前の彼女はもうとっくに終わって帰っていることだろう。深津のことを少し考えていたら僕のひとつ前の生徒が教室から出てきてしばらくたってから、

 「柳瀬、入りなさい。」

僕はドアを開けた。教室の机は面談のために位置が変えられていた。僕の担任の勝山は野球部顧問の数学教師で一目見ただけでは、体育教師のような風貌だった。少し寒くなってきた10月においても白いポロシャツに日焼けした焦茶色の肌。結構怖いことで有名だった。勝山は、僕の学校での成績と模試の成績を机に取り出して話を始めた。先に言っておくと僕の成績はクラスでは中の上ぐらいで模試の結果ではいい時もあるぐらいのまあひどくないくらいのものだった。

「まずは、進路についてはどう考えてる?」僕の模試の成績を横目に見ながら先生は聞いた。

 「えっと…大学進学を考えています。」

勝山はそういうことがわかっていたかのようにうんそうかと無表情に言った。

 「考えている大学はあるのか?」

「…ありません。」

基本的には先生の質問に僕が端的に答えていく質疑応答形式になっていて少し重い空気が続いていた。僕の偏差値ならこの大学なんかどうだとか、行きたい学部だとかひとしきり話した。僕はどれもパッとしない返答をしながら緊張していた。先生はメモをとりながら聞いていた。3年になる前には大体の志望大学は決めておけとか、大学よりも学部から決めた方がいいとか、自分の得意な教科から考えたほうがいいとか。いわゆる受験する上で誰もが聞いたことがあるようなセリフをひとしきり浴びませられた。勝山が記入している用紙がやっと終わりかあ思っていたらああそういえばと話しかけられた。

 「柳瀬お前最近、深津とよく一緒にいるよな。・・・大丈夫か?何か嫌がらせでも去れているのか。お金を取られたりパシリにされていたりされてないか?先生としては心配してたんだ。先生たちの間でも深津は話題になっていてな。大丈夫か?」

一切の悪気なんかないただの心配。見えてないこの「大人」は。何にも見えてない。


 「先生・・・。深津のことが目障りなんですか?」

 「いやいやいや、そんなことはないよ。ただお前が深津のような・・何ていうか不良に悪影響を及ぼされてなかったらいいなと思ってだな。あいつには少し大人になってほしいだけだ。」

この人大して僕にも興味ないな。これが大人か?俺たちは将来こんなんになんのか。頭がぼーっとする。体が・・熱い。僕はうつむいたまま口を開いた。

 「深津は・・・先生たちから見ればただの不良にしか見えないのかもしれませんね。・・・僕は深津にいじめられてなんかいませんよ。あいつはそんな奴じゃない。つまんない大人になりたくなくて毎日悩んで考えてる。先生には、僕たちのこれは青春の一部だとかそんな風にしか見えてないのかもしれません。でも、僕たちは今が僕たちが子供から大人になってる最中だなんて思えません。大人になんてなりたくない。子供でも大人でもないままずっといたいです。誰にでもある平凡な思春期特有の葛藤なのかもしれません。でも僕らからその葛藤を、もがきを奪い取ることは誰にも許されてないと僕は思います。言われてなる大人ならなりたくない。」

自分でもびっくりするほど冷静だった。僕は大人になんてなりたくない。どれだけ流されたって自分の中の正しさを持っていたい。誰かに望まれた生き方じゃなくっていい。レールから外れてしまったっていい。それでも今の自分を自分でまっすぐ見れるなら。僕は言葉に出しながら深津のこれまでの言葉を考えていた。僕は先生の目をまっすぐ見ながら言った。


勝山は少し驚いたような顔をしてからまた普段の顔に戻って

 「・・・まあ、いじめられたりしていないならそれでいい。行っていいぞ。」

とだけ言った。教室を出た。やべ・・。先生に向かってあんなわかったようなことを・・・。しかも勝山にあんな風に・・。つい深津のことで熱くなってしまった。やっちまったかな。でもどうしてかな。心はすごく澄んでいる。体は冷静でいる。子供のような澄んだ心に、大人のように落ち着いて育った体。やっぱり思春期ってのは歪だな。でもこのいびつさこそが思春期なのかもしれない。


そのあと、そのままの足でいつもの橋の下でいつものように深津と話してからその日は帰った。深津と別れたあと、いきなり雨が降ってきて急いで帰った。午前中は雲ひとつない快晴だったのに。


その日以降、深津は学校を休み、橋の下でも顔を合わせなくなった。僕と深津が話したのはこの日が最後だった。






第2章  音部 向日葵





少し伸びた前髪が風になびいてさらさらするのが鬱陶しかった。前髪の間から目に入る日の光が目に刺さるようだ。じりじりと暑い。僕は自転車を漕いでいた。僕は高校3年生になった。今は8月。いくら雪の降る東北といっても夏は結構暑い。夏真っ盛りでもう長袖なんて着ている人は全くいなかった。日差しが強すぎて頭がおかしくなりそうだ。僕はあれから学校と、塾の夏期講習に通って勉強の毎日が続いていた。。逆に僕といえば少し変わった・・・気がする。何となく決めた志望大学に向けて勉強していて上手くいえないけれどやりがいのある毎日送れている気がしなくもなかった。僕は紙と月の話をされてから、少しだけ変わったといえば聞こえはいいが流されやすい自分を前よりは肯定できるようになっていた。あの時から少しだけ前に進めたのかな。そうでもないのかな。意味があるとは断言できないけれど前に進んでいるような気がしなくもなかった。深津は・・・。深津は一向に学校に来ず、橋の下でも会うことはなかった。金髪の女性がいるだけで振り返ってしまったり目で追ったりしてしまうがそこに深津の姿はやっぱりなかった。深津、お前今何してんだ。心配とかはなかったけれど会ってまた他愛のないくだらない話をしたいなという思いはずっと変わらなかった。欠けてしまっているのに別のものがくっついているような毎日だった。夏の風の中を切って僕は塾から家へ帰っていった。まーた勉強だ・・・。

 

そんなある日、そいつは現れた。転校してきた。名前は音部おとべ 向日葵ひなた。身長は180cmはゆうに超えているようでバスケットボールをやっていたらしい。僕も小さい方ではなかったけれど、音部と比べるとやはり体格は全然違かった。肌はこんがり日焼けしていて顔はぶすっとしていてあまり笑うことがなさそうだった。いわゆるスポーツ刈りで自分から言わなくても運動部とわかるくらいあからさまな見た目だった。こいつは凄かった。・・だって勉強もできて、スポーツもできてまさに完璧超人だったんだ。転校してから入ったバスケ部では1週間でレギュラーになり、転校してすぐあった模試では学年1位をとりやがった。す、すげええ。なんて奴だ。その上親がお医者様でお金持ちときてる。嫉妬できないほど僕からは遠く遠くみえた。女子にも相当モテているみたいでイケメンというような顔立ちではなかったがクールで何でもできると評判だった。クラスでは2週間もしないうちにあいつが、中心になってクラスが回ってるように見えた。



 僕はそんな音部が嫌いではないもののどうても心を許すことができなかった。音部は決して調子に乗っているわけじゃない。むしろ謙虚で性格も静かだが話せばいい奴だとすぐわかる。でも、あいつはなんていうか僕を見ていなかった。話していても、僕と目が合っていてもなにかおかしい。僕の目の先の何かを見ている。あいつと初めて話したのは僕が通っていた塾にあいつがきた時だった。

 「あっ、音部。」

「柳瀬・・・だっけ?」

音部はどうやら難関医学部国立大を狙っているようで僕の通っている塾に話を聞きにきていた。っておい。こいつ俺の名前覚えてねえのかよ。正直僕としては音部がこの塾に通っても通わなくてもどっちでも良かった。僕らはクラス内でもそこまで話したこともないようなあまり仲がいいほうではなかった。僕が授業を終え、帰宅しようと駐輪場を歩いていると後ろから音部がねえと声をかけてきた。どうやら音部も説明を受けてきて帰ろうとしているようだった。

 「お疲れ。音部もここにくんの?」

「うん、今のところは多分そうかな。」

よそよそしく会話して沈黙になる気がしたので僕は無理やり話を切り出した。

 「しかし、音部はすげえよな。お前何でもできんじゃん。聞いたぞバスケ部でもレギュラーになったんだろ?まじすげー。」

「・・・大したことない。ちょっと運が良かったりしただけだよ。」

たまたま帰る方向が途中まで同じだったので僕らは塾から家まで自転車で一緒に帰った。今日の夜は少し寒かった。ここでも音部は決して自慢したり、自信があるような振る舞いはせずに謙虚な姿勢でいた。大して僕も話すことがなかったので基本音部に質問したりしていた。

 「何で転校してきたの?親の転勤とか」

 「そんなとこかな。」

家が近づくにつれて音部は元気がなくなっているようにみえた。音部は自転車を漕ぎながらはるか先を見ているようにみえた。いや何処も見ていないようにも見えるな。音部はこうやって一緒に帰ってるとただの男子高校生だった。普段見てる音部のような超人な感じは全くなかった。知らない。僕はこいつのことを何も知らない。こいつにもこいつなりの葛藤が苦悩があるんだろうか。おこがましいのかもしれないけれど少し悲しいような苦しいような表情をする音部に僕は共感のような感覚を覚えているような気がした。何も知らないけれど。調子に乗ってるかな。音部と僕は大きな下り坂で別れた。別れを告げて坂を下っていく音部は闇の中にすぐに消えて行った。僕は坂を登った。その日は月がとても綺麗でまるでこの手が月に届きそうな感じがしたんだ。月を観ていた。やっぱり僕は調子に乗ってるみたいだ。

 ここ最近は塾から家に帰ってからも、遅くまで勉強するようになっていた。俺には勉強しかない!!とか絶対合格してやる!!とかそんなんじゃないけれど、何となく続けていた。大学に行ってこんな勉強をしたい。あの大学を卒業してあんな仕事をしたい。やっぱり一個もなかった。僕はまだ、欠けていた。意味。意味意味意味意味。どうやったら意味を持てるんだろう。深津は意味を追いかけていた。自分だけがもつ価値観とそれによる意味。音部は・・・、あいつは持っているのかな。ここで音部を思い出したことは多分偶然で、多分帰り道で別れた時のあの元気がない姿が気になったからかもしれない。音部の遠くをぼーっと見ていた目が深津の川をじっと見る目と重なった。僕はまた嫉妬していた。あの目だ。僕や世界になんて興味ないないようなぼんやりとした目。僕が見ることのできない世界を見つめている。音部に聞いてみたくなった。お前は持っているのか?意味を。俺が持ちたくても持ちたくてもかすりもしない意味ってやつを。深津と会って僕は進んでいるのかわからなかった。手探りに闇の中を歩いている。僕だって・・・。俺だって・・・。葛藤の先に何があるのかわからなくても人は進む。というより進むことはいつだって半強制だ。思えば僕の人生に自分からした努力なんてない気が・・・。僕の人生に意味なんて。そんなことを考えたり勉強したり。時刻は2時半過ぎ。僕はその後も足掻くように葛藤してる気になって気づけば眠りに落ちていた。


 がたん。何の音だ。机から参考書が落ちた音だった。昨日の夜は遅くまで勉強して・・・そのあとは覚えてない。僕はそのまま眠ってしまったようだ。両親が共働きなので家には僕だけ。僕は一階に降りて冷蔵庫からペットボトルの水を取り出した。起きたばっかで頭がさえない・・。眠たい。勉強していて背中が固まって気持ち悪い。軽く体を伸ばして時計を見た。8時・・・20分!!まずいまずいまずい。遅刻だ遅刻だ。急げ、急げえええ!!朝のホームルームが8時35分からだから・・・。絶対間に合わない。1限が55分からだから・・・。ぎり間に合うか。自転車を立ち漕ぎしていた。焦りながらペダルを強く踏む。でも、遅刻した時って結構楽しい。なんていうか悪いことしてる感が楽しい。このぐらいの年の男の子は遅刻みたいなちょっとした悪が楽しかったりするのだ。今は8時40分くらいかな。漕ぐことに集中してて正確にはわかんないや。学校前には誰もいなくて遠くに見えた校庭にはもう体育の授業でサッカーをしていた。あ、1限も間に合ってねー。駐輪場には僕以外の姿はもちろんなかった。なんか諦めてきてしまってもう焦りとかはなくなっていた。歩くペースがゆっくりになっていく。まあ怒られることには変わりはないね。罰として放課後掃除だったら嫌だなぁと僕は階段を上がって教室のドアを開けた。



怒られた。めちゃくちゃ怒鳴られた。廊下に出てろ!!怒りすぎだろ。うげえ昨日遅くまでまた起きすぎたかな。遅刻ってそんな悪いこと?大人の皆さん教えてください。ていうかこれって授業終わるまで廊下まで待ってるのか?だる。ポケットのスマホを取り出すと授業の終わりの時間まではあと30分くらいあったなげー・・・。。廊下に出てろって言われて廊下に出た後って何をすればいいんだ。暇だなあ。僕は前かがみになりながら僕はスマホを見ていた。たんたんたん。あ?足音?何で?今授業中だろ。これあれだ。授業の時に授業ない暇な先生が外歩いて授業の様子見にきたりするやつだ。俺ここでも怒られんのか?音はゆっくり近づいてきて、ってあれ?この人ってかこいつは・・・。音部だった。音部は俯いて結構近づいてから俺に気付いたようだった。授業中なのでおはようなんて言えなかったから手でようみたいな合図をすると音部は返してくれた。というか音部は目が腫れていて今さっきまで泣いてたような目をしていた。それを隠したいのかわざとらしく目を手で覆ってみたりそっぽを見て僕に顔を向けないようにした。なんかあったのか。「おはよう、遅刻?珍しくね?」僕は、教室の中に聞こえないようにそっと声をかけた。音部はまあそんなとこっと不貞腐れたように返して教室のドアを開けた。音部もどうやら怒られたようで教室から僕と同じようなセリフで怒鳴られすぐさま廊下に戻ってきた。ご愁傷さまです。出てきた音部はリュックを下ろすと崩れるように体育座りのような体勢になって俯いた。僕はどうやら元気がないらしい音部に気を遣って話しかけるのをやめた。音部が元気がないのは絶対遅刻して怒られただけではないのは見ればすぐわかった。数分経って俯いたままの音部が口を開いた。

 「なあ、お前何のために生きてんの?」

さっきまで泣いたのが丸わかりな鼻声で音部は言った。そういってまた俯いたかと思えば、上いこーっとだけぼそっと言って立ち上がって音部は下駄箱の方に向かって歩き始めた。僕は少し迷ったがついて行くとにした。なんだかここが分岐点な気がした。何かの分岐点な気が。何の分岐点だっていうんだよ。




ゆっくりゆっくり歩く。廊下にある音は僕らの足音だけ。音部の後ろを僕はついていった。何処に連れていかれるかもわからないまま。階段を上がる。一段二段三段と俯いたまま音部は重い足取りで階段を上がっていった。




僕らは少し歩いて現在使われていない端っこの教室にきていた。音部ははぁとため息をしてからゆっくり僕に話し始めた。音部の父親は医者だった。前々から感じていた違和感を言葉にした。僕は医者になんかなりたくない。僕じゃ、あなたの期待通りには生きられないかもしれない。こう父親に言ったそうだ。音部の父親は憤慨して、思いっきり音部を殴ったそうだ。お前は俺の後継だ、何のためにここまで育てたと思ってる、ここまでどれだけのお金をお前に費やしたと思ってる、などなど。結構辛辣な言葉だ。こんな漫画に出てくるようなセリフを言う親が現実にいるのか。今までにも同じようなことが何度もあったようで何度も悩んだようだった。

 「ずっと思い通りの人生だったんだ。勉強しただけ結果も出たし練習しただけ試合で活躍できた。自分でいうのもんなんだがヒトより容量がいいほうだと思っていた。でも、俺はみんなより欠けていた。俺は自分で自分のことを全然決めてなかったんだ。選択を迫られたときにいつだって答えが決まっていた。だから、努力するだけだった。みんな迷ってた。俺にはそこの迷いがなかったんだ。」

音部の話を聞きながら多分こいつの話を聞くやつは他の誰でもよかったんだろう、別段こいつと大して仲良くもない俺が聞いているのはただの偶然なんだろうなと僕は考えていた。俯いて話す音部はとっても小さく見えた。少し前の俺とは状況も何も全く違うけれどこいつは俺だ。こいつは少し前の俺だ。こいつも俺と一緒で意味が欲しいのかもしれないな。僕は返答せずこいつが俺にぶつける言葉の一つ一つをじっと噛み締めるように聞いていた。音部は壁に寄りかかりながら座って床には少しだけ涙が落ちていた。深津。こいつも俺とおんなじだよ。俺と同じで意味を追い求めてる。自分だけの価値観を。心の中で深津に呼びかけるように僕は思った。

 「俺はこんな人生なら生きたくなんてない・・・。結構考えたんだ。俺が俺のやりたいことをやって死んだ人生と、全て父親の望み通りに生きた人生。どっちにしても大して面白そうじゃなかった。・・・でも親の言いなりな人生は嫌だったんだ。それだけ。それしか分かんない。・・・全部壊れればいい。全部全部。どうすりゃいいかな。もうわかんないよ。」

音部自身もその答えには辿り着いていないものの違和感だけはある。そんな感じだ。んなもん俺にもわかんねえよ。俺とこいつ。深津に会ってから自分だけの意味を追い求め歩いてきた俺。親のための意味に違和感を感じて崩れてしまった音部。別に被ってるわけでもなければ、反対に位置しているわけでもない。それでも、それでも僕にはこいつの気持ちがほんの一握りだけわかる気がした。僕はゆっくりと口を開いた。多分僕の言葉にも意味はなくて音部を救うこともできない。特にこいつを救いたいわけでもない。それでも・・・それでも。体の内側から世界へ。僕の言葉は音部へと向かって行った。

 「お前は、才能がある。頭もよくて体も大きい。少なからず生まれが恵まれてるって思う。多分才能ってやつを持っている奴だ。万能だ。今から俺がいうのは俺の中の哲学だ。天才側からは見えない凡才側の哲学だ。お前に役に立つのかは・・・わかんない。・・・まあ聞いてくれ。天才じゃなかったら、才能がなかったらどうすればいいか。自分を嫌いになればいいと思う。才能が足りない自分を嫌って、才能才能って努力が足りてない自分を呪え。そーやって自分が嫌いな自分を何度も叩いて叩いて平にすればいいんだ。才能じゃ勝てないなら、自虐じゃ負けなきゃいい。そうやって曲がったいった視点で世界を見てまた傷ついてそれの繰り返しだ。俺は多分自分を嫌うことに関しては他の奴には絶対負けない。嫌って自分をまた傷つけろ。そうしてれば、いつか少しはましになった自分が今の自分を笑ってくれるはずだ。いやな現実なんか変えられない。寝ても時間がたってもそのまま嫌なだけだ。なら逃げだせ。いやな現実が手の届かない端っこまで。逃げたっていいんだ。逃げるのだって十分つらくて認められるべき美しいものだと僕は思う。」

俺は慰めるべきだったのかな。深津だったら・・・深津だったらこんな時もっといいことが言えてたのかな。でも僕は深津じゃない。意味だって持てない。でもな、それでも・・・生きてるんだ。死ねないんだ。だから生きてるんだ。

 「・・・お前は強いな。でも、自分で自分を嫌いになって苦しくないのか。そんなやり方は途中で破綻・・・すんじゃないのか?」

「いいんだ。破綻してしまったって。俺は死ぬときに自分の人生はいい人生だったなんて思いたくない。そーやって自分を慰めるような真似はしたくないんだ。それって自分の後悔から目を背けてるだけだろ。欠けてったっていいんだ。逃げちゃってもいいんだ。ダメでどうしようもない自分をまっすぐ見れたらそれでいいんだ。」

お互いがお互いに言ってる言葉はお互いが自分に言い聞かさているようだった。悩んで悩んで悩んだ先にはハッピーエンドなんてないのかもしれない。悩んだ先に待っているのは更なる苦痛でさえあるのかもしれない。それでも僕らは死ぬことなんて許されない。自分自身が許さない。

 「でもさ、生きててつらいと死ぬほうが楽なんじゃないかなって思えるんだ。

 「・・・生きるのは辛いな。」

音部は泣きながら笑って言った。

 「そこだけは俺もお前も一緒だな。」

僕もいつの間にか泣いて笑いながら言った。

僕らは笑って泣いて叫んだ。気づけば、お昼前まで経っていた。音部が言った。

 「もう帰ろうぜ?今から授業行っても怒られるだけだし。」

僕は言った。

 「そうだな。怒られんのだりーわ。」

二人して目をはらしてくしゃくしゃな顔で一緒に帰った。午後から雨の予報だったが、僕らが昇降口から出る前に雨が止んだようでアスファルトからは雨のにおいがした。僕らは帰った。誰かと一緒に帰ったのはいつ以来だったんだろう。


 次の日、僕と音部は朝から一緒に遅刻の件について怒られた。でも、なんだかいつもより悲しくなかった。それから僕らはよく一緒にいるようになった。学校から塾へ、塾から家へ一緒に帰った。いつも帰り道で1つだった大きな影は2つになった。僕は初めてだったような友達?相談相手?とも言えないような関係が居心地が良かった。お互いが理解者なんかじゃなかったけど楽しかったんだ。よく中学生が思い浮かべるような華々しくて甘酸っぱい青春の高校3年間なんかじゃ全くなかった。それでも灰色で地味な苦い3年間で僕の二人と交わした言葉。葛藤。どれもかけがえのない僕の全部だ。秋になって冬になった。もうすぐ受験だ。音部は結局医大を目指すことにしていた。でも、つまんなかったら辞めてやると前より笑ってるように見えた。僕はそんな音部を尊敬していた。悩みもがいてその中でも苦しい道を選んで迷いながら努力する音部を。医者になんかなんなくていい。こいつの苦悩が葛藤が自己否定の全部じゃなくたっていい。報われてほしい。




 最後に会った二日後だった。音部は死んだ。大型トラックに轢かれて。その日は音部が最後に受けた第一志望の国立医大の結果発表の日だった。音部は落ちた。音部は受験に失敗した。音部は自分が大学に落ちてしまったことを父親に伝えた。すると、音部の父親は音部のことを何度も何度も殴ったらしい。床には音部の口から出た血がとってもこべり着いていた。ついには音部の父親は、台所から包丁を持ち出して音部に突き付けた。お前じゃダメだったんだ。お前のような欠陥だらけはいらない。お前じゃなかったらもっとうまくやれた。お前なんて生まれて来なきゃよかったんだ!!・・・俺だってあんたみたいなくそ親の元に生まれてきたかったわけではない。俺がこんな風になっちまったのはあんたのせいだ。あんたなんか父親と認めたことなんか一回だってない!!父親は音部に向かって走っていった。鋭くうっすら光った包丁。お互いに浴びせあい響く怒号の数々。錯乱してとうとう包丁を振りかざそうとした父親をなんとか退けようとその手を掴んだその時だった。包丁は・・・父親の腹を突いていた。深く深く。赤く赤く。あふれ出る血を見て音部はどれだけ驚いたことだろう。どれだけ悲しかったことだろう。それから音部は何度も父親を刺した。何度も、何度も何度も。そこには憎、苦、怒、そして・・・愛。あふれ出る涙でぼやけた真っ赤な世界。音部はゆっくり歩き始めた。返り血でべっとりな足で。裸足で外に出た。その日は台風が関東全域を覆っていた。体を壊すほどの雨と肌が切れそうな程の風の中を一人で音部は歩いた。天を仰ぎながら何度も何度も笑って泣いて歩いた。あてなんてない、もう自分には未来なんてない。叫んだ。何度も何度も。自らの運命を。犯してしまった罪の重みを苛みながら。裸足で出てきてしまったので足は冷たく痛い。体が冷たくて冷たくてしょうがないのに苦しくない。どうしてかはすぐ分かった。だってもう苦しさを感じる心が空っぽなんだから。雨の中で自分を呼ぶ声が聞こえる。向日葵!向日葵!!母親の声だった。音部は振り返って母親に向かって口を開いた。母親はざーざーと雨の中で声がかき消されてしまった。


    「    。」


音部は視界に入った大型トラックに向かって走って行った。呪った。自分の運命を。それでいて気持ちよかった。雨の中でトラックは音部に気づかずスピードを緩めない。腐っていた人生。思い返せば苦しさだけだった。それでも最後にお前と会えてよかったよ。ありがとな、柳瀬。先に逝くぜ。音部は轢かれた。雨と音部自身の血で音部は100メートル近く轢かれていった。顔面は完全に潰れて跡形もなかったらしい。アスファルトは赤く、それでいて黒く濁っていた。



   第三章  太陽と月




 がたんごとん。がたんごとん。暗い。暗い。ここはどこだ。何も見えない。いやここは宇宙だ。真っ暗の中にたくさんの星が見える。輝く星、ほかの星を回る星、爆発して壊れる星。たくさんある。うっすら何かが聞こえる。何の音だ。何だ、この音は。これは・・・声?

 「立て。立て。早く立て。お前は生きてるだろ。お前は何をしてるんだ。お前はなぜ止まっていられる。俯いてどこを見るわけでもない。ただ下を向いてじっとして何になる。・・お前はなんだ。お前は何を追いかけてた。お前はほしかったんだろ。進め、だってお前は・・生きてるだろ。」

音部の声だ。気づけば誰かが目の前に立っていた。顔だけに黒いもやがかかってよく見えない。音部!音部なんだろ!おい何して・・ってあれ声が出てない。音部はゆっくり顔も見せずに歩いて行く。おい待て!お前に言いたいことが・・お前と話したいんだ!行かないでくれ!・・・ぶくぶくぶく、ここはどこだ。暗いまた暗い。だけど、何かに触れている。これは砂・・か?動きづらい。まるで水の中にいるようって。ここは海。とても深い海の中。深海。深くて苦しいよ。苦しくて息もできない。体の中の空気がすべて出ていく。体が空っぽになっているようだ。苦しいなあここは。ぼん。押された下から?ぼんぼん。ゆっくりと押されて上がっていく。空気が吸いたい。水面にゆっくり近づく。他に俺意外に誰もいない海の中。暗い中を僕に向けてだけ一筋の光が落ちてくる。これは何の光だ。ぷはあああ。やっと息ができた。濡れて顔に張り付いた邪魔な前髪を掻き揚げると空には月が見えた。夜の暗闇の中で月は光っていた。月は、僕を照らしていた。僕は手を伸ばした。また手は届かない。がたんがたん。



 はっ!ああ、電車の中だった。僕はえっと大学へ向かっていた。現在19時半過ぎ。満員電車の中で僕は端っこのほうに座っていた。僕が今通っているのは鳴止大学なきやまぬだいがく。理系よりの私立大学。理系の学部がほとんどで文系は文学部。僕はというと理学部物理学科。主に天文学を専攻していた。大学二年生。部活にもサークルにも入らず高校と同じような生活を送っていた。鳴止大学は東京のザ・都会な所にあって大学内には高層ビルばかりで僕のような田舎者には少し足がすくむような感じだった。僕はというと二年になっても大して人間関係も広がらず友人もいない。変わらずつまらない日々だった。今日は五限まで授業があって、帰りの電車の中だった。ぼーっとイヤホンで音楽を聴きながら、上を見ていた。天井にくっついていたり車両の壁に貼られているチラシを見てみたり。僕が座っている前にはカップルがいてイケイケな感じだった。あーそういえば俺って彼女いたことないなあ。いちゃついていてイヤホンで聞こえないがなんだかふざけあっているようだ。また天井を見る。揺れるつり革。ドアの開閉。僕は音部が死んでから僕の日常は変わった。何をしていても物足りない。あれから見えている景色がなんていうか色が薄い。モノクロの世界を毎日生きていた。僕は何を探してたんだっけ。何が欲しかったんだっけ。思い出せない、忘れてしまった。僕は・・・。僕は電車を降りた。



 電車を降りて駅を出ると少しだけ雨が降っていた。小雨だった。僕は自転車をこいでいた。都会は雨の中でも暑いような感覚がある。蒸し暑くて気持ち悪いような暑さだ。東京は夜も結構明るくて少し歩けばすぐにコンビニが目に入る。ネオンの光の中を進んでいくと一気に都会から住宅街になっていった。駅から徒歩20分強。僕の下宿先が見えてきた。ぼろっちいアパートで僕と同じような大学生や会社員たちが住んでいる。僕は部屋にたくさん物があるのが嫌いだったのでシンプルな部屋だった。部屋に入ってリュックを降ろす。パソコンや教科書も入れているのでそれなりには重い。なんだか僕は食欲がなかったので一人暮らし用の小さめの冷蔵庫から天然水のペットボトルを取り出した。冷たい水が体に染み渡る。そういえば、今日はじめての水分補給だったような。その水を飲みほしてシャワーを浴びた。そのまま髪をよく拭かないまま敷いた布団に寝っ転がった。なんだか、こっちに来てからずっと胸が変なような。空気が汚いからかな。電車の中で見た夢を思い出す。ずっとあんなような夢をここ最近ずっと見てる。暗闇から音部が出てきて何かを言って消えていく。友達を失ったショックはいまだに大きくて僕の心には深く刻まれていた。天井を見ているといろいろな模様に見えたりした。都会の夜は結構うるさい。パトカーや救急車のサイレン。電車が走る音。バイクのエンジン音。ああ、明日なんて来なくていい。もう生きたくなんてない。心ってのは消耗品だと思う。使ってすり減らした分は戻らない。だったら使い切った時はどうなるんだろう。心がなくなったらどうなるんだろう。そんなくだらないことを考えて僕は目を閉じた。明日はバイトだったっけ・・。



 「柳瀬、早く注文取りいけ!ぼーっとしてんな。」


僕のバイト先は下宿しているアパート近くのフレンチのお店である。snsでもたまに話題になったりするような人気のある店で雑誌にも乗ったりしているほどだった。おしゃれな内装に、ジャズが流れていて人気があるのも納得。パスタがおいしくて、日替わりで組まれているランチも評判が良かった。僕がここでバイトすることにしたのは単純に下宿先からちかいこと、時給がほかの店に比べて少し近いことなどで決めた。ここでは完全に人間関係が出来あがっていて簡単に言うと僕の居場所はなかった。同時期にここでバイトを始めたやつが僕より優秀で店長の姪っ子ということでよくかわいがられていて僕は仕事の覚えがあまり良くなかったのもあり、まあ少し当たられていた。基本的に、仕事の手際がいいほうではなかったのでぼーっとしてるだとか集中してないとかよく怒られていた。案外まじめにやってんだけどな。そんなわけであまり気乗りしていなかったが、時給がまあまあいいのもあり続けていた。しかし、今日は最悪だった。ミスを連続でやらかしてしまっていた。注文を間違え客を怒らせて、料理を違う卓へ持って行ったりしてしまった。一人だけ先輩に凄く僕にあたりが強い人がいてその人を完全に怒らせてしまった。足を滑らせて一気に皿を割ってしまった。ぱりんぱりんぱりん。店長に呼び出されスタッフルームで大説教。何回同じミスをしてる。そんな働きなら給料は渡さないから。お前いつになったら仕事覚えんだよ。お前に比べて・・。姪っ子はいっつも店長の前では仕事をしているがいない所ではサボってばっかだった。世の中こういう容量が良くてうまくやれる奴が成功していくんだろうな。ぜひ踏みつぶしていってくれ。説教中に気づいたが僕が転んでしまったとこはあいつがちゃんと掃除をせず途中でやめたのでびしゃびしゃになっていたのだ。ああ、あいつまじで・・ふざけんなよ。説教が終わって仕事に戻ろうとしたら先輩にお前がいると余計な仕事が増えんだよ。足引っ張って邪魔すんならやめてくんねえかな?と言われた。他の従業員たちも僕を見る目がすごく冷たい。今日はなんだか辛いな。なんか・・辛いな。終わって挨拶をして店を出ると同僚の人たちが僕の悪口を言っていた。あいつほんと何回おんなじミスしてんだろうな。笑いながら言っていて楽しそうだなあ。僕は下を見ながらその人たちに前を歩いて自分の自転車に乗った。くすくす笑われていた。僕はゆっくり自転車をこいで帰った。ゆっくりゆっくり。ああ、辛いよ。視界がぼやけた。これは・・涙か。生きてるのは辛いよ。ペダルをこぐ足が凄く重い。もう死にたい。生まれてきたくて生まれたわけでもないのに・・。少しずつ足に力が入る。・・なんで俺ばっかり。音部もいないし俺は一人だ。もう俺が死んでも悲しむのは家族だけ。僕が死んでも世界は回る。まるで自分が世界で一番辛いような。ここは辛いよ音部。そっちはどうだ・・。僕は全速力で自転車を立ち漕ぎしていた。人通りも少ないので誰も僕を見ない。見ろよ。僕を。そんな風にいなくてもいいような。大学に入ってからずっとこうだ。僕は世界のどこにもいない。面白くない。足りない。欠けてる。当たる風はとても痛いような気がした。少し肌寒い。ががっががががっが。自転車のチェーンが外れたような。僕は転んだ。もう疲れたよ。アスファルトに僕の暗い血がこべり着く。Tシャツの肩のところが少し破けた。顔を少し擦って右の頬からも血が出ていた。僕は地面に横になっていて自分の目からこぼれる涙が地面に流れていく。その先に遠くから明るい何かが。車の光だ。ライトだ。大型トラックだ。なあ音部俺もお前のところに行きたいよ。普段から思ってることだったが妙にもリアリティがあった。いやいつもより本気で言っていた。僕は立った。車はまだ僕には気づいてないようでスピードを緩めない。こんな暗闇で僕に気づいてくれる奴なんかいない。ダレカボクニキヅイテクレ。ダレカボクヲミテクレ。ほっぺが熱い。濡れてるのは涙か血かもうわかんない。それでいて痛い。痛いのかあっついのかはっきりしてくれ。思えば辛さだけが思い出に残ってる。どの思い出も苦い味がしていい思い出なんてなかったのかもな。僕はトラックに向かって走り出した。足が痛いのも怖いのだってお構いなし。踏んだり蹴ったりの毎日。うまくいかない。友達もいない。恋人もいない。思い通りに生きれない。大学も楽しくない。バイトもうまくいかない。生きたくて生きてなんかいない。涙が止まらない。子供のころに憧れた未来なんてもう俺にはない。もうそこには感情なんか思考なんかない。何が死ぬことを許さないだ。かっこつけんな。進める未来すべてに希望がなかったら死ねるんだ簡単に。苦しくて苦しくてどうあがいても絶望しかないと思えれば人は簡単に死ねるんだよ。自分が生きてることに意味なんかない。生きてることに意味なんてない。泣きたくなんかない。泣いたら許してもらえるなんて思ってない。それでも・・・涙が止まらないんだ。このまま、生きてたってつまんないことだけだきっと。縛られて歩いて自分が見えなくなって。下ばっか向いてたら上の見方が分かんなくなって。もうどうすりゃいいのかわかんないんだよ。誰かに慰めてほしかった。お前がいてくれてよかったって言ってほしかった。お前じゃなきゃダメだって言ってほしかった。辛いときに隣で大丈夫だよって肩を寄せてほしかった。このどうしようもない俺の人生を肯定してほしかった。お前は生きてていいって・・・ただそれだけ言ってほしかったんだ。自分に胸を張って生きてていいんだよお前はって言える自分が欲しかった。やってることに意味を感じたかった。自分の人生をくだらないなんて思いたくなかった。分かってる。言われなくたって分かってるんだよ。うまくいかないのも俺のせいなんだろ。全部全部俺が悪いんだろ。後悔なんて意味ないんだろ。後悔は今を見ようとしないで逃げてるだけなんだろ。他の奴ならもっとうまくやれるんだろ。そんなに酷い境遇なんかじゃないのかもしれない。言えよ甘えてるだけだって。俺が弱くて辛いだけなのかもしれない。きっとそうだ。もっと死にたくても頑張ってるひともたくさんいるんだろう。でも今死にたいんだ。俺が死にたいんだ。何回も間違えて間違えだらけの人生で取り返しがつかないことなんてわかってるんだよ。やり直したいなんて思えない。だってやり直すのが俺ならまたダメだから。正論なんかほしくなかった。ただ優しくして欲しかった。甘えさせて欲しかった。正論なんか常識なんか取っ払って逃げていいって言って欲しかった。全部を捨てても俺を慰めて欲しかった。何回も泣いたんだ。死にたくて泣いたんだ。包丁も試しに持ったりしたんだ。でも怖くてできなかったんだ。手首を切ってみたらすっきりするって?しねえよ。痛えだけだ。無感情でティッシュで血を拭くだけだ。でも痛みが大きいほど死に近づけてる気がするからやるんだ。生から遠くなってる気がして楽になれる気がするからするんだ。やったら心配してくれる気がするからやるんだ。自殺すら満足にできなかったんだ俺は。胸が痛いわけじゃないけど違和感だけがあったんだ。この生き方じゃダメだってわかってても上手く生きれないんだ。ダメだってわかってるのに・・・。今を生きるなんかできなかった。今は全部過去にしてしまった責任と決断を追いかけてるだけ。してしまった決断に対して追いつけるように嫌で嫌でしょうがないけど歩くだけ。国立大学に行きたかった。私立大学に行きたくなかった。お金のかからないように生きたかった。親に迷惑をかけたくなかった。心配なんてしてほしくなかった。こいつはダメだって思われたくなかった。何万もかかってるんだ。大学を辞めるなんて最初から許されてなかった。親のために行ってるわけじゃないけど自分のために行ってることだけはない。面白くない勉強。自分以外の生き生きした大学生。楽しそうにしてる集団。一個もできなかった。できるような気がしてたんだ。みんなの輪の中に入りたかった。自分の言う一言一言でみんなを笑わせたかった。友達が欲しかった。自分の悩みも恥ずかしいところも全部曝け出せるような友達が。全てを捨てて俺のために何かをして欲しかった。俺がつまらないやつって知っても無償で一緒にいてくれる友達が欲しかった。恋人が欲しかった。可愛くて自分のこれからの人生全部そいつのために使ってもいいって思えるような恋人が。自分のことを愛してくれてダメなやつだってわかってても捨てないでくれる恋人が。1人が嫌だった。孤独で友達も恋人もいないやつだって周りに思われたくなかった。1人でなんていたくているわけじゃなかった。1人でいるのが好きなやつってのは大概1人じゃない時間もたくさんあるやつなんだよ。夢中になれるものが欲しかった。これをしてる時だけは何もかも忘れられるようなものが。これだけが生きがいだっていうのが。これのためにならお金も時間も全部賭けられるようなものが欲しかった。漫画のような波瀾万丈な人生が送りたかった。どんなピンチでもひっくり返して大活躍のヒーローになりたかった。転がるように楽しくてしょうがないくらいの生きたかった。笑って笑って涙が出るくらい笑いたかった。わかってんだよ。自分の人生じゃなくて他の人間のためにも生きるべきだった。もっと親に優しくしてあげればよかった。感情的になって何回も強い言葉を使ってしまった。大人になりたくなかった。そしたら子供と大人でもないよくわかんない存在になってしまった。中途半端だ。嫉妬に意味はないことだって。後悔に意味がないことだって。何回やり直したってダメなんだ。やり直すのが俺だったら全てうまくいかないんだ。全部全部俺のせいだ。清々しいほど俺のせいだ。取り返しがつかないのもうまくいかないのも死にたいのも。どう足掻いたってバッドエンド。これから歩ける全ての道の先にハッピーエンドなんて存在しない。幸せになんかなれない。一生自分の矮小さとの弱さを見せつけられるだけだ。ごめん音部。かっこつけて言ったけど俺自己嫌悪が得意なんじゃない。自信をつけようとすると自分が不甲斐ないせいでいっつも打ちのめされてるだけなんだ。お前に行ったのは俺の理想の生き方だ。あんなに言ったふうに俺も全然生きれてないんだ。俺の理想をお前に押し付けてお前が苦しくなったのかもしれない。お前を救うつもりが余計にプレッシャーを与えてしまったのかもしれない。ごめん。謝っても何もないし思うことしかできない。ごめん。お前が辛そうにしてるのに俺はお前の背中を無理矢理押してしまった。逃げる道を教えることもできなかった。あの日相談するのが俺じゃなかったら。俺じゃないやつならお前を救えてたんだ。俺じゃなかったら。俺じゃなかったら。俺じゃなかったら。全部全部おいてきた。いけ。飛べ。今なら飛べる。全部壊せる。しょってるもの全部投げ捨てられる。笑いながら死ねる。俺の人生。俺の全部!!もう全部ぶっ壊れろ!!!





 「バカ!!」

少し鋭くてそれでいて懐かしい声だった。














目がさめると見知らぬ部屋にいた。ここは、どこだ。知らない部屋だ。体を起こした。痛って・・!ほほが痛い。ほほに触れるとガーゼが貼られていて手当されていた。誰かがやってくれたのか。ここは病院・・ではなく誰かの家だった。壁にはたくさんのバンド?のポスターが貼られていた。猫のストラップがついたギターケースが壁にもたれかけておいてあった。こぎれいな部屋でおいてある家具やインテリア的に女子の部屋・・・か。とんとんとん。包丁の音。なんだ、この感覚は。安心かこれは。なんだか、凄く安心するような。去年はめんどくさくて一度も実家に帰っていなかったのでこんなあったかい空間はかなりひさびさ・・・のような・・・。てか・・・ここ誰の家だ。眠たくなって目を閉じようと部屋の家の主が現れた。長いさらさらとした金髪。鋭いようで優しい目元。・・・深津だった。

 「あ・・。ふか」

 「バカ!!」

ばちん。ガーゼを貼ってないほうをビンタされた。いってえ。体に力が入らず顔はぶたれたまんま動かない。口にはちょっとだけ血の味がした。叩かれた頬はあっつくて熱が抜けない。深津は高校の時のまんまだった。相変わらずきれいな金髪にすらっとした長い手足。やかんが沸騰した音が鳴って急いで深津はキッチンに戻って簡単なおかゆとインスタントスープを出してくれた。たまごがゆとコーンスープのあったかい黄色はとっても目に優しかった。すこしあっつくてちょぴっとだけ火傷した。僕は深津と目を合わせられなかった。こんな俺を一番見せたくなかったのが深津だったのにな。



深津は僕の横から窓を開けてベランダに出てタバコに火をつけた。窓を開けると深津のタバコの煙の匂いと夏の夜のむあっとした空気が入ってくる。高校の時のように遠くを見ながら大きな煙を深津は吐いた。どうしてかな。涙が出てしまった。煙が目に入って痛かったからかな。心は空っぽで心臓が止まっているようなのに涙が止まらない。さっきも泣いてたのにこんなにまだ涙は出る。深津は白い無地のTシャツに短いズボンをはいて部屋着だった。風に彼女の金色の髪が少しなびいていた。深津は夜空に浮かんだ月を見ながら言った。

 「さっきは止めちゃってごめん。」

 「・・・え?」

 「もしかしたらあんたは死んだほうが良かったのかもしれないなって思って。」

 「・・・ええ?」

「あたしが死んでほしいって思ってるわけじゃなくて。あんたはこれからも辛い現実を味わうだけなら死なせてあげればよかったのかもしれないなって思ってさ。まあでも目の前で死なれるのは胸糞が悪くなるからさ・・・。助けちゃったわ。ごめんごめん。」

深津はにこにこ笑って言った。

 「まあ次死ぬときはあたしの前ではやめておいてよ。ああ、ビンタしちゃってごめんね。」

よく見ると深津も右手と左膝を怪我して僕と一緒のガーゼを貼って手当していた。明らかに僕を助けてくれた時にできた怪我だった。

 「・・・聞かないのか。何で俺があんな・・・ことをしたのか。」

 「聞きたいけどね正直。でも、あたしがあんたの話を聞いてなんかできるかも分かんないし。無理に聞くようなことじゃないかなーって。」

「・・・じゃあ言っていいか。俺が言いたいから言わせてくれ。」

僕は深津と最後にあった日からここまでの話をした。誇張せず僕の思ったこと、感じたこと全部伝えた。辛かったんだ、死にたかったんだ。音部の死は音部の背中を押してしまった僕にも少なからず原因があるんじゃないのか。大学なんてやめたい。バイトも面白くなんてない。生きてるのか死んでるのか分かんない。深津は月を見ながらたばこの煙を吐いて言った。

 「ふぅーーー。・・・あたしの父親はねあたしが生まれてすぐ死んじゃったの。癌でね。大学で天文学を教えてたらしくて立派な人だったんだって。だから、子供の時からお母さんと二人で暮らしてきたんだ。お母さんはねあたしを頑張って大学まで行かせるために寝る間もなく働いてた。昼はスーパー、夜は家で内職。日も上がってない朝早くに新聞入れ。あたしはそんな母さんを尊敬してた。でもね頑張りすぎてたの。ある日、お母さんの職場から電話かかってきてお母さまが倒れました。母さんはね、次の日からよくどこに何があるのか聞くようになった。忘れ物も多くなってカギだって何回もなくしてた。しばらくして私のことも忘れちゃったんだ。朝起きたらあなた誰!?って言ってね。首絞められてたのよ。お母さんは施設に入れられてね。苦しい中でも笑ってた母さんはもうそこにはいなくてね。お母さんは高校2年の終わり、死んじゃったんだ。体がボロボロでね。あたしの体のことばっか考えて自分の体のことほっぽいてたんだ。・・・バカだよね。お母さんが死んで葬式が終わってからしばらくしてね。手紙が出てきたの。あたしにお父さんとお母さんからね。お父さんが死ぬ前に二人で書いたんだって。まあ要約するとあなたのことを愛してるってね。あたしは貧乏な自分の家がずっと嫌いだったんだ。自転車だって高校まで買ってもらえなくてね。高校の時はろくに口もきいてなかった。子供のあたしに謝ってばっかりの母親がみっともなくて嫌いだった。でもあたしのことを一生愛してるって。あたしは思ったんだ。どんだけ善人でも死ぬときは死ぬ。自分の生きざまは決められても死にざまは決めらんない。ならいつ死んでもいいように毎日を生きていくしかないってね。あたしの人生はみんなに褒められたもんでもない。勉強なんてほとんどしたことないし、ろくに学校行ってないし。でも、あたしが変な死に方すんのは二人が悲しむし何よりあたしが許さない。どんだけ醜くても、どん底でも生きるしかないんだよ。そー思ったら急に世界がちっちゃく見えてね。カッコつけて生きてる奴らがバカみたいに見えたんだ。で、あたしねー高校3年になった日に高校辞めてやったの。親が死んだ後にあたしの保護者になったおばさんはあたしが邪魔みたいだったからね。一人暮らしして生きますって言ったらすぐ退学届けにサインしてくれたよ。そんでこっちに上京してきてバイトとお母さんがあたしのために貯めておいてくれたお金で生きてんだ。そこにギターあるでしょ。それ父さんのだったんだって。・・・お母さんはボケてからもこのギターだけは丁寧に手入れしてたんだ。バンドやってんだ。最近になってちょっとずつ売れてきたんだ。あたしは今死んだって全く後悔なんてない。あたしはあたしがやっている全てに意味を感じてる。わかんないけどあんたは変わんなくていい。あたしが自己肯定のポジティブ野郎ならあんたは自己嫌悪のネガティブ野郎。でもそれでいい。みんな違っていいんだよ。生きてさえいればそれでいいんだよ。音部くんだっけ?もしかしたら彼はあんたのことを恨んでたのかもしれない。あんたが変なプレッシャーをかけちゃったのかもね。でも、生きてるあんたに死んでる彼にできることなんてきっとないよ。だったら死んでからぶん殴られてやればいい。それでいいんだよ。ここまで言ったこと全部あたしの戯言。欠けてるあたしから欠けてるあんたへの戯言。ほら見てここ。あたしだって死にたいの。あんただけじゃないよ。」

彼女は笑ってみたり泣きそうな顔になってみたりして言った。彼女が見せてくれた手首には切り傷の跡が残っていた。何本も傷跡がついた彼女の手首は勲章なんかじゃなくて自分を戒める縛りのように見えた。強い人間なんていないのかもしれない。深津の少し上にはきれいな満月が光っていた。月というのは光っている反対側は真っ暗なんだ。欠けている。満月なんてない。つまりは欠月だ。僕は月を見ながらまた少し泣いた。腰までかかった布団には僕の涙が濡れていた。月を見ながら音部のことを考える。なあ、音部。見えるか。俺はまだ生きてるよ。そっちで俺のくだらなく失敗してばっかの人生を笑っていてくれよ。まだそっちにはいけない。僕はもう少し生きてみるよ。苦しくて泣いてばっかでだっさくてかっこつけてばっかの俺のこの人生を見ていてくれ。最前列で見ててくれ。雲に隠れたり出てきたりした月が自分から光ったように見えた。そして僕は言った。

 「俺さ、実はやりたいことあんだよね。俺小説書きたい。」



今度は僕が笑って言った。

初めて書きました。よくできている作品ではないですが同じように葛藤している人に読んで少しでも心を動かせたらうれしいです。

読んでいただきありがとうございました。

感想・レビュー共にお待ちしています。誤字脱字などもあれば気楽に知らせてくれると幸いです。

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